塚田こども医院

日誌(更新記録)2001年6月

2001.6.29(金)

◇停電対策はまかせて! 

昨日は深夜に急に雷雨におそわれました。1時間ほどですが、すごい大雨と、すぐ近くで雷が鳴り響いていました。3時前に目が覚め、そのあとはあまりよく眠れませんでした。(今日はみんな寝不足ぎみですね・・)幸い洪水、停電などの事故はありませんでしたが、自然の怖さもまた思いおこさせてくれました。

一昨日(27日)の午後は、当院は3時間におよぶ「大停電」でした。といっても災害や事故ではなく、予定していたことなのですが。宅内への引き込み用電柱が、敷地の拡大にともなって、医院の真っ正面になってしまい、煩わしいので、敷地の端っこに移動させる作業をしました。簡単に考えたのですが、電気工事、電話線工事など、そうぜい十数人ですったもんだしていました。相当の大工事になり、軽い気持ちでお願いしたのですが、ちょっと反省しています(というより、工事代金の請求書が怖い!)。

水曜の午後は休診ですので、患者さんへの影響はありませんが、医薬品用の冷蔵庫など、停電しては困るものもあります。また、昨日はわたぼうし病児保育室の利用もあり、やはり電源が必要でした。でもそこは準備万端。非常用発電器が2台あります。40Aのものは固定してあり、院内からスイッチ一つで起動できます。室内灯とコンセントにあらかじめつなげてあるので、起動した瞬間から電気が使えます。20Aのものは持ち運びできるもので、昨日はその2台をフルに使っていました。(たまに使わないと、本当のイザという時に使えないので、機械のメンテナンスと、職員の訓練もかねていましたが。)

燃料となる軽油とガソリンも一応蓄えてあるので、数日〜1週間ぐらい停電が続いても診療ができます! 災害時を想定すると、水道が止まることもあり得るわけですが、飲料水はOK(ペットボトルで相当買ってあります)。トイレの水が困っていたのですが、消雪用の地下水を転用できる工事がもうすぐ完了します。もちろん当院は「院内処方」で、お薬の備蓄も相当あり、本当に災害がやってきても大丈夫。重度装備の診療所になっています。(ちょっと自慢がすぎたでしょうか? そうでしたらお許しを・・)

今日はこれから「わたぼうし病児保育室開設記念パーティー」です。といっても職員だけの内輪の「飲み会」ですが。まだあまり利用者はいませんが、いちおう「けじめ」でお祝いをしてきます(まあ、何か名目がほしいだけなんじゃないの、と言われると返す言葉がありませんが)。

ただ飲んでいるだけでは面白くないので、「芸」をします。保母さんたちとユニットを組んで、ちょっと歌などを歌おうと。ギター、キー・ボードなどをバックに、歌っちゃいます! さあ、みんなの拍手喝采となるでしょうか? それとも、ひんしゅくもので終わるでしょうか? 結果はまた後日ご報告します。

では、行って来ます!

2001.6.28(木)

◇あちこち不具合が・・ 

開院11年、施設の上であちこちガタがでてきています(一番は院長との陰口も・・)。数日前にも、保育室のエアコンがストップ。今日、壊れた部品(マイコンの基盤)の交換が終わり、梅雨もしのげるようになりました。いくつかの大型のエアコンが入っていますが、ここ数年は、毎年そのうちのどれかが故障し、修理、交換などを繰り返しています。そのたびにあたふたとしていますが、何とかならないものでしょうか。

もうすぐ壊れそうだという「自己診断」のプログラムなど、そう難しくなくできそうな気がします。それを組み込んであれば、定期的に見回りにくるだけで(あるいは、このサインがでたら連絡をすることにしてあれば)、緊急に出動する必要もないし、何より診療に差し支えることなく、「早期診断・早期治療」ができます。こんなことが、どうしてできないんだろう??

自衛隊のジェット機「誤爆」事件もそうですが、一方で技術を過信し、他方で本当に必要な技術が作られていない(使われていない)という、アンバランスさを感じます。「技術立国=日本」よ、もっとしっかりして下さい! 

話が大きくなりすぎたでしょうか? どうも修理のあとの請求書を見るたびに、納得できない思いになってしまいます。そんなことがつもり重なっています。(不便しているのはユーザーなのに、どうして高額な修理代を払わなくてはいけないの??)

