塚田こども医院

日誌(更新記録)2001年12月  月別の索引

2001.12.29(土)

◇仕事納め

2001年(平成13年)の仕事納めも、今日無事終わりました。一年間、いろいろとありがとうございました。明日から年末年始のお休みに入らせていただきます。新年は4日より通常通り診療いたします。(3日は院長は休日診療所の当番日ですが・・)

最終日が土曜で午前のみの診療。そのためにけっこう混雑していました。といっても朝一番は、普通の日以下の「穏やかさ」。職員とを朝のミーティングも時間を使ってゆっくりとすることができましたし、始めのころは患者さんとのお話もゆっくりとできました。ところが・・10時を過ぎた頃からだんだん慌ただしくなり、診察もスピード・アップ! 途中では、「こんなはずはなかったのに・・」「朝は何だったんだ?!」「嵐の前の静けさってことか・・」なんて思い、そして最後の頃は、私も息切れしながら仕事をしていました。

出足ゆっくりタイプは、どうも冬休みが関係あるようです。家での生活リズムが朝寝坊に傾いているのかもしれませんし、お母さん方の構え方も、学校や園のある日ほど切迫感がないのかもしれません。あるいは、お昼近くになって、「今日のお昼で外来が年内は終わりなんだ」と気づいたのかもしれません。いずれにせよ、何とか一年の締めくくりをさせていただきました。

今年も残すところ、あと2日。私はこれから年末年始の仕事にやっと取りかかれます。子どものころは、商売をやっていた家で育ったため、仕事納めは大晦日の夕方というのが慣わしでした。サラリーマンなどが何日も前に「仕事納め」をするのを、うらやましいというより、不思議な感覚でみていました。ですので、医院は休診に入りますが、自分の仕事を続けることに、あまり違和感がありません(でも、それって家での仕事=大掃除をしたくない口実なのかもしれませんね)。

子どもの頃のことから、もう一つ話を。商売をしていると月末で支払などすることが多いですよね。歳末というと、お客さんのところへの挨拶と集金が恒例行事で、なぜかよく父と一緒にでかけていました。貧乏をしていましたので(今でもそうなんですよ、あんまり信じてもらえませんが)、支払が滞ったりすると、けっこう大変なことなんだな、なんて子ども心に思っていたものです。私も今の医院を経営して11年半が立ちますが、その苦労を身にしみて感じています。

今年も先日、月末までの支払を全て終わらることができ、やっと肩に荷を降ろしたような開放感(達成感?)を味わいました(今月は職員のボーナス支払いもあり、まとまった大きなお金の必要なつきなんですよね)。ときどき、このお金を払えないとどうなるんだろう、などという不安感におそわれることもあります。銀行も最近はなかなか厳しいですし・・

銀行といえば、今年は銀行員にとってはすごくいい年末年始のお休みになっていますね。例年の30日の仕事納めが、今年は28日。そこから6日間の連休なんですもんね。つい最近まで31日の大晦日まで窓口を開けていた頃とは、ずいぶん変わりました。でも・・経営者には大変なんですよね。年末の資金繰りに窮して倒産の憂き目にあうなんてことが、今年は多くならなければいいのに、と心配しています。(自分がそうならないですんだので良かったですが)

最後はやっぱり暗い話になってしまいましたが、これも今年という世相の反映なんでしょう。来年こそ、そんなことを心配しなくても良いような、明るい年になってくれるといいですね。では、よいお正月をお迎え下さい!

2001.12.28(金)

◇今年もとうとう・・

クリスマス・ケーキを食べずじまいになりました。イブの当日はアルコールを飲んでいて、ケーキはいらないなって感じ(つまりそうとう酔っぱらっている)。次の日からは仕事で忙しくて、ケーキを食べるような時間に家にいないというのが実状。この一週間は、たまりにたまった仕事がいっぱいあって、それをこなしていると、帰宅が10時を過ぎてしまいます。それから遅い夕食。あとは寝るだけですから、美味しいおやつをお腹にいれる余裕はありません。考えみると、なんと「貧しい生活」をしているのかと思ってしまいますね。

こんなことをしょっちゅう繰り返しています。クリスマス・ケーキは何年も食べていないように思いますし、頂き物のお菓子も、私の口には入らずにいつの間にか「消費」されていることもしばしば・・

明日は仕事納め。午前だけの外来ですが、さて何時に終わるでしょうか。ちょっと怖いです。でも、それを過ぎるとあとは年末年始のお休みですから、さあ頑張るとしますね!

2001.12.27(木)

◇探し求めていた物をゲット!

