塚田こども医院

日誌(更新記録)2000.3

2000.3.31(金)

デジタルこども通信

毎月、患者さん向けに新聞を発行しています。足かけ10年、昨年には100号を突破し、まだまだ続いています。マンネリをものともせず、歳のせいで息切れ気味のときもありますが、そこは気力で乗り切っています。「継続は力なり」を信じて・・

この3月号からネット上でも配信してみました。私の知っている方へお送りしたのですが、「おおむね」好評でした(私がそう思っているだけかも)。4月号を作成しましたので、またお送りします。よろしかったらご感想など、お寄せ下さい。(ご希望の方がおられましたら、医院あてにメールを入れて下さい)

2000.3.30(木)

泥 縄

来月9日(日)、ある学会で発表をするのですが、ここ2、3日、重い腰を上げてやっとスライドづくりを始めました。

今は、きれいでなければ見てくれないので、発表専用のソフト(PowerPoint)を急遽買ってきました。原稿もまだできていないし、ソフトの使い方もいまいち良く分からない・・ということで、まるで「泥棒が来てから縄をなう」ような状態。

業者さんへ、来週の月曜日にデータを持ち込むことになっているのに、なんてことでしょう。我ながら、あきれてきます。(もっとも、いつもこんな感じなのですが。ちっとも懲りない性格のようです。)

2000.3.29(水)

新しいページ/「花粉症

花粉症で大変だという方をそうとう見かけます。今年のスギ花粉の「飛散」量がメチャ多くて「悲惨」な状況になっています・・ 花粉症で目が痒くて、くしゃみをしながらのお花見になりそうです。

2000.3.28(火)

もうすぐお花見

先週、医院の周りの雪囲いがはずされ、木々も気持ちよさそうです。高田城跡公園でも、4月2日から始まる観桜会の準備が始まっています。

冬、雪に埋まって静かにしている間にも、じっくり新しい蕾を作り続けていたわけですね。私たちの目に見えていないだけで、自然はちゃんと動いていました。

もうすぐ、雪国にとって一番うれしい季節がやってきます。

2000.3.27(月)

ボーリング大会・結果報告

一昨日の医師会のボーリング大会は、さんざんな成績でした。職員8名で参加したのですが、私が最下位!! リベンジを誓ったのでありました・・

新しいページ/「読者のページ

新規開店です。どうぞ、いらっしゃいませ!

2000.3.25(土)

新しいページ/「ご感想・ご意見

このHPを読んでいただいている方から、質問以外でも、ときどきメールをいただきます。せっかくのメールを私だけがみているのももったいないですし、読者の方々の交流にもなるかと思いました。とりあえずは、いただいたメールを整理して、HPで使わせていただきます。何でもけっこうですから、ご意見やご感想などをいただければ、幸いです。

いずれはCGIを使っての掲示板を作りたいと考えていますが、どうもハードルが高くて、もっと勉強してからになります。(メールが来ましたら、ページをアップロードしますね)

今日は医師会のボーリング大会があります。職員ともども参加してきますが、数年ぶりのボーリングで、どんな「すばらしい」成績がだせるか、楽しみです(?)。

2000.3.24(金)

新しいページ(1)/「手作りホームページのすすめ

昨年夏に、このHPを立ち上げるまでの「涙の(?)物語」。ぜひご一読を。(「院長の著作」のなかに入っています)

新しいページ(2)/質問コーナー

読者の方の質問にお答えしていますが、新たに「質問送信のページ」を作りましたので、ご活用下さい。(Q&Aのページから入っていけます。)

2000.3.23(木)

オッパイ・センサー/花粉症

きのうのオッパイ・センサーの話は、反響がありました。女の方は、「そんなこと、しらなかったの?」という反応が大半でした。男には、分からないことがあったんだな、と実感しています。(逆に男にしかないセンサーはあるかな・・?? やめておきましょう・・)

当地では、あすは公立小学校の卒業式です。私事ですが、末娘も卒業です。そして、上の子から14年間続いた小学校とのおつき合いも、これで最後になります。私たち親も、小学校卒業です。感慨ひとしおです。(通っている学校が、たまたま私のいた母校であったため、よけい感じるものがあります。)

卒業式は妻がでますが、きっと涙と鼻水でぐちょぐちょでしょう・・・ もっとも彼女はひどいスギ花粉症なので、どっちのためになっているか、本人しか分からないでしょうが。

2000.3.22(水)

母はオッパイで感じる・・?