2001.6.27(水)

◇医療施設への「爆撃」 

一昨日、北海道で自衛隊のジェット機が模擬の機関砲をリハビリ施設などに「打ち込む」という事件がありました。ニュースで見ていて、人への被害のなかったことが不思議なほどです。

医療施設は、本物の戦争でも攻撃してはならないことになっています。人道上の見地から、国際法でしっかりと守られています。(片方で人を殺したり、傷つけたりしているわけですから、手放しで喜べる話ではありませんが。)病院や救急車には大きな「赤十字」のマークが書かれていますが、それは決して爆撃してはいけない対象であることを示しています。

この「赤十字」マークは、国際的に取り決めなどで保護されていて、勝手に使えないことになっています。「白地に赤い十字」が基本ですが、その逆の「赤地に白い十字」も同じ意味を持っています。これを病院のシンボルマークの中に使ったり、医療と関係のないところで使うことはできません。(他の色使いはかまわないので、よく緑十字なんかを見かけますね。)

今回の「爆撃」は、それが故意ではないにせよ、私たち医療従事者にとっては、とても大きな問題であり、ショッキングな事件なのです。真相をきちんと解明され、このようなことが二度とおこらないようにしていただきたいです。

夕方のニュースでは、「操縦桿をある角度まで回すと発射の電気信号が流れる」と伝えていました。そんなこともあるかもしれません。電気系統のトラブルが一番考えられるのでしょうね。きちんとした点検がなされていなかったか、もともと設計上に問題があったかのいずれか(または両方)でしょう。(ある新聞では、点検といっても、カバーを外して掃除をしていただけ、と報じています。もしそうなら・・お笑いものです。そしてそんなジェット機が日常的にとんでいることを考えると、背筋が寒くなります。)

以前、私が乗っていた乗用車にもそんなトラブルがあったことを思い出しました。ハンドルを「ある角度」までまわすとクラクションがなります。街の真ん中で、角を曲がるたびに「プッ、プッ」と・・ 恥ずかしい思いをしていました。「整備」してもらうと、クラクションの漏電で、配線をし直したらもう鳴らなくなりました。自衛隊の100億円もするジェット機も、私の100万円ほどの車も、同じレベルなんだということを知りましたよ。

2001.6.26(火)

◇これからFM局へ 

今日は週1回(毎週月曜朝9:10-30)に放送している「Dr.ジローの子ども健康相談室」の収録に行って来ます。診療中の時間ですので、「生」は無理なので、録音で。毎週出かけるのも大変なので、2本分、ときには3本分をまとめて作ってしまいます。何をお話ししようか・・はっきりしたテーマがあれば楽なのですが、ぼんやりしているときはシドロモドロ・・。先日も、一度録音したものの、すっきりまとまった話になっていないのでボツにしてもらって、後日、もう一度録音し直したこともありました。(ああ、もうすぐ出かけなくっちゃ。今日も分のあらすじはまだ・・行く車の中で考えることにしましょう)

スタジオに入って、マイクを目の前にすると、やはり緊張します。でも、今は「ノーマルな緊張」です。以前は、「アブノーマルな緊張」でした。ときにはパニック状態!? 実はそれを克服するまでには、長い闘い(?)があったのです。この苦難の道は、いずれお話ししますね。

ああ、ほんとうに行かなくちゃ!

2001.6.25(月)

◇帰ってきたiMac 

愛しのiMacが修理から帰ってきました。突然のクラッシュ(?)から約1か月ぶり。3万円もの修理代を払って、やっと現役復帰・・かと思ったら、かつての「仕事場」はG4Cubeに占拠されていました。いくつかのデータを取りだして、あとはとりあえずはお役目なし。

それではあまりに寂しい(というより、もったいない!)ので、余生の過ごし方を考えてあげたいと思っています。医院では、補助の業務用に使っているのですが、古いプリンターがつくかどうか・・。自宅でメールをできるようにしようかな・・(今は、息子が以前買ったWindowsマシンを使っています。ビックリするでしょ、このマック派の私が!)

そんな古いマックが、これで4台ほど。いずれもあまり出番なく、場所だけをとっています。といっても、愛着もあり、なかなか捨てるつもりにもなりません。

不思議ですね。どのマックを手にしたときは、その快適な動きに感動し、心おぼらせたのに。今となっては、イライラがつのるだけ。マシンの動作がのろくなるわけではないので、こちらの期待度が高まっただけなのでしょうか。ソフトがどんどん巨大になり、処理すべきデータが膨大になったということなのでしょう。こんな「イタチごっこ」は、さあいつまで続くのでしょうか?? 

