塚田こども医院

日誌(更新記録)2001年9月  月別の索引

2001.9.29(土)

◇10月からは「小児科・アレルギー科」です! 

小児科医にとって9月は一番のんびりした月・・のはずなのに、今月も後半になるに従って、慌ただしくなってきました。一番は喘息発作の多発です。

子どもの喘息は気候に左右されますので、「同時多発」でおきてきます。ある日の診療では、喘息の発作だと思われる子が4分の1から3分の1いたように思います。多くは少しゼーゼーする程度の「小発作」ですが、中には呼吸困難に陥っている「大発作」の子がいます。そうなると朝から夕方までずっと点滴をし、途中酸素吸入やネブライザーもして、やっと呼吸状態を良くすることもありました。

そんな喘息の治療や予防に役立つよう、院内で作っている「ヘルス・レター」という説明書に、新たに喘息関連の4タイトルを作成しました。実はこれは数年越しの課題でした。いつも構想を考えるところで「矢折れ力尽きて」いたのですが、今回は気合いをいれて一挙に作ってしました。やった!という充実感と、フー!やっとできたぞという虚脱感(?)が同居しています。

アレルギーの診療は、小児科外来では今やメインになっています。私自身もいくつかのアレルギー関連の学会に「所属」し(その勉強や研究をしているという意味ではありません・・)、いつも関心を寄せているつもりです。でも、これまで「アレルギー科」を標榜することに、いつも躊躇していました。こんな程度でいいのかな?という気持ちと、子どもだけを診ている私が「アレルギー科」の看板をだしていいものか?という迷いでした。前者については、今回の説明書の作成の中で、ここまでできるぞという「踏ん切り」がついたように思います。後者については、大人のアレルギー病を診るわけではありませんが、「小児科の中でアレルギーも一生懸命診ているよ」というメッセージを捉えていただけると幸いです(実際には大人の方の喘息も通っていますが・・)。

ということで、当院は来月より、これまでの「小児科」に加えて、「アレルギー科」も標榜いたします。どうぞ宜しくお願いします。

【追伸】明日30日は、富山市で開かれる日本小児科学会セミナーを受講してきます。小児科外来で必要な知識などをいろいろと勉強してきます。

2001.9.28(金)

◇ゴミ「ふんべつ」の問題 

今、医院の中はゴミ箱が「増殖中」。上越市で来月からゴミの分別収集が「強化」されるからです。最近になってその案内をもらったのですが、まだ頭の中は混乱気味。いちおう理解したつもりでも、実際にゴミ箱に入れるときに、さて、どっちに入れればいいのかな?と悩むこと、しきりです。

一番難しいのは「容器包装」の考え。さらに「紙製」と「プラスチック製」とに分けるのですが、商品を包んである物は別に回収するというものです。漠然とは分かるのですが、具体的なものになると迷うことも少なくありません。お弁当を入れていた容器は「容器包装」でしょうが、その中のしきりや小さなトレーはどうなのかな? 医院で患者さんに使う「薬袋」は? 封筒は? クリーニングのビニール袋は? ・・

数年前にできた国の法律に「容器包装」をいう考え方があるので、それに沿って収集をするわけですが、ちょっと変だなと思っています。それは、最終処分がどうなっているか、よく分からないからです。分別したゴミを、けっきょく一緒に処理しているとしたら、分別の意味はなく、私たちに無駄な負担をかけているだけなのではないかと思うのです。(例えば、「プラスチック製容器包装」と「燃えないゴミ」を、最終的に分けた処理をしているのでしょうか? 「紙製容器包装」と「燃やせるゴミ」は、結局一緒に燃やしているだけだったりして・・)

ゴミの減量をしよう、そのためには、メーカーは包装を簡単にしてほしい・・というのは一応理解できますが、でも根本的な解決といえるのかどうか。例えばペットボトルの回収をしていますが、それを「別な物」に再生するのは、コストも労力も相当にかかります。一番安上がりなのは、「作らない」「使わないこと」ですが、その次は、「同じ形でもう一度使う」こと=リターナブルです。日本にはビール瓶や一升瓶は立派にリターナブルされています。ペットボトルの素材を改良し、何度でも再使用できるものにすれば、リサイクルに伴う膨大な無駄はなくなるはずです。

また、コピーや印刷した用紙などは「資源」として回収に出すように言われました。医療機関には、個人のプライバシーに関するものが多数ありますが、以前であれば「焼却処分」されていたのに、そのままの形で流通してしまうことも考えなくてはいけませんね。ということで、急きょシュレッダーを購入。面白くていろいろのものをシュレッダーにかけていますが、「燃えるゴミ」で焼却するので、結局ゴミの量には関係ないような気もしますね。

