塚田こども医院

日 誌 2002年9月  月別の索引

2002.9.30(月)

◇赤ひげ

つい1か月、いや半月ほど前までは暑い暑いとブツブツ言っていたのに、もう今日で9月が終わり。明日からは10月と、秋も次第に深まってきているようです。秋の夕暮れはつるべ落とし・・と言うよりも、秋の過ぎゆく様子そのものがつるべ落としのようにも感じます。

もっとも先日のTVで、この「つるべ落とし」の意味がなかなか分からないようでした。正解は「井戸で桶をつるすロープ」のこと。もう普通の生活には存在しまいですからね。(私が小さい頃は、まだ家に井戸がありました。暗い台所で、かまどの隣にその井戸はありました。「暗い物」「深い物」への恐怖のような思いが今でも残っています。そして、我が家は庭もない町中の小さな家で、トイレも水洗ではなく××式・・。今考えると、そんな衛生状態でよく生きていたもんだと、むしろ関心します。)

先日、岩手県で乳児が病気で具合が悪いのに、なかなか小児科医による救急医療を受けられず、命を落としてしまうという事がありました。小児科医として、何とも悲しい出来事でした。いろんな事情があるでしょうが、一定の地域の中で小児救急ができるようになっている必要があります。今回は小規模の地方都市で起きていますが、もっと大きな地域や都市でも、実際には完全な体制はなかなか出来ていません。小児科医の不足や小児科医療の手薄さなど、その原因をあげればキリがありません。そして、根本的な解決までにはとても大きな課題がいっぱいあります。

私が医師を目指したころ、「赤ひげ」がブームでした。石川達三が書いた歴史小説の主人公です。江戸時代、小石川療養所に勤める人間味あふれる医者というのが、その人です。医学は発達したものの、人をみることを忘れ、いつのまにか冷たい医療になってきていることを批判的に捉えているものです。でも、石川達三が問題提起したころからもう数十年たっていて(あるいは赤ひげの時代からは数百年たって)、未だにその根元的な問題を解決できていない日本の医療は、お粗末なものです。

でも、私も悩むことがあります。一人の医者の力で何ができるのか、と。頑張ろうという気持ちと、もっと楽をしたいという気持ちの間で揺れ動くこともあります。自分の目指した小児医療と、実際にしている医療とのギャップに気づいてガッカリすることもあります。地域の皆さんが期待していくている医療像と、私が実践できている医療の違いも時々感じています。もっとやりたいことがあるのに(しなければいけないことがあるのに)、でもそれができないと分かった時(あるいは、自分でしようとはしていないことを意識した時)、またしても落ち込んでしまいます。

何だか暗い話になってきましたが・・ちょっと疲れてきたのでしょうね(というよりお腹が空いてきただけなのかも)。「こども通信」10月号は、先ほど院内での印刷用の原稿ができました。明日にはデジタル通信として配信したり、このHPにアップできるはずですので、お待ち下さい。【先週末から月末の仕事が重なり、質問をいただいているのにまだお返事を差し上げていない方が大勢おられます。数日中にお返事を差し上げますので、もうしばらくお待ち下さい】

2002.9.27(金)

◇探そうとするとよけいに見つからない物

先日、パソコンにつなげているプリンターが故障。紙詰まりのあと、紙を強制的(暴力的?)に取り除いたら、そのあと紙送りができなくなってしまいました。カム送りの噛み合わせがうまくいっていないからだということが分かり、中を開けてみたのですが、なかなかうまくいきません。やっぱり専門家に修理してもらう方がいいと思って(当然ですが)、修理に出しました。(いつもなら、かまい過ぎてもっと壊してしまうこともあるのですが・・)

買ったお店に行くと、当然のように「保証書はありますか?」 確かに買ってからまだ半年ほどですので「保証期間」内ですが、まさか無料修理の対象になるとは思っていなかったので、持ってはいきませんでした。クレジット・カードを使っていますが、お店にその控えや販売記録も残っていなかったので、保証書を持ってくることにしました。でも・・そんな時に限って保証書が出てこないんですよね。「探そうとするとよけいに見つからない物」の代表なんでしょうか(マフィーの法則にこんなのはなかったでしたっけ?)。結局やっぱり有償修理をお願いしてきました。