2001.6.22(金)

◇梅雨の中日 

昨日と今日は雨もあがって一段落。今日はそれほど蒸し暑くもなく、まあしのぎやすい天気でしたね。こんな日が続くといいのですが・・

明日は第4土曜・・学校はお休みですね。お母さん方からため息が聞こえてきそう(実際に聞こえていますが)。これが来年度から「学校5日制」が始まると、毎週末の恒例行事になります。ふー大変! 同情いたします。

それにしても、そんなに休んでどうするの?? 中学の時は、部活が命だったように思いますが、それもどうなるやら。成績至上主義はいやですが、でも子どもたちがどんどんやりたいという気持ちをもっているとき、学校はそれを応援してくれるんでしょうか? それとも、学校は土日は完全に休みだからと拒否するんでしょうか? どうも心配ですね。

さあ、明日も仕事にがんばりますね(午前のみですが)。

2001.6.21(木)

◇インフルエンザと解熱薬の使用 

今日はちょっとまじめな話。ある方から、インフルエンザのときの熱冷ましの使い方についての記事があるHP(世界子育てネット)にあると紹介を受けました。熱冷ましの使い方については私も心配していますので、のぞいてみましたが・・ちょっと私や良心的な小児科医の理解とはかけ離れているところがあるようです。さっそくその方につぎのような趣旨のメールをお送りしました。

ご案内のHPを拝見させていただきました。ざっと流し読みですし、私も専門ではありませんので、議論するつもりはないのですが・・ 気になったことをいくつか。

●インフルエンザ脳症・脳炎とライ症候群は違います。意識的ではないと思いますが、混同されている箇所を見受けます。

●日本でインフルエンザ脳炎・脳症が多発しているのは事実ですが、これも数年前からの現象です。いまだその原因は解明されておりませんが、解熱剤の使用の有無に関わらず発生しています。人種差などは当然考えていかなければなりませんが、「責任転嫁もはなはだしい」という記述は、科学的な研究を放棄せよとの乱暴な主張です。(その後の「欧米で・・インフルエンザ脳症が激減した」とあるのは、「ライ症候群」の誤りです)

●「インフルエンザは自然に治る」との記載がありますが、いまもってそのような理解をされている医者がいることは、残念なことです(もっとも近藤氏は臨床医ではありませんが)。インフルエンザ脳炎・脳症の予防のためにも、積極的に予防接種をおこなうことをお願いしています。2年ほど前から使用できるようになった抗インフルエンザ薬(アマンタジンなど)も、脳炎・脳症の予防や治療のためになるものと期待しています。「自然に治る」というのでしたら、解熱薬を使ういとまもなく脳炎・脳症に陥っていく子どもたちはいないはずです。

●近藤氏を含めて、日本での解熱薬の使用について、一般的な注意を促している点は評価しています。私自身も一部の解熱剤は使用していませんし、とくにインフルエンザ、水ぼうそうについては書面によって患者さんに熱冷ましの注意をお話ししています。(これはHPの「ヘルス・レター」のそれぞれの項目の中に記載がありますので、ご確認下さい。)ですが、インフルエンザ脳炎・脳症の原因を科学的に究明することや、その予防としてのワクチン接種を行うことに対して否定的であることは、残念です。

ここにでてくる近藤氏とは、「患者よ、癌と闘うな」という主張をし、多くの著書のある「高名な」先生です。マスコミにもよく登場されます。氏の指摘はもっともなところも多いのですが、でもどこか「虚無的」で、一生懸命に努力している患者さんや医者を馬鹿にしているところがあります。議論は大いに結構。でもその根底には、患者さんの幸せを常に考える姿勢が必要です。科学的・医学的な議論をないがしろにすることは、罪なことだと思っています。

ということで、固い話になり、すみません。こんなことを書いていたら、インフルエンザの予防接種の季節が近いのかな、と感じました。ワクチンの株も決まったそうです。各メーカーは、これから秋にかけてフル操業をすることでしょう。当院での予防接種の受付は、今年は9月10日(月)から行います。(昨年は7月1日から行いましたが、ワクチンの供給量に問題がないようなので、今年は少しゆっくり構えることにしました。)「小児科の秋の陣」が始まるまで、しばらくはのんびり仕事をしています。

2001.6.20(水)

◇そのナンバープレートがほしい! 

