ブックレット4           

「病児保育の花を咲かせたい」
--ある小児科医の子育て支援--


神奈川県児童医療福祉財団 小児療育相談センター発行
「子育てブックレット・まいんど」No.65


 午前8時をまわると医院は急に慌ただしくなります。「わたぼうし病児保育室」を利用する子どもたちの迎え入れが始まるからです。

 お母さんやお父さんは出勤前の忙しい中、熱をだしたり咳をしたり、あるいは吐いたりしてと具合の悪い子どもを連れてきます。「わたぼうし」は、そんな病気の子どもたちを預かるところです。

 もう一つ大切な役割があります。それは、親御さんの心配な気持ちを和らげてあげ、「行ってらっしゃ〜い!」と元気に送り出してあげることです。

●病児保育とは

 「病児」とは病気になっている子どものこと。熱などの症状があると、園や学校はお休みです。そして、核家族で共働きとなると、父母のどちらかが仕事を休まなければいけません。そんな時、親御さんの代わりになってあげられるのが「病児保育室」です。

 病児保育は二つあります。一つは病気の急性期も預かるものであり、もう一つは治りかけ(回復期)の「病後児」のみ預かるものです。前者では病気の急性期をみるわけですので、小児科医の関与が不可欠です(「わたぼうし」はこちら)。

●国の制度

 厚生労働省には「乳幼児健康支援一時預かり事業」という予算制度があり、病気保育を行う市町村に対して都道府県を通じて補助事業を行っています(当院はこの補助を受けていませんが、詳しくは後述します)。

 また国や自治体で策定される子育て支援策の中で、積極的に取り組むべきものとして「病児保育」が取り上げられるようになってきました。
 病児保育を行っている全国の施設が集まって「全国病児保育協議会」が平成3年に作られました。現在は200以上の施設が加盟し、次第に広がりを見せています。

●「わたぼうし」について

 当院で病児保育を始めたのが13年6月。医院の2階で行っています。ここは、以前は院長の住居だったのですが、その一部を改装し、病児保育室を作りました。

 当院受診中の子どもたちを対象にし、急性期でも全て受け入れています。ただしはしか(麻疹)は例外です。症状が重症で、伝染力も強いからです。(ワクチンによって予防できますので、利用者には必ず予防接種を受けるようお話しています。)

 年齢の制限はありません。産後休暇が終わったあとの乳児から、小学校高学年までの子どもが利用しています(中学生の利用者は今のところありません)。定員は一応4名とし、専任保育士を2二名おいています(それ以外にパート保育士などもいます)。

 保育は月〜金曜、午前8時半から午後5時半まで。前後30分程度の延長もしていますので、実質的には午前8時から午後6時までです。料金は1人1日当たり2,000円。昼食やミルクは持参していただいています。

 利用に当たってはあらかじめお子さんの登録をお願いしています(緊急時はその場で対応)。会員には毎月当院から医院や保育室のお便りや連絡をしています(会費は世帯毎に月200円)。

●「わたぼうし」の一日

 病児の受け入れから「わたぼうし」の一日は始まります。前日に利用予約があることはまれで、ほとんどが当日の朝です。

 まず保育士が親御さんから子どもたちの様子を聞き、検温などをして子どもの病状を把握します。保育室に入室する前に診察があり、投薬、食事、安静度などの指示があります。私は八時半から外来診療を行っていますので、その前に診察をしています。

 入室後は病気の種類や程度に応じた保育になるのですが、なかなか定まった方法がとれず、試行錯誤の毎日を今でも過ごしています。午前と午後の2回は、看護婦が検温などをし、院長に子どもの様子を報告します。それによっては投薬の変更や追加、安静度の変更、時には点滴などの処置をすることもあります(この時は保育室から医院の処置室に移動し、保育士が付き添います)。

 主訴では発熱が最も多いため、とくに熱性けいれんについて十分な注意が必要です。一度、保育室で入眠中にけいれんをおこしたお子さんがおられました。私がすぐに呼ばれて処置し、ことなきを得たのですが、小児科医が自ら病児保育を行っていることの意義を、身を持って体験しました。