昨日のこと、ここ数年来探し続けていたある物をやっと手にすることができました! なんて、あんまりオーバーに言うほどの物ではないのですが、「防水型の電卓」がそれです。普通の電卓では、水仕事などをしながらででは、中に水が入ってしまい、すぐにダメになってしまいます。どこかにそのための物がないかと、ずっと「WANTED!」状態でした。

といっても実際には「水仕事」をするのではありません(医者の仕事は「サービス業」で「接待業」、そして「水商売」だという説もありますが・・)。院内の薬局で使うのですが、小児科の薬は粉薬が多く、その近くに置いておくと細かい薬が入り込んでしまい、あまり長く持ちません(しかもドライ・シロップが多く、砂糖のようなコーティングをしてあるので、べとつきます)。上にサランラップをかけて使ってみたのですが、使い勝手はあまり良くなく、不評でした。

そこで全体を透明はフィルムで覆ってある電卓がないか、文房具屋に行くたびに棚を見渡していましたが、いままでずっとそれらしき物がありませんでした。昨日、近くの本屋さんに入ったところ、そこで一緒に売っている文具の中に、とうとう探し求めていた物を発見しました。ケースには魚屋さんの絵が描いてあり、水に濡れても大丈夫と宣伝しています。これだ!! という訳で、震える手で(?)会計に持っていって、買い求めました。

私はこんな「小道具」が大好きです。家族でデパートに行ったりすると、どうも女性たちの買い物につき合っていられません。じきに飽きてきて、本か文房具売場を徘徊することになります。そこで、面白い物を見つけるとちょっと幸せな気持ち。きっと便利だろうと思って買うのですが、実際に使うのは半分もないかもしれません。アイデアは良くても実用的ではなかったり、自分の生活スタイルに合わなかったり。そんなモノが私の周りに溢れています。子どもの玩具のようで、所有することが目的になっていて、それを使用することがうまくできていません。もう少し「清貧」に学ばなくてはいけませんね。

さて、この新しい電卓はどうなるでしょうか? きっと役に立ちそうですが・・ もっとも値段は普通の数倍。足し算とかけ算くらいの単純なもので十分で、いつも使っているのは1,000円もしません。わざわざ高い電卓を買ってこなくても、安い物でダメになったら買い換えればいいだけの話ではあるのですが・・

2001.12.26(水)

◇とりあえず主義

クリスマスが終わり、次は年末・年始の準備。当院は29日(土)を仕事納めにしているので、今日を入れてあと4日。院内の仕事が山のようになっていて、これで新年を迎えられるのか、心配です。急がないことは後にして、すべきことから順にこなしています。誰かが言っていた「とりあえず主義」・・あまり仕事内容を吟味せず、まずは「とりあえず」やってみて、もしも余裕があったら見直すというもの。完璧は期待せず、一応の水準は確保しようというものです。「質より量」といったところでしょうか。まずは机の周りの「山」を順に片づけていっている状況です。

今日の診療は午前だけなので、午後は職員総出で大掃除。すっかりきれいにしてもらいました。・・やっぱり私の周りの乱雑さが目に付きます。ここはもう一頑張りするとしましょう。

さっき終わらせたのは業者さんへの支払の伝票作り。いつも月までに仕上げてギリギリに銀行さんに持ち込むのですが、この年末はそんな悠長にはしていられないんですね。31日(大晦日)は銀行がお休み(何年か前からそうでしたね。いつも忘れてしまいます)。その前は土日ですので、銀行は28日(金)が最終日! 週末に仕事をすればいいや・・と思っていたので、ちょっと焦りました。それで「とりあえず主義」の出番。汚い字や乱雑な書き方で申し訳ないけど、ゴメン! たまっていた請求書の山を片づけることができました。

でも、一番ストレスになっているのは、診療です。熱や咳などの症状があると、今週中にどこまで治るか?(治すことができるか?)見通しがはっきりしていれば良いのですが、なかなかうまくいきません。来週はお休みが長いので(新年は3日まで)、その間のことも頭にいれながら診療しています。胃が痛くなります(本当に胃薬を飲んでいます・・)。

でも本当は患者さん(親御さん)の方が心配なんですよね。年末年始はどこの病医院もお休みなんですから。三が日が空けるまで、病気にならないことを祈っておられることでしょう。この地域では、医師会のメンバーが順番に出て「休日診療所」を開いています。実は私も1月3日に出番になっていますので、内心はそこまでは少し休ませてほしいな・・なんて思っているところんあですよ。(その後の6日も出番が重なっています。年の初めから働き者でしょう!?)

◇アクセス数30,000件に

今日、このHPへのアクセス数が30,000件に達しました。多くの方に訪れていただいており、感謝しています。ご意見などがありましたら、どうぞお寄せ下さい。(掲示板もご活用下さい。)

2001.12.25(火)

◇メリー・クリスマス!!

昨日はちょうどお休みの日だったので、家族みんなでクリスマス・イブを過ごしたのではないでしょうか。今年一年が、慌ただしく、とげとげしいことが多かったので、その分、印象に残るイブになったかもしれませんね。

我が家では、3人の子どものうち、上の大学生2人は帰ってきてこないので、下の娘との3人。でも・・今年は新しい家族が増えました。子犬のコーギです。10月15日生まれ、生後2か月ちょっとのメスです。今年3月に長くつき合っていた犬が死んでしまい、寂しくしていました。また家族が増えて、ずいぶん明るくなりました。

今日は連休あけで、とても外来が混んでいました。外来はクリスマス気分ではなかったのですが・・ぬいぐるみのプーさんにサンタの赤い服を着てもらい、私の診察机の上で助手をしてもらいましたよ(^_-)

2001.12.22(土)

◇いつもの土曜日

毎年の恒例になってきたインフルエンザ予防接種はそろそろ終わり。10月から続けていた土曜午後の特設外来も先週で終わって、今日は久しぶりに「いつもの土曜」に戻りました。