電化製品の保証書や説明書はどうしていますか? ちゃんと整理してしまってある人もいるんでしょうね。当方、全くそれができません。昔心がけたことがありましたが、けっこう労力が必要なわりに実際に必要なことが少なく、逆に「整理すること」が目的になってしまい、「本末転倒」。あとはいつもの怠惰な性格から、ほっておくようになったのは言うまでもありません(自慢することではありませんが)。それでも「意識的に捨てる」わけではなく、いずれ必要になるかもなどという気持ちを持ちながらなので、あちこちに「存在」している状態ではあります。しかし、その所在が分からないので、本当に必要なときには出てこないという結果になります。そんなことなら思い切って処分してしまえばいいのでしょうが、それもできません。「優柔不断」なんですね。

かくして身の回りにはどんどんと書類や本の山ができていくというわけです。きちんと整理出来る人、スパッと捨てられる人がうらやましいです。

ところで、今回の修理には驚きました。中2日ほどで修理が完了。価格も2,100円とリーズナブル(保証書がなかったので、ちょっと心配していました)。インク・カートリッジも新品に交換してありました(一度はずすと空気が入って使えなくなるのだとか)。掃除もしてあり、丁寧に梱包され、紙を入れるときの注意が書き添えられていました。こんなところに企業の姿勢が現れているような気がして、ちょっと嬉しくなりました。製品に自信を持っているし、誇りをもっているんだなと思った次第です。

参考までに、このメーカーは「エプソン」です。

2002.9.25(水)

◇怪電話・間違いFAX・ちゃんと届いたよFAX

先日の日曜、自宅に繰り返し「ヘンな電話」がかかってきます。受話器をとると「ツー・ツー・・」という機械音がしています。こちらから「もしもし」と話しかけても誰も応じません。受話器を降ろすと、また1分くらいして同じ電話がかかってきます。FAXのにぎやかな音でもないし、何回もしつこいのでNTTに電話をして聞いてみました。でもハッキリとそれが何であるか分からないということでした。

相手がナンバー表示を選んでいると、電話番号を知ることのできるサービスがあるというのでやってみたのですが、うまくいきませんでした。NTTの方が言うには、そのサービスはアナログ回線用であって、私のところようなデジタル回線では使えないとのこと。てっきり逆かと思ったので、意外でした(何のためのデジタル回線?)。

そういえば、同じようなトラブルがあったという新聞記事を思い出しました。データ通信の送信相手の電話番号を間違えたために、意味不明な機械音のする電話が繰り返しかかってきて困ったという内容でした。一度で送信が完了しないので、短時間で何回も繰り返しかかってくるし、一日に何回もかかってくるということでした。この時も送信元の電話番号を調べるのに相当時間がかかり、なかなかNTTも対応に苦慮したとありました(最後はどのように解決されたのか、忘れました)。よく警察物のドラマでは「逆探知」をしていますが、NTTの手にかかれば簡単に出来そうな気もするのですが、そうでもないんですね(技術的な問題よりも、プライバシー保護などの「法的な問題」が簡単にクリアーできないのかもしれません)。

私のところへの「怪電話」は10数回で止まり、その後はかからなくなりましたので、きっと送信元で電話番号の間違いに気づいたんでしょうね。先の新聞記事では、確かコンビニの売り上げデータを本部に送っているのではないか、というような推測が書いてありましたが、もしそうであれば、まったく送信ができないままで仕事を続ける業者っていったいどんなレベルの仕事をしているの?って聞いてみたくなります。データが送れない、届かないという基本的なトラブルがあるわけですから、そのままにはしておけないはずなんですが・・

以前、私もFAX送信で似たような間違いをしたことがあります。何かを注文するFAXを違った番号に送信してしまいました。相手が電話であればうまく送信できないのでその場で気づきますが、相手もFAXだったようで、送信できてしまいました。しかし、そのすぐ後に「間違って送信されました」とご連絡をいただきました。そこで初めて間違いに気づき、正しい番号に送信し直すことができました。その連絡をしてくれなければ、こちらは注文したと思っているのに、相手は注文をもらっていない・・いずれトラブルがおきてしまうところでした。その方(事業所?)に感謝のFAXを送信したのは言うまでもありません。

私のところへも間違ったFAXが届くこともありますが、それ以来、私も「間違っているよFAX」を出すことにしています。もう一つできるだけ実行していること・・「FAXがちゃんと届いたよFAX」です。電話はその場で話をしますので、相手の確認や用件を受けたことがすぐその場で分かっているわけですが(留守電は例外)、FAXはちゃんと届いているか心配です。電話番号の間違いもあるかもしれませんし、通信のエラー、器械の不調などもおこっているかもしれません。そんな心配を解消するのが「ちゃんと届いたよFAX」。いただいたFAXに一言「分かりました」などと書いて同じ紙面を送り返します。これって、なかなか良い心がけでしょ!