 夕方には仕事を終えた親御さんが次々に迎えに来られます。子どもたちの嬉しそうな顔、そして親御さんのほっとした顔を拝見するのが、お預かりしていて良かったと感じる瞬間です。親御さんへは私と保育士から一日の様子や病状を説明し、翌日普通に登園できるかどうかなどの指示をします。

 保育士は一日の子どもの様子を記録にまとめ、私に報告すると同時に、親御さんへもそのコピーを渡しています。きっと心配をしながら仕事をされていたのでしょうから、子どもの一日の様子が生き生きと分かるように書くようにしています。

●利用状況

 開設当初は会員数、利用者数とも少なかったのですが、1年を過ぎる頃から次第に増え始めました(図1)。14年度末には登録者が177名、1年を通しての利用者延べ数は621名、1日当たり2.6名でした。月によって利用者数のばらつきが大きいこともグラフから分かります。14年度では8月が最も少なく16名の利用(1日当たり0.9名)でしたが、2月には5倍強にあたる84名が利用しています(1日当たり4.4名)。

 1日単位でみると、利用がゼロの時もあれば、最高で10人の病児を預かった日も何日かありました。この日は医院から看護婦や、普段は医療事務をしている保育士など数名を配置し、希望のあった全ての子どもを受け入れることができました。「病児保育」は困った親御さんの手助けをすることがその目的ですので、断らないことを基本方針にしています。

 利用する年齢では、1歳児が約4分の1で最も多く、2歳児が続きます(図2)。3歳未満のいわゆる「未満児」は全体の6割以上です。国の制度では「病児2名に保育士など1名」としていますが、年齢が小さかったり、病気の重症度が高いと、それ以上の保育士が必要になります。

  

  

●利用者の声

 「わたぼうし」は多くの利用者から喜ばれています。

 以前登録者にアンケートをとった結果を紹介します(14年4月実施、回答は42名中27名)。
 ・保育室の印象:良い24名、普通0名、悪い0名
 ・保育時間:満足8名、適当13名、不満5名
 ・保育料:適当18名、不満6名
 ・保育記録:満足20名、適当6名、不満0名

 全体的には「わたぼうし」に対して肯定的な評価をいただいたものと思っています。アンケートの結果から、保育時間については前後30分の延長を利用料負担なく可能にしました。また、保育料についても、医療費の負担が別にあることも考慮し、今の一日2,000円に引き下げました。

 ご感想やご意見もいただいています。
 ・共働きの私たち家族にとってとてもありがたい保育室です。一日の間に何度となく先生に診察していただき、安心でした。
 ・いつも親切に見ていただき、子どもも体調が悪くても喜んで行くといってくれるので助かります。安心して預けられ心強いです。
 ・病気の子を預かっているのに、とても笑顔で預かっていただいて、本当に感謝しています。子どもたちがすごく喜んでいて、また行きたいというほどです。

●運営の大変さ

 しかし、病児保育はまだ歴史が浅いです。その運営には定まったものがありません。というより、一定の公式的なことができないのが病児保育の特徴です。利用者数は日によって大きな差があります。保育内容もその日にならないと決まりませんし、子どもの体調によってたえず変更されます。

 年齢の小さい子では、保育士と保育室に慣れることに時間がかかります。お昼寝も含めて一日中保育士がおんぶをしていることもしばしばです。一般の保育園に比べると、保育士の仕事の質と量は過重にならざるをえません。一般的な保育では保育目標がありますが、病児保育ではなかなか作れません。年間行事すら、たてても役にたたないことがいつものことです。

 しかし、そんな中でも嬉しいこともあります。子どもたちが次第に元気になっていく様子を見るときや、迎えに来た親御さんが、お陰で安心して仕事ができたと話してくれる時です。また、同じ子が期間をおいて利用したとき、しっかりと成長していることに驚かされることもあります。普通の保育園と違って日々接していないだけに、よけい感じるのかもしれません。

●経営の大赤字

 「わたぼうし」の収入は利用料と会費です。1日2,000円の利用料では、定員いっぱいの四名を預かっても1日で8,000円。年間240日とすると192万円です。しかし、実際には毎日一定の数の利用者があるわけではなく、14年度は約120万円の収入にとどまっています。