先日のこと、私の車の前を走っている車のナンバープレートが、なにやらどこかで見たような数字・・ しばらくぼんやりと見ていましたが、そう! これは医院の電話番号! 「長岡44×7777」。医院が「(0255)44-7777」だから、そのもの! ほしい!!

でもナンバープレートの交換とか売買とかってあるのかな? 電話番号は聞いたことがあるし、インターネットのアドレスはときに訴訟沙汰になっているけど・・ 片側2車線の道路に入ったところで追い抜いて、運転している人の顔も見たけど、(この番号で運転しているのは、私のほうが絶対に似合うぞ!)などと勝手に決めつけていました。

でも、あとで気づいたんですが、「44」というのは確かトラックにつく番号ですよね。乗用車は「55」とか「33」。そうすると、もしそのナンバーを買えても、トラックを運転しなくちゃいけないのは、格好悪いですね。ということで、この「ナンバープレート入手作戦」は展開されずに闇の中へ消えていったのでした。(つまんない話ですみません)

2001.6.19(火)

◇梅雨空と院長の心 

今月は「開業記念」の月だと書きましたが、でも私はブルーになりやすい月でもあります。もともと雨が好きではありませんが、でも「どこにも遊びに行けないゾ!」などと機嫌を損ねるほどでもありません。もともと「外遊び」がへたで、子どものころから本を読んだり、自分一人でいるのが多かったですので、雨でもお天気でもあまり関係ありません。それではなぜブルーに・・と言うと・・

今からさかのぼること11年前、私の出身地で開業したとはいえ、それまでは県内の他のところで仕事をしていたので、「小児科医としての塚田」を知る人は皆無といっていい状態。よく「一からの出発」といいますが、私は「ゼロからの出発」。どこの馬の骨かも分からない小児科医に、自分の大切なお子さんをすぐにお願いしようなどとは思いませんよね。ということで、最初のころはヒマでヒマで仕方なかったほどです。

勤務医時代が忙しかったので、ゆっくりできること自体は嬉しいのですが、でも限度があります。ということで、梅雨の長雨の中で、患者さんの来られるのをぞっと待っていたのでした。それがいまでも「心の傷?」となっていて、雨降りは私にストレスを与えるのです。

そして、よりによってその梅雨のまっただ中で「わたぼうし病児保育室」を始めてしまったものですから、またまたストレスは募るばかり・・ 梅雨のない北海道にでも移住しようかな、などとたわけたことも夢想している今日この頃です。

2001.6.18(月)

◇TVデビュー! 

今日は新潟テレビ21(NT21)の放送で、わたぼうし病児保育室が紹介されました。とうとうTVデビューを果たしたというわけです。県内で4番目の施設ですが、「民間で初」というあたりがウリだったんでしょうか。

医院での診療風景、保育士や私へのインタビュー、患者さんの声などで構成され、7分近くの「大作」に仕上がっていました。さあ、これで世間様に大きなことを言ってしまったので、本当にちゃんとやらなくっちゃいけなくなりました・・(いつもそのパターンです)

いちおう「病児保育室」は立ち上げましたので(といってもその内容の充実はこれからですが)、次のテーマをもう考えています。それは、保育士がいることで、医院の診療全体がどう改善されるかということです。普通にやっている小児科診療の中では保母さんは「必須」ではありませんが、でも、いることで何かが変わってくるはずです。「子どもに優しい小児科医院」になるために、そのパワーを活かしてみたいなと考えています。さあ、どんなことができるでしょうか。また楽しみが増えました。

2001.6.16(土)

◇目線が優しいですね 

午後は近くの町で、保育士さん方へ講演に出かけてきました。「子どもの病気と健康」と題して、例によって時間超過で2時間半ほど。お疲れさまでした。

保育士さんはいつも子どもと一緒にいるから、視線が低いですよね。子どもの立場で物を見たり、考えたりする習慣(?)ができています。(「よそ者」の私に対しても、優しい目線を送ってくれました。)医療の中にいると、つい「患者さん」として上から見下ろしてしまいがちですね。大いに反省しないと。

今週はまだ「わたぼうし病児保育室」の利用はありませんでした。「壮大なお守り」の役にはなっていますが・・ 来週ぐらいから本当にお役に立てればいいなと思っています(といっても、具合の悪い子の出ることを期待しているというわけでもないのですが・・)

明日は、月1回の東京でのセミナー。日帰りで少しハードですが、勉強に行って来ます。テーマは「消化器」と「神経」・・ ふー、難しそう・・

2001.6.15(金)

