塚田こども医院

日誌(更新記録)2000年9月

2000.9.30(土)

◇丸文字も時と場合によりけりで

【悪筆の話の続き】 カルテの文字は、自分でも読めないことがあります(「カルテ公開」の時代に、困ったものです)。「電子カルテ」なるものも登場していますので、私のような者には良いのかもしれませんが、どうも能率が悪くて。(もともと忙しくて書けないので、パソコンの画面に向かって書き込むような作業ができるはずがありません。)

この「丸文字兼悪筆」は、死ぬまで治らないでしょう。私の兄(古典の教師をしています)が「この字で書かれた死亡診断書はありがたくないよな」と言っていました。私もそう思います。

今日で9月が終わり、明日から10月。2000年も4分の3が過ぎていってしまいました。あと3か月で21世紀!! そう考えると、なんだか気ぜわしくなってきました。10月からは、インフルエンザ予防接種が始まりますし、だんだんと小児科らしく忙しくなってくることでしょう。(あまりに忙しくて日誌が書けないときは、すみません。)

カナダ旅行記【22】 病院にて考えたこと

ビクトリア市内にある総合病院で、小児科のドクターを紹介していただき、見学などをさせてもらいました。病院は入院のみで、日本のような外来はなし。ドクターは、自分のクリニックをもっていて、そこで入院が必要な患者さんは病院に紹介するのですが、病院では自分自身で診療の担当をします。といっても、病院にずっといるわけではないので、「レジデント」という研修医が直接の治療をします(レジデントとは、もともとは住み込みの意味。小児科のレジデントに、ヨーロッパから来た素敵な女医さんがいた・・)。こういったシステムは、欧米で広く用いられていて、「オープン病院」と呼ばれています。

小児科のドクターお二人とお話をしたのですが、私が日本で百人の単位で子どもたちの診療をしているとの話に、信じられない、と言っていました。そうでしょうね。向こうでは「一般医」や「家庭医」がいて、風邪などの一般的な病気を診ています。小児科専門医が診察するのは、一部の子どもたちだけになるわけです。ですから、それほど多くの患者さんを診る必要はありません。

こんな制度が日本にあうかどうか、歴史的なこと、国民性などもあり、一概にはいえませんが、これから医療が高度になるにつれて、必要性がでてくるかもしれません。

【追記】病院見学で感じたこと。
・建物の色がきれいにコーディネートされていた。「病院だから白」ではなく。
・産婦人科の入り口にカメラが設置されていて、「出入りする人は全てモニターで監視されていている」と大きな表示。「赤ちゃん泥棒」の予防のためだそうです。
・救急の患者搬送用にヘリコプターがあった(病院内に常駐)。広い国土では、当然だそうだ。日本でも早く整備してほしい。
・周りに自然がたくさん。庭にでたら、ウサギやリスがいた。これだけでも、患者さんには癒しになる。

2000.9.29(金)

◇丸文字を「読める人」知らず我がカルテ

昨日、黒板の話をしましたが、最初は私の手書きでメッセージを書きました。でも、自慢じゃないけれど自分の字にはコンプレックスを持っているので、すぐ職員にタッチ交代。

よく講演会などで、ホワイト・ボードに書くことがあるのですが、私が字を書き始めるとざわめきがおきてきます(ちょっとオーバーです)。「元祖丸文字」と紹介しながら話を進めるのが習わしです。

「医者の悪筆」は、ソクラテス以来有名なのだそうです。もちろん私も!(いばることじゃないけど) それに加えて、丸文字。いまじゃ流行らなくなったようだけれど、中学生の時(こりぁまた古い話ですが)、けっこう練習したのを憶えています。習字はいっさいダメ(結婚式などで筆ペンがでていると、恐怖です)。縦書きもちゃんとできないという欠陥人間。

お陰で早くからワープロを使いこなしていたのは、「怪我の功名」と言うべきでしょうか。

カナダ旅行記【21】 リサイクル先進国

カナダはリサイクル運動にも熱心だという印象をもちました。ホテルのゴミ箱は2種類--1つは普通の物で、もう1つは「リサイクル用」。ビン、カン、ペットボトル、雑誌、新聞など、リサイクルできるものはこちらにということです。

スーパーには、リサイクルを受け付けるコーナーがありました。カンなど1個について1〜5セントの「戻し」があるようです。これは「デポジット制度」なんでしょうね。製品を売るとき、あらかじめリサイクルの費用をコストに加えておき、消費者に負担してもらう(全額ではないかもしれませんが)。リサイクルとしてこのようなお店に持ち込めば、その分が戻ってくる。ドイツなどで広く用いられている方法だと聞いたことがあります。

消費者の善意に頼るだけのリサイクルは、限界があるのかもしれません。資源を使うことにコスト意識をもつことで、節約したり、リサイクルに熱心になったりするということも、事実だと思います。

日本では、以前から「暮らしの手帳」社がこの主張をしていましたが、メーカー側の反対が強くて実施されなかった、と記憶しています。デポジット制をとると、商品が売れなくなるからなのだそうです。リサイクルの考え方に立てば、それもある程度、仕方ないのではないかと思うのですが・・

面白いリサイクル例を1つ。水族館の出口で、「いらなくなった案内をいれる箱」が設置されていました。そこにははっきり「再度使用する」とあり、ここまでやるのかと、感心しきりでした。 

2000.9.28(木)

◇黒板はITの原点だ

医院の玄関に、「手書き黒板」を取り付けました。以前から院内の待合室などに、ホワイト・ボードが何面かあり、その時々の話題やお知らせを掲示しています。玄関のガラス戸にも、すでにいくつかのお知らせが張り出されています。その上にさらに・・ということで、「屋上、屋を重ねる」ではないかと思われるかもしれません。

実は、これにはふか〜い訳があります。院内での掲示などがあまりに多いために、「一番大切なのは何か」が、分かりづらくなっていました。いろんなことをお知らせしたいと思うあまり、「情報過多」に陥っていたというわけです。

また、皆さんに見ていただくわけですから、できるだけきれいに作ろうと思っていました。最近ではパソコンとカラー・プリンターを使って、カットや写真もCDの素材集からカラーのきれいな物をつかったり、また、できるだけパウチして見栄え良くしています。でもそのために、一つひとつが訴える力を失っているのも確かでした。

ということで、「これだけは!」という情報を、玄関先に大きく書き出すことにしたのです。先日からかいているのは、「秋口、喘息注意」という内容です(今、天候が悪いため、発作をおこす子がすごく多くなっています)。日替わりでもいいと思っていますが、晴れた日には「花粉注意報」に書き換えるつもりです。来月20日からは、いよいよインフルエンザ予防接種を始めますが、その時には「ワクチン開始」を。いざ流行が始まったら、「インフルエンザ流行!」とお知らせしたいと思っています。

最も大切な情報を、タイムリーにお知らせする大切な役割をもった掲示板です。しめて12,000円なり。パソコン連動の電子掲示板などに比べれば、安い物です。そして、的確に情報を伝えるという意味で、「IT(情報革命)」の原点がここにあるように思いました。

カナダ旅行記【20】 チップの意味は?