第4土曜は、近隣の病院の外来は全てクローズド。おまけに今日から冬休み(第4土曜はいつも学校がお休みだからあんまり変わりないけれど)。午前中の外来はとても込み合ってしまいました(これもいつもの土曜・・)。

遅番の職員が帰って私一人になり、それから遅い昼食(これもいつもの土曜・・)。午後は自分の時間になるぞ、と思いながら、時々かかってくる電話に応じたり、雑用を片づけているともう夕暮れ(これもいつもの土曜・・)。今日は熱帯魚の水槽の掃除をしました。忙しくしばらくかまってあげられなかったのです(これもいつものこと・・)。

あと1週間で仕事納め。その間にクリスマスがあり、年末・年始の準備のあって、目が回るような忙しさでしょうね、きっと。まあ、忙しいのもいつものこと・・ そんないつもの土曜がもう終わろうとしています。

クリスマス・イブはどうされますか? このHPを見ておられる方の多くは、きっと小さなお子さんがおられでしょうから、家族でゆっくりと過ごされることでしょう。今年は天皇誕生日の振り替え休日になっていて、とってもラッキーですね!(まるでイブが祝日になったみたい・・いくら宗教に無頓着な日本人でもそこまではしないでしょうが) どうぞよいクリスマスをお過ごし下さい。

私は・・明日、我が家に小さな赤ちゃんが来るので、その相手をしながらでしょう。とっても可愛いんですよ。もう名前を付けてあります、「クッキー」って。え? そう犬なんです。今年の春に愛犬(15歳)を亡くしからはしばらく犬を過ごすつもりはなかったのですが、娘のたっての願いで、また一緒に暮らすことにしました。娘が明日まで待ちきれない様子ですよ。

2001.12.21(金)

◇クリスマス会のある保育園

昨日はクリスマス会のない保育園の話をしましたが、今日はその逆にクリスマス会の「ある」保育園の話。といっても、普通の(?)園ではたいがいはやっていることでしょうね。子どもたちはこんな季節の行事が好きですよね。園の生活の流れも、こういった行事を中心に流れていっています。

私の末娘が通っていたのはカトリック教会が運営している保育園。ですので、クリスマスは年間を通しての最大のイベント! 未満児や年少さんにとっては「お遊戯会」ですが、年長児は「聖劇」という晴れの舞台が待っています。この日のために何か月も準備し、練習してきた成果を披露します。

私はキリスト教の本当のクリスマスの祝い方を知りませんでしたが、子どもたちが熱心に演じる聖劇を見せてもらって、その意味を初めて知ることができましたし、一緒に祝うことができ感激したことを今でも覚えています(娘は今は中学生ですから、もう7、8年前になりますが)。私のような「無神論者」「無宗教者」(別名「罰当たり者」)にとっても、嬉しい一日でしたよ。

そう言えば、この保育園ではちゃんと七夕飾りを作っていましたね。あれは・・日本の伝統的な文化ということで、宗教には関係ないからかな? まあ、いろんなお楽しみが一年を通じてあることは、いいことですよね。

今日は多くの学校や幼稚園で二学期の終業式でした。明日からは冬休み。クリスマス、年越し、新年と続きます。生活リズムが乱れがちになりますので、お気をつけ下さい。(昨日、パトリシア・コーンウエルの最新作が発行され、早速夜更かしになっている私からでは、あまり説得力はありませんが・・)

2001.12.20(木)

◇クリスマス会のない保育園

保育園や幼稚園では、そろそろクリスマス会の頃ですね。この地域では嘔吐下痢症(ウイルス性胃腸炎)や普通の風邪が多くなってきているので、子どもたちに「クリスマス会までに良くなるといいね」などと声をかけながら診療しています。

院内もクリスマスの飾り付けをしました。玄関にはミッキーたちがベルを鳴らし、壁にリースを飾っています。院内では最近はプーさん人形が多いのですが、そのプーサンもスノーマン風やサンタ風のものに。そして待合室には高さ3メートル近くの大きなツリー。このツリーの飾りは「子ども参加型」・・七夕の短冊のように子どもたちに「願い事」を書いて飾ってもらっています(靴、ベル、雪だるまなどの形で作ってあります)。

そこに書かれたものを読むのも、この季節の楽しみです。病気で来院しているので、「早く良くなるように」というお願いもありますし、「○○がほしい」というものも多くあります。毎年の恒例なんだけど、サンタさんと思われているのかなあ・・? サンタさんの替わりはできないから、子どもたちにとっては罪作りかな?(願い事がかなうように、パパ・ママ、よろしくね!)

クリスマスの雰囲気が盛り上がっていますが、そんな中、「クリスマス会はないよ」という園児が何人かいました。園が仏教なので、クリスマスの行事も飾りもないのだそうです。確かにそうなんですね。クリスマスはキリスト教の儀式。「異教徒」のものをする道理はないということですね・・

そう言われと、私も浄土真宗(正確には実家が。私自身は無宗教のつもり)。日本ではキリスト教の人たちは少ないのに、クリスマスを祝うのは変だという話になりそうです。でも、日本においては「国民的行事」になっていますよね。伝統的に他の国々や民族のものを取り入れ、それを使い易く(馴染みやすく)変えるのはおてのもの。今使っている漢字・ひらがな・カタカナは日本オリジナルではないですものね。

仏教も中国大陸から日本に伝わってきたものがベースですから、ここは「クリスマスを日本の新しい伝統文化(!?)」ということにしてしまいましょう! そしてそれをキリスト教圏にいずれ輸出するというのはどうでしょう。(信仰のない日本人は、世界から総スカンをくうこと間違いないありません・・)

2001.12.18(火)

◇小泉首相の言う「抜本改革」の中身とは?