◇しっとりと濡れる季節・・ 

今日は(今日も?)うっとうしい梅雨空でした。昼間は診察室にこもっているので、外のお天気は直接にはわからないでのが、でもいくつか、分かる「手がかり」があります。

その1:喘息の子が発作をおこしてくる! 梅雨前線が発達すると、調子悪くなります。一年ぶりの発作という子もいます(つまり一年ぶりの再会です)。あるいは、いつもは少し内服を使うだけで良くなるのに、点滴などの処置をしないとなかなか良くならない子も少なくありません。(小児科医は、子どもの様子から季節を感じます。)

その2:洗濯物が乾きません! 院内は全館換気を24時間しているので、いつもはパリパリに乾くのに、このシーズンはそれでもだめですね。乾かないうちに次の洗濯物ができるので、職員の休憩室は洗濯物だらけ。まるで「乾燥室」。実際に今日は2台あるエアコンのうち1つは暖房をかけ、もう一つは除湿をするという「離れ技」をしましたが・・ 効果のほどはどうだったでしょう。

私が子育てをしていた時代(!?)はまだ紙おむつ(使い捨ておむつ)がありませんでした。布おむつを洗濯し、それを部屋いっぱいに干していたことを思い出しました。それに比べると、今の子育ては楽なんでしょうか??

今年の梅雨は、「梅雨らしい梅雨」。つまりたっぷりと雨が降っていますね。夏に水不足で困るのはイヤですから、この季節の雨はしかたありませんね。でも、何事もほどほどに。大雨での被害がでないといいのですが。日本の他の地方のお天気はいかがですか?

2001.6.14(木)

◇11歳になりました! 

平成2年(1990年)の今日、塚田こども医院が誕生しました!(パチパチパチ) 今日が開院記念日。11周年になりました。

今年は「わたぼうし」の開設もあり、「お祝い気分」も半分ですが(といっても、いつも別にご祝儀を配るわけでもありません)、また新しい1年を歩んでいきます。またよろしくお願いします。

11周年・・11歳ですね。小学校の5年生。上には6年生がいて押さえつけられているけど、下級生にはでかい顔をしている・・そんな状況なのでしょうか?? と、これはもちろん冗談ですが、今でも私は「新規開業医」という気持ちでいます。いつもせかせか、落ち着くところがなく、なにか新しいことを始めようとしている・・ 「創業精神」を忘れず、初心にかえって子どもたちのために尽くしていきたいと思っています。ぞうどよろしくお願います。

今日は「ライオン・ハート」(どこかでこんな歌を聞いたようなきがします)のメールマガジンの創刊日だそうです。数日で数十万の申し込みがあったといいますから、すごいですね。私も自分でメルマガを作っているんで、多少気になりますが、こういったものは、あまり参考にしないことにしています。(もともと比較するのが無理ですね。参考にすると自分らしいものが作れなくなる・・というのは言い訳で、自分のものが情けないなと思って潰れてしまうからなのです。)

まあ、大量生産の工場製品より、「零細企業による超・家内手工業的作品」も味がありますよね。どでかい大砲に水鉄砲で戦おうとしているような・・ ああ、もうイヤになってきましたので、もう止めておきます。今日はこれから地元FM局の収録に出かけます。

2001.6.13(水)

◇これからが肝心! 

昨日から始まった「わたぼうし病児保育室」、形は一応できました。テレビの取材も終わって、一段落・・でも肝心な中身はこれからです。「仏を作って魂入れず」にならぬよう、心していきたいと思っています。

今日は、2年ぶりに携帯電話を新しい物に変えました。今までの「白黒」の世界から一挙に「総天然色」に。カラーは安っぽいな、などと思っていたのですが、そうでもないようですね。変換や操作のレスポンスの早さにはびっくりします。iModeが日本に(いや世界に)誕生して2年余り。当初は携帯電話で文字通信ができるだけで凄いことだと思っていましたが、今では「当たり前」。画像もゲームもできて当然になっているようです。「進歩」のあまりに早いこと・・もうオジサンにはついていけません。といいながら、今夜は説明書を片手に携帯で遊んでみようと思っています。

でもその説明書を見たら、500ページ近くあります。その厚さから、もう読む意欲を失ってしまいました。先日買ったアップル社のG4Cubeというパソコンは、説明書といってもほんの20-30ページのもの。ほとんど説明する気持ちがないようで、それもまたビックリしてものですが・・ まあ、マックのユーザーは、目の前の場面をいろいろと「直感的にいじる」と、何となく操作ができちゃうことを知っています。おそらくアップルも、詳しい説明書を作っても、だれもまともに目を通さないことを知っているのでしょうね。

でもそのおかげで、アップグレードされて使いやすくなったり、新しい機能が付け加わっても、それを知らずに古いまましていたらり、通り過ぎていたりすることも多いんでしょう。きっとこの携帯も、同じ運命をたどるかもしれませんね。

2001.6.12(火)

◇さあ、始まりました! 