2002.9.24(火)

◇秋の夜長

秋分の日が過ぎ、少しずつ「秋」になってきました。お昼間は強い日差しでも、夕方からは気温が下がってきます。しっかりお布団を出して寝ないと風邪をひいてしまいそう。実際、先週くらいから風邪などが増えてきています。連休明けの今日も、小児科の外来はにぎやかになってきました。もう1か月ほどでインフルエンザ予防接種が始まるので、もう少し「ヒマ」していたかったのですが・・(^_-)

今目立つのは喘息の発作です。やはり季節の変わり目は発作をおこしやすく、中でも秋口は最高に(?)悪いですね。とくに今年は雨降りが多いせいか、例年以上のようです。子どもでは一年中悪いのは少なく、年に何回か発作をおこす程度の子が大部分。発作で来た子のカルテをめくってみると、昨年もやはり秋に発作をおこしていることがよくあります。そんな時はお母さん方に「来年もまた同じことをおこすかも。夏が終わったら発作止めを用意しておいたほうがいいよ」とアドバイスしています。でも・・喉元すぎれば何とかで、「痛い思い」を忘れちゃうんですよね(もっとも痛いのは子どもで、親御さんではないですから、当たり前でしょうが)。

先週から推理小説を読み始めています。半年ぶり?くらいでしょうか。冬場で患者さんが多くなると夜の時間もなかなか思うように使えません。夏場は少し楽になるのに、暑いというだけで夜は体も頭も動きません(動いているのは口と胃・・今年はとりわけビールの美味しい季節でしたね)。秋の夜長を読書で過ごしましょう・・ということもないのですが、大好きなジョン・グリシャムの新刊「召喚状」を見つけてしまったので、読まずにはいられません。これでまたHP更新の頻度が下がりそうですが、ご容赦を。

でも最近は夜の時間がなかなか自由になりません、睡魔の手から! 以前ならいくら遅くても平気だったのに。朝も早くから目が覚めるようになって、やっぱり歳なんでしょうかね。

2002.9.20(金)

◇罪深い人たち

今週は拉致問題をめぐって、疲れました。事実が明らかになるにつれ、北朝鮮の行為に強い怒りを覚えます。と同時に、それを今まで「放置」していた日本政府、そして今またいい加減な態度で家族の方々を悲しませている政府・外務省の態度にも憤りを感じます。日本って、こんな程度の国なんだって実感します(そんなに期待を持っているわけではないですが)。

以前にも書きましたが、今回の被害者は、北朝鮮に拉致された被害者であると同時に、それを阻止したり、奪還したりできなかった(その前に居場所の特定すら出来なかった)日本政府の被害者でもあります。これまでの経過を考えると、その担当部署である外務省は被害者や家族に対して「申し訳なかった」という立場であるはずです。それなのに・・

「死亡年月日」については北朝鮮からの「非公式な情報」であり、確認をしてから家族に伝えるつもりだったという。では、北朝鮮が「死亡」と説明していることを、外務省はどのようにして確認したのでしょう。生存者に対する確認すら短時間の面接だけで行われていてことを考えると、直接確認作業を行ったとは考えにくいことです。結局北朝鮮の発表を家族に伝えるメッセンジャーの役割しか果たしていませんでした。それも、「北朝鮮が伝えてきている」ということではなく、あたかも自分たちが確認したかのような、断定的な形です。

二重、三重に罪深い人たちと組織です。外務省を巡ってはこれまで多くの問題がありました。それらを一つひとつ丁寧に解決し、組織の改革、人身の一新をしていれば、このような事態にはならなかったようにも思います。そして、きっと今度も同じことを繰り返す「懲りない人たち」なのでしょう。そんな政府をもつことを、私は恥ずかしく思います。

そろそろもっと明るいニュースを書きたくなっています。来週は良い話が聞かれるでしょうか・・

2002.9.19(木)

◇もう少し冷静になろうよ

ここ数日は北朝鮮への拉致問題、そして国交回復で大騒動になっています。今回の問題を通して、いろんなことが見えてきました。こんな野蛮なことをした北朝鮮に対する非難・批判が出るのも当然です。でも・・北朝鮮にいる人たち、そして日本で生きている朝鮮の人たちに対する敵意は異常なのではないでしょうか。

拉致は北朝鮮の国家機関が行ったこと。その全責任は国家が負うべきものですし、北朝鮮もその責任を認めています(総書記は自分は知らなかったというような言い方をしていますが)。しかし、そうだからと言って北朝鮮の普通の人民(市民)は真実を知らされていなかったわけですし、拉致を行った実行者ではないわけですから、直接的な責任はないはずです。問題とするならば、そのような国家を作っている責任であり、これから果たすべきなのは国民に情報をきちんと伝え、国民の意思で政治が行われる平和的な国家を作る責任でしょう。