診察中、あるお母さんから聞いた話--「赤ちゃんにオッパイをあげていたら、口の中が熱いので、熱があることに気づきました」

これって、すごいな。普通、だっこしたりして肌を合わせたときに、熱があるのかな、と感じることが良くあるわけですが、オッパイはお母さんにしかない「立派なセンサー」であることが証明されました。

出きる限り母乳で育てましょう、と小児科医や助産婦は言っていますが、その根拠が一つ増えました(?)。私の子育てはとっくに終わっていますが、「粉ミルクなら、父親だってちゃんと子育てができるぞ」と密かに考えていたこともありますが、「オッパイ・センサー」にかなうものはありません。--今度、体温計を乳首に装着した新型哺乳瓶を作ってみようかな・・

2000.3.21(火)

満月の夜・・

昨日、ある全国的なメール・リンクで「お月さんがまん丸できれい!」という話題がありました。さっそく外を眺めてみたのですが、わずかに見えていた月も、すぐに厚い雲で隠されてしまいました。そのメールを入れた方は東京で見ていたようですが、同じ日本でもずいぶん違うのだな、と感じました。

つい愚痴っぽくなって、私が送ったメールです。

昔、小説家の林 芙美子が「放浪記」の中で、「鉛色の雲に覆われている」と書いていました。彼女は自殺しようと直江津駅(上越市)に降り立つのですが、そんな暗い中でも人々が懸命に働いている姿を見て、自殺を思いとどまったのだそうです。なんといっていいのやら・・失礼な話のようにも聞こえますが。

ということで、日本海側には、「きれいな満月が顔を出さない」分だけ、特別減税をしてほしいと感じているのであります・・

2000.3.18(土)

大人の水ぼうそうも小児科へどうぞ

水ぼうそうがはやっています。主に保育園・幼稚園などで流行するのですが、下の子がいると、しっかりうつしてくれます。潜伏期はちょうど2週間。「予定日は何日だよ」とおうちの人に教えておくと、ほとんどピッタリ。

最近の若いお父さん・お母さんで、子どものころに水ぼうそうにかかったことのない方もおられます。そうすると、子どもからもらってしまいます。大人の水ぼうそうはけっこう大変。何日も熱が続き、ブツブツもたっぷり出てしまいます(跡が残ることも心配ですが、もう「売れている」から多少はいいですよね)。

小児科医にとっては、水ぼうそうはありふれた病気で、診断も治療も迷うことはほとんどありません。でも、大人がかかって、内科にいくと・・見慣れぬブツブツで、なかなか診断がつかないこともあります。

子どもの病気は子どものうちに終わらせておくほうがいいようです。そして、大人でも「子どもの病気」なら、小児科でいっしょに診ますので、どうぞいらして下さい。

2000.3.17(金)

子どもは素直で正直

「おなか、痛い?」「ウン」「あたま、痛い?」「ウン」・・隣で聞いているお母さんが、うそーという顔をしています。で、もう一度聞き直します。「おなか、大丈夫?」「ウン」「あたま、大丈夫?」「ウン」・・

聞かれたことに頷いてくれるので、話の上では症状がどんどん増えて、だんだん重症になっていきます。でも、子どもの様子をみていると、本当にそうなのか、ただ返事をしているだけなのか、分かります。いちおうプロですから。そんなときは、逆の質問をしてみると、お母さん方も納得してくれます。

よく、小児科は話をしてくれない子どもたちを相手にしているから大変だろうと言われますが、そうではありません。子どもは素直で正直。子どもの顔を見つめながら話をしていると、話をしてくれなくても、その子の様子がよく伝わってきます。