欧米を旅行している人には当たり前になっているかもしれませんが、私にとっては、チップをどうするか、出発前から悩みの種でした。

サービスしてくれる人への感謝の気持ちとして渡すわけですが、相場や10%ぐらいとか。こちらの気持ちですから、強制されるものでもないでしょうし、それ以上あげてもかまわなませんね。でも、働く人の給与は概して安いので、チップが入ることで生計が成り立っているとも聞きました。そうなると、こちらの気持ちだけではなく、向こうの立場も考えにいれる必要があります。ということで、だいたい10%か、1〜数ドルが相場ということになります。

カード支払の時にはどうするのか心配でしたが、ちゃんとチップの欄があり、請求額に自分で書き込み、その合計を支払います。合理的にできているもんだな、と感心もしました。

チップというお金をあてにして、人にサービスするのはどうかな、などと疑問にも思っていたものです。でも、レストランなどで一生懸命、そしてこころよく働いている姿を見ると、そうではないと感じました。一人ひとりのお客さんにちゃんと接することが求められるわけですから、ずいぶんと良いシステムにも見えてきました。

日本で、態度の悪い従業員がいると、「むこうなら絶対にチップをやらないのに」と思うこともしばしばです。チップという習慣のある社会も、面白いと感じた次第です。

【追記】日本的な物が喜ばれると聞いて、ルームメイドさんには、子どもに作らせた折り紙の鶴やお花をいっしょに添えてきました。これは、オススメです。

2000.9.27(水)

◇ER終われば次はグリシャムだ

先週でER-V(ファイブ)(BS2で放送されていたアメリカのTVドラマ)が終わりました。毎週月曜の夜はこの番組が楽しみだったのですが、今週からは「辛くない子ども用のカレー」のようです。(そういえば、子どもができてからは甘口カレーに慣らされてきました。もうそろそろ「復権」してもいい頃かな?)。

小児科医“ダグ”(ダグラス・ロス)が、恋人である看護婦ハサウエィーのもとに戻ってくるか・・と気を持たせながらの最終回。この続きは、来春のER-VI(シックス)に持ち越し。アメリカではもう始まっているのでしょうが、日本では半年遅れ。早く続きが見た〜い。(この話は、マニア?しか分からないですね。)

TVドラマのかわりに、今「読書」をしています。先週末に発売されたジョン・グリシャム著「裏稼業」。弁護士でもある彼の本は、全部読んでいます。リーガル・サスペンス(法廷物)が好きで、この最新刊を待っていました。・・こんなことを書いたら思い出してしまいました。早く帰って、続きを読まなくっちゃ! では。

2000.9.26(火)

◇車にも年を重ねた味がある

アクセス・カウンターが8,000を超えました。この「栄えある8,000番」(?)をゲットしたのは・・私でした。アップしたあと、確かめるためにアクセスしたら、8,000になっていました。すみません。(もっとも、期待して見ている人はおられないでしょうが。)

もう一つ、カウンターが100,000・・といっても、このHPへのアクセスではありません。全くの私事で恐縮ですが、昨日、私の愛車(エスティマ)が走行距離100,000kmを突破しました。9年6か月乗り続けての「快挙」です(?)。

「99,990」からカウント・ダウンが始まり、「99,999」から「100,000」に変わる瞬間は、歓声が上がっていました・・といっても、私の家族3人だけですが。(高速道路の上だったので、他の車に迷惑だったかもしれません。)エスティマにこだわる理由は以前にも書きましたが、もう数年は乗ることにしましょう。

先日聞いた話ですが、自動車が古くなったら税金を高くしようという検討が政府で進んでいるということです。年数のたった車は、環境に優しくない、という理由です。新しい自動車は、より厳しい環境基準のもとで製産されているし、古くなったら新しいものに買い換えなさいということなのでしょう。でも、わずか数年ぐらいで車を消費していくのは、本当に「環境に優しい」ことなのでしょうか? ある程度長い年数、使用していくのも、トータルでは環境対策になるように思うのですが。

ちなみに私の前の車(コロナ)も、9年間乗って、10万キロ以上走りました。けっこう物持ちがいいでしょう・・?

もう少しついでに、我が家の犬ちゃん(チロ)は15歳。目も耳も不自由になってきているけど、でもまだ元気。妻とは20年余。こちらも「物持ち」の良さでしょうか・・??(怒られそうです)

新しいページ/院長の著作(「乳幼児医療費「定額」移行を

本日(9/26)の新潟日報「声」欄に、私の投書が掲載されました。新潟県の乳幼児医療費助成制度についての提言です。(来月、県知事選挙があり、この問題がずいぶん騒がしくなってきました。)HPの中でも紹介していますので、ご覧になって下さい。

2000.9.25(月)

◇愛国者五輪の時には急に増え

週末は、みんなテレビっ子。オリンピックに魅せられていましたね。それにしても、高橋尚子さんのマラソン金メダルは、すごい! 走れるだけでもスゴイとおじさんは思いますが、それは別にして、終わってからのあの笑顔。感慨は深いのでしょうが、でも平常心を失わずにいられるというのは、大したものです。

オリンピックの話では、「にわかナショナリスト」になっています。いつもはこんなに「日の丸」をふったり、「君が代」を歌ったりしないのに。あまり日本人の勝ち負けだけにこだわらず、本当は、どこの国の選手でも、良いプレーに対しては素直にたたえる気持ちが大切なんだと思います。

カナダ旅行記【19】 リムジンのタクシーも

車の話の続き。ちょっとミーハー的ですが、リムジンに乗りました! 食事に出かけようと、ホテルの外でタクシーを待っているとき、ちょうどリムジンで到着したお客さんがいました。すかさず交渉(といっても、私の英語力では無理なので、カナダ人がしてくれました)。「レストランまで30ドル」で交渉成立(日本円で2,300円ぐらい)。初めて乗ってみましたが、王様気分でした。こんな車が走っているのも、日本にはないことです。