院長の足下にもゴミ箱が増えました。いままでは何でもかんでも入れていたのですが、職員におこられないよう、ちゃんと分別していれることにしますね。

【蛇足1】「分別」をどう読みますか? このゴミに関しては「ぶんべつ」だと思っていたのですが、「ふんべつ」と読む人も結構いるようですね。でも私のような年輩者には、「ふんべつ」と読むと、物事の道理をちゃんと理解することをさしているような気がします(「あの人は分別がある」などと使いますね)。もっとも、このゴミ問題も出す人の「ふんべつ」が大切なんだから、そう読んでも悪くはないのかもしれませんね。

【蛇足2】今回からアルミ缶とスチール缶は区別せず、一緒に出すようになります。一つ手間が省けるから良かったですね。・・でも、それができるんだったら、今まで分けて回収していた意味は何だったんだ!? 日曜日毎にせっせと分けから、つぶしていた私の労力を返してくれ〜〜!!

2001.9.27(木)

◇秋なんですね 

昨日はそれほどでもなかった喘息の嵐・・今日はまた吹き荒れていました。何人点滴して、何人吸入して、何人喘息の薬をだしたやら。他の病気は少ないのに、喘息だけは「雨後の竹の子」のように勢いがとまりません。

昔から「柿の赤くなることは医者は青くなる」という格言(?)があります。そのころは季候がいいので、あんまり病気になる人はいないから、医者がヒマになるというのだそうです。でも、喘息は例外のようですね。

ここ1週間ほどで増えてきたのが、乾燥した皮膚の子です。カサカサが強くなるとボリボリとかき始め、そうすると余計に皮膚が傷んできます。冬場に多くなる皮膚のトラブルがまた増えてきているようです。(ちなみに、夏場の皮膚のトラブルはあせもととびひです。)

小児科医は(とくに私のように一日中、医院に「ひきこもり」していると)景色から季節を感じることがなくなります。でも、目の前の子どもたちから、しっかりと季節を感じることができるような気がしています。

あと3日ほどで10月。すぐそこまで冬が来ているんですね。

2001.9.26(水)

◇今日はいい日 

水曜の午後はいつものように「出稼ぎ」・・市の赤ちゃん健診に出かけてきました。生後6-7か月というと、ちょうどお座りや寝返りができるようになり、とっても表情の豊かになる頃。発達の節目なので、大切な健診です。

乳幼児健診というと、1か月、3か月、6か月、9か月、1歳、1歳6か月・・と続いています。それぞれ特徴もあり、面白いんだけれど、6か月健診が一番好きですね。あんまり泣かないし、あやすとしっかり笑うようになり、中にはちょっと遊んであげるとキャッキャと大きな声をたてる子もいます。つい遊んでしまって、赤ちゃんを遊んであげているのか、赤ちゃんに遊んでもらっているのか、分からない状態になることも。でも、いっしょにいると幸せな気持ちになりますね。私が普段「小児科医の役得」と言っているのは、子どもたちとの邪心のない心の交流です。こんなときは、小児科医になって良かったな、って素直に喜んでいます。

それに今日はちょっと嬉しいこと。健診の対象は今年の2月後半生まれの赤ちゃん。上越市ではだいたい毎月100人ほどの赤ちゃんが生まれます。それを2日に分けて、それぞれ2人の小児科医が健診をするので、1回に25人前後の赤ちゃんをみることになります。今日は私が診た中で、私と同じ誕生日(2月21日)の赤ちゃんが何と6人もいたのです!! これってスゴイと思いません? 平均すると同じ誕生日の子は3人ほどになりますが、その倍の赤ちゃんが私のところに集まったんですよ。私の顔に「2月21日生まれは集まれ!」とでも書いてあったのかな・・??

ということで、1時間半、たちっぱなし、しゃべりっぱなしでしたが、気持ちよく過ごすことのできた健診でした。(そうはいっても、疲れはしましたが・・歳のせいということにしておきましょう。)

2001.9.25(火)

◇喘息で明け暮れた一日・・ 

今日は喘息発作の子が続きました。印象ですが、「喘息」とか「喘息っぽい」と診断した子は3分の1ぐらいはいましたね。とくに「大発作」で、朝から夕方までじっくり時間をかけて点滴・吸入などの処置をしていた子のいました(夕方にはやっと点滴をしなくてもいいほどになりましたが)。

先週の金曜ころから急に涼しく(寒く?)なりました。土曜は学会で新潟市にいたのですが、半袖のままでいたら、夕方ずいぶんと寒くなり、慌てて車までブレザーを取りに行きました。「暑さ、寒さも彼岸まで」とはよく言ったものです。

こんな「季節の変わり目」は、喘息発作をおこし易いんですね。今日の外来が、見事にそれを証明していました。すばらく喘息の子たちとのおつき合いが続きそうです。

2001.9.22(土)

◇このまま戦争になっていくのかな・・!? 