国家と人民の関係は、そうクリアーに分けて考えにくいかもしれません。でも、もしそうであれば、国家として侵略行為をし、他国の人たちに多大な被害をもたらした日本という国家の責任を、日本人であるというだけで永遠に非難され続けられなければいけないということになります。もちろん、日本国民の一人として責任がないとは言いません。私にも、その一端があります。でもそれは、日本をかつてのような暗い国に戻さない、そして平和な良い国にしていく努力の中で果たすべきものだと思っています(それがどれだけできているかと問われれば、答えはノーですが)。

日本に住んでる朝鮮の人たちは、歴史的には日本が侵略行為の中で朝鮮から連れてきた方々も含まれています。祖国を離れ、二世、三世の人たちも祖国を離れて日本に住んでいる経過を考えると、私たちが今日本にいる朝鮮の人たちに敵意を抱くことは二重の意味で問題があります。一部には嫌がらせのような行動が朝鮮の人たちに向けられていると聞き、悲しい気持ちになりました。

国家としてのあり方が問題にされているわけですから、それをどのように変えていったらいいか、皆で議論し、知恵を出し合うことが求められています。決して感情を露出し、非難をすれば前に進む問題ではありません。その点では冷静に対処することが、大人としての日本人のあり方だと思うのですが、いかがでしょうか。

もっとも、日本が国家として戦前に行った異常な行為をまだ素直に認め、謝罪することもできない人たちがたくさんいるような日本の社会は、けっして大人として成熟しているとは言えません。まずは自分たちの過去の行いを、しっかりと見つめることから始めるべきでしょう。

2002.9.17(火)

◇北朝鮮への拉致

連休あけで、最近にはない慌ただしい外来が終わりました。TVでは北朝鮮に拉致された人たちの消息を伝えてきています。4人が生存し、10人は死亡しているとのこと。被害に遭われたご家族の皆さんが、みんな一緒に元気良く帰ってくることを望まれていていたわけですから、この結果には複雑な思いでおられることでしょう。

小泉首相が直接訪問して初めてその事実が明らかになったということでは、画期的なことです。でも、この間の経過を聞けば聞くほど納得できないことが増えてきます。金総書記は「機関の一部の者のしわざ」であり、自分がそれを知ってからは止めさせたとあります。彼こそ、それをさせていた張本人ではないのかとの疑いも濃厚ですが、一歩譲ってその言葉を信じるとしても、では国家の最高指導者である彼がその事実を知った時点で、なぜそれを日本と、日本の家族に知らせ、本人の意思を確認した上で日本に戻すことをしなかったのか、理解ができません。日本で騒がれ、国際的にも非難されているにも関わらず、これまで事実の公表をせずにいたというだけでも、罪は重いです。ましてその中の多くの方はすでに亡くなっているのですから。

日本政府のこれまでの対応も、やはり問題があったといわざるを得ません。もっと早くから毅然たる態度で、粘り強く交渉し、要求していたら、これまでの20年あまりと浪費しなくてすんだのではないでしょうか。そして、全員が元気に生きて帰れたのではないでしょうか。被害に遭われた方々の人権をどれくらい重く考えていたのか、とても疑問です。

一連の拉致問題は人権の問題でもあり、国家にとっては主権の問題でもあります。日本に普通に生活している日本人が、日本の領土から、他国の国家機関により拉致されたのですから、日本に対する主権侵害は明確です。と同時に、日本という国家にとっても、自国の国民を不法な行為から守ることができなかったわけですから、大変不名誉なことがおきたわけです。そうであれば、被害者の人権侵害とあわせて、国家の主権侵害についても大変に重要な国家間の紛争事項であるという認識が必要なはずです。これまでの交渉を見ても、そんな立場から取り組んでいるとはとても思えませんでした。

今韓国の大統領をしている金大中氏は、かつて野党党首であったとき、たまたま滞在中の日本から、韓国の国家組織KCIAにより拉致されるという事件が昔起きています。この時は韓国国内で無事発見され、身柄が自由になりました。しかし、この時も日本の態度には疑問を持っていました。他国の国民ではあっても、日本に正規に滞在している時に、その安全を確保できずにいたことは恥ずべきことです。そして日本の主権が侵されたわけですから、直ちに金氏は「現状復帰」され、日本に安全に送り戻される必要がありましたが、当時の政府は簡単にそれを放棄しています。当時、「日本というのは、こういう安易な解決方法をしてしまう国なんだ」と思った次第です。

