塚田こども医院

日記(更新記録)2002年2月  月別の索引

2002.2.28(木)

◇今日で2月も終わり

早いものですね、もう2月の最終日。一年で一番短い月だけあります。医院の支払などの会計業務は月末にしているのですが、今月の慌ただしいこと! ぼんやりしていたら、もう月末。急いで銀行の書類を書いたりしました。もしも支払が遅れると、「塚田こども医院も危ないんじゃないかな・・」などと変な噂も立てられかねません。ヘタをすると「債権回収の見込みのない企業」というレッテルを貼られたりして・・(あたってたりして・・)

ニュースでは、盛んに「不良債権」「銀行への資本注入」などという言葉が聞かれています。いつも不思議に思うのは、「不良債権」になるまでは「優良債権」だったわけですよね。そう思ったから銀行は盛んにお金を貸したわけですよ。そのお金はいったいどこにいったの?? バブルの時に「濡れ手にアワ」のように大儲けしていた人や会社があるわけで、そのお金がみんななくなってしまったなんて、とても想像がつかないんですが。

そしてそんな不良債権をいっぱいもった銀行に、またまた税金をつぎ込もうとしているなんて、とても信じられません! それによって中小企業への融資や資金供給が円滑になるなんて、だれも本気にはしていませんよね。

いい加減なことをして日本の経済をめちゃめちゃにした人たちが、その責任をきちんととったという話はついぞ聞いたことがありません。勝手な限りを尽くして自分たちの利益のために奔走し、その結果膨大な「不良債権」をこしらえ、税金によってそれが棒引きになるようなことは、とてつもない「モラル・ハザード」です。そんなことをしていいんですか!?

もし困っている企業の借金を肩代わりしてくれるとか、零細企業に直接「資本注入」してくれるとかいう話がでたら、当院は真っ先に手を挙げたいと思っています! 政治家の皆さん、どうぞ宜しく。

2002.2.26(火)

◇やっぱり日本は「現金社会」?

今日はまだNTTの方から連絡は入っていません・・あたりまえですが・・(この意味が分からない方は、昨日の「日記」をご覧下さい)

日本でもいずれクレジット・カードがもっと使われるようになるでしょう。今はまだ「お札」が信用され、流通がスムーズにいっていますのが、それでも偽札は少しずつ出回っていますよね。いくら精巧な札を作っても、イタチごっこでしょう。いずれ日本でもお札に対する信用が次第に薄れていくはずです。

いや、すでに紙幣や硬貨に対して疑念が生ずることが、これまでも経験されていますよね。あの「二千円札」はどこにいったんでしょう。総理大臣の思いつきで始まったイベント(?)は、いつのまにか幕引きになっていましたね(あの「インパク」のように・・)。為政者の都合でころころ私たちの生活スタイルが変わるものではないことを証明しました。

500円玉が偽造防止のため新しいものになってから、私は信用していません。旧と新で見分けがよくつきませんし、自販機で使用できたりできなかったりと不便極まりありません。確か韓国の少額の通貨と同じサイズなんだとか・・ 隣の国のことも調べないで貨幣を造るなんて、お役人も対してことないな、なんて思っていました。

日本にあふれている自販機は、「街角の貯金箱」なのだとか。日本の景観を汚しているし、電気量はそうとうですし、見直す時期なのではないでしょうか(と言いながら当院も玄関脇に2台の自販機がありますが・・)。自販機のあり方の議論は別として、それは犯罪を誘発している現状もまた考えなければいけないでしょうね。日本ではこれから自販機荒らしや、自販機を使った偽札事件はもっと頻発してくるでしょう。モラルの低下が原因ですが、残念ながら日本人も「普通の民族」であることを自覚しておいたほうがいいですね。日本にだけ犯罪がおきないなんてことはありません。そういえば、この自販機荒らしを何百件と繰り返していた警察官が新潟県で逮捕されました。やはりモラルを訴えるだけでは解決しないように思うのですが・・

クレジット・カードがらみの犯罪もまた少なくありません。利用者としては、そんなトラブルに巻き込まれたくないという気持ちが先に立ちます。今月から当院でもクレジット・カードを使用できるようにしましたが、「商店主」?の立場からすると、わざわざ手数料を持ち出しで払ってまで利用してもらうよりも、現金でその場で払ってもらうほうが魅力的だというのも、うなずけます。でも、紙幣への信用度が低下すれば、現金決済よりもより安全・確実な方法が次第に必要になってくるでしょう。

もっとも、日本の今の景気が不況とデフレーションの方向に動いている中で、お金の価値がいったいどうなるのか、心配ですよね。そのまま使わずにもっている方が、そして銀行などに預けずに「タンス預金」している方が安心だなんて、困った社会ですよ。さあ、日本はこれからどう進んで行くんでしょうね。政治と経済の行方が一番心配です。

2002.2.25(月)

◇IC公衆電話は使えますか?