それに引き替え、老人はよく分かりません。昨日の父の件ですが、今日は入院になりました。内科の看板を出していなくて正解でした。反省しきり、です。

2000.3.16(木)

老人介護と寝不足

私の父(たしか72歳)は、数年前に脳梗塞のために「寝たっきり」に近い状態です。同じ市内で、母と一緒に住んでいます。普段は特に息子らしいこともしていないで、たまに顔を出すだけなのですが、ときどき具合が悪くなると呼ばれます。

今回は夜中の2時に、熱と嘔吐で大変だと電話があり、眠い目をこすりながら、かけつけました。膀胱炎の熱と、高熱のための胃炎症状だったようです。医院に行き、薬品や道具を用意して、自宅で点滴を始めたら、だいぶ楽そうになって眠り始めました。4時近くになって、やっと私も帰宅できました。

こんな時間に起きていたのも久しぶりなので、今日一日の長いこと。眠気もあり、自分の体ではないようでした。以前は(若い頃は)、病院の当直で夜中に何度もおこされたり、様態の悪い子と夜中じゅうつきあっていても、次の日は普通に仕事が出来ていたのですが、やはり年ですね。無理は利かなくなってきています。

今日は治療の甲斐あって、熱もおちついています。でも、私はたまたまつきあっただけで、痴呆症やもっと具合の悪いお年寄りのいる家庭では、こんなことが毎日繰り返されているんでしょうね。老人介護が、いかに大変なことか、よく分かりました。

4月から始まる介護保険によって、当初の目的通り「介護の社会化」が本当に達成されるのか、私も関心を持って見ていきたいと思います。・・・・でも、とりあえず、今日は眠いです。

2000.3.15(水)

鶏の卵とインフルエンザ・ワクチン

今日の午後は、五泉市のデンカ生研の工場へ視察に行って来ました。ここではワクチンや検査の試薬を作っているところですが、なかでもインフルエンザ・ワクチンの生産量では国内随一を誇っています(昨年秋、全国で約350万人分作られましたが、そのうち約85万人分をこの工場で生産しました)。当院で使用したワクチンの大半もこの会社のものであり、それが県内にあるということで、一度訪れてみたいと希望していたものです。

すでに今年秋のためのワクチンづくりが開始されていて、前年の倍以上の生産を目指しているそうです(昨年の秋は、ワクチン不足から接種をお断りするという、心苦しい事態になりました)。接種を勧めている小児科医としては、心強いお話を聞くことができ、うれしくなりました。

インフルエンザ・ワクチンは鶏の卵を使って作ります。それも「有精卵」といって、本物の鶏が生まれてくる卵を使います。昨年の夏頃から、近隣の養鶏場で鶏から育て、今ちょうど、さかんに卵を生んでいるのだそうです。その卵にインフルエンザ・ウイルスを入れて増やし、大量のウイルスを作ります。びっくりしたのですが、大人1人分のワクチンを作るのに、2〜3個の有精卵が必要なのだそうです。毎日、数万個の卵が工場に運び込まれています。

ワクチンが足りないといってもすぐにはできないということが、よく分かりました。そして、日本で一番頑張っている工場が、新潟のなかにある事を誇らしく感じることのできた一日でした。(このところ、マスコミにでてくる「新潟」のイメージが悪すぎたので・・)

2000.3.14(火)

長野の医者仲間

昨日のことですが、私の大学時代の同級生が来ました。彼は長野の整形外科医で、今月オープンした「上越地域医療センター病院」の指導医をしています。その「ついで」に見物に来てくれました。短い時間でしたが、いろいろと話をすることができました。

そこそこと年と経験を重ね、地域の整形外科医として信頼されている様子がよく伝わってきました。技術的にも充実し、人間的にも円熟しているのを見て、同期の医者として、うれしく感じました。

それに比べると、私はただの開業小児科医で、技術らしいものもあまり持っていないし・・などと考えてしまいました。・・でも、私も薄くはなったなったとはいえ、髪は彼には勝っていたな。自慢できるのは、そんなことぐらいのよう。

今年は卒業してから20年がたちます。もうそんなになるんだね。夏には「同級会」をやろうよと、盛り上がったところでした。

2000.3.13(月)