ここ数日、来年度の診療報酬改定についての話がいろいろと出ています。どうも政府筋と日本医師会が、「診療報酬1.3%下げ、薬等1.4%下げ、合計2.7%の引き下げ」で合意したとのことです。すでに保険料の引き上げ、高齢者の窓口負担の引き上げが決まっているので、首相は「三方一両損」などと言っているようですが、本当にそうなんでしょうか?

三方とは「患者、保険者、医療機関」なんだそうです。でも、保険者の負担増というのは保険料の引き上げ(従業員と会社がほぼ折半)→国民の負担増ですから、実際には「二方両損」。

医療機関の収入減についても、けっこうシビアに感じています。1.3%減というのは、医療費総額の中でのパーセンテージですので、技術料を仮に全体の半分とすると減収は2.6%にもなります。当院規模でも数百万円にはなりますので、人件費一人分はゆうにあります。それだけの緊縮を強いられても生き残れるほどの体力が残っているか、にわかに心配になっています。

今回の改定で国からの支出が1800億円削減されるといいます。財政難であるのは分かりますが、一方で湯水のごとく使っている不急・不要・無用の支出が多くある一方で、これほどの支出を浮かせるために国民に酷な仕打ちをする政府とは、いったい誰のためにあるのでしょう。首相の言うように「三方一両損」が本当だとしても、国はこの改定のために懐を痛めないような構造になっています。

そして最も問題なのが、お金の議論(それも見苦しい帳尻合わせ!)ばかりで、医療や福祉が本来どうあるべきかの議論を全くしていないことです。以前にも触れましたが、例えばインフルエンザ予防接種に保険を使っていないのは日本ばかりです(高齢者に対して予防接種をきちんと行えば、インフルエンザにかからず幸せな日々を送れるということですし、その結果、医療費支出は確実に少なくなります)。医療保険というのは、一般の「保険」とは違い、福祉の内容を色濃く持っています。ですから、当然国は必要な経費を支出し、医療の充実を図っているわけです。

結局やっているのは、いつもの数字合わせ、先送り。やっぱり「抜本改革」は無理なんですね、小泉首相にも・・

(追記)小泉人気が今もって高いことがよく理解できません。国民は「期待している」んでしょうが、「期待できる」に値する政治家なのかどうか・・そろそろ見直してもいいころのように思います。私には、森内閣当時、森派のトップとして大きな声をあげていた小泉氏の様子を、忘れることができません。本当の意味での信念をもって政治をやっているのか、まだ結論がだせません。

2001.12.17(月)

◇頭痛にカットバン療法・・

外来に受診にこられる子どもで、ときどきおでこにカットバンを貼ってくる子がいます。ときにはお腹にも。お母さんに尋ねると、「頭が痛いと言っているから」とか「腹痛があるから」という答え。それで症状がおさまっていることもあるので、なるほどと関心しています。

子どもの頭痛で最も多いものは風邪などの発熱に伴うもの。小さな子どもでもけっこう訴えます。これは頭の中に病気があるわけではなく、元の熱などがなくなれば自然と消えていきます。そんなときに威力を発揮する(こともある)のが「カットバン療法」! 子どもにとっては、転んでけがをしたときにカットバンをすると治るというイメージがあるのでしょう。頭痛という不快な症状もおさまるはずと信じているようです。可愛いですね。

お母さんが優しく「手当」をしてあげることが、子どもを安心させるのでしょう。「気は心」。やっぱりベースは心ですね!

2001.12.15(土)

◇今日はちょっといいことが・・

今日の午後は恒例のインフルエンザ予防接種特設外来。10月20日に始まって2か月ほど、土曜午後を予防接種にあててきました。今日はその最終日。来週以降も少しずつは行いますが、でも、これで大きな山は終わりました。

ということで、今夜はその「打ち上げ」をかねて院内の忘年会をします。今日のいいことは・・そう、飲み会なんです!

では、行って来ま〜〜す!

2001.12.14(金)

◇院長が白衣を着ない理由は?

先日、ある出版社からファックスでアンケートをいただきました。そこには私が白衣を着ない理由を教えてほしいとあります。どうして田舎にいる私のことが分かってしまうのかな? そう思ったら、HPを見て分かったようですね。私が白衣を着ていない姿がデカデカと出ていますものね。(頭を隠して尻隠さず?)