先日(22日)「ICカード」について書きましたが、今日はその続き。カードにICチップを埋め込むのは、第1に情報量が飛躍的に大きくなるから。第2は書き換えなどが困難になり、情報のプロテクトをかけやすくなるから、だと思います。まだ始まったばかりのシステムで、今後どのように発展していくかは未知数です。

最近ときどき見かけるようになったのが、IC公衆電話です。普及したテレカは不正が横行しているので、NTTが次第にこちらに移行しているようです。でも、これってちっとも便利ではないですよね。だってICカードを売っているところを見たことがありませんし(私が知らないだけ?)、手元にいっぱいあるテレカはもう使えないのですから。これはきっと、NTTには膨大な赤字を作り、利用者には「テレカの使える公衆電話の消滅」という大きな被害をもたらし、そして失敗していくというのが私の予想なのですが、どうでしょう。NTTはISDN回線を日本中に張り巡らしたばかりに、結局お荷物を抱え込んでしまいましたが、その二の舞にならないか、危惧しています。

公衆電話では何がいいか・・私のアイデアは「クレジット・カード」の利用です! 電話機にカードのリーダーをつけ、自身の公衆回線を使ってクレジット会社のセンターにつなげるだけですから、技術的には何も困難はありません。暗証番号を入力するテン・キーは目の前に付いているわけですし、電話機の改良もほとんどいらないでしょう。何よりも、テレカやICカードを作るような資本というかはゼロですむわけですし、料金の回収には何の面倒もなく、問題もおきません。

クレジット・カードがもっと日本でも普及すれば(枚数としてはすでに人口以上の数が発行されているようですが、日常的な利用者はまだ少ないのでしょうか。でも少なくなることはありえず、今後はもっと利用されるでしょう)、現金を使わずにクレジット・カードだけの公衆電話も可能でしょう。そうすると、料金回収の手間はなく、日常的な作業は電話機のメンテだけになります。さあ、NTTさん! ここで大きく方針転換したらどうでしょう。今ならまだ「痛み」は少なくてすみますよ。「先送り」すればするほど、傷口は大きくなり、手遅れにもなりかねないと思っています。(NTT幹部の方、これを読んでいたらお返事下さい!)

当市で使われ始めた「ICカード」は、いずれ支払機能ももたせると宣伝チラシの中に書かれていますが、やめましょう。あれもこれもしようと思うから、内容が重くなり、身動きできなくなります。支払についてはクレジット会社に任せればいいですよね。それよりも大切なことがいっぱいあります。ICの名前に惑わされず、私たちの仕事や生活が本当に豊かになり、便利になる方法を、ちゃんと視線を据えて考えてみて下さい。

2002.2.22(金)

◇IT化実験に参加せずの弁

昨日からここ上越市で、市民一人ひとりにICカードを持たせるという実験が始まりました。IT革命の先端を行くものとして国が力を入れているようです(お金もそうとうかけています・・)。

このカードを使うと、住民票の発行などが自動的にできるそうです(実物をみていないので、詳しいことは分かりませんが)。市の国保(国民健康保険)に入っている方は、保険証を兼ねるそうです。また、市で健診を受けている方はカードに検査結果が記録され、診療を受ける際に利用することもできるのだそうです。子どもたちの予防接種の記録も入っているようです。

でも、本当に便利になるのか、はなはだ疑問だと思っています。とくに医療の記録は、多くの微妙な問題を抱えています。保険証として使えるというのはとても便利だと思いますが、国保加入者は全体の数分の1(当院では3割以下)。他の政府管掌保険や組合健康保険といった多数では、今までの保険証に変わりがないので、とりあえずはあまり事務省力化にはなりません。

保険証のことで少し言及すると、今の保険証そのものが「IT化」の重大な支障になっています。世帯や家族ごとに1枚発行されているため、保険証の確認に困難を来すことがあります。また、保険は「記号・番号」で管理されていますが、この「記号」が問題です。ひらがな、カタカナ、漢字・・いろんなものが出てきます。なかには「ゐ」「ゑ」なんかが出てくると、今は何時代?って思わず言いそうになりますよ(若い職員はもう読めません。以前調べたことがあるのですが、公文書は「常用漢字」等を使うように決められていて、これは明らかな法令違反です!)。漢字も単純なものではなく、○の中に入っているものもあります。これらはIT化などと言う前に、コンピューター化の障害になっています。それを決めているのが「社会保険事務所」といった立派なお役所なのですから、政府が「IT化」と叫ぶのなら、まず自分自身の業務をきちんと見直して欲しいものです。(事業所の管理がまだ「いろは」順で行われていますよ。信じられません!)

保険証はぜひ個人に一枚ずつ、コンピューターで読みとりが容易な記号・番号(数字、アルファベットなど)にするだけで、ずいぶん事態は改善されます。お金をかけずに紙の保険証で十分。そうなればそれを読みとるリーダーはコンピューター業者がどんどん作ることになるでしょう。日本の医療機関の大部分(病院はほぼ100%、診療所では70〜80%)はすでにコンピューターを使って会計や請求事務を行っています。その業務の中で、保険証の読み取りが自動的になされないことが、大きな問題なのですが、なにもICカードにするまでもなく、今すぐに出来る方法はいろいろとあるはずです。政府の危機感のなさを痛切に感じます。

予防接種の記録についても、すでに母子手帳に書き込んでいるので、それをICカードにすることにどれほどのメリットがあるのか分かりません。実際に病気などで来院されたとき、予防接種歴が問題になることはあまりありません。必要な時は、小さいお子さんの診察では、母子手帳を持参される方が多いので、それを見れば数秒で把握できます(親御さんの記憶も鮮明です)。実は当院もその実験に加わって欲しいとの依頼もあったのですが、事務員が新たに「入力」という作業が加わる一方で、やはりメリットらしいものが見いだせず、お断りした経緯があります。

始まったばかりの実証実験を今からとやかくいうのは失礼かもしれませんが、でも、おそらく失敗に終わるでしょう。何でもできるようになると夢を歌うのはいいのですが、現在役にたたないことをお話しするのは「誇大広告」なのではないでしょうか。それよりももっと先にすべきことがいっぱいあるように思います。

2002.2.21(木)

◇やっぱりペアがいいね!