アメリカでの同時多発テロを巡って、きなくさい臭いがしてきています。アメリカは首謀者をビンラディンと「断定」し、それをかくまっているとされるアフガニスタンに「最後通牒」をし、全面戦争になるのは時間の問題のようです。

でも、ビンラディンが犯人であるという証拠は提示していません。日本はアメリカを支援するとしていますが、その根拠は「日米の信頼関係」があるから・・ うーーん、これだけで戦争をしていいのかな??

アメリカが言っているから正しい・・過去には、大ウソもありましたよね。今回テロにあった国防総省の建物を映像で見て、まっさきに思い出したのは「ペンタゴン・ペーパー」のことです。かつてアメリカがベトナムを侵略し、結果としてはベトナムに負けた歴史的事実があります。その戦闘行為の直接のきっかけは「トンキン湾事件」といって、アメリカの艦隊が北ベトナム軍に攻撃され、それに応酬する形でアメリカが参戦していきました。しかし、この事件が実はアメリカ軍による「でっち上げ」であり、そのことを詳細に報告した国防総省の最重要機密文書が、ワシントン・ポストの2人の記者により暴露されました。そののち、ニクソン政権は辞任に追い込まれ、アメリカのベトナムからの撤退が完了し、戦争が終結していきました。(2人の記者は、のちにジャーナリズムにとってとても権威のある「ピューリッツァー賞」を受賞しています。)(以上は私の記憶によるもので、事実関係に誤りがあればご指摘下さい。)

もし仮にアメリカの主張が正しくても、テロを撲滅するために戦争をしていいのか、私には疑問です。暴力を暴力で押さえ込もうとしても、新たな、そしてより凶悪な暴力を生むだけなのではないかという気持ちもします。もしアメリカがアフガニスタンに攻撃を加えれば、そこで死んでいくのは幼い子どもたちであり、老人であり、市民です。彼らには何の罪もありません。自分の意志でビンラディンをかくまっているわけでもありません。ましてテロを行っているわけでもありません。国家の戦争で犠牲になるのは、結局は普通の人たちです。その人たちを殺していくことは、どんな理由を持っても、誰にでも、どの国にでも許されることではありません。私はそう考えています。

日本には憲法があります。そこには、国家間の紛争を戦争や武力で解決してはいけないと書いてあります。今行われつつあることは、まさにその精神に反することです。(一部の方はよく「アメリカに押しつけられた憲法だから変えなくてはいけない」と言いますが、もしそうだとしたら、今のアメリカの態度は矛盾していますよね。)日本は武力・戦争によらないテロ撲滅への道筋を、世界に示すことが大切なのではないでしょうか。

今日の朝日新聞朝刊には、坂本龍一氏が「報復しないのが真の勇気」と論評していました。それを読んで、強く共感しているところです。「復讐」することが世界の平和に役立つとは思えません。テロを許すことも、それを行った人や組織を許すことも絶対にできませんが、でも、罪のない人たちへの殺戮(さつりく)がこれ以上繰り返されないことを、強く願っています。この週末、私自身も冷静になって、考えなおしてみたいと思います。

(参考)日本国憲法第9条第1項
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2001.9.21(金)

◇喘息の新しいページ(4) 

「喘息」シリーズ第4弾(ヘルス・レター「喘息の予防(環境整備)」)。これでこのシリーズがとうとう完結! 

次はアレルギーの話や、アトピー性皮膚炎の話を書くことにしますね。こうご期待!

2001.9.20(木)

◇喘息の新しいページ(3)/病児保育室の見学 

この際、思い切って「喘息」シリーズの第3弾を作成!(ヘルス・レター「喘息の薬」)。ここまでくると「粗製濫造」? まあ、気持ちが載っている今が、私にとっては千載一遇のチャンス!(ちょっと意味が違うかな?) あすには第4弾を作ろうと思って、もう準備を始めていますよ。

昨日の病児保育室の見学は、とても大きな成果があったようです。まだ正式には報告を受けていませんが、断片的に聞いている範囲でも「もっとこうしたい」「あれが必要だ」などと、積極的な提案がもう出てきています。

本来ならば、新しい事業を始める前に見学などをしておくべきなのでしょうが、どうも踏み切れませんでした。私が個人的にお願いできる人的つながりがなかったということもあるでしょうが、一番は安易に「お手本」を作りたくなかったことがあります。自分たちで創造的に仕事をすすめることがとても大切なこと。知恵を出し合い、自分たちの持っている条件や希望などを考慮しながら少しずつ築き上げていく作業をおろそかにしてはいけないと思っています。結果としては稚拙なところがあっても、軌道修正をしていけばいい。