やっと(それとも、とうとう?)この日がやってきました。「わたぼうし病児保育室」のスタートです。初日の利用者はいませんでしたが、すでに登録者も少しずつ増えています。「もしもの時」の利用ですから、最初からあまり「繁盛」するものでもありませんよね。スロー・スターターでいいと思っています。

「構想5年」、でも具体化してから3か月(!)。いかにも気の早い院長のすることです。まだまだいろんな準備をしなければいけないのですが、そこは「走りながら考える」。今後も「紆余曲折」があるでしょう(というより「右往左往」といったほうが当たりかも)。

この写真は専任の保母さんと、彼女たちが作った「壁画」です。ほかにもいろいろとデコレーションしてくれたので、「保育室」らしくなってきました。あとはどんな利用者がいつ来られてもいいよう、ソフトの面をしっかりしていきますね。

今日の開設のお祝いに、いろんな方から心温まるものを多く頂戴しました。医院に関係のある方もそうですが、これまで医院に来られたこともなく、私もお会いしたことのない遠方の方もおられました。このHPを通してのおつき合いが、とても大切なんだと改めて知りました。いつもいい加減なことを書いてばかりなのに、申し訳ない気持ちがしています。本当にありがとうございました。この場もお借りし、御礼申し上げます。

今日は新潟テレビ21(NT21)さんが一日取材に来ておられました。病児保育の利用者はいなかったわけですが、むしろ当院の診療の様子や、情報発信のことなどに興味があるようでした。私の診察風景、院内の設備、装飾の様子など、全部カメラに収めていかれたようです。私へのインタビューもありましたが、さてどんなふうにまとめられるか、今から心配です。(院長の話は長いからカットされまくるかもしれませんが・・)新潟県内だけでしか見られず、恐縮ですが、よろしかったらご覧になって下さい。18日(月)夕方6時過ぎからの「小野沢裕子のいきいきワイド」の、報道として紹介されるそうです。(大きなニュースなどがあれば、とばされることもあるかもしれません)

最初の一歩はなんとか記すことができました。さあ、このあと大きな「行進」の歩みになるでしょうか。今後の努力次第ですね。頑張ります!

2001.6.11(月)

◇いよいよ明日からです! 

先週金曜の大阪での惨事・・ニュースに流れるたびに、涙がこみ上げてきます。許せない! そして、親御さんの無念さに言葉を失います。

でも一つだけうれしいことがありました(こんな言い方をすると「ひんしゅくもの」かもしれませんが)。昨日のサッカー(コンフィデレーション・カップの決勝戦)で、亡くなった子どもたちへ追悼のために黙祷を捧げてくれたこと。こういったことは、以前にはあまり見かけなかったように思います。同じ日本人、いや人間として、つらい気持ちを少しでも分かち合おうという気持ちが、残された者たちへの心の支えになってくれるはずです。日本も、少し「成熟」してきたのかな・・って感じました。(総理大臣がM氏でなくて良かったという気持ちもありましたが)

普段は見ないサッカーですが、私もテレビの前にいました。選手の入場のとき、「あれ、あの人知ってる!」。前日(9日)にいっしょにいた方です。高円宮殿下がその方。上越市で行われた「外国人の弁論大会」に来賓として来られていました。私はそのアトラクションで出演したソプラノ歌手の後援会代表(名ばかりなのですが)として、公式行事の終わった後の会合でご一緒させていただきました。

夜の9時半ころから始まって3時間ほど。その歌手をはさんで手を延ばせば届く距離におられました。芸術に関しては造詣が深く、同席されていた文化庁、文部省、外務省などの方と盛んに議論を交わされていました。私も、教育問題ではいろいろとお話をさせていただきました。なかなかない(というより一生に一度だけ)の貴重な体験でした。