高校入試結果の発表

今日は、県内公立高校の入試結果発表でした。いかがでしたでしょうか。私の家には、今年は高校の受験生はいませんでしたが、それでも人ごととは思えません。発表の瞬間の気分は--あまり良いものではありませんね。

インターネットを使って結果発表する大学もあります。離れていても見ることができるので、良いものです(番号が載っているかどうかは別として)。時代が進んできたことを、あらためて感じます。

2000.3.10(金)

クエッション・タイム

最近国会では、党首同士が直接対決する論戦の場があります。イギリスをまねたようですが、ブレア首相の若くてたくましいイメージと、我がオブチ首相のそれとが、あまりに違いすぎます。日本の政治を任せていていいのだろうかと、今更ながら心配になります。(もっとも、それでもつとまるほど、日本の状況は安泰なのだという「定説」もありますが・・)さらに、その時間が「クエッション・タイム」では、おままごとのように聞こえてきます。

私の「クエッション・タイム」も、ご披露します。ある読者の方からいただいたものです。

ところで、いろいろと疑問があるのですが・・・聞いていいですか?(ノーコメントもありでいいです。)
その1 お子様、20歳と小6とのこと。ということは学生結婚?

YES

その2 毎日メールは何件くらい届く?(メーリングリストのようなものは除く

5〜10件ぐらいかな。(他にMLは20〜40件ぐらい。)

その3 そのメールに毎日こまめに、全部返事を書いている?

大切なものは、その場で(このへんじのように!?)

その4 診察中でもメールを読んだり、書いたりできる?

やってます。時間があれば(なくても)、アクセスしてます。以前は、30分おきに自動でつながるようにしたのだけれど、こちらに余裕のないときにメールが来ていると、気になるので、やめました。医院(iMac)以外でも、家でも(Windows)、外出中も(iMode)見ています。いまや、メール中毒(?)です。

2000.3.9(木)

小学校の担任の先生

昨日、小学校の給食の話を書いたところ、私自身の小学校時代の先生からお手紙をいただきました。6日の「読売新聞」の紹介記事を見たので、ということでした。

「自分の教え子が頑張っている様子をみるとうれしい」という内容の事が書かれていました。こちらこそ、小学校の先生からわざわざお手紙をいただいて、恐縮です。お元気でお過ごしされている様子も分かり、うれしく思いました。

もう30年以上の前のガキの頃--自分では都合の悪いことは忘れていますが、先生はきっといろいろと覚えておられるのでしょうね。ずいぶん怒られた記憶もあります。悪ガキだったので、恥ずかしい限りです。

日頃、偉そうなことを言ってはいますが、「おまえの小さいときはこうだったんだぞ」と、ぺっしゃんこにされてしまいそうです。でも、いろいろと懐かしく思い出した一日でした。

2000.3.8(水)

学校の給食

ある小学校の先生からメールをいただきました。「今、6年生とのお別れ会食で、6年生が作ってくれたサンドイッチとフルーツポンチをご馳走になってきました。もう、お腹がいっぱいで・・。」私も昔のことを思い出しました。

上の子が小学4年の頃、お昼に具合が悪いということで、迎えに行った時のことです。ちょうど給食の時間で、校長先生に「まあ、食べていきませんか?」とさそわれ、言われるままにごちそうになりました。袋に入っているソフト麺で、野菜たっぷりの汁に入れて食べました。忘れられないのがそのおいしさと、「学校の先生は、いつもこんな良い物を食べているんだ! いいな!!」という気持ちでした。その間、子どもは給食を食べていて、そのご連れてかえってきました。たしかお腹が痛いと言っていたのに・・ 私はいったい何をしにいったのでしょう。(学校の先生の名誉のために申し添えますが、自分の給食費はちゃんと払っているのだそうです。タダで食べたのは、私です。)

アクセス3,000件突破しました

感謝、感謝。もっといいHpにしていきま〜す。ご意見、ご要望などお待ちしております。

2000.3.7(火)