全く独創的な事業ではないかもしれませんが、でも、「病児保育」をいうまだ生まれたばかりの仕事を、じっくりと、大切に育て上げることができるなんて、とても嬉しいことだと思っています。出来合のものをポンと据えることは、形はきれいでまとまっているでしょうが、でも、借り物にすぎないのではないかな・・

子育てにも通じますね。子どもを生み、育てるということは、とてつもない労力を知恵が必要です(お金もそうとう必要!)。そんな苦労をするのは大変だけど、でも子育てを通じて、子どもが豊かに育ち、そして親も育っていくわけで、その結果は見に見えない大きなものを私たちにもたらします。苦労すればしただけ、大きくなれる! なんて思っています。

2001.9.19(水)

◇喘息の新しいページ(2) 

昨日から、急に「喘息専門医」のような顔をしている院長です(^−^)。勢いに乗じて、今日も新しい説明書を作りました(ヘルス・レター「子どもの喘息」)。どうぞ、お読み下さい。

今日は、当院の保母などが、7年前から「病児保育」を先駆的に行っておられる施設に見学に行っています。東京都立川市のみやた小児科です。夕方、職員は顔を輝かして帰ってきました。きっとすごい刺激を受けて帰ってきたことでしょう。明日、その「土産話」を聞くのが楽しみです。(お仕事中、大勢で押し掛けてしまいました。きっとご迷惑をおかけしていたものと思います。ありがとうございました)

2001.9.18(火)

◇文字数だけは・・/喘息の新しいページ (1)

私のこの「日誌」(日記?)、その内容はおいておくとして、文字数だけは負けてはいないでしょう。1日にだいたい原稿用紙2枚ほどになるかな(約800字)。1年間に250日ぐらい、それを2年間続けていますので、2枚×250日×2年=1,000枚! 短編小説は原稿用紙数十枚ですから、この日誌にストーリーがあれば、「長編大作」ということになるのですが。

何にでも首をつっこんで、いろんなもことに関心を持ってしまうので、これからもいろんな話題を取り上げていきたいと思っています。(もっとも、浅くて広いだけの知識ですが・・)

今月に入り、やはり喘息発作をおこしている子どもたちを多く診療しています。普段は何ともないのに、毎年、この秋口になると顔をみせる「乙姫と彦星」のような子どもたちも少なくありません。やっぱり季節の変わり目は要注意ですね。とくに雨降りの日や、秋雨前線・台風などが近づいているときはてきめんです。外を見ていなくても、夕方から発作の子が次々に来る日は、お天気が分かってしまいますよ。(よく「君は気象予報士になれるね」なんて冗談を言っていますが)

これまで、患者さん向けの説明書(パンフレット)に喘息のことがありませんでした。実は、私はアレルギーや喘息の関係の学会のいくつかに所属していますし、喘息も主要な病気の一つとして診療しています。説明書を作っておかなくてはいけないといけないと、もう何年も前から思っていました。でも・・いざ作ろうとすると、いつも挫折していたました。どうまとめていいか、なかなか整理がつかないことが原因です。喘息といっても、説明したい(説明しなければいけない)内容はとても沢山あります。患者さんを目の前にしたときは、その中からその場でセレクションしてお話しているわけですが、きちんとした文書にするとなると、やはりそこで足踏みをしてしまうのがいつものことでした。

昨日は連休明けということもあり、とくの多くの発作の子を診療しました。「自宅でしてほしい対処」については、何よりも優先してまとめておかなければいけない、という気持ちになりました。全体はまだはっきりしないのですが、その部分だけは明確になったので、あとは作るだけ! そう思うと、早く作ってしまいたい気持ちが先走ってきました。(昨夜はテレビドラマ「ER6」最終回を見て1時ころ就寝したのですが、朝4時半には目が覚めてしまい、家の中の本をひっくり返していましたよ。)

午前中にわりと時間がとれたので、まとめたのが、「喘息発作の一般的な対処」です。作ってみると、長年の宿題の一つがやっと解決したのでホッとした気分になりました。でも、この程度の内容でよければ、もっと早くできたのに・・なんて気持ちにもなっています。

ともあれ、HPのヘルス・レターシリーズにも入れておきましたので、どうぞご覧になって下さい。

(追伸)実は「ER6」の最後が、「え!? これで終わり? ハサエウエーもロスも出てこないの? ER7にはどう繋がっていくの?」などと、高ぶった気持ちでいたことも、睡眠不足の原因なのかも。え? 誰ですか? 「もう年寄りだから」何て言うのは・・ メッ!!

2001.9.17(月)

◇ネットの日誌が流行中 

先週の週刊誌「アエラ」(朝日新聞)に、ウェッブ上の「日誌」が話題になっていました。いろんな人が「ネットの中での日誌の公開」にはまっているとか・・ 「私小説」的に、自らの不倫体験を語る人、子育てや日々の体験をつづる人。「匿名性」を利用して赤裸々に告白する人がある一方で、「こうありたい」というような姿を作り上げていく人もいるそうです。

共通しているのは、それにはまっていること。というと、私もその一人ということになるのでしょう。さあ、私はどんなタイプなのかな・・?