 一方、支出でもっとも大きいものは人件費です。2名の常勤保育士がいますが、収入はその1人分のさらに半分以下にすぎません。施設設備費については、医院の2階部分を使用することで新しい出費は改装費用の約250万だけでした(保育室を新築すれが数千万円が必要でしょう)。初期投下が少なくてすんだとはいえ、現在の収入ではその分を回収することは永遠に不可能です。

 年間で数百万円の赤字になっている「わたぼうし」ですが、現在は医院経営からの持ち出しでまかなっています。当院を利用していただいている方々への子育て支援として必要な出費と考えています。近年は企業の社会貢献や個人のボランティア参加が求められていますので、その実践ともいえます。

 しかし決して少ない額ではありませんし、いつまでそれを続けていけるか自信はありません。今後は、何らかの公的な補助を求めていくことになるでしょう。

●「病児保育不要論」

 子どもが病気の時くらい親は休んであげるべきだという意見があります。働く者の労働条件を整えるのが先であり、それができれば「病児保育」はいらない。そんな時に自由に休ませてあげられない会社や組織は問題だ。社会が「病児保育」を作るから、親が必要なのに休ませない悪い職場環境がいつまでも続く・・。

 確かに正論です。でも、今の日本では実際にそれができるでしょうか。あるいは、どれくらい待てばできるようになるでしょうか。

 職業の特性もあるでしょう。私も以前は病院の勤務医でしたが(しかも小児科医は私一人)、自分の子どもが風邪をひいたといって急に休むことはできません。学校の先生も急な休みは取りづらいものです(生徒は喜ぶでしょうが)。普通の会社勤めでも、仕事が滞ることで支障になることでしょう。急には休めない職業はいっぱいあります。

 今すぐに必要なのは、建前論を並べることでも、理想的な社会像を議論することでもありません。この家族にとっての「危機」をただちに回避できるシステムであり、それが病児保育です。

●小児科医の子育て支援

 私が小児科医となって約20年になりますが、子どもが病気になったために困り果てている親御さんをたくさん見かけてきました。そのために退職したり、復職をあきらめた方もおられました。そして多くの場合、それらはお母さん=女性でした。

 日本では、女性だけが育児や家事をしていれば良いとする考え方がまだ色濃く残っています。女性は結婚・出産・育児のために、社会で一定の仕事を続けることに困難を伴います。

 そんな社会環境の中にあって、結婚し、子どもを持ちながら、しかしけなげに仕事を続けている女性に対して、私は小児科医として何かしてあげられないかと考えたとき、この病児保育にたどりつきました。それは小児科医にしかできない子育て支援です。

 診察室で、病気の子どもを抱え、ときには涙を流さんばかりに困っているお母さんの様子を見ても、以前は何もしてあげられませんでした。しかし今では「わたぼうし」がありますので、「困ったときにはどうぞ連れてきて下さい」とお話ししてあげられることを嬉しく思っています。

●園と母親のどちらがみるか?

 以前、ある週刊誌で「病気の子どもを母親がみるか、保育園がみるか」をめぐってバトルがあるという内容の記事がありました。「軽い病気なら園にいさせてほしい」「いや、病気の子どもは預かれない」・・。しかし、そんなときこそ両方が歩み寄り、きちんと話し合い、そしてしっかりと手を組んでほしいものです。なぜなら、主人公は病気になって子どもたちなのですから。

 そして、日本に病児保育がシステムとして整っていれば、そんなつまらないいがみ合いをしなくてもすむのにと思ったものでした。

●あこがれの「わたぼうし」

 きょうだいのうちで下の子だけが利用していたおうちがありました。上の子が風邪をひいて利用することになったとき、具合が悪いはずなのにとっても嬉しそうな顔をしています。お母さんにお聞きしたら、「わたぼうしに行くことがあこがれだったんです」とのこと。ほほえましく思ったと同時に、嬉しくなりました。

 ときどき小学生が利用することもあります。小さい子に混じって、最初はとまどいを見せていますが、だんだん慣れてくると、小さな子に遊んであげたり、保育士の手伝いもしてくれます。きょうだいが少なくなっていますので、弟や妹をもっていない子も多くなりました。そんな子にとって、病児保育室の「異年齢保育」は新しい体験なのかもしれません。