質問にそって次の様に書いておきました。

1.白衣を着ない理由・目的
●診療科が小児科であり、子どもたちにとって白衣はイヤな思いをおこさせることが多いように思います。「子どもに優しい医院」をコンセプトにしていますので、着る物にもこだわっています。
●白衣の目的の一つに「権威付け」があると思いますが、医療における「権威」は形式的なことが多く、医療の内容によって裏打ちされているわけではありません。そんな意味合いで白衣を着る必要はないと思っています。(その分、医師としての「内容」が問われるわけですが)
●白衣のもう一つの目的は「清潔」ですが、多くの医師の白衣は、本当の意味で「清潔」であるとは言えません。頻繁にクリーニングすることで、一定の清潔さは保てるので、その意味でも白衣にこだわる必要はないと思っています。

2.スタイル
●上はトレーナー(白かパステル調の優しい色地にミッキーマウスなどの絵柄、夏はTシャツ)
●下はホワイト・ジーンズ(夏は綿パン)
●靴は白いスニーカー

3.患者さんの反応
●私はずっとこのスタイルで診療をしています(開業以前の病院勤務の時も、1990年の開業以降も)。そんな姿にもう慣れているものと思います。
●「子どもが怖がらずにすんだ」「優しい感じがでていていい」などという感想も時々いただいています。

勤務医の時代も同じ様なことをしていました。病院でただ一人の小児科医ですし、小さな町なので、私のことを知らないお母さん方はまずいません。それに甘えて、私服のままで仕事をしていたのです。好き勝手をしていたものです。そう言えば名札もしていませんでしたね。地方公務員ですから、完全に「服務規律違反」です(それも、分かってやっているので確信犯!)。赤い聴診器を首から下げているのが小児科医のシンボルでした。

あるとき、そのままの姿で病棟を回診していると・・部屋に入ったとき、冷たい視線! そこは女性の大部屋(6人用)。小児科のベッドはとくに決まっておらず、内科の空いているところに入れてもらっていることが多かったです(うるさがられる時もありますが、同室のおばちゃんやおばあちゃんから優しくしてもらったり、手を貸してもらったりすることがあって、なかなか良かったですよ)。私はいつものように入っていったのですが、そこにおられた人は、どうも私のことをご存じではないようでした。男の人(当時はまだ若かった)が急に病室に入ってきたということで、変な目で見ていたようです。一歩間違えれば痴漢扱いされかねない雰囲気だっとように覚えています。

でも、そんなことは気にせず、私服で最後まで通してしまいました。毎年、県の予算で支給された白衣は、そのまましっかりととってあります(今でも)。開業してから使ったのは、息子の通う小学校から「体育会の仮装レースで使いたい」といって渡した1枚だけ。こんなことをしていると、バチがあたるかも・・?

2001.12.13(木)

◇院長はこの言葉にキレタ!

昨日は、自宅の電話工事があり、午前の診療が終わってバタバタと帰ったので、この日誌も書かずじまいでした。実はこの工事、先週の水曜にしてもらって、終わったはずのものでした。でも雑音が入るということで翌日に再工事。しかし、それでも解決せず、「再々工事」になったものです。故障は、新規に入れた装置の不具合(初期不良)で、それを交換したら直り、配線や装置の調整をして終わりました。

2回目の工事のときのこと、私は久々に切れました(恥ずかしい話ですが)。予告なく急に来られての宅内工事ということもありますが、いろんなところをいじったあと、「雑音は解消できるが、インターネットはしばらく使えません」と言い放ったのです。「それはないでしょ!」とキレテしまったわけです。

今やネットは大切な「ライフライン」の一つ。私の場合は、自分からHPを見に行くことはありませんが(本当の他の人のHPは見ないんです)、メールでの質問などが来て、それにお答えするのに必需品です。夜(ときには朝)、メールの読み書きをしているわけで、それがしばらくできないなんて・・ (もしかしたら、家にいるときぐらいは休めという、優しいお気持ちの持ち主なのかな・・??)

昨日は最初に工事関係者と私とでの打ち合わせから始まりました。というより、私の「お説教」から!? 電話線がどれほど大切な物で、私たちの生活やときには命に直結したものであり、それを「切断」することがどういった意味をもっているか、理解していただきました。その上で、今回のトラブルの原因として考えられること、点検や修理の順序など、すべて「私が分かるように」進めてもらいました。

結果は、一つの機器の交換で雑音は解消し、いくつかの箇所の調整などで完璧になりました。まあ、お客さんに怒られるのではなく、お説教されるのも珍しいでしょうね。これを教訓に「良い仕事」をしてくれればいいなと思っています。(うるさいオヤジで腹立たしかったでしょうが、お許しを!)

◇新しい著作:「子どもの心」を見つめる教育

市内の学校の先生に頼まれて書いたものです。「教育創造」という立派な機関誌の1ページを汚してしまったような気がしています。畑違いの人間の話を聞くのも、また良いかな、などと思って書きました。宜しかったらお読み下さい。

2001.12.11(火)

◇「ほうき」の謎

先日ある銀行から、預金のお礼に卓上(?)のほうきをいただきました。長さが30センチほどのもので、最近はあんまり見かけなくなりましたね。大掃除の季節だからということなのでしょうか。でも今一コンセプトがよく分かりませんでした。

同じように机の上を掃除する道具には、「現代的」で、もっと「気の利いた」、そして何より「おしゃれな」ものがありそうです。あるいは、実用的なものでもいいのかもしれません。いずれにしても、このほうきでは「たすきに長し、帯に短し」のような気がしました。

もっともタダでいただいた物なのに文句を言うのもなんですね。ありがたく頂戴し、使ってあげるできでしょう。

もしかしたら、何かの暗号?? 「ほうき」→「放棄」(もう仕事をいい加減に終わりにしなさい!)、→「蜂起」(こんな閉塞した社会に対して、もっと怒りを! 一斉蜂起せよ!・・銀行の部長が昔の全共闘だったら、けっこう面白いかな?)。