タクシー料金も交渉で決まり、支払は、いつものようにカードで、チップをプラス。そして、運転手さんはインド人というのも、カナダらしい光景でした。(チップのことはまたあとで書きます。)

(一つ後悔しているのは、この時カメラを持っていなかったこと。「リムジンを前に記念写真をとればよかったなー」と、日本人観光客らしいところが、また抜けていませんでした。)

2000.9.22(金)

◇頑張れと言えば言うほど頑張れず

シドニー・オリンピックたけなわです。日本勢も活躍しているようで、毎日、楽しく見ています。

「がんばれニッポン」という声援が、ひときわ声高く響いていますが、少し気になっています。どうして日本人は、一生懸命やっている人に対して「頑張れ」というのでしょうか。頑張らなければいけないというのは、自分が一番分かっていることです。それに追い打ちをかける必要はないでしょう。ますますプレッシャーを与えるだけのようです。(出発前の「壮行会」というのも、余計なお世話のように思います。)

英語では、「Take it easy!」と言うようです。余分な力を抜いて、リラックスして勝負に臨んではどうですか・・ そんな意味なんだと思います。私には、こちらのほうがいいな。

2000.9.21(木)

◇ネットでは液晶テレビも買えました

昨日、液晶テレビを買ってしまいました。ほとんど衝動買い・・?

実は、医院のなかで「隔離室」と呼んでいる狭い部屋があるのですが、そこでのアメニティー(居心地の良さ)を改善しようということになっていました。以前にも、中におもちゃのような飾りを付けたり、ドアに透明な窓をつけて中から見えるようにしたりしていましたが、どうもまだ「狭苦しさ」がありました。先日もインテリア・コーディネーターの方が、壁紙をかえたらどうかという提案をしてくださいました。

でも、それでも小さな子どもたちが、ゆっくり待ていてくれるだろうか心配で、いろいろ考えていたとき、「そうだ、中でアニメが見れるようにしよう」と思いつきました。すぐ隣の待合室では、一日中、アニメなどのビデオを流しているので、それを隔離室でも流せば、子どもたちも退屈しないで(お母さん方も?)待っていてくれるのではないか、ということです。

問題は、テレビをどうするか、でした。狭い部屋なので、普通のブラウン管のTVは置くスペースがありません。シャープから液晶TVが売り出されていますが、「ん十万円」という目の玉が飛び出すほどの金額です。思案にくれていたところ、目に入ったのは新聞の広告でした。サムソンという韓国の会社が、比較的安く液晶TVを販売していました。一般のルートではなく、インターネットでの販売だけ。さっそく、一昨日に申し込んだところ、翌日、つまり昨日商品が届いたというわけです。

一昨日には、電気屋さんから2つの部屋を結ぶケーブルを設置してもらっていたので、きのうは早速液晶TVを備え付けました。これで、待合室と同じアニメが隔離室の中でも見られることになり、子どもたちも喜んでくれることでしょう。

こんな商品を買うことができるようになったのも、インターネット社会が進んだお陰かもしれません。ちなみに、支払はカードでの決済にしましたので、これも「IT」の恩恵のようです。

カナダ旅行記【18】 自販機がほとんどない

車で走っているときも、街で歩いているときも、自動販売機がほとんどないことに、違和感がありました。夏ですから、なにか飲み物がほしくなりますが、日本のようにはいきません。必ずファースト・フードのようなお店に入って注文するか、買い物をするかで、どうしても手間がかかります。

たまに見かける自販機は、道ばたにポツンとしているのではなく、お店の真ん前にあります。コインのところは、頑丈な鎖と錠前がしてあります。どうも自販機泥棒が多いようです。そのため、日本のように、「歩けば自販機にぶつかる」ような状態にはならないのでしょう。

でも、少しすると、そんなことにも慣れてきました。逆に、日本でそれほど自販機が必要なのか、疑問に思います。自販機が24時間休むことなく冷やしたり、暖めたりしている電力は、全体の数十%にもなっているそうです。そんなに多くなくてもいいような気がしました。

と言いながら、私の医院にも、2台の自販機が設置してあります。患者さんへのサービスと考えると、やはり必要のようで、また考えてしまうのでした。

2000.9.20(水)

◇NTTはお釈迦様の手のような

昨日から、インターネットにつないでいるプロバイダ業者を変更しました。これまではローカルな業者さんで、先日も事故って数日運用がストップすることもありました。また、NTTの回線を使ってアクセスしているので、その通話料も気になっていました。

私の使い方は、一番はメール・チェックなので、1回に数十秒、それを日に何回も繰り返します。NTT回線を使っていたので、そのたびに10円ずつかかっていました。自分でこのHPを作っていながらおかしいのですが、私はほとんどほかのHPを見ていません。ときに、仕事で必要になって、検索したりするだけです。そのため、1回に何十分もつなぎっぱなしにすることはないので、「常時接続」にするのはもったいない(上越ではケーブルTV網が発達していて、最近、このケーブルを使って常時接続のサービスが始まっています)。

そうなると、いくらプロバイダをあたっても、「NTTの魔の手」(?)から逃れる方策はない・・と思っていたら、そうではありませんでした。日本テレコムで、通話料こみで、秒単位の課金というサービスを見つけました。さっそく申込をしてつかっているというわけです。

でもよく分からないのが、日本テレコムにアクセス・ポイントまでは、やはりNTTの市内回線を使っているのに、NTTの料金がかからないという点。なんだか納得できないので、なかなかつながらないサービス・センターに問い合わせたのですが、それでいいという返事。日本テレコムからNTTに、その回線の使用料を払っている、と理解して良いのでしょうか? (詳しい方がおられたら、教えて下さい。)

NTTを「魔の手」などと言って、失礼をしました。孫悟空が自由にどこへでも飛び回っているようにみえても、実はお釈迦様の手のひらの中で飛んでいるだけという話を思い出しました。NTTさんは、実はお釈迦さんだった・・??