日本には「徒然草(つれづれぐさ)」を代表として、日記には文学表現の一つしての歴史があります。「こうあらねばならない」というような大上段に構えての議論は下手で(あるいは、それによる摩擦の発生をおそれて)、「私はこう見ている」と書き、それを周囲が「察する」ことでけばけばしい人間関係ももつれを回避していく手段なのではないのかな、などと思いました。つまり、日記は婉曲(遠回し)な自己表現の手段であって、極めて日本人的なものなのでしょう。

私も気が弱いので、面と向かってのやりとりは苦手です。(異議あり!の声もあるようですが・・)そんな私にとっても自己表現の大切な手段・・ということでしょうね。

2001.9.14(金)

◇明日は敬老の日・・でも政策は「軽老」? 

今週は慌ただしい一週間でした。いや、そんな生やさしい表現では足りませんね。アメリカのテロの報道で、台風のことががどこかに飛んでいってしまいました(16号はまだ沖縄にいるのかな?)。

明日は「敬老の日」。老人に感謝しましょう・・週末が連休になったことではありませんよね。長く生きてこられて、今の日本、あるいは世界を築いてくれたわけですから。

でも、昨今の「医療改革」の議論の様子をみている限り、「敬老精神」はないようですね。現在70歳以上が対象となっている老人保健を、来年4月からは75歳以上にし、70〜74歳の方の窓口負担を2割としようということです。これでは、病気になっても少々ではかかれなくなってしまいます。また、老人医療費の総枠をあらかじめ決めておいて、もしそれをオーバーすると、その額をあとで医療機関への支払いから差し引くのだそうです。どんなに医療が進歩しても、値段の高くなるものは老人には適応できないことになります。・・これが小泉内閣のいう「骨太の改革」なのだとすると、ずいぶん人をバカにした話です。政府の財政負担を減らすため、老人と医療機関に負担を強要しているだけなのですから。

でも、今日の新聞によると一つだけ明るいニュースがありました。2歳までの乳幼児の窓口負担を今の3割から2割にするというのです。「少子化対策」のためには、多少のことはしなくては・・ということなのでしょう。実際にはすでにほとんどの自治体がそれを上回る医療費助成を実施していますので、新たに親御さんの負担が少なくなるわけではありません。助成をしている自治体の財政負担を軽減させるだけです。

でも、今までは地方が独自に実施してきた子どもたちの医療費助成を、国は「本来はしてはいけない」としてママコ扱いしていました。もうそんなおかしな「建前」は通用しないことを、国が自ら認めたことになります。また、自治体の負担が少なくなれば、同じ規模の予算で、これまで以上に手厚く助成を行うことができます(年齢の引き上げ、窓口負担の軽減・廃止、所得制限の緩和・廃止など)。

来年度の医療改革は、そうとうの大地震が予想されます。本当の意味で「骨太の改革」になるのかどうか、しっかり見守っていきたいと思います。

2001.9.13(木)

◇続・テロの恐怖 

アメリカに対するテロは、やはり最悪の様相を呈してきています。犠牲になられた方がどれほどまで増えるのか、検討もつきません。NY市長は6,000人の遺体収容袋を準備しているとか。えー! そんなに! というのが実感です。

同じようなことがエイズのときにありました。私が医者になった20年ほど前にはまだ問題にはされていませんでした。その後アメリカを中心に次第に増え、大変な驚異であると言われ始めました。でも実感できませんでした。報道や医学雑誌などで取り上げられていても、日本ではほとんどまだ患者発生がなかったこともあり、「対岸の火事」状態でした。しかし、やはりそれが本当にすごい事態なんだと知ったのは、NY州の死亡統計でした。

NY州での死亡原因のうち、30台ではエイズがトップだというのです。その数字を目の当たりにして、「これは大変なことがおきているんだ!」とやっと思い至ったというわけです。でもそれからしばらくは日本の医学界にはまだ警戒感がなく、危険な血液製剤(主にアメリカで集められた血液から作られていました)がそのまま使われ、エイズ患者さんを作ってしまったわけです。

今回のテロは「対岸の火事」ですが、次第に現実のものを感じてきています。そしてその恐怖と不条理を忘れずにいたいと思います。

今日の毎日新聞(新潟版)に、私(院長)が紹介されました。「21世紀--新潟の100人」というシリーズの81回目。「医療情報を発行する小児科医」というタイトルです。なんだか気恥ずかしくなりますが・・PDFファイルでアップしたおきました。画像が荒くきれいではありませんが、宜しかったらお読み下さい。)