昨日は、医院のガラス交換の工事をしました。建ててからもうすぐ12年になりますが、当初は一枚ガラスを使っていました。雪国ですから、ペア・ガラスを使った方が断熱効果などの点で優れているのは分かっていたのですが、なにしろ先立つものが必要で・・最初に提示された見積もりを見て、こんなにかかるのかとビックリしたのを良く覚えています。窓のペア・ガラスをシングル・ガラスに変更しただけで、数百万円下がり、なんとか開院に漕ぎ着けたものでした。(数年後に増築したときは、思い切ってペア・ガラスを使いました)

でも、やっぱり不都合は出てきますね。「熱ロスによる光熱費の増加」は目に見えないから分かりませんが(そうとうあるまもしれませんね)、実際に寒い(夏場は暑い)と感じるようなところは、何とかしなければと思っていました。待合室がそうで、患者さんが窓のすぐそばに座るベンチがあるのですが、そのところだけは早急の交換が必要。でも、窓枠のサッシごとの交換となると大工事ですし、費用もそうとうかかりそうで苦慮していました。

今年に入ってからですが、新聞折り込みのチラシに「サッシはそのままで、ガラスのみ交換」というのを見つけました。費用も安く、工事も簡単なので、「これだ!」と思い、すぐに申し込み。その工事が昨日行われたというわけです。ガラス面が全部で14面あるのですが、その全部を交換するのに3時間弱。一人の方が来られて、次々と交換していきました。費用も比較的安くすんだので、納得!

ペア・ガラスにさらに紫外線を防止する加工をしたので、真冬も真夏も威力を発揮してくれることでしょう。ちょっとうれしくなった一日でした。

2002.2.19(水)

◇インフルエンザとけいれんの怖い関係

インフルエンザが流行中・・今シーズンは比較的小規模ですんでいるようなので、少し安心しています。でも油断大敵! やはり子どもたちが脳症などの重篤な問題を引き起こさないか、流行シーズンが終わるまでは気が抜けません。

今日に時間外にけいれんで小さな子が運ばれてきました。すでにけいれんも止まっていましたが、熱の原因はインフルエンザでした。子どもでよくおきる通常の熱性けいれんでしたので、少し安心はしたのですが、でも「インフルエンザ+けいれん」という症状の組み合わせにはヒヤッとするものがあります。

もう10数年ほど前になりますが、病院に勤務していたときのことを思い出しました。大晦日の夜、いつものように仕事をしていると(この当時は一年365日、休み無く働いていました)、急患でけいれんの子が来ました。診断は脳症。すぐに入院させ、いろんな治療をしてけいれんを止め、その後も脳波をとりながら治療を続けていました。TVから流れる紅白歌合戦の歌をききながら処置室で患者さんの処置をしていると、「けいれんをおこしているんです!」と顔色を変えた親御さんが、具合の悪いお子さんをだっこしながら病棟に飛び込んできました。帰省中の方で、もうすぐ実家というところでけいれんをおこし、国道際から見えた病院の看板を頼って、小児科の病棟に直接やってきたのでした。脳波計をその子に付け替え、やはり脳症の治療を始めたのはいうまでもありません。けいれんをおさまって良い状態にはできましたが、そのまま「子守り」をしながら、除夜の鐘を聞いていたことを、いまでもよく覚えています。

そのころはインフルエンザによる脳障害がこれほど多いものとの認識はありませんでした。今から考えると、きっとインフルエンザが原因の脳症であったのではないかと思います。二人とも手当が早かったのか、後遺障害を残すことなく無事退院できたことは、不幸中の幸いでした。

というわけで、職員もみんな、ちょっと緊張した一日でした。お疲れさま!

2002.2.18(月)

◇オリンピックがつまらない!?

ソルトレイク・オリンピックも半ばを過ぎましたが、個人的にはあまり盛り上がっていません。みなさんはいかがでしょうか。

まず最初の開会式でガッカリ。あれではまるで「アメリカの国威発揚の場」でしかありませんね。同時多発テロという問題を抱えているというのは分かりますが、でもオリンピックには関係ないような気もするのですが・・ 世界貿易ビルの崩壊現場から見つかった星条旗をもってくるのもどうなんでしょうか。アメリカの国体ではないのですから、そこまでしなくても。聖火リレーのアンカーに、アメリカのかつてのフットボールのメンバーを選んだのも、違うよね、それ!って感じでした。

かつて開かれたベルリン・オリンピックは、ナチス・ドイツとヒットラーを世界に宣伝する道具となっていました。そのことをつい思い出してしまった私です。オリンピックを政治の道具にして欲しくないですよね。

フィギアー・スケートでの「疑惑の審判」事件も、オリンピックの裏に潜んでいる暗い闇を明るみに出しました。「スポーツマンシップ」なんて言葉は、もう死語になってしまったのでしょうか。(審判員も、自分の採点について、どうしてその点を付けたのか、説明する責任があるように思います。「情報公開・説明責任・モラル」はスポーツの世界でもこれから求めれられるはずです!)