同じように、北朝鮮に対してもきちんとした態度をとることが出来なかったわけですが、せめてここからは、もっと毅然として対応して欲しいものです。一日も早く拉致された人たちが日本に戻り、また平和な暮らしのできることを望んでいます。また、不幸にして亡くなったと伝えられた人たちについては、ご家族の方々が納得のいく説明がなされるよう、強く求めていただきたい。

(追記)今回の生存の「名簿」は、事務レベルの会談の中ですでに日本側に渡されていたという話も聞きました。もしそうだとしたら、それから今朝まで、その事実を知っているのにご家族の方の話を知らんぷりして聞いていた首相、政治家、そして外務省の役人は、いったいどういう神経をしているんでしょう。理解に苦しみます。最高指導者同士の直接会談の中で「解決」したという形をつくることがそんなに大切なのでしょうか。国家の体面の前では、一人ひとりの家族の方への思いは握りつぶされてしまうものなんですね。

2002.9.13(金)

◇どうして気にするの?

今日は「13日の金曜」、西洋では確か悪い日だとか。どうしてなのかは知りませんが、理性的にものが考えられる人々でも、気になるんですね。日本人ではもっと多いんでしょう。仏滅、4や9のつく日・・みんな嫌っています。結婚式やお祭り事はこんな日を避けるのが「常識」なんですね。

あの「仏滅」って何でしょう。誰がどう決めているんでしょうか。それなりの決め方があるんでしょうが、長い歴史の中で1日でも違っていたらあとはずっと狂いっぱなし、なんてことはないのでしょうか。そんなことをどうして気に留める必要があるのか、本当に不思議です。自分はそうではないけれど、「周りのみんなが気にするから」という時もありますね。私もこの医院の地鎮祭をした時がそうでした。もともと神主さんを呼んでくるつもりもなかったのですが、借地なもので、地主さんが気にされるといけないということで、「大安」を選んで行いました。だからどうだったかってのは分かりませんが、皆さんの気持ちが落ち着いているんだから、まあそれもいいや、って気持ちです(そのお金を出すのは私なのに、って気持ちもありましたが・・)。

血液型の性格占いも気にしません。毎朝「○○座の方の今日の運命は・・」とやっていますが、ほとんど聞いたことがありません(私は「魚座」なので、春から一年の最後に紹介されるころには、他のことに気を取られていて、たいがいは聞き逃しています)。仏も神様も、私には関係ないと思っています(そんな罰当たりな事を言って、早く仏様になりそうですが・・)。

そうそう、私たちの結婚式がそうでした(本当は「結婚を祝う会」をしてもらっただけですが)。「4月9日の仏滅」がその日。最悪でしょ! 翌日から新学期が始まるので、学生たちが集まりやすい日を選んだらそうなったので、わざとぶつけたわけではないのですが、きっと周りの人たちは気にしたでしょう(当時、私は学生でした。だから何でもできたんでしょうね)。

そのお陰か、結婚してからの人生は「茨の道」という話もありますが、さあどうでしょう・・(^0^)

2002.9.12(木)

◇テロから1年

昨日は「9・11同時多発テロ」から1周年。TVでは当時の様子や、遺族たちの様子、テロリストのこと、隠れているいろいろな人生模様などを伝えていました。1年たつと、ともすると忘れがちになる記憶をしっかりと思い出させてくれました。犠牲になった多くの方々の冥福を、あらためてお祈り申し上げます。

それにしても、あれから1年が過ぎ、地球の上は少しは平和になったのでしょうか。テロという暴力を許すことはできませんが、しかし戦争もまた大きな暴力です。アメリカの市民が殺されることも認められませんが、しかしアフガニスタンの子どもたちや民衆が傷つき、殺されるのも、また認めることができません。

20世紀は世界的な大戦や地域紛争が繰り返されました。憎しみ合い、殺し合うことはやめようと21世紀を迎えるときに誓い合った・・と思っていたのは、ただの楽観主義でした。人間の中身も、国家の意思も何も変わっていないまま、ただ時が新しい世紀を刻みだしただけのことだったんですね。大いに失望した一年でもありました。

いつになったらテロの恐怖も、戦争の悲惨さもなくなるのでしょうか。暴力によってトラブルを解決することは、やっぱりいけないことです。地球上の人間がそのことに本当に気づくのは、互いに殺し合い、滅亡するその瞬間なのかもしれません。愚かしいことです。

2002.9.11(水)

◇今日からインフルエンザ予防接種の受