ほうきと言うと、子どものころの体験を一つ思い出しました。家が商売をしていたのですが、夕食時にお客さんが来ると食事がお預け(狭い家なので)。そこでほうき(畳の上を掃く大きめな物)を逆さにして立てていました。きっと「早く帰って欲しい」という意味合いのおまじないだったんでしょう(そんな風習?があったのかも)。もっとも「逆さほうき」が成功していたのかは、知る由もありませんですが。

ほうきには、お腹を空かせたガキのころの思い出が詰まっていました。・・こんなことを書いていたら本当にお腹が空いてきました。仕事はもう切り上げて、早めに帰宅することにしましょう。今夜もまた寒いようです。

2001.12.10(月)

◇やっぱり看護婦さんがいいな

今度から「看護婦さん」という名称はなくなるのだそうです。現在は女性が「看護婦」、男性が「看護士」ですが、男女の性差別が名称に持ち込まれているのはまずいとのことで、男女とも「看護師」さんになるのだそうです。うちにも数人の看護婦さんがいますが、彼女たちも「看護師」と呼んだり、名札も変えたりしなければいけないんですね。しばらくは違和感が残りそうです。(同様に「保健婦」→「保健師」、「助産婦」→「助産師」。ただし、助産師はまだ女性のみ)

以前、看護婦が女性だけの仕事であったことが問題とされ、男性に門戸が開かれるとき、「看護士」という名称が新たに作られました。私はそれがてっきり、男女とも使う「正式名称」であり、看護婦は世間的に使われる俗称になったのだと思っていました。そんな認識だったので、今回のことが問題にされたとき、どうして今頃?という気持ちでいました。

保育士さんがそうですよね。以前から「保母さん」と呼ばれてきましたが、男性の「保父さん」も登場し、合わせて「保育士」と呼んでいますね。もう「保育士さん」という言い方が一般的になってきていますが、私は考えが古いのか、まだ「保母さん、保父さん」という言い方の方が親しみやすくていいですよね。院内に今5人の「保育士さん」がいますが、つい「保母さん」と呼んでしまっています。

さあ、「看護師さん」はどうしようかな? 読み方は「かんごし」で、男性の「看護士」と同じなので、その点でも気持ちがすっきりしません。よく小さな女の子は「わたしは大きくなったら、優しい看護婦さんになりたい!」と夢を語りますが、そんなときに「看護師さんになりたい!」という言い方は、あまり可愛くないですよね。やっぱり「看護婦さん」がいいな〜。しばらくは「看護婦さん」と「保母さん」でいくことになりそうです。(そのうち、子どもたちから「せんせい、古いよ!」なんて言われるかも・・)

2001.12.7(金)

◇嘔吐下痢症が流行中!

嘔吐下痢症(ウイルス性胃腸炎)がずいぶん多くなりました。毎年のことですが、はやり寒くなってくると多くなる感染症です。一番多いのは「小型球形ウイルス」(SRSV)によるもの。ロタ・ウイルスも有名で、こちらは小さい子どもたちに「白色下痢便」をおこします。

急に腹痛とともに吐き出してくるのが特徴です。その時の対処としては、私は「すぐに飲んだり食べたりしないで、ゆっくりお腹を休ませて下さい」とお話をしています。吐くととりあえずは楽になるようですが、胃腸の具合がすぐに元に戻るわけではないでの、また食べたり飲んだりすると受け付けずにまた吐き出してしまうでしょう。

脱水のことは確かに心配ですが、数時間でおきることではありませんよね。夜寝ている間、汗やオシッコとして出ていく水分はあるのに、朝起きたとき、点滴をしなければいけないような脱水にはなっていません。何回か吐いても、すぐに脱水状態になるわけではないので、吐き気をしっかりと止めるのが先決だと思っています。

実はこの「初期の対応」を巡っては、育児書や小児科医の中でいろんな意見があるようです。私とは違って、むしろすぐに飲ませた方がいいと書いてあるものがあります。「100ml飲んで、その後50ml吐けば、胃の中に50ml残っているのだから、多少嘔吐があってもいい・・」などとあるものを見たときは、なんと乱暴なことを書くんだろうとガッカリしました(こういう医者は、自分で子守をしたことがないんでしょうね)。100ml飲ませると、胃液も含めてもっと大量に吐いてくることもありますし、何よりも、吐くということはとってもツライことです。静かに横になって、じっとしているのが一番楽ですし、お腹も体も休まるので、結果としては早く吐き気がなくなり、水分をとれるようになるでしょう。

今日「わたぼうし病児保育室」には、この嘔吐下痢症のお子さんがおられました。昨日からの吐き気が少しずつ良くなる様子がよく分かります。私にとっても、病気の経過が見て取れるので、いい勉強になっていますよ。(小児科医が子守りをしているようなものですから、なかなか良いでしょう!)