2000.9.19(火)

◇追おうとも消え行く船が闇の中

水害でいつも思い出される子どものころの記憶があります。庭もない町中に住んでいましたが、家の前の小さな側溝が、折からの雨であふれんばかりに勢い良く流れていました。夜、父やきょうだいで、紙の船を作って流そうということになったとき、私が大泣きをしてしまったのでした。

おそらく新聞折り込みのチラシで作ったのでしょうから、高価なものではなく、折るのも簡単だったはずです。でも、それが流されていって、闇の中に消えていくことを受け入れたくはなかったのでしょう。今でも、その時の体験を憶えています。

手元にあるものが、理不尽な力で目の前から去っていくことに、「不条理」を感じたのかもしれません。たかが「チラシでできた箱船」でも、そんな思いなのですから、今回のような大水害で、自分の身の回りのものが流され尽くされたとき、子どもたちはとてつもなく大きな心の傷ができてしまうことでしょう。

「外傷後ストレス症候群(post-traumatic stress syndrome)」が、近年クローズアップされてきました。中でも、子どもたちにできた心の傷を、しっかりと見つめてあげなくてはいけないと思っています。

カナダ旅行記【17】 AERAで取り上げられています

カナダについて、私自身の体験だけからお話をしてきました。まだまだお話をしたいと思いますが、今回は雑誌に取り上げられていたので、そちらを紹介します。

今週発行の「週刊AERA」(朝日新聞社、9月25日号)の、「私がカナダに住む理由」(サヨナラ日本、カナダ編)がそれです。ここに登場する何組かの家族が、カナダで住んでいてとても幸せでいる様子が書かれています。小見出しには、「自然の中でおおらかに」、「多文化・多民族に寛容」などとあります。

私が見聞きしてきたことと、基本的なとらえ方が同じようで、驚きました。カナダについてご興味のある方は、ぜひお読みになって下さい。

(ああ、私ももっと若かったら、カナダに住んでみたいな・・←これは独り言。気にしないで・・)

2000.9.18(月)

◇水害の反省も水に流される

先週、愛知県などを襲った集中豪雨で、大きな被害が出てしまいました。市内を流れる川の堤防が決壊したことがきっかけになりました。

こういった水害のニュースを耳にするたびに思い出すのが、「信玄堤(しんげんつつみ)」の話です。武田信玄の行った治水事業のコンセプトは、「どんなに強固な堤防を作っても、壊れることがある。その時は、かえって大きな被害をもたらしてしまう。であれば、堤防が壊れることを前提に、治水をするべきだ」というものです。

具体的には、堤防を二重に建設するものです。常時使っている内側の堤防が、その役を果たさないときでも、そとに「安全弁」があるため、大きな災害にはならない(なりにくい)。また、一つの堤防をいたずらに強固にするよりも安い費用で実現する、というコスト・パフォーマンスの良さにも着目していたことでしょう。

今回の水害では、予想を遙かにこえる雨量であったわけですが、もし堤防が二重になっていたら、ここまでの被害はおきなかったのではないでしょうか。また、以前の水害の反省から、大型のポンプ場が作られていましたが、こちらも予想以上の水位のために止まってしまったとか。水位の予測が適切でなかったという問題もありますが、「ポンプも役に立たないことがある」ことを前提に、治水事業を進めるべきであると感じました。

この「信玄堤」の話は、実は私が中学生のとき、朝礼で校長先生が話されたことです。30年ほども前になります。素行不良で(?)、先生の言うことなど聞いてはいなかった・・のですが、なぜかこの一節だけはよく憶えています。たしか中田先生というお名前の、美術の先生だったと思います。

2000.9.16(土)

◇シドニーと心が一つに結ばれる

きのうからシドニー・オリンピックが始まりました。「20世紀最後の大会」と名うっていますが、まあ4年に1回のオリンピックであることに変わりなし。・・と少し覚めてみていたら、さっそく柔道で2つの金メダル。とくにヤワラちゃんは、これまで取れそうで取れなかったので、ほんとうに良かったですね。これで引退するのかどうかは知りませんが、悔いのない柔道選手としての生活を燃焼させたことでしょう。

銀メダルに輝いた女子水泳選手が、「でも金じゃないんでしょ。本当は金が良かった」と語っていたのも、印象的でした。これまで(今でも?)日本の選手は、「勝ってこいよ」との激励にプレッシャーを感じて、かえって良い成績がとれないこともありました。私たちのほうも「勝たなきゃ意味ない」というような態度が強かったのではないでしょうか。

「オリンピックは参加することに意義がある」と、昔誰かが言ったとか。オリンピックに出場できることは、スポーツ選手として最高の喜び。「思う存分、楽しんでくる」のは、すごく素敵なことです。もちろん、物見遊山で観光旅行に行っているわけではなく、選手にとって「楽しむ」とは、自分のもてる力を最高に出し尽くし、悔いのない成績を残すことでしょう。そんな意味で「楽しむ」選手を、私たちはおおらかに見ていてあげたいと思います。

でも、日本の選手がどんな活躍をするか、胸ワクワクです。そして、メダルの数なんかよりも、どんな素晴らしいシーンを見せてくれるか、そちらのほうを期待していたいですね。

2000.9.14(木)

◇駐車場広げてみればまたいっぱい

先日来行っていた駐車場の整備がおわり、本日から使用していただいております。新たに10台の自動車が駐車できるようになりました。これまで、70台ほどの駐車スペースがありましたので、トータル80台です。これで、冬の患者さんが多くいらっしゃるときでも、「注射違反」--おっと間違えました--「駐車違反」をすることがなくなったと思います(何だか、古典的ジョークを入れてしまいました)。

一医院でこれほど駐車場が必要かと思われる方もおわれると思います。当地(新潟県上越市)は、人口13万人の小規模の地方都市。出かけるのは、どうしても自家用車を使うことが多くなります。10年前に医院のコンセプトを考えるとき、「郊外型パチンコ店」をイメージしたことを思い出しました。町中の「歩いていける」パチンコ店が姿を消し、かわりに、多少離れていても「車で行ける」パチンコ店が増えてきていました。医院もきっとそうなるだろう、そのためには広めの駐車スペースが必要--と考えたのです。

新潟県は、軽自動車の保有台数が全国一です。おそらく家でのセカンドp・カーとして使われているのでしょう。つまり、お母さん方が自分で運転して、お買い物に行ったり、子どもを連れていったりしている、ということです。

駐車場を広くとったことが当たった・・かどうかは定かではありませんが、わりと多くの方から来ていただいております。お陰で、当初30台分ほどだったスペースが、今ではその倍以上になりました。増やせば増やすほど、新たな駐車スペースが必要になる・・と言っていたある病院長の話を思い起こしました。確かにそんな面もありますが、でも、せっかく来ていただいた患者さんに、不自由な思いをしてもらったり、まして路上駐車などの違反行為をしてもらうわけにはいきません。

カナダ旅行記【16】 マナーの良さに感嘆!