さあ、あすからいよいよ「わたぼう病児保育室」が始まります。初日の利用はないかもしれませんが、でも形はだいたいできました。これから内容を少しずつ豊かにしていかなくては・・ 塚田こども医院の新しい歴史が始まります!(ちょっとオーバーですね)

2001.6.8(金)

◇え!? 何でこんなことが学校で・・ 

午後の外来は、あまり集中できませんでした。お昼に大阪での小学校襲撃事件を知ったからです。8人もの子どもたちが命を奪われました。外来をしながら、目の前の子どもたちと、被害に遭われた子どもたちがだぶってしまい、つい涙ぐんでしまいます。涙腺のゆるいことで有名ですが、今日は半日、そんな状態でした。

学校が「地域に開かれた」ものであることと、安全であることは両立できないのでしょうか? 日本でも、学校の敷地を高いフェンスで覆い、入り口にはガードマンを配置し、中に入る人をチェックしなくてはいけないのでしょうか? 「安全だ」と言われる日本でもこんなことがおきるのですから、本当にちゃんと考えなくては・・ 

明日は第2土曜で休診です。来週火曜から「わたぼうし病児保育室」が始まるので、その最後の準備をしている予定。さあ、いよいよです! (大丈夫かな・・って自分が一番心配していたりして・・)

2001.6.6(水)

◇「夢」の実現に向けて・・ 

病児保育をしようと数年前から考えていました。小児科医として、地域の子どもたちと一緒に歩んでいる中で、とても大切なことだと。子どもが好きですし、子どもたちと一緒にいられるだけで幸せです。昔、一時期ではありますが、「共同保育園」を仲間とともに作り、運営していたことをいつも懐かしく思い、そして、「保育園を開きたいな」などと夢のようなことに思いめぐらせることもありました。でも、今の仕事で手一杯ですし、資金などを考えても、「夢」のままにしておいたほうがいいんだと、自分に言い聞かせていました、

でもある時、「病児保育」の実践例を知り、「そうだ、小児科医にしかできない保育園はこれだ!」と思いました。それ以来、ことあるごとに「病児保育をしたい」と周囲に話してきました。

数年前、それが具体的に動き出そうとした時がありました。でもそのときは、私の準備不足もあり、当院のある上越市で2つの施設を作ったのです。資金や運営費を考えると、半端な気持ちでは始められないことは分かっていたので、これで私が関わる必要は、少なくとも上越市内の子どもたちについてはもうなくなったと思ったのでした。

しかし、今年2月、ある出来事があり、また自分でやろう!という気持ちになりました。それは、現在市で行っている施設の利用数を知ったからです。どうしてこんなに少ないんだろう。ニーズがないということではないはず。利用する人の立場にたっていないからなのか・・ 私が病児保育に関わる必要がもうないと考えたのは、私に代わって市がやってくれていると考えたから。でもそうはなっていない・・ そう知った以上、私が「夢」を放棄する必要なないし、放棄してはいけないのだと思い至りました。

そこから4か月。今その「夢」が実現しようとしてます。でももしかしたら、病児保育のニーズは少なくて、一人よがりの押しつけになるんではないか。最後は挫折し、結局親御さんや職員に迷惑をかけるんではないか・・ そんな不安も抱えているのは確かです。でもやります。やってみなければ、それが必要なのかどうかも分かりませんし。

こんな「いい加減」な計画で始めようというのは、迷惑かもしれませんが、でも私の「夢」の実現を応援して下さい。

新しいページ/「上越市における病後児保育」

私が病児保育をしようと決意した「ある出来事」とは、新潟県小児科医会からの依頼原稿を書いたことです。最近それが発行しましたので、HPにアップしました。よろしかったら、お読み下さい。

2001.6.5(火)

◇病児保育って何だろう・・ 

こんなことを自分で言うのは変ですが、「病児保育」ってなんだろうと疑問に思うことがあります。あるいは、「保育」って何だろうと・・

保育園の役割は、家庭で保育に欠ける子どもを、家庭に変わって保育するところとされています(児童福祉法)。両親(日本ではほぼ100%母親)が日中に家庭で保育できない状況があるとき、保育園に預けることができるという建前です。私の子どもが保育園に通っていたのは、もう10数年前ですが、役場からの依頼で調査に来た方がおられました(妻はときどき健診の手伝いをしていたので、OKだったようです)。あるいは、地区の民生委員(ずいぶん縁遠い名前と思っていましたが)のハンコをもらいにいったこともありました。お役所が「おまえたちの代わりに預かってやるんだ」みたいな感じがして、イヤだったことを覚えています。