2001.9.12(水)

◇テロの恐怖 

昨夜、眠る前に少しだけニュースを見ようとTVのスイッチを入れた瞬間、何だこれは!? ニューヨークにある巨大ビルの側面を飛行機が貫いている! それから10数分後、2機目の飛行機がその隣のビルに突っ込みんでいく瞬間を見てしまった。このときに「同時多発テロ」以外の何物でもないと確信しました。さらにペンタゴン(アメリカ国防総省)も標的にされました。その後は、夜中(朝方?)までTVの前から離れられなかったのは、多くの方も同様でしょう。

最初はまるで映画の中の一シーン・・ 正直に言って、現実感がありませんでした。でも、そこに人の姿が見えてきて、これはただごとではないのだと実感し、恐ろしさに声を失って見入っていました。

中東におけるパレスチナとイスラエルとの対立がその根底にはあるにせよ、とうてい許すことのできない巨悪な犯罪。犠牲者は万の単位にものぼるかもしれません。こんなことが、21世紀の最初におきるとは・・ 20世紀は2つの世界大戦を初め、多くの戦争・紛争を人類は経験しました。そんな「憎悪の世紀」の中からいったい何を学んできたのでしょうか。新しい世紀を「平和と融和の世紀」にするという英知は、人類にはなかったということなのでしょうか。

テロリズムという卑劣・卑怯な行動に対しては断固たる姿勢で臨み、決してそれを許してはなりません。しかし、これがきっかけとなって新たな戦争が始まるとしたら、それは大変な事態です。新しい悲劇を作り出します(それが目的なのかもしれません)。アメリカのとるべき行動によっては、そんな心配もしています。成熟した大人としての自制もまた必要です。ここ数日、ニュースから目が離せません。

2001.9.11(火)

◇夏目雅子17回忌 

今日は、27歳で亡くなった女優=夏目雅子の命日。最近出版された写真集も、すぐに買ってしまった私はミーハー? でも、いつまでたっても彼女の魅力は忘れられませんね。永遠に27歳のままでいる夏目雅子を見つづけられる私たちは、ある意味で幸せなのかもしれません。

写真集を見ていて気づいたのですが、彼女が生まれたのは1957年(昭和32年)で私と同じ。病気のため舞台を降りたのが、2月21日で、これは私の誕生日にあたります。偶然ではありますが(当たり前!)、彼女との「縁」のようなものを感じます(すごいコジツケ!!)。

いつまでも「ひまわり」のように、大輪の花を輝かせていてほしいと、多くの方が思っていることでしょう。以前、ノーベル賞受賞作家の大江健三郎氏がこんなことをおっしゃっていました。「人は死んでも、その人を思い続ける人がいる限り、その人は『生きて』いる」と。そう、私たちの心の中には、夏目雅子は確実に生きていますね。いつまでも、あの大きな魅力的な目でカメラを見続けているようです。

2001.9.10(月)

◇宿題完成! 

娘(中2)の工作の宿題がやっと完成・・ そんな話題がどうしてこのHPに? もうお察しのとおり、お父さんの宿題になっていたのです。

「ロボ・コン」(ロボット・コンクール)のように、ピンポン玉を持ち上げ、バスケットの中にいれる競技をするのだそうです。娘からそのイメージを理解し、与えられた道具で何ができるか考えるのに半日。それで足りずに玩具屋に行き、部品を集め、そして製作に半日。一日がかりでやっと仕上げた「労作」です。

部品といっても、アームやかごは下敷きを適当に切って、その出来具合から次のことを考えるという、「設計図のない工作」でした。けっこう楽しめましたが、果たして本当にできるのか、最後になって持ち上げられないのでは・・などと考えると、胃が痛くなるような一日でした。

実は、これは私のリベンジ。小学校の確か4年ぐらいの時(おそらく35年ぐらい前)、友達といっしょにフォーク・リフトを作ろうとして、結局完成しなかった思い出があります。あのときも、頭の中では「きっとできる」と思っていたので、それが実現不可能と知ったとき、ショックでした。

昨日は、夜遅くになって、美味しいお酒が飲めましたよ!(^-^)

2001.9.7(金)

◇え!? 値上げするの? 