カナダでいくつかの有料駐車場を利用しましたが、その料金支払いについて、なんとマナーがいいんだろうと驚いてしまいました。

日本では、入り口で入場券が発行され、出口で精算するタイプ(つまりゲートが2つ以上必要)が多いのですが、カナダでは、入り口も出口もなく、もちろんゲートもありません。あるのは、支払のための機械だけ。駐車場の一角に「支払機」が設置してあり、ドライバーはそこまで歩いていき、所定のお金を入れ、出てきた「駐車券」を車に置いておくというもの。

こんなことでは、日本ではきっとお金をいれないで、そのまま立ち去る人が多いことでしょう。このシステムは、ドライバーのモラルに期待して維持されています。(成り立っているということは、モラルがじゅうぶんに高いことの証明でもあります。)もちろん、この方式のほうが、維持費用は格段に少なくてすみ、結果としては、ドライバーは安い費用で駐車サービスを受けることができているわけです。「自分一人ぐらい・・」と考えが広がってくると、逆に負担すべき費用が増える構造にあります。これなども、「成熟した社会」のあかしのように思われました。

なお、ここでの駐車料金は200カナダ・ドルが多かったように思います。1カナダ・ドルは75円程度ですので、150円ぐらいで駐車することができました(時間にかかわらず)。病院、公園、海岸など、利用者が多い・少ないには関係なく、このシステムで駐車場が運営されていました。

もう一つ。その支払が、カードでもOK。さすがカード社会。ほとんど人の通らない駐車場でもそうでした。これにも驚いたものでした。

2000.9.13(水)

◇講演会終わってみれば話し足りず

昨夜は、近くの町で「子育て講演会」の講師をつとめてきました。このシリーズは、毎回80名ほどのお母さん方が集まるとのことで、資料を100部作って持っていきましたが、それではたりずに急遽増しプリントしました。120名ほどの方がお集まりになられたとのことで、主催の保育園の園長さん方も喜んでおられました。

毎日の外来では病気のことを少し話しすることしかできませんので、このような機会を通して、子どもの病気への対処、健康づくりの話、子育ての中で気をつけてほしいこと、ぜひ実行してほしいことなどをお話ししています。小児科医としていろいろな思いもありますし、子ども3人を育てた(まだ「現在進行形」ですが)体験談もお伝えしました。(先日からこのコーナーでお伝えしているカナダ旅行記も、話のタネに使いました。)

今年6-7月に何回か受講した「子どもの心」研修会での、感銘深い話もいろいろと使わせていただきました。あるいは、最近読んだ本も大いに参考になっています(とくに汐見稔幸著「親子ストレス」が参考になりました--「院長の書斎」の中で紹介しています)。

このような講演会があると、直前までお話のあらすじが決まらないことが、ほとんどです(ひどいときは、会場に入ってもまだ決まっていない・・)。これは私がグズだからということもありますが、多くの皆さんを前にしたとき、作ってきた原稿を読むようなお話ができないためです。その場で、聞き手の様子を見ながら、次のお話の内容を考えています(とは言っても「視線恐怖症」があり、なかなかお一人ずつのお顔をじっくり拝見することはできないのですが)。その意味では、話し方に繰り返しが多かったり、論旨が一貫しておらず、分かりづらいところも少なくないでしょう。でも、やはり原稿を作ってお話をする、あるいは、きっちりと内容を決めてお話をするというのが、苦手です。

直前まで、本を読み直したり、資料をあさったりすることで、その時点で提供できる一番良い話をしたいと思っています(実際にはそうはなっていないかもしれませんが・・)。でも、きちんとした原稿を作ってこないために、終わってみると、話したりいないところが多々あり、いつも反省しています(ときには落ち込んだりも)。

◆このHPが、日経BP社のHPで紹介されました。先日、同社からのメールマガジンの中で、医療機関が「より積極的にホームページを使う」方向になってきているようだが、そんなHPを自薦してほしいとありました。さっそくこのHPを紹介したところ、取り上げていただいたものです。このシリーズの第1回のようです。

その中で、とくに「ほぼ毎日」更新しているのは、この日誌に秘訣がありそうだとあります。また、昨日から始まったばかりの「院長の書斎」も、さっそく取り上げていただきました(これで、このコーナーは勝手に止めるわけにはいかなくなった・・?)。

「内容的にもレベルの高いもの」などと言われると、うれしくなります。開設から1年ちょっとたったところで、思わぬ所からお褒めいただきました。

2000.9.12(火)

◇プロバイダつながらぬパソコンただの箱

9日から、私の利用しているプロバイダがシステム・ダウンしていました。雷のために故障したとのこと。今日のお昼になって、やっと復旧しました。困ったものです。情報通信が安定して利用できるよう、対策をとってほしいと、つくづくと感じました。

この間、いただいたメールの一部はiModeで読んでいましたが、お返事をきちんとだせずにいました。もちろん、このHPの更新もできず、イライラがつのっていました。どうもこの業者さんは、調子の悪いときが多いようです。ほかに移ろうかな・・(「浮気心」をだすと、また嫌われそうですが)

◆新しいコーナー院長の書斎」を始めました。私が読んで、面白かった本を紹介していきます。非常に個人的、主観的な選択になりますが、ちょっと立ち寄ってみて下さい。

今夜は、近くの町で保育園の保護者対象に講演してきます。「今、子育てに求められるもの」と題してのお話です。もうすぐ出かけますので、今日はこのくらいで・・

2000.9.8(金)

◇異母兄弟見慣れぬだけでママコにし

今朝、ある交差点にさしかかったとき、左から「ルシーダ」(エスティマの小さいタイプで弟分?)が、右から「新しいエスティマ」が来ていました。いずれもボディー・カラーはシルバーメタリック。私が優先道路で直進。ほかの2台は私と同じ方向に来たので、「古いエスティマ→ルシーダ→新しいエスティマ」の順に進んできました。きのうエスティマのことを取り上げたばかりだったので、思わず笑ってしまいました。

きのうは「新しいエスティマは、もうエスティマとは呼ばない」と書きましたが、「ママコ扱い」するのは止めましょう。エスティマの名前を墓場に持って行くわけにもいきません。「エスティマは永遠に不滅です!!」(よく意味が分からない・・?)