実践や現場を離れた理論は絵空事のようです。高尚かもしれませんが、でもときには役にたたないこともあります。一方で、理論的な裏付けのない「経験至上主義」も危険です。両方をうまく組み合わせて、良い小児科医療の実践ができるといいな、などと思っています。おそらく、現役を退くまで、この「葛藤」は続くでしょうね。

明日は第2土曜日で休診です。小児科学会新潟地方会でお勉強してくる予定(暗い部屋でスライドが始まると、どうも睡眠時間になってしまいがちですが)。日曜は腹部超音波の勉強。さあ、どれくらい身に付いてくれるでしょうか・・

2001.12.6(木)

◇今日はテレビに出ましたよ

先日いらしたテレビの取材・・今日それが放送されていました(新潟テレビ21「いきいきワイド」内の県内ニュース)。以前は(若いころ?)自分のことを見るなんて恥ずかしくてできなかったのですが、最近は(歳をとったから?)平気で見られるようになりましたね。あ〜あ、また言い間違えている! もっと気の利いたことを話せばいいのに! 鼻しっが長いよ、コンパクトにしゃべれないのかな〜・・なんて、自分で採点しています。

もっともテレビの取材では、話したことの何分の一もオンエアされません。え??こんなこと話したっけ!? いろいろ話した中のごく一部だけとって流すので、やろうと思えば「恣意的な」使い方もできそうですね。

政治家が、発言の一部だけ取り上げられてテレビで伝えられることに対して不快感をあらわにしている時がありますが、なるほど、こういう感じなんだな、って分かるような気がしました。もっとも、政治家は発する言葉の全てに細心の注意が必要ですし、一部だけを取り上げられても、全体の整合性が損なわれれうようなことを話していてはいけません。自分の言葉に責任をもっていてほしいです。

言い訳によく使う言葉・・「誤解を与えたとしたら遺憾である」。こんな発言は、それこそが「遺憾」です。まず、「誤解」というのは真意が伝わっておらず、別な解釈がされてしまっているという意味。でもね、政治家の発言はみんなストレートですよ。解釈を間違えようのないことを言っているのに、さも相手が勝手に曲げて解釈しているような言い方は、ズルイ。「与えたとしたら」というのは仮定の話。すでに話も、それを巡っての混乱も起きているから問題になっているのであって、事実にたいして率直に向かい合う姿勢が見られないから、これもアウト。「遺憾」という言葉は、「そういう状態はあってはならない」という意味合いを持っていますが、でも、「申し訳なかった」という謝罪の気持ちは伝わってきません。まるで人ごとのような言い方。「遺憾」と言うのはイカン!

話がどんどんそれていますが、今日のテレビにでてきた自分をみて、やっぱり照れ隠しに話題を変えているようですね。そんな自分の姿勢は、遺憾です!?

2001.12.5(水)

◇子どもは誉めて育てよう

子どもに薬を飲んでもらうのは、ときに一苦労しますね。いろんなものに混ぜたりして、うまく飲んでくれるときもあれば、それでもダメなときもあります。せっかく飲ませても、食べたものといっしょに吐き出すことも。いい加減にしてよ!なんてお母さん方の悲鳴が聞こえてきます。

医者も、ときには意地悪なことを言いますよね。なかなか治らないとき、「薬を飲まないからだ」とか、「お母さんがしっかりしないからだ」とか。そんな医者に限って、自分では子育ても、子どもの看病もしたことがないんだろうと思っています。(え? 私はどうかって? 大丈夫ですよ。飲ませるのが大変なことは、いやというほど分かっていますから)

だいたい生後1歳ころから2、3歳までが問題。それまでは何かに混ぜてしまえば分からなくて飲んでくれるはず。でも次第に味が分かり、飲まなくなってきます。そして、こんなに美味しいのにと大人が思うほどなのに、やっぱり飲んでくれません。「お薬だから飲まない」という、かたくなな姿勢! でも、お薬がどうして必要なのか(「早く病気を治そうね!」)、飲まないとどうなるか(「具合が悪くなると入院しなくちゃいけなくなるまもね!」)というようなことを、その場その場でお話することで、だんだんと理解してくれるようになります(そう信じて!)。3歳を過ぎるころ、聞き分けがしっかりしてくると、「お薬だから飲む」ことができるようになってくれるものです。

先日、あるお母さんがいいことを教えてくれました。どうしても薬を飲んでくれないからどうすればいいか、私に質問してきた方です。いろいろとやってみて一番良かったのが「誉める」ことだそうです。少しでもお薬を飲めたら、「頑張ったね!!」と声をかけてあげたのだそうです。子どもにとって、自分を認めてもらうというのはとても嬉しいこと。その子は次第に飲めるようになったのだそうです。

「子どもは誉めて育てる」の良い実践例ですね。小児科医はいつも痛い思いや、イヤなことばかりしているようなので、それをガマンしている子をしっかりと誉めて、認めてあげたいと思いました。今日はちょっと良い話。

2001.12.4(火)

◇年末の準備に取りかからなくては!