でも子どもたちにとって、「家庭」があればそれで十分な保育といえるのでしょうか? 今問題になっている虐待は極端な例ですが、子どもが成長し、体も心も大きく育っていくためには、子どもたちの集団と、それを上手に導くプロが必要です。前者が保育園であり、後者はそこの保育士です。つまり保育園には、子どもが育っていくための「積極的意味」があると思います。

人は病気をするもの。とくに子どもはしょっちゅう、いろいろな感染症にかかり、それと戦いながら、丈夫な体に育っていきます。そう考えると、病気の子どもが保育園にいても全然おかしくはないですね。もちろん病気の種類にもよるでしょうし、その程度にもよるでしょう。あるいは、子どもの病気は感染症が一番多く、園のなかで流行してしまうようなものも少なくありません。

でも、「完全に健康な子ども」だけがいる保育園ではなく、病気や障害を持っているけれど、みんなといっしょに育ちあう子どもたちがいる保育園・・それが自然であり、当然のあり方ではないのかな、なんて考えています。「病児保育」を作り、そこで健康ではない子どもをみるということで、保育園がますます「無菌状態」になっていかないか、心配です・・なーんて、オーバーな発想ですね。そんなことを考えている暇があるなら、もっと「わたぼうし病児保育室」の準備をしなさい!って言われそうです。

今夜の日誌は、あんまり気にしないで下さい。

2001.6.4(月)

◇今日のお客様は女子アナ・・ 

今日は新潟市からわざわざ新潟テレビ21(NT21)のアナウンサー=村山志保さんがこられました。来週から始める「わたぼうし病児保育室」の取材(の打ち合わせ)です。そして、このHPを含めて当院からの情報提供、電話予約システムやポケベルなどのIT(ハイテクではなくローテクのような気もしているけれど)、そして診療への姿勢(心構え?)などにも興味をもっていただいたようです。12日(火)に朝からほぼ一日、医院と「わたぼうし」を取材に来られることになりました(カメラ・クルーも連れて来ます!)。放送は14日(木)の夕方の生番組「小野沢裕子のいきいきワイド」の中だそうです。

今日もけっきょく長話をしてしまいました。一つ聞かれても十を話してしまう(ちょっとオーバーかな)性格なので、いつも時間超過。2時間はしゃべりまくったようです。おつき合いいただいてすみませんでした。(これが録画しているのでしたら、大半はカットされたんでしょうね)

今月から利用希望者の登録を開始しています。まだ保育室にはベッドなどの備品がほとんど入っていないのですが、「わたぼうし」の部屋を見ていただいたり、保母さんを紹介したりしています(子どもたちにも)。「家庭的な場所ですね」という言葉もいただいたと報告を受けました。確かにそうです、私たちが数年前まで住んでいた「家庭」そのものですもの・・

あと1週間で始まります。まだまだ用意しなくてはいけないものが沢山ありますが、「明日があるさ」と口ずさんでいるところです。

2001.6.1(金)

◇6月はとても大切な月・・ 

ばたばたと慌ただしく毎日が過ぎています。月末・月初は開業医にとって一番忙しい「かきいれどき」。毎月発行している「こども通信」を作ったり、HPの更新をしたりと、体が二つも三つもほしいです(ほんと!)。

今月はそれに輪をかけて「わたぼうし病児保育室」のスタートがあります。(毎日この日誌を読んで下さる方にとっては、またか・・というごkさんそうでしょうが、お許しを。)まだ日にちがあると思っていたら、もう1週間とちょっとになっていました。

お尻に火がつかないと取りかからない(時には、火がついてもまだ・・)性格は「天性」のもののよう。試験前の徹夜は得意でしたよ。(終わった後、お昼間からたっぷり眠るのが幸せでした。)その性格は死んでも直らないとよく言われたもの。「不惑」の年を越えても、まだ落ちつかないのも、まあ仕方ないのでしょう。自分でも諦めています(というより、居直っている?)。

来週月曜には、新潟市からテレビの取材が来られます。とりあえず、それまでに少し「保育ルーム」らしくしておかなっくちゃ! 保母さんたちが、アンパンマンの壁画を作り始めましたので、それができると何とか形がつくかな、などと安易なことを考えているところです。

「こども通信」6月号ができました。今月は病児保育のことがメインです。よろしかったらお読み下さい。

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