でもやっぱり、新しいエスティマに買い換える気にはなりません。(もし今のエスティマが壊れて乗れなくなっても、また同じエスティマを買おうかなと密かに考えていたユーザーがここにいることを、トヨタさんはぜひ知ってほしかったと思います。)

明日(9日)は第2土曜で、休診です。このHPの更新もお休みします(きっとそうなると思います)。よろしくお願いします。

カナダ旅行記【15】 格好いい自転車乗り

カナダの交通についての話がつづきます。きょうは自転車について。

カナダでは法律で、自転車にのるときはヘルメット着用が義務づけられているのだそうです。確かにヘルメットをかぶって運転している自転車がほとんどだったように思います。

子どもたちの事故予防のために、このことも必要だといわれています。でも、日本ではほとんど着用が進んできません。街の中でわずかに見かけるのは、中学生が通学で自転車を使っているときだけ。でも、そのヘルメットのダサイこと。工事現場で使うような丸いボールです。これでは、子どもたちが嫌がるのも仕方ありません。

もちろん、そのほうが安全性が高いというなら別ですが、どう見ても、競輪選手がかぶっているような縦長の物のほうが強いはずです。事実、カナダで見かけたのは、全てその形でした。(よく外国の映画には、工事現場でもこれをかぶっています。和尚さんの頭のようなヘルメットは、日本だけなのでは?)

余談ですが、公園でおそらく1歳ぐらいの赤ちゃん用のヘルメットを見かけました。自転車の補助席で子どもを乗せるときは、その子もヘルメット着用の義務があるのだそうです。(徹底している!) 

もう一つ余談。バンクーバーで、警察官が自転車でパトロールをしていました。マウンテン・バイクに「POLICE」と書いてあり、すごく格好良かったです。日本のお巡りさんが自転車に乗っている姿とは、失礼ですが、雲泥の差でした。

機能がちゃんとしていなければいけませんが、でも形もまた大切なのだと思いました。日本の中学校でも、あの形のヘルメットにすれば、子どもたちが喜んで着用するのではないでしょうか? 

また、これまでカナダは「自己責任」の国だと繰り返し書いてきましたが、「事故予防」のために必要とあれば、きちんと法律で定めるところも、また頼もしく感じられました。日本ではやっとチャイルド・シート着用が義務化されましたが(実際にどれくらい、きちんと行われているかは分かりませんが)、次はこの「自転車に乗るときはヘルメットを」だと思います。

2000.9.7(木)

◇トヨタでは天才タマゴが落第し

私の愛車「エスティマ」は1990年秋に発売されていますが、最近、10年間続いた生産が中止され、モデル・チェンジされました。同じ名前を名乗ってはいるけれど(正確には「エスティマT、L」)、中身はかなり変わっています。

もちろん「進化」があるのは当然ですが、とくにエンジンの場所が変わっていることに、どうしても納得できません。以前は「ミッドシップ」といって、運転席と助手席の真ん中に置かれていました。新しいエスティマは車の前にあります。これは、いわゆるワン・ボックス・カーです。

トヨタのHPでは「エンジンをフロントにレイアウトすることで、低いフロアと高い室内高を実現し乗降性と居住性を高め・・」とあります。確かに以前のもの(私が今乗っている車)は、床が高いので、「乗降性と居住性」はあまりよくありません。それは最初から分かっていること。では、なぜエンジンのミッドシップにこだわっていたのでしょうか。

「天才タマゴ」というキャッチフレーズを憶えておられますか? エスティマのCMで、最近まで盛んに流れていました。エンジンを中央に置いたので、車が安定して運転しやすいというものです。では、新しいエスティマでは、以前よりも一層安定しているというのでしょうか? そして、この発想はどうなったんでしょうか?

もし、「新しい車のほうが安定している」というのなら、普通のワン・ボックス・カーのほうが「天才タマゴ」より優れていたことになります。10年間続けていた宣伝は何だったんでしょうか? 逆にそうでないなら、なぜミッドシップの発想をやめたのか、きちんと説明してほしいと思います。----「天才タマゴ」などと、他の車を見下すような意味合いの言葉を使っていたのですから、ここはしっかり「説明義務」を果たしてもらいたいと思いますが、いかがですか? (トヨタの関係の方がこれを見ておられたら、ぜひご意見を聞かせて下さい。)

ということで、新しいエスティマは、私にとってはもう「エスティマ」と呼べる物ではありません。「ミニバン」が気に入っている私にとって、次に買い換える車がないというのが、古くなってもそのまま乗り続けている理由の一つです。 

カナダ旅行記【14】 自己主張する自動車

自動車の話が続きます。かなりの自動車が、昼間もライトをつけていました。もちろん、安全のためと思います。

私たちが訪れたときは夏で、日が暮れるのは午後9時と、とても日中が長かったのですが、それでもそうでした。確かボルボの宣伝で、冬が長く、日中も薄暗い北欧では、安全のために昼間も点灯しているというものがありました(あれはライトのメーカーのCMだったかもしれません)。

でも、明るい中で点灯するのは、自分のためではありません。周囲の運転手(あるいは歩行者)に対して、「自動車がここにいる!」と知らせることにあると思います。日本でも、バイクは昼間も点灯しているのは、同じ目的なのでしょう。

でも、日本では自動車は暗くなったときにしかライトをつけません。そして、夜の交差点などで止まったとき、わざわざ大きなライトを消しています。前の車や対向車がまぶしがるといけないという、日本人的な「気配り」からそうしているようです(私が自動車学校に通っていたころは、そんなふうに教えられたのではなかったかと思います)。

以前読んだ本で、アメリカでこれをやった日本人が、警官に警告を受けたというものがありました(確か罰金も払わされた)。周囲の運転手に対して行うべき義務を怠ったというのです。これなど、「自己主張」しなければ生きていけないアメリカならではの話と思っていました。でもカナダで実際に見ていると、「自己主張」というより、周囲への配慮のためにそうしている、とも思えます。こんなところにも、大人のクルマ社会があるように思いました。

(数年前にJAFの雑誌の中で、この問題が取りあげられたことがあります。その時から、私は「夕方早めの点灯」「交差点でも消さない」を実行しています。でも、昼間の点灯まではなかなかできそうにありません。私も日本人的に「右見て左見て・・」のタイプなのかもしれません。)

2000.9.6(水)

◇二十余年遅れて走る子に越され

私の息子のことです。今年大学に入り、さっそくパソコンを買い与えてしまいました。このあたりは、世のお父さん方と同じ事をしているようです。

パソコンは、多少ゲームで遊んでいただけで、最初は「高価なおもちゃ」状態でした(もっとも、私も他人のことはとやかく言えませんが)。先日、「ブラインド・タッチで入力できるよ。父さんが音声入力するのはダサイね。指で入れなきゃ」などとのたまう始末。