もっとも、自分ではスポーツらしいものを全然していないので、本当の楽しさ、すばらしさを知らないだけなのでしょう。誰が勝ったり、どこの国が優勝したりということには興味がありません。それよりも、良いプレーを見たいなと思っています。

2002.2.16(土)

◇小児科と医薬分業のミスマッチ

昨夜のTVニュースによれば、ある小児科医院の駐車場で車が燃え、中にいた1歳の子が顔にやけどをして病院に運ばれたとか。お母さんが薬を受け取りにいっている間、3人の子どもたち(ほかに6歳と3歳)だけが車に残されていたようです。出火原因などはまだ分かっていませんが、もしかしたらお母さんの目の前で大惨事になるところだったようです。

このニュースを聞いていて、きっと「医薬分業」の医院なんだなと思いました。当院のように院内でお薬をお渡しするシステムになっていれば、同じ待合室で、子どもたちと一緒に待っていればお薬ももらえ、子どもだけを車に置いておくようなことはおこらないはずです。医薬分業ではお薬を別な場所(つまり調剤薬局)に行って作ってもらうため、どうしても場所を変えてもう一度待たなければなりません。また、多くの調剤薬局は待合室などのスペースが小さく、医院と同じようには待っていられないため、今回のように車に子どもだけを残しておくということもおきてしまいかねません。

医薬分業もいろいろと利点もあるシステムでしょうが、小児科にはどうもなじめないように思っています。幼い子ども、それも具合の悪い子を連れての受診はさぞ親御さんには大変な負担でしょう。それを医院と薬局の二つを回らないといけないのでは、とても苦労します。当地のように冬国では、悪天候の中の移動はもっと大変です。患者さんの負担を軽減するには、同じ施設の中で診察もお薬もいっしょにできるのが一番いいのでしょうね。

日本で伝統的に行われてきたのが「院内処方」です。これにもいろいろと批判があるのは承知しているのですが、では「医薬分業」にするだけで、その全てが解決するなんてことはありません。建前と本音を上手に(?)使い分けているだけのような気がしています。

喩えは悪いのですが、パチンコ屋のことを思い出してしまいます。景品に交換することはできるが、金銭に換えることはできない建前。そのため、パチンコ屋のウラに別棟を造って、そこで「景品と金銭」を交換しています(最近、ずっとパチンコをしていないので、事情が変わっていたらごめんなさい)。パチンコ屋そのものではお金に換えてはいけないという建前をちゃんと守っていて、でも、パチンコをしてお金に換えることもできるわけですから、行ってみれば法の網の目をくぐり抜けているような方法です。そんな使い分けが日本人は上手なんですね。

医薬分業の大半は「門前薬局」です。医院の近隣に薬局をかまえ、建前上は別個に運営しています。でも、実際にはその医院の処方箋をほぼ100%扱うわけですし、ほかから処方箋が集まってくるわけでもありません。実体は医院の一部としての薬局です。でも建前は独立しているので、それぞれが別個に保険から必要な診療報酬を受けて経営されています(院内処方では、調剤についての報酬はほとんどなく、診察料などから捻出している状態です)。だから医薬分業では医療費が高くなるわけですが、それについては誰も文句をいいませんね・・ 不思議なことです。

2002.2.15(金)

◇がっかり・・

昨日のこと。ある会合で当地の市長と会う機会がありました。この方は昨年秋の選挙で現職を破って初当選。保育園の理事長をされていたこともあり、「子どもに優しい市政」の実現に期待するところ、大きいものがあります。新潟県の乳幼児医療費の助成が全国的には遅れていて、外来についてはいまだ2歳児までがその対象になっているだけです(窓口負担や所得制限もあります)。県としては昨年9月に0歳のみから年齢の引き上げをしたばかりで、しばらくは改善するつもりはないようです。各市町村で「上乗せ」をしていただきたいとお願いをしているところです。

私がこの問題に熱心だということを市長さんは知っているのですが、市長さんは開口一番「年齢を1歳引き上げるのに3,000万円かかるんだよ」。新年度の予算案が出来てきたところで、新聞などによればその規模はマイナス4%と過去最大だそうです。これはもう「守り」に入っているなと感じました。その後の話の中では、年度内での見直しもありうるとの感触を得ましたので、実現に向けて努力して欲しいと再度お願いをしてきました。

これからの「医療改革」の中で、3歳未満の外来負担を現在の3割から2割に引き下げることが検討されています(今年10月実施予定)。全国のほとんどの自治体ではすでに3歳未満までの医療費助成を行っているので、実質的に保護者の方の負担が軽減されるわけではありません。ですが、県や市町村の財政負担はほぼ2/3に軽減されますので、その分を原資にして対象年齢の拡大が可能になるはずです。

でも黙っていると、その分は道路や橋に消えていきかねませんね。お父さん、お母さん方、ぜひ声を大にして、医療費助成の拡大を世の中や自治体の首長に訴えていって下さい!