受験生の親

昨日から、国立大学前期日程の試験発表が行われています。我が家にも、発表待ちの受験生がいるので、生きた心地がしません。いつになっても試験はイヤな物です。

私の受験は、もう20年以上も前ですが、今でも夢にでてきます。「試験用紙が配られたら、科目が違っていて真っ青!」(高校1年の時、実際に教科を間違えていたことがありました)、「けっこういい成績をとっていると思っていたら、周りにどんどん追い抜かれていった」(3年の最後、焦りもあって、こんな気持ちですごしていました)--この年になっても時々うなされています。

私のは夢だと笑っていられますが、受験生とその親御さんにとっては、「悪夢」とならないことを祈るばかりです。

2000.3.6(月)

自治医大同窓会

土日と泊まりがけで、新潟県内の自治医大卒業生の「同窓会」に出かけてきました。僻地や、ほとんど無医村に近い状態の病院での奮闘記を聞きながら、自分も若いときは頑張ったものだ・・などと年寄りじみた感慨にひたっていました。

でも、みんな真面目です。手前味噌になりますが、でもうちの卒業生はよくやっています。あんまりやりすぎると、疲れちゃうよ、ゆっくり続けることも大切なんだよ・・などと老婆心ながら、お話をしてきました。でも、「猪突猛進」は若いときの特権ですし、若くなければできないことなんでしょう。

読売新聞に紹介

今日の読売新聞「新潟ひと模様」に私が紹介されています。「こども通信を発信し続ける小児科医」とあります。惰性で続けているようなところもあり、なんだか気恥ずかしくなります。「継続は力なり」を信じて、マンネリにもまけず、まだまだ続けたいと願っています。(同窓会でこの話をしたら、口の悪い同級生に「おまえもやっとヒトになったんだな」と言われてしまいました。)

記事をここに紹介します。よかったらお読み下さい。

季節ごとの病気や健康づくり法掲載
--お母さんたちから信頼絶大。200号越えたら冊子化も--

 「子供たちと一緒にいるときが一番楽しい」。こんな人柄だから、笑績が絶えない。泣いている子供でも、この人の笑顔に接すれば泣きやむのでは、と思わせるほど対応がソフトだ。
 中学時代には、「人の役にたつ仕事がしたい」と、3つの仕事を頭に描いていた。結局、医者の道を選び、自治医科大学に入学した。
 「君は、小児料に向いている」。上司の小児科医からこう言われたのは、卒業後、新潟市民病院で内科と小児科の臨床研修を行っていた時。迷わず小児料を選び、県立坂町病院に新設された小児科に務した後、90年6月、故郷に帰って塚田こども医院を開設した。
 開院以来、月1回発行している「こども通信」は、この2月で110号になった。A4判の両面には、季節ごとにはやりそうな、はしか、リンゴ病、風しん、手足口病、インフルエンザなどの症状や健康づくり法、日ごろ考えていることをつづった随想などが掲載されている。イラストも入れ、パソコンで仕上げられている。
 「書くことが好きだったこともありますが、勤務医時代から情報公開、説明責任は大切だと考え、開院してからすぐ実行に移しました。今はある程度、お母さんたちが納得しないと治療できない持代だと思います」と謙虚に語る。
 千部印刷し、病院に来る父母や嘱託医を引き受けている小学校、保育園などで配っている。お母さんたちからの信頼は絶大で、なかには別の場所に引っ越してからも、「こども通信が見たいから送って欲しい」というお母さんも。
 そんな人たちや医院のモニターのために、50部は自腹を切って郵送している。通信の蓄積が、信頼の蓄積にもつながっている。
 「季節ごとに同じテーマを取り上げることはありますが、新薬が出たとか新しい治療法が開発されたとか、これまで常識だったことが間違っていたなど、書く内容は同じになることはありません」
 今は、「200号を超えたら冊子にできれば」と考え始めている。
(菅原 睦雄)

読売新聞2000年3月6日掲載

2000.3.4(土)