離れて暮らしているので、たまの電話でしか知ることがありませんが、いつのまにやら成長しているものだと実感しました。いつまでも子ども扱いはできないですね。(でも、「お金送って!」とは言ってくるときは、しっかり子ども面をしています。)

この夏休みも返ってこなかったので、4月からずっと会っていません。そろそろ会いたくなった・・のは、親のほうですね。20歳になっているので、いっしょに酒を飲めるのが、楽しみです。

カナダ旅行記【13】 オンボロ自動車

カナダの街で見かける自動車は、新しいものもあれば、そうとう古いものもあります。中には、日本ならとっくに廃車になっていてもおかしくないようなしろ物も。

聞いてみたら、「車検制度」がないのだそうです。どんなに古くても、自分で整備して、走れそうならOK。もちろん故障などすれば、自分の責任。

日本の車検制度がやり玉にあげられて久しいです。2年ごとに受ける車検が、本当の利用者のためにあるのか、疑問視されています。特に諸外国から、「非関税障壁」の一つとして問題とされ、最初の間隔は3年に延長されました。でも、10年を超えると1年おきになるため、11年目の車検をとるあたりで、日本の自動車はその寿命が終わってしまうことが多いようです。

じつは私の乗っているエスティマは、1991年3月に購入。けっこう気に入っているので、今年、9年目の車検をとりました。再来年(2001年)からは1年おきの車検になってしまうので、そろそろ買い換え時なのかな、とも思っています。でも、もしそうしたら、きっとこのエスティマは廃車になってしまうだろうと思うと、かわいそうな気もして、決断できないでいます(もっとも、お金がないこともありますが・・)。

ということで、話はそれてしまいましたが、カナダの街では、そうとう「いけてる車」も走っています。日本のように、皆が同じような車・・ではありませんでした。ここにも「自己責任」の考えがしっかり根付いているように感じられた次第です。(おまけ:トヨタ、ホンダなど日本車がけっこう多かったので、うれしかったです。)

2000.9.5(火)

◇夏休み終わって取り組む宿題や

この日曜日、我が家にブラインドを付けました。南側の窓2箇所。以前から付けてほしいといわれ、既製品のブラインドも買ってあったのですが、どうもズルズルと・・

この夏の猛暑は、あまりに異常。暑すぎて、家に帰ると完全にだらけていました。「暑いから付けるべきだ」という理性と、「暑いからできない」という欲望がぶつかり合って、その火花でまた気温を上げていたようです。(というのは全くのウソで、ただ、さぼっていただけです。)

正味時間30分ほど。やったぞと満足感にはひたっていたのですが、でも、その日で「真夏日連続38日」の記録が終わり、秋風らしいものがふいてきたのは、いったいどういうことでしょう。

まるで、夏休みにやり残した宿題を、2学期が始まってからセッセとやっている子どものようでした(遠い昔の、そんな覚えがあります)。

カナダ旅行記【12】 歩行者に優しい運転手

昨日は、交差点で自動車に乗る者の視点でお話をしましたが、今日は歩行者の視点から。

信号のない交差点の歩道で、歩行者がいるときちんと自動車がとまってくれます。これも実に驚きでした。ある意味で当然ですが、それが日本ではできていないことを改めて知りました。

歩いて交差点にさしかかると、もう車が止まっています。日本人的な感覚では、「止まってもらって悪いな。早く渡らないと・・」。自然と早足になってしまうのですが、カナダで見ていると、歩行者はゆうゆうと渡っています。そして、それを待っている運転手にもイライラしている様子は見られません。

以前、日本で危険な光景を目にしました。横断歩道を渡ろうとしている子どもがいて、1台の車が止まったのですが、後ろから来た車が追い越しをかけ、危うくその子にぶつかりそうになりました。もし事故になっていたら、重大な結果になるところでした。

カナダでは、そんな危険な光景は見かけませんでしたし、後ろからついてくる車がクラクションの鳴らすこともありません。こんな所にも、「日本人の幼さ」を感じてしまいました。

さあ、私もちゃんと大人の運転を心がけることにしましょう。

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ヘルスレターのシリーズに「男の子のケア」「女の子のケア」を追加しました。

2000.9.4(月)

◇失って知るデータの大切さ

我が医院が誇りにしてる(埃ではありません・・)「電話による自動予約システム」が、現在ダウンしています。先週の金曜日、突然動かなくなり、メーカーの方に来ていただいたのですが、復旧せず。機械的な故障によるものだろうといいうことで、今日、代替機を持ってこられたのですが、結局もとに戻りませんでした。

どうも、その前日から不調だったようで、フロッピーに落としたはずにデータがすでに失われていたようです。そのために、いくら新しい器械がきても、元に戻るはずがありません。

大切なデータが、コンピューター本体からも、バックアップ用のフロッピーディスクからも失われたわけで、万事休す!! これから手作業でデーター入力をしなければいけません。(1万人以上の患者情報を、です!)

というわけで、今は「人間予約システム」でやってます。朝早くから事務員が張り付いて、電話応答。あいてはコンピューターと思ってかけてきている患者さんは、びっくりするようです。(職員にも申し訳ないと思っています。ありがとうございます)

システム・ダウンした日は9月1日--そう、偶然にも「防災の日」でした。バックアップの2重化など、リスク管理の徹底が大切だと教えられました。

カナダ旅行記【11】 赤信号でもGO !?

旅行中はずっとレンタカーで移動していましたが、右側通行ですので、助手席にいる私が右側。日本にいる感覚が抜けきらず、自分が運転しているような錯覚に陥ったり、交差点で曲がった先の車線が間違っているように感じられ、思わず足を踏み込んでいたりもしました。「国際免許証」をとって向こうでも運転したらどうかという話もあったのですが、もしそうしていたら、とんでもないことになっていたかもしれません。

カナダについた当日から、不思議に思ったことがあります。交差点で前方が赤信号なのに、平気で交差点に入っていきます。他の車だけではなく、私の乗っている車もそうしています。「もしかして、カナダというのは相当いい加減な国なのかな? 交通規則も守らない、とんでもないところに来てしまった・・」などと思って、同行してくれたカナダ人に尋ねたのですが、彼は「カナダでは赤信号でも右折はOK」と教えてくれました。

なるほどと見ていると、赤での直進はしていません。右折(日本では左折)だけです。左から直進してくる車がないこと、歩行者がいないことなどを確認すればかまわないのだそうです。極めて合理的な考えと納得しました。これも運転手の「自己責任」がしっかりしているからでしょう。