●意外な利用者

 実際に病児保育をしていると、思ってもいなかった利用者がいます(といってもクマさんやカバさんが来るわけではありませんが)。

 専業主婦でも利用する方がおられました。上の子どもの入学式があり、病気になった下の子を連れていけないので預かってほしいということでした。家にはおばあちゃんが同居しているけれど、病気のためにいつもと様子が違い、心配なので一日保育室で預かったことがありました。

 例外的ですが、病気ではない子を預かった時もあります。専業主婦をしているお母さんが風邪をひき、昼間ゆっくりと休みたいというのがその理由。それもまた大きな意味での「子育て支援」と考え、お預かりしました。ある時は、当院に受診されたお母さんが点滴を受けることになり、その間いっしょに連れてきた子どもを保育士が遊んであげたこともあります(これは正規の利用ではなく、保育料はいただいていません)。

 実際に始めてみると、いろんな必要性があり、型にはまった運営ではすまされないことを実感します。

●子どもは病気をするもの

 子どもは病気をするもの、そして時々園を休むもの、それも急に。

 ある小児科医は、子どもは大きくなるまで百回熱をだすと言っていました。数については真偽のほどは分かりませんが、しかし必ず病気をします。「子どもは風の子」と言いますが、私は「子どもは風邪の子」と呼んでいます。

 残念ながら「病気にさせない子育て」はありません。もちろん、虐待(不適切な養育)を肯定しているわけではありません。どんなに注意をしていても、風邪などの病気は完全に防ぐことはできないのです。むしろ厚着をしたり、外遊びもさせずにいると、丈夫な体になりません。心も豊かに健やかに育ってはいかないでしょう。多少のことは目をつぶり、子どもらしく元気に、思いっきり体を使って一日を過ごすことがとても大切。

 「風邪をひくたびに丈夫になる」とも言えます。つまり、一回風邪をひくと、そのウイルスや細菌に対して免疫ができるので、その分抵抗力が強くなるというわけです。大人があまり風邪をひかなくなるのは、子どものうちにいっぱい風邪をひいたからです。

 大切なのは、病気になっても安心していられる医療と福祉のシステムが準備されていることです。
 また、子どもにとって病気が集中する時期があります。多くは3歳前後。家の中からどんどん外に出ていき、さらに園という子どもたちの集団に入っていくころです。そこには今まで経験したことのない病原体がいっぱいいます。それらを次々にもらって来るというわけです。入園当初は病気が続いて、半分しか登園できないなどいうことも少なくありません。

 近年はゼロ歳児から入園する子どもも多くなりましたが、この子たちはその「病気集中時期」がさらに早くなります。とりわけ未満児保育には、病気に対する対処=病児保育の要素が組み込まれてる必要性をつくづくと感じています。

●いっぱい甘えていいんだよ

 子どもは病気をしているときは心も弱くなっています。病気そのものによる肉体的な苦痛もありますが、気持ちもまたつらく、落ち込んでいます。

 病気にかかっている子どもにとって、親御さんがついていてあげることがどれだけその子の心の支えになるかは、言うまでもありません。しかし、残念ながら仕事などで一緒にいてあげられないときは、よく訓練されたプロの保育士の出番です。子どもの気持ちを理解してあげることで、つらい心が少しずつ楽になることでしょう。

 保育士には、具合の悪い子が求めて来たときには、いっぱい甘えさせてほしいと話しています。「自分でできるんだから・・」という拒否の態度ではなく、「こういったことも今はしてほしいんだね」といった受容の態度。子どもにとっては自分を受け入れてくれたという実感をもつことが、病気の治療のためだけではなく、その子の精神的な発達にはとても大切です。

 子どもたちが健やかに成長していくためには、父母という、絶対に裏切られない「心の基地」が必要です。「わたぼうし」もそんな「心の基地」の一つと感じて育っていってほしいと願っています。

●保育士の視線

 保育士が小児科医院にいることで、小児科外来そのものが変わってきたようにも思います。保育室に余裕があるときは、子どもの病気の勉強をかねて看護婦の助手などの仕事をさせています。泣いたり嫌がっている子どもには言葉かけをしたり、あやしたりしてもらっています。