2002.2.14(木)

◇本末転倒の議論

昨日のニュースでは、「医療保険改革」の話をさかんに伝えていました。曰く、医療保険は破綻寸前で、保険料や患者負担の引き上げが必要であり、医療費も安くする必要がある、と。確かに今は多くの保険団体が赤字を出しています。数年前から急激に悪化してきましたが、これには理由があります。各保険内での支出(組合員が医療を受けたときに使われる医療費)以外に、「老人保健」への拠出金が急激に増加したためです。その「制度的欠陥」にメスを入れずに、保険団体の収支を良くしようとすれば、今回のように国民だけが痛みを受けることになってしまうわけです。(昨年、サンリオ保険組合がこの老人拠出分は憲法違反だと訴え、その支出をしばらくしなかったことがあります。「護送船団」方式の後世行政の中で勇気ある行動としてさかんに取り上げられていたのも、こういった経緯があります。)

もう一つ。政府からの支出が少なくなることが先に決められています。来年度の労働厚生省予算のうち、医療保険への支出を2,800億円が減額されるというものです。その分を誰がどう負担するかということで、昨年末からずっともめてきたというのが真相です。先に政府の負担軽減ありきなのです。

医療保険は単純な「保険」ではありません。もしも純粋な「保険」であれば、保険料の払える人しか加入できませんし、受ける医療もその保険料の範囲ということになってしまいます。日本は「国民皆保険」という、世界でも類を見ない優れた制度を持っています(アメリカには保険に入れないでいる国民が数分の一います)。たまたま低所得、あるいは無所得のために保険料を払うことができない方も、等しく医療を受けられます。都会でも否かでも、ときには離島や辺地でも、同じ医療を受かられるというのは、とても大切なことです。政府や自治体の財政出動は、そんなためにも当然必要です。医療保険は「福祉政策」と一体をなしています。

政府の予算削減がさきにあり、それを国民が痛みとして分かち合わなければならないというのは、本末転倒の議論と思えます。医療改革を伝える報道の中に、そういった視点がないのは残念なことです。

2002.2.13(水)

◇壊された雪灯籠

今日の午後は、少し離れた保育園の「新入園児健診」。3才未満児を中心に、可愛い子どもたちを診察してきました。ここは市のはずれにあり、「少子高齢化」の波をかぶっていて、年々子どもたちが少なくなっています。それでも今年は7人の新しい園児を迎えることになりました。昨年はゼロだったので、すごい進歩(?)です。でも・・正味5分に対して行き帰りの時間が40分ほど。まあ、お天気が良かったので、ちょうどいい気分転換のドライブになりましたよ(^_-)

この連休のときの話。上越市は日本のスキー発祥の地。明治時代に、オーストラリアからレルヒ少佐が当地の陸軍の軍事指導にきているときに教えたのが、日本での最初のスキーなのだそうです。高田市(現在は合併して上越市)の西にある金谷山がその場所で、小さな山なのですが、私が子どものころはここで国体もあったところです(昭和30年代。30メートル級のジャンプ台が当時では珍しかったころ)。以前はすごく雪が多かったのですが、最近はスキーすらできないこともよくあるほど、雪が降らなくなりましたね。

このエピソードを祝って、2月11日にレルヒ祭が金谷山で開かれます。本題はやっとここから始まるのですが・・3年前から商店街でもイベントを催しています。その一つが雪灯籠の製作。商店街に並べて、買い物客に楽しんでもらおうというものです。この雪灯籠、毎年壊されてしまいます。夜の間に、心ない人(多くは若者のようですが)が足蹴にするのか、朝には無惨な姿に変わっています。新聞やニュースでは、「今年も壊された」と報じられます。

「心ない人たち」を非難することは簡単ですし、もちろん壊す方がいけないには決まっています。でも・・もう3年も同じことを繰り返しているのも、どうなんでしょう。市民の良識に訴えたり、警察に夜の見回りを頼んでいるだけでは、雪灯籠の破壊はなくならないでしょう。せっかく汗をかいて雪灯籠を作ったボランティアの方(今年は雪が少なくてそれを運んでくる労力も必要でした)に、主催者としての責任を果たしていないようにも思います。また、毎年のニュースが「上越市はなんて良識のない人が多いのだろう」などと思われるのも、イヤですね。

夜間無人になるところに、ある程度貴重なものが置いてあれば、残念なことですが、盗難や破壊の対象になることを予見しておかなければいけないでしょう。お財布をベンチの上に忘れていて、それが無くなったとき、「良識のない人がいるものだ!」と嘆いていても始まりませんよね。それぞれが自衛し、しっかりと対応しておくことも、また必要なことです。

雪灯籠を作っていただくのは大いに結構。でも、壊されてしまうかもしれないということを前提にしていてほしいですね。例えば、朝早くに作って、イベントのある一日だけ市民に楽しんでもらうのではどうでしょう。あるいは、雪の多いところであらかじめ多めに作って、壊れたら(壊されたら)さっと交換するというのも手なのでは(作るところを見ていましたが、型枠の中に雪を入れて固めていきます。いくつかのパーツからできていますが、雪がたっぷりとあればそう難しくはないように思えましたが)。

善意で作られた雪灯籠を破壊する行為が悪いことではありますが、でも、それぐらいで警察につかまるというのも、なんだかかわいそうな気もします。わざわざ「犯罪者」を作り出すようなことは、できれば避けておきたいなと思いますが、いかがでしょうか?