師走になり、そろそろ年末年始の準備もしなければ!と気持ちが急いてきています。ときどきいただくお歳暮も、もらったというありがたさ以上に、自分は何もまだしていないというプレッシャーが大きいときもあります。ときには夏のお中元のお礼やお返しもそのままにしていたことも思い出し、不義理している自分が恥ずかしくなります。

年賀状の準備もこれから。毎年作っている「家族新聞」・・3人の子どもたちのうち2人がもう家にはいないし(といっても大学生ですが)、愛犬は死んでしまったし、どうしようかと編集方針も決まっていません。なにしろ、ずっと「5人と1匹の家族新聞」というタイトルでしたので、「存続の危機に瀕している」という状態です(ちょっとオーバーかな)。

住所録がまた大変。お正月にいただいていた年賀状をもとに整理しておけばいいものを、けっきょくそのままになっていて、古い住所のまま出してしまっているのが毎年のことです(郵便局から「宛先不明」で返送されてから、もう一度調べ直すのが恒例で、情けないですね)。

いま手元に届くのは「喪中につき・・」という葉書。もう私ぐらいの歳になると、お父さん・お母さんが亡くなることも多いようで、以前よりも多くなっているような気もします。でも、中に1通、ショッキングな葉書がありました。大学時代の同級生からのものです。

彼は同じTで始まる名字なので、実習などいつも同じ班でした。勉強がとても良くできるし、何よりも予習や復習をしっかりしてくるので、不真面目で、学生の途中からは子育てに忙しくてあまり勉強しなかった私にとっては、とても頼りになる存在でした。晩婚だった彼らには、まだ小さな男のお子さんが二人おられます。毎年の年賀状からは楽しそうなご家族の様子が見て取れて、うらやましくなるほどでした。

でも、奥さんが亡くなったのだそうです。親友とも言える彼におこった不幸を知らずにいた自分の不明を恥じています。奥さんの無念さ、彼の絶望感を思うと、かける声もありません。そっと遠くから見守ってあげることしかできません。K子さん、享年40歳。穏やかな旅立ちであったことを願い、残された皆さんの平穏を祈っております。合掌

2001.12.3(月)

◇今日はテレビ・カメラが・・

今日はテレビの取材がありました。新潟テレビ21(NT21)の報道部が、インフルエンザ予防接種について話を聞きたいとのことでした。午前の外来が終わったところで私がインタビューを受け、午後1:30からのインフルエンザ予防接種の特設外来の様子をカメラに収めていかれました。きっとお母さん方からもお話を聞かれていったことでしょう(私は診察室にこもって一心不乱に注射していたので「外」の様子がわかりませんが)。

以前からインフルエンザ予防接種については、この放送局でお話ししています(過去にはスタジオで「生出演」したこともあります)。学問的・専門的な難しい話はできませんので、小児科の臨床医として感じていることを伝えています。でも数年間、そんなことを続けていますが、最近はとくに多くを語らなくても、マスコミの方も、そしてもちろん親御さんも理解していだたいています。「キャンペーン」などという大それたことをしているわけではありませんが、でも「継続は力なり」。少しずつ、でも確実に伝わっていることが、とても嬉しいです。

私とNT21の関係(?)は、もう13年ほどになります。その当時、土曜の朝の生放送に「ザ・セブン」という番組があり、童謡歌手の岡崎裕美さん(ヒロミお姉さん)が出演されていました。そても面白い方で、家族ぐるみで「おっかけ」をしているうちに、その番組に私がださせていただきました。その時の縁がきっかけで、何かと頼まれることがあります。イヤとはいえない性格ですので、そうこうしているうちに、毎年のようにお声がかかるようになったという次第です。

ヒロミお姉さんともおつき合いが続き、当院の5周年(1995年)には、私の作詞でヒロミお姉さんに歌っていただいて、CDまで作ってしまいました(「またあした元気になれるから」。作曲=たかしまあきひこ先生。先生はプロの作曲家で、往年のドリフターズの歌をいろいろと作っています。加藤茶のひげダンスもそうですよ。そういえばその時のCDがまだ残っていたな・・)。

話がわき道にそれましたが、今日の取材は6日(木)の夕方、「いきいきワイド」の中で使われる予定とのことです。新潟県内だけの放送ですが、よろしかったらご覧になって下さい。

2001.12.1(土)

◇今日から12月

今年も今月だけになりました。新しい世紀が始まって最初の年にしては、暗いことが多かったようです。そんな空気を一変させるように、雅子さんに女の子が生まれました。おめでとうございました。少し、日本中の空気が和んできたような気もします。

きっと明日の新聞は、お祝いの広告が大きく掲載されるでしょう。先日、私のところもに数社から広告の依頼がありましたが、申し訳ありませんがと丁重にお断りしました。お祝い事ですし、それに水を差すつもりはありません。でも、子どもを出産するというときに、何だか浮ついたようにはしゃいでいていいものかと思っています。母子ともに、どんなことがあるか分かりません。何があっても、その家族を支えてあげられる人だけが近くにいてあげてほしいです。私たちにとって大切なのは、遠くから暖かく見守ってあげることでしょう。

生まれてくる赤ちゃんを特別に差別するようで、気持ちが萎えているのも確かです。すごく幸せな環境に生まれてくる赤ちゃんもいれば、残念ながらそうではない赤ちゃんもいますよね。雅子さんの赤ちゃんだけが、みんなの最高の祝福を受けるのはどうなんでしょうか。

何だかひがみ根性をだしているみたいでイヤですね。よしましょう。せっかくのみんなの気持ちが台無しです。とにもかくにも、おめでとうございました!

◇「こども通信12月号」できました

今回は「漢方薬特集」です。ちょっとためになるかも。よろしかったらお読み下さい。

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