日本では・・「赤でも左折可」は、それなりに作ってある特別な交差点でしかできませんね。運転手が自分の判断でどの交差点でもできるようにするなんて、とても無理でしょうね。誰かが決めてくれないと、自分では決めかねる・・といった国民のようですから。

2000.9.2(土)

◇医学部が文系だったとあとで知り

きのう、私の兄が文系人間と書きましたが、私自身が本当に理系むきなのか、いまでもよく分かりません。

受験のときは、医学部は理系の最たるものでしたが、実際に入ってみると、覚えることがあまりに多くて閉口しました。中学の時には弁護士もいいなと思っていたのですが、法律や判例など、憶えることが多くようでやめたのです(本当は今でも、弁護士にあこがれています。法律をあつかったリーガル・サスペンスが好きなのも、そんな理由からなのでしょう)

でも、実際に医学部に入ってからは、見込み違いだったことを思い知らされました。その最たるものが解剖の実習。体中の骨、筋肉、血管、神経、内臓などなど、あらゆるものの名前を覚えるのが苦痛でした。それも日本語以外にラテン語、ドイツ語、英語。ほとんどパニック状態だったことを憶えています。それ以降も、「ドクター・イズ・メモリー」という言葉があるぐらいに、覚えることが多かったです。

医学部とは実は文系だったのではないかと思い悩んだ6年間でした。今でも、患者さんの名前など、覚えが悪くて失礼をしています。もっともこれは、私の老化現象かもしれませんが・・

カナダ旅行記【10】 犬までも・・

豊かな人間に育てられるとこうも違うのかなと思ったのが、犬の様子です。散歩などで犬を連れているのに出会うのは、日本と同じですが、かなりの犬は首輪をはずしています。それでいて、飼い主のそばを離れず、他の人や犬が近づいても、ほえることもなく、大人しくしています。子どもがさわろうとしても、されるままにしている犬を見ると、「カナダでは犬までも成熟している!」と驚きでした。

振り返って、我が家の犬は、ダメですね。もう14歳と「ご高齢」ということもありますが(白内障と難聴があり、足取りがおぼつかなくなっている)、急にほえたり、噛みつこうとしたり・・ ゆっくりと散歩もできません。ましてや、首輪をはずすのは無理な話です。

カナダの犬たちが大人であるのは、きちんと教育されているなのでしょう。飼い主としての「自己責任」をきちんと果たしているのだと思います。日本もちゃんとしなくちゃ・・

2000.9.1(金)

◇長月(ながつき)の時候の言葉に八つ当たり

今日から9月。まだまだ暑い日が続いています。「残暑」というより「夏真っ盛り」といった感じ。昨日は37℃ほど、今日もきっと35℃ぐらいはあったのではないでしょうか(念のために付け加えますが、これは体温ではなく、気温の話です)。

8月は毎日が真夏日で、熱帯夜もずっと続いています。とくに昨日はフェーン現象が加わって、夜の寝苦しさは最悪! 一晩中、クーラーをつけていました(こんなことではいけない、とも思うのですが、そうしないと「命の保障」がないような気がして・・)。けっきょく、クーラーの使いすぎで、体調を悪くしているようなのですが。(次の電気代の請求書を見るのがこわいです。)

長月(9月)の時候の挨拶をみると、新涼、秋涼、秋冷、爽秋・・などという言葉がならんでいます。形式的な言葉とは知りながら、でも使う気にはなれません。季節にまで八つ当たりしているみたいで、大人げないようですが。

今朝、久しぶりに子どもたちの通学風景に出会いました。こんな暑さの中でも、みんな元気。それを見ているおじさんは、クーラーをいっぱいに効かした自動車の中で、ほとんど運動をしないでいます。

日誌1周年

この「日誌」(日記?)は、昨年の今日(1999年9月1日)がスタートですので、ちょうど1年たったことになります。いつもまとまらない話を、だらだらと書いており、もう飽きられているかもしれませんが、それでもまだおつき合いいただいている方もおられるようです。その辛抱強さに感謝します(本当は、その優しさに、です)。

書きたいことが山のようにあるときと、パソコンの前に向かってはみたものの、頭の中が真っ白のときもあります。だいたいは、書きながら次を考えているので、焦点の定まらない、たわいのない駄文で終わっています。

最近は、なにやら怪しげな川柳もどきが、見出しを汚しています。全くの思いつきで、五・七・五になればいいとしか考えていないので、文学的評価は限りなくゼロに近いはずです(というよりマイナス?)

私には兄がいますが、彼は文系に進んだ人間で、漢文科を卒業し、今は高校の古典の教師をしています。私のも彼の文学的素養を少しでも分けてもらえるとよかったのですが。(私は筆が苦手、と言うより使うことができません。縦書きで文字を書くことが、極端にへたです。もっとも横書きのカルテでも、それを見た子どもが、「先生、べらかきしてる!」と言うぐらいですから、けっして横書きがうまいわけではありません。よくぞ言ってくれた、正直な子だと感心しました。となりでお母さんが申し訳なさそうにしていましたが。)

またつまらない話で長くなりましたが(もっと短く、簡潔に!と注意されているのに・・)、とにかく、今後ともおつき合いのほど、よろしくお願いします。

カナダ旅行記【9】 花と心の豊かな街

最初に行ったビクトリアでは、その街の美しさにうっとりしていました。

中心部のビルは古いものが多いのですが、どこか気品があります。聞くところではカナダの中でもイギリスの影響が強いところで、「良き古きイギリスの街並み」がそこにあるようでした(と言っても、イギリスを見てきたことはないのですが・・)。古くからのビルは、条例でそのまま使用することが義務づけられているとのことで、なるほどと思いました。

そして、街のどこへ行っても、お花がたっぷりを飾られています。歩道の脇には花壇があり、上を見上げると、どの外灯にも、一抱えほどの花かごが2つずつ下げられています。その中のお花は、実に生き生きとし、街行く人々の心を和ませてくれます。

涼しい気候がお花にも優しいようですが、ほとんど雨の降らない季節なので水はどうしているのかな、と思ってみていたら、朝早く、しっかり水やりをしていました。アルバイトの若い人たちが、熱心に働いていました。そんなお花にかかるコストも手間も相当なものでしょう。でも、きっとそれを当然と考えているのでしょう。

自分たちの街をきれいに保ち、本当の意味で豊かに育てている----それができるというのは、そこに住む人々が豊かな心を持っているからだと、納得しました。

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