2002.2.12(火)

◇あるお店の閉店

長崎屋が倒産し(正確には会社更生法の適応を申請し)、全国で「不採算店」を整理しています。当市(上越市)にも長崎屋高田店が「あった」のですが、昨日をもって閉店になってしました。JR高田駅からまっすぐのメインストリートに面していて、地域の商業の中心的役割を果たしていたので、その一角がシャッターを降ろしているのは、なんとも寂しいものです。従業員の再就職や、テナントで入っていたお店の営業という直接的な影響のほかに、中心街での商業活動がまた地盤沈下し、「不況感」をさらに強めてしまいそうです。

これが政府の進める「構造改革」の成果なのかと思うとがっかりしてきます。地方の実状を考慮せず、儲からないところは整理するというだけでは、経営的には立ち直れるかもしれませんが、その地方の経済がめちゃくちゃになることもあります。そんなことも「国民の痛み」として当然だというのは、どこか間違っているような気がします。

でも、どこから手をつけ、どうしていけばいいか、もう出口が見えなくなってきています。政府の施策はゴテゴテに回っているようで、「構造改革」という錦の旗を掲げて出してくる政策も、国民に苦痛を与えるものばかり。本当の意味での経済の再生も、国民の幸福づくりもできそうにありません。これから日本がどんな方向に行くのか、心配になる一方です。

2002.2.8(金)

◇インフルエンザ流行中

インフルエンザの流行が広がってきています。日本全体では九州と関東で多いようですが、ここ新潟県では上越地域が一番かもしれません。当院で今週インフルエンザと診断した患者さんは61名。昨年は週当たりのインフルエンザ患者数が最高でも36名(2001.3.5〜)でしたので、すでのそのピークを超えたことになります。今後、さらに流行の規模が大きくなることも懸念されます。もっとも一昨年は330人という週(2000.1.24〜)もあったので、それに比べればまだ「可愛い」のかもしれませんが・・

当院では1月4日に最初のインフルエンザ患者さんがおられましたが、保健所からの報告で「Aソ連型」とのことでした。例年はA香港→Aソ連→Bの順で流行することが多いのですが、このシーズンは混沌としているようです(まるで日本の政治のように・・)。

昨日医者向けの雑誌を読んでいたのですが、「新型インフルエンザ」発生の可能性が次第に大きくなってきているようです。数年前に香港で新型インフルエンザ(H5)がでましたが、この時は18人が感染し、うち6名が死亡しています。ニワトリだけのはずのインフルエンザが人に感染したもので、幸い「人→人」への伝染力がなかったことと、香港にいた全てのニワトリを殺処分にするという思い切った対処をしたために、それ以上の被害は食い止められました。

この時のニワトリの処分を巡っては激しい議論があったのですが、今から考えて正しい対処であったことが証明されています。もしそれが遅れていれば、その間に新たな患者発生が続いたでしょうし、もしもウイルスの遺伝子が変異し、「人→人」への感染力ができてしまえば、たちどころに世界中を巻き込んだ大流行になった可能性もあります。この時の保健局長は女性の方で、その洞察力と決断力は高く評価されています。

翻って、日本にそれほどの政治家や官僚がいるでしょうか。狂牛病の問題一つとっても、ゴテゴテの対応でした。日本でのエイズの広がりは加熱処理していない血液製剤の販売を許していた厚生省官僚や医学会の「重鎮」のいわば犯罪です。今の不況も政治家や役人の「不作為による犯罪」なのではないかと思えてしまいます。

もしも新型インフルエンザが発生した場合、欧米では、人口の25%が短期間(数週間以内)に罹患し、その1%が死亡するとして対策がとられています。日本では3,000万人が新型インフルエンザにかかり、そのうち30万人が亡くなるという、極めて重大な事態になるというわけです。そのためにはワクチン生産能力の確保、抗インフルエンザ薬の備蓄など着々と準備されているようです。そして、もしも流行が始まったときには、医療機関のみならず、公的機関(警察、消防、救急、軍隊、葬儀社・・)がどう対応すべきか、そのマニュアル作りも進んでいます。そんな状況をみると、いわゆる先進国ではおそらく日本だけが対応できず、多くの被害がでてしまうようです。

「先送り」が得意で、危機管理のできない日本ならではのこと。東洋にそんな貧しい国もあったのだと、後世の人に笑われてしまいそうです。

2002.2.7(木)

◇流行の広がり方を知ることで・・

インフルエンザはやはりどんどん広がっています。開業してみてよく分かったのは、どの地域のどの園や学校で流行しているか、手に取るように分かることです。インフルエンザの場合には症状も似ているため、流行状況の把握がまさにリアルタイムに出来てきます。

コツがあるとすると、カルテ表紙の住所を見ることと、園や学校の名前を聞いておくことです。それによって地理上の広がり方を容易に知ることができます。こういった情報を地域の親御さんたちや、園や学校の先生方が知ることができれば、子どもたちの感染予防のための注意をメリハリをもって行うことができるでしょう。当院から発信している「感染症情報」(FM放送、有線放送、iMode携帯、インターネットなど)も、そのための有力なツールになっているようでしたら嬉しいのですが、いかがでしょうか。