このHPはクレイフィッシュという会社のレンタル・サーバーを利用しています。先日、その利用料の値上げを通告されました(正確には、これまであった長期利用者に対する5割引きの特典を廃止するというものですが)。ネットの通信料を含めて、あらゆるものがどんどん値下げされている中での「英断」ですから、なかなかの「経営判断」です。

というのは、この会社は今や曰く付きだからです。昨年あたりからネット業界の中ではいろんな意味で「脚光」を浴びている光通信が、今春経営権を握り、それまでの経営者(創業者)を追い出しました。いわゆる乗っ取りですね。ずいぶん派手なことをしたものです。そのころから嫌気がさしてはいましたが、「料金半額」に惑わされ、そのまま契約を続けていました(実はそれでも他の会社より割高感があったのですが、手続きが面倒でそのままにしていました)。今回、実質100%値上げ(2倍!)は、この会社と「決別」するときだということなのでしょう。

でも、どうしてわざわざ客離れを誘発する経営をするのか、不思議です。乗っ取りのときに報道されていましたが、クレイフィッシュには株式上場したときに集まった資金が、現金で数百億円あるそうです(金庫に眠っているなどとまことしやかに囁かれていました)。かりに会社がなくなっても、その金が光通信に転がり込むとなれば、別にクレイフィッシュを存続させておく必要はない。むしろ、早くつぶしてしまったほうが経費がかからなくていい・・そんなふうに考えているのでしょうか? (なんだか、金をめぐってのイヤなものを見たような気がしています。)

なお、もし他の会社に「乗り換え」たしても、このHPで使っているドメイン名は当院が所有している物ですので、変わりません。移行するのも瞬時にすむので、利用者には全く影響はないそうです。(実はもう別の会社の案内を調べています・・)

でも、まだクレイフィッシュさんを使っているので、あんまり悪口を書くわけにはいきませんね(もう書いてしまいましたが)。もし今日の日誌が消えていたら、「何かがあった」と思って下さい。(冗談です)

(追伸)
明日は第2土曜にあたり、当院は休診です。
夕方、中国のソプラノ歌手=崔 岩光(サイ・イエングアン)さんの後援会発会式があります(正式には「にいがた崔 岩光ソサエティ」、私はその代表)。上越のお近くの方は、FMで中継が入りますので、お聞きになって下さい。(FM上越、16:10ころから10分ほど)

2001.9.6(木)

◇ご親切に・・ 

今日、面白い(?)メールが届きました。英文なので、最初は何かな?と思っていましたが、良く読むと、このHPのから他のHPへのリンクが正しくないとの指摘です。さっそく見てみると、確かにつながっていません。「http://・・・」の前にスペースが入っていたのが原因でした。さっそく直しましたが・・不思議なのは、外国から、しかも個人の方からのメールではないということです。つまり外国の会社のような組織から送られてきているようなのです。

メールのなかに書いてあったHPを見たのですが、(英語をちゃんと全部読んではいないのですが)どうもそれをお仕事にしているようですね。その会社のサービスを受けると、こういったリンクもミスがあるかを定期的に(それとも常時?)見ていてくれるのだそうです。(こういったソフトは発売されていないともありました。)

インターネットの世界では、いろんなアイデアを武器に商売しているんですね。この世界の深さ?を改めて認識しました。(このHPも含めて、私自身がネットを利用して仕事しているのに、あまり他のHPを覗いたこともなく、関心がないために、いつまでも「小学生レベル」にとどまっています。読者の方にとっては、当たり前のことかもしれませんね。)

2001.9.5(水)

◇え!? このHPが・・ 

長野で開業しておられるある先生からメールをいただきました。当院でずっと協力させていただいている「世界の子どもにワクチンを」の活動に、ご自身も協力されたいとのことでした。そして、その委員会の活動をご自分のHPで紹介したいが、こちらのHPの内容を使わせてもらいないかというお話でした。もちろん、答えはOK! どうぞいくらでも使って下さいとお答えしたところです。

この運動に協力し始めたのは、当院が開業5周年を迎える1995年の春からですので、もう6年ほどになります。患者さん、地域の皆さんのご理解やご協力を得ながら、当院を通してお送りしたものは、金額に換算して276万円ほどになっています。これからもずっと続けていきたいと思っています。

ちょうどそのころ、子どもたちへの予防接種の方法が個別接種重視などの方向へ変わってきた時期です。日本の子どもたちは幸せだなー、こんなにワクチンが用意されているんだから。(その割には、ルーズになって受けていなかったり、あるいは明らかに悪意をもってワクチンを否定したりする風潮のあることは、とても残念なことだと思っていました。)でも、多くの発展途上国の子どもたちは、そのワクチンを接種できないために(栄養や環境の悪さもあって)生を維持できず、亡くなってしまっています。そんな子どもたちを援助しようとしている「世界の子どもたちにワクチンを」の活動を知り、協力を申し入れた次第です。

募金箱を設置したりしているほか、当院でワクチン接種を受けられると1回につき100円を拠出しています。親御さんの立場からみると、ご自身のお子さんに予防接種を受けさせると、自動的に発展途上国の子どもの命が救われていることになります。そして、この6年間の成果が先の数字です。

今回お知り合いになったその先生には、HPの作り方などを教えていただきました。とても見栄えのする、すてきなHPなので、うらやましくなったのです。そして、ビックリ! なんと私のHPをパクっていたのだそうです。それを下敷きにして、どんどん改良を加えたということですが、私が見ると、ずっと素敵なHPになっています。「ウサギとカメ」みたいな話で、私がさぼっているうちに、あとから来た亀がしっかり追い抜いて行ったということでしょうか・・

でもパクられるということは、お手本と思って下さったわけで、嬉しいですね。名誉です。さあ、今度はその先生をパクろうかな!?