 そうこうしているうちに、保育士の視線が、私たち医療者とは違うことに気づきました。医療の中にいると、私たちはどうしても上から下を見下ろすようになりがちです。でも保育士は子どもと同じ目線に立ち、子どもの心を大切にしています。

 子どもたちの心を守り、傷をつけず、もしすでに傷ついているのなら少しでも癒してあげる・・そんな「心の治療者」になるのは、もしかしたら私たちよりも保育士が最適なのかもしれません。

 私たちも保育士に見習うべきことが多いものだと感じています。

●設立までの経緯

 私が病児保育を始めようと思ったのは、「わたぼうし」よりさらに数年前になります。上越市が病児保育事業を始めようとしていた時ですが、上越医師会が「個人の診療所が公的補助を受けることは好ましくない」としたため、ある公的病院への委託が決まり、事業がスタートしました。その後に、小児科医のいない独立型の施設も作られ、現在は市営の病後児保育室が2か所あります。この時点で、私は病児保育を断念しました。しかし、それから数年がすぎ、市の施設の利用状況を調べたとき、愕然としました。1か所当たりの利用数が1日1人にも満たないのです。

 公的病院に委託されている施設も、場所は病院の建物から離れ、小児科医が診察をすることはありません。小児科医がタッチせず、病後児のみを対象にしているからです。親御さんにとって最も必要なのは急性期の病児保育なのに。その実態を知ったとき、あきらめていた私の「夢」である病児保育は、ますます必要だと確信しました。

 市の要項通りの病児保育室では、市民にとって本当に求めるものにはならないと分かった以上、公的補助を求めることはしませんでした。逆にそうすることで、長年暖めてきた病児保育のあるべき姿を自由に追求することができます。「補助がなければできない」と思いこんでいた呪縛からも解放されました。

 病児保育の構想を立ち上げ、4か月という短期間で「わたぼうし」を開設までもっていきました。そこには、私の思いの全てを投入しました。そして今、自分の意志ですべてのことが実行されていくことに、確かな手応えを感じています。さらに、さまざまな局面に柔軟に対応できる民間にこそ、この事業はまかされるべきという思いもつのっています。

●今後の課題

 「わたぼうし」の設立から二年ほどがたち、次第に多くの方に利用していただくようになりました。今後もその利用数が多くなることは想像にかたくなく、それに十分に応えることができるかどうかが新しい課題になってきました。

 保育士については常勤2名のほかにパート保育士を数名採用しましたので、当面は乗り切れるでしょう。保育室のスペースはすでに手狭ですので、医院の増築も含めて検討に入っています。保育内容の充実にも意識的に取り組んでいくことになります。

 しかし、最大のネックは収入の確保策です。今までは「わたぼうし」の基礎を作ることに専念してきましたが、今後は市や地域の病児保育がどうあるべきか、その中で「わたぼうし」が果たす役割は何か、市民や市当局と煮詰める作業をしていきたいと考えています。そんな中で、結果として「わたぼうし」が認知され、補助を受けながら、さらに発展していくことを望んでいます。

●おわりに---元祖「わたぼうし」のこと---

 実は私が「わたぼうし」と名付けた保育施設を運営するのは、今回が初めてではありません。学生結婚をした私は、医学部5年のとき、長男が誕生しました。しかし、地域にも大学内にも乳児を預かってくれる保育所はありませんでした。

 同じように困った家族が3組集まり、作ったのが「わたぼうし共同保育園」です。わたぼうしの種のように、産休あけからの乳児保育が日本中に広まってほしいという願いをこめて名付けました。

 今また、病児保育の種が、日本のあちこちで花を咲かせてくれることを祈って、「わたぼうし」を運営しています。

 私の夢は、どこの小児科医院にも病児保育室が作られ、かかりつけの小児科で必要なときはいつでも病児保育を受けられるということです。日本のどこでも、誰でも、いつでも病児保育が利用できる日がくる時には、日本の子育て支援は充実し、子育てがとてもしやすい環境が整っていることでしょう。小児科医として、その日が来るまでしっかり仕事をしていこうと思っています。子どもたちの明るい笑顔を見続けながら。


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