流行状況の把握は、私の診療の上にもとても役に立ちます。それは、インフルエンザの診断を強力にサポートしてくれる情報になるからです。ある園でインフルエンザが大流行しているとき、同様の症状で来院する子どもたちは同じインフルエンザと診断してまず間違えありません。「状況証拠」に過ぎないかもしれませんが、でも「強力な証拠能力」を持っています。

近年、インフルエンザの診断は迅速検査キットが開発されたために、スピーディーかつ的確に行うことができます。しかし、全ての患者さんにそれを行うのはとても無理です。それは、一つはコストの問題(けっこう高いです)であり、もう一つは時間の問題です。一人ひとりの患者さんの診察が終わるまでの時間が長くなることはもちろん、全体の待ち時間などもその結果長くなってしまいます。そんなことがとても気になるのは、インフルエンザがときに「爆発的」な流行をおこす感染症だからです。限られたスタッフ(私を含めて)で、限られた時間内で、でも来院された患者さんには必ず対応しなければいけないわけで、通常の診療とは異なり、「危機管理」として捉えなければならない場面もおこりえます。

そんなときに、どの地域の患者さんか、どの園や学校の子どもたちかなどが分かることが、ときには検査でえられる情報以上の貢献をしてくれます。数年に一度ですが、そんなパニック的は状況を何とかこなせてきているのも、地域のことがある程度分かる開業医の強みだと思っています。

でも・・一番大切なのは職員の体力と気力。朝一番から夜まで、エネルギッシュに仕事をこなしてくれる彼女たちの努力が、インフルエンザ流行によって危機的(?)になっている診療を助けてくれています。あとは院長の体力がもつかどうかだけ・・ 一般的な注意としては「夜更かしをせず、十分な睡眠と休養をとること」とよく言っていますが、院長こそちゃんとしなさい!という声がどこぞから聞こえてきそうです。

2002.2.6(水)

◇クレジット支払とIT技術

当院でも明日からクレジット・カードでの支払ができるようになりました。窓口での一部負担金や予防接種などの支払が数千円の単位になることがおおいと思いますが、どうぞお使いになってください。

以前、ある方からのメールで「子どもが風邪をひいているんだけど、お給料日前なので我慢しています」というのがありました。子どもの健康に関することで、そんなことを気にしなければいけないなんて・・そんな思いもあり、ではクレジットも使えるようにしようと思った次第です。

欧米では当たり前のクレジット使用が、日本でもずいぶん進んできていますよね。以前、海外旅行したときには、クレジットが買い物の頼りでした。一番はその国の通貨がよく分からず、現金をうまく使えないという自分の都合からでしたが、でもとても使いやすかったです。スーパーやコンビニでの買い物はもちろん、船の中での土産物購入、水族館の入場券購入、空港での使用料支配など、ほとんどのサービスをカードですませることができました。そのときに感じたのは、とてもスピーディーだったことです。

日本では、買い物の行列の中でクレジットを使おうと思うと、後に並んでいる人の視線が気になります。サインをし終わるまで、自分でも長いと感じますし、他の方は「なんでカードなんか使うんだよ!」などとブーイングしたくなるほど、時間がかかっていることがよくあります。実はこの点が、日本でのクレジット支払の普及を妨げているのではないのかな、などとも思っていました。

当院で設置した端末はとてもスムーズに動きます。10秒ほどでアクセスから承認、プリント・アウトまでいきますし、サインをしていただいても20秒ほどで会計がすんでいます。これならお待たせすることもなく、他の方の「気になる視線」はないと思います。

端末も最新式のものですが、通信の方法にも秘訣があります。通常の電話回線ではなく、ISDNを使ったデータ通信を採用しています。これで通信速度が飛躍的に速くなっているというわけです(1回の通信の使用料も、確か2、3円ほどだそうです)。日本でもITのためのインフラがけっこう整備されてきているんだなと、こんなところで頷いていました。

2002.2.5(火)

◇インフルエンザ流行事情

インフルエンザの流行が次第に大きくなっています。市内の小学校では欠席が30%を超えるところも数校あり、学級閉鎖もでています。今はA型インフルエンザ(おそらくA香港型でしょう)が主体ですが、他の地域ではB型もいっしょにでているところもあるようです。例年は1月のA香港型→2月にAソ連→3月にB型と移り変わっていくのですが、今シーズンは「同時多発テロ」的な様相を来しているという話も伝え来ています。くれぐれもご注意を。

今日診察した子の話です。39度以上の高熱で来院された3歳の女の子。診察しようと服をあげると、水ぼうそうのブツブツがありました。でも・・水ぼうそうにしては、そんなに熱がでるほどひどくない(ブツブツが全身にビッチリとでるぐらいだと、体の中のウイルス量がとても多いので高熱になってきますが)。おかしいな・・と思って、念のためにインフルエンザの検査をしたらA型インフルエンザでした。この子は水ぼうそうとインフルエンザの2種類のウイルスが同時に体内で大暴れしている状態。さぞつらいことでしょう。幸い、お薬は二つの病気とも「特効薬」ができているため、それを使えばどちらも3、4日で完治するはず。