2001.9.4(火)

◇子育ての中で、自分をコントロールできる大きな気持ちを育てて欲しい 

当地では、昨日もまた衝撃的な事件がおこりました。日本刀を振り回し、1人が死亡、2人がけがをした事件です。これがおきた場所は新井市といって、私のいる上越市の隣。被害にあった3人は上越市内の方でした。自宅が差し押さえられ、競売で落とした会社の方が、なかなか引き渡しに応じない建設会社社長の家に裁判所の執行官と一緒に行ったときにおきた事件です。

まさか、こんな怖いことがすぐ近くでおきるとは・・ 自分の思うようにならないとき、自分を見失い、他人を殺傷してしまうなどということは、あってはならないことです。

私も自分自身が子育てをしていく中で、子どもたちが自分の気持ちをコントロールすることの大切さを痛感しましたし、それを育てることの大変さも知りました。3人の子どもたちがちゃんと育ってくれたのかどうかは分かりませんが、でも、子どもたち以上に、自分が大人として、親として育つことができたようにも思います。実に子どもを育てるということは、半端な気持ちではできません。「子育ては親育ち」という言葉をかみしていたことを思い出しました。

子どもたちにぜひ教えて欲しいこと・・例えば、ガマンする心です。どうすることもできないときに、その気持ちに整理をつけ、前を向いて歩いていくことができるようになってほしい。自分の思うとおりばかりにはならないんだということが分かる子どもに育ってほしいと思います。

上越市では、以前に「有名な殺人事件」がありました。昔ヒットしたテレビ番組「子連れ狼」で、とてもかわいい大五郎という子役をやった男が、金のもつれから不動産関係者を殺害してしまったものです。その現場は、実は私の自宅と同じ町内で、数100メートル程度しか離れていません。今回の「刀男」といい、日本も決して安全で治安のいい国だとは、もう言えないんだな、ということもまた実感しました。

2001.9.3(月)

◇思わず電話に手が・・ 

1日深夜、新宿で大きなビル火災があり、44名もの命が奪われました。報道で知る限りでは、防災対策はないに等しく、いったん火災がおきれば大惨事につながることは容易に分かっているはず。「商売優先」「人命軽視」の姿勢がはっきりしています。

不思議なのはお役所の対応。「危険だ」と分かっているのに、どうして使用させているのか? それが消防署なのか、区役所(都庁)なのか、警察なのかは分かりませんが、そのまま使用させていていいんでしょうか? 当院も年に2回、消防法で決められた検査を受けています(先週の金曜にやったばかり)が、それも形式だけ整えばいいのかな、って気持ちになってしまいました。

土曜には、このニュースが大きく報道されましたが、テレビを見ながら、手は思わず電話機を握っていました。息子が東京にいて、麻雀もするようなことを言っていたので。電話に出た息子も、やはりテレビを見ていて、かかってきたのはきっと田舎からだと直感したそうです。もちろん電話にでているのですから、安否確認は無事終了。でもその前日、近くの映画館に行っていたそうなので、危うかったのかもしれません。

遠くに子どもを一人でおいておくと、こんなとき、とても心配になります。でも、今は携帯電話があるから連絡を取りやすくなっていますね。一昔前だったら、大変な事だったでしょう。

「わたぼうし病児保育室」の賛助会員も募集しているとHPに書いておいてあるのですが、その方法は?との問い合わせをいただきました。改めて賛助会員についてのページを作りましたので、ご覧下さい。そして、もし宜しければ賛助会員のお申し込みをお願いします。

2001.9.1(土)

◇2学期が始まりました 

今日から9月。多くの学校や幼稚園では新学期がスタートしました。今朝の出勤時には、大きな荷物を抱えた子どもたちの姿を見かけました。きっと、夏休みの成果がいっぱい詰まっていることでしょう。

昨日から作業をしていた「こども通信」ですが、メール・マガジン用とHP用が完成し、先ほど送信やアップをしました。どうぞ、お読みになって下さい。月変わりの仕事が輻輳していて、頭の中が混乱気味。ようやく「夏休みの宿題」を終わらせたような気持ちです。

明日は2週間ぶりの日曜になります。どうも家の中にたくさん「宿題」が残っているような気がしていますが、のんびりと片づけていきたいと思っています。

デジタルこども通信2001年9月号

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