上越に新しい病院

今月、上越に新しい病院がオープンしました。「上越地域医療センター病院」がそうです。先月までは、「国立高田病院」だったものが、上越市に移譲されてオープンしたものです。衣をかえただけかな、と思われそうですが、そうではありません。

運営は上越医師会に委託され、私も含めて、多くの開業医が関係しています。私は「医者探し」の役。当初お願いしていた大学からの派遣がうまくいかず、私の母校である自治医大の卒業生に白羽の矢があたりました。ここ1年ちょっとのあいだ、多くの卒業生や大学の教官にお会いし、ぜひ上越に来て下さるよう「行脚(あんぎゃ)」をしてきました。

その甲斐あってか、院長には本校の消化器外科の教授が就任し、スタッフにも大学のスタッフ、そして卒業生が加わっての開院になりました。みんなバリバリの若手ぞろいなので、これからいい病院になっていくものと期待しています。

今日は、自治医大の県内卒業生の集まりが予定されています。各地に散らばっていても、地域医療の向上のために一生懸命働いている先生方の話を聞いて、私もリフレッシュしてくるつもりです。私からは、新しい病院がオープンされるまでのいきさつと、私自身が取り組んでいる医療情報提供の試み(毎月の「こども通信」、ヘルスレターのシリーズ、このHPなど)についても話をしてきます。

2000.3.3(金)

雛祭り

今日はお雛様。女の子のお祝いの日です。我が家にも二人のかわいい(?)女の子がいますが、どうも今年はお雛様の準備ができていません。何やら、やたら忙しくて、「クリスマス→お正月→お雛様」のサイクルが、遅れて回っています。このままでは子どもの日までのサイクルも狂ってきそうです。

「男女同権」「男女雇用均等法」の精神に則ると、今日はお休みでなければいけないですね。男の子の節句だけが、「子どもの日」としてお休みなんて、時代遅れ、などと世の女性から非難されそうです。(そんなでもない?)成人の日をわけ分からなくしないで、3月3日をお休みにするほうがよろこばれるのではないでしょうか。(理由は何であれ、お休みが増えればいいですよね。ところで、来年の成人の日は、なんと1月8日です。1週間も早くなってしまいました・・)

HPのトップページに、患者さんのお母さんからいただいた手作りの雛人形の写真を飾っておきました。きれいなのでそのままにしておきたかったのですが、やはり気にする職員がいるようなので、お引き取り願いました。(当院待合室で飾っている小野裕子先生の手作り人形に変わっています。)

2000.3.2(木)

大雪と醜聞にまみれた新潟から・・

全国の仲間にメールを出すとき、新潟県人であることが気恥ずかしい気持ちになります。次から次に、こうも不祥事が起きてくると、もういい、と耳をふさぎたくなります。

ただ「すみません」と頭を下げているだけでは根本的な解決にはつながりません。機構も含めて、全く新しいものを作るつもりでやってほしい。そしてそのためには、これまでの事情を、包み隠さず、全てを明らかにすること。その作業をする中で、何が悪かったのか、どこをどう変えなければならないかが見えてくるはずです。「情報公開」こそ、世直しの正道です。

新潟県警の問題だけでも、ゲップが出ているのに、今度は上越市長がセクハラ疑惑で提訴されました。これが事実とすると、ノック=元大阪府知事以上の問題に発展するかもしれません。なにしろ相手が「元さくら大使」で、上越市にとって公的な仕事についていた方であり、「公人」どおしの問題なのですから。上越市民として恥ずかしい結果にならなければいいのですが・・

2000.3.1(水)

3月になりました

今日から3月。時候のあいさつを見ると、早春、浅春、春暖、桃、陽光・・など、暖かい言葉が並んでいます。先月の下旬の大雪は峠をこえたものの、屋根にも道路にも、多くの雪が残っています。雪国の春は、もう少し先のようですね。

昨日、「こども通信」のデジタル配信をしてみました。希望もとらず、私の方から勝手に送ってしまったのですが、何人かの方からお返事のメールをいただきました。その中では好評のようで、胸をなで下ろしています。しばらくは月に一回、おじゃますることにしたいと思います。「おしかけ女房」みたいですが、よろしくお願いします。

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