熱冷ましの使い方は、最近とても注意していることです。小児の水ぼうそうやインフルエンザでは、は重篤な脳障害(ライ症候群)をおこすおそれがあるためアスピリンの使用は禁忌になっています。またポンタールやボルタレンなど、以前よく使った熱冷ましも、原則として使わないようにという指導があります。使えるのはアセトアミノフェンだけ。ということで、今回もこれらの病気に使って良い熱冷ましが共通していたので、ほっとしたところです。

他にも、両親とお子さん二人の全員がインフルエンザによって「一家全滅」になったご家庭も。お子さんだけではなく、親御さんのお薬も一緒に持たせたり、急きょ呼ばれたおばあちゃんがインフルエンザにかからないように予防的な処置を講じたりしました。

インフルエンザが流行している時期は、いろんなドラマ(?)が生まれます。でも脳症の合併などという悲劇だけは生まれないよう、最新の注意を払っていきたいと思っています。

2002.2.4(月)

◇怪我の功名

この週末はゆっくりと過ごすことができました。これは・・先週の金曜からインフルエンザにかかったためでした。どうも朝起きたときから調子が悪く(というよりちゃんと起きれなかった)、風邪気味なのだろうと思っていましたが、外来の途中から発熱。そしてインフルエンザ特有のだるさと寒気がありました。漢方薬でしのぎながら、仕事は夕方まで続けていたのですが(夜もしていましたが)、最後は「あの薬」に手を出してしまいました! そう、インフルエンザの特効薬の一つ、タミフルです。翌日からは熱が下がって楽にはなっていたのですが、土曜午後からの出張はキャンセルして、珍しく(!?)自宅でおとなしくしていました。

予定されていたのは、自治医大の新潟県卒業生が集まる「地域医療フォーラム」。それぞれが地域での活動を報告したり、疑問や悩みを相談するという、とても真面目な会です。もちろん、久しぶりに卒業生が集うのも楽しみの一つです。年に1回の会に、風邪ででられないというのもとても残念でした。でも・・お陰で自宅でゆっくりと過ごせたようです。

実は土曜は末娘の誕生日(14歳)でしたので、そんな日に出張の予定をいれるなんて、なんという親だろうと思っていたことでしょう。実際、その人の朝起きて、私も妻も「おめでとう」と言わなかったものだから、学校で「今日、寝るまでに両親はおめでとうと言ってくれるだろうか」とみんなの前で言ったとか・・。子どもが大きくなると、そんな扱いになってしまいます。でも、大きくなっても自分を認めてほしい、自分に親が向いていてほしいという気持ちがあるわけで、いけない親でした。反省!

私の風邪のお陰で(?)、誕生日の夜を家族みんなで過ごせたという訳です。もしかして、親としての素行が悪いために風邪をひいてしまったのかもしれません(>0<) プレゼントも用意していなかったので、翌日はいっしょにでかけて、MDつきラジカセなるものを買わせられました。まだ中学生なのに・・とは思ったのですが。まあ、これは親バカですね。

2002.2.2(土)

◇私も抵抗勢力?

昨日の朝日新聞に、自民党の亀井静香氏が論説を書いていました。曰く、「どんなに抵抗勢力と言われようとも、小泉政権の『構造改革』と対決していく」と。自民党の中で、しばらく鳴りを潜めていたように思っていましたが、静香節はまだ健在のようです。

今、政府が進めている構造改革では、倒産・リストラ・失業が増えるだけで、国民に利益はない。「国民は痛みを分かち合え」といっていても、不況が進行していくだけでは、酷なことであるという趣旨です。そうなんだと、相づちを打ちながら読んでいました。ただし、氏がまず実施せよと言っているのは大型プロジェクトへの公費の大投入であり、それでは経済を立て直すことも、日本の構造を変えることもできないように思います。

小泉首相は、自分の政策に反対する人はみんな「抵抗勢力」になってしまいます。右も左も、味噌も糞も一緒です。ずいぶん乱暴な言い方をする人なんだなと感じています。

医療においても改革を実行すると意気込んでいました。でも、今検討されているのは、診療報酬をいくら引き下げ、患者負担をいくら増やすかといったことばかり。日本の医療はどうあらねばならないか、などといった本筋の議論はさっぱり聞かれません。

この4月から病医院の収入は大幅にダウンします。それが首相の言う「痛み」なのでしょう。ところで、「診療報酬=医者の収入」と思っている方も少なくないようです。診療報酬は保険を使ったときにいただくお金ですが、それによって医療機関のほぼ全ての支出をまかないます。職員の給与、薬品の購入費、建物や施設の費用(減価償却費)、設備や消耗品の代金・・ 医師の報酬はその一部です。診療報酬を引き下げるということは、それらの支出も少なくせざるをえず、必然的に人件費の節約(人の削減、給与のダウン)、患者さんのためな必要な医療サービスの低下を招いてきます。

地域での医療のあるべき姿は何か、そのために必要なものはなにか、そうするために保険の仕組みはどうあるべきか、などときちんと議論を積み重ねていく努力が、今は全くなされていません。このまま医療の「改悪」が実行されようとしていることに、憤りを覚えます。亀井氏ではありませんが、「抵抗勢力と呼ばれようとも、改革に反対していく」こともまた必要だと思っています。(もっとも、亀井氏とは向いている方向が違うようにも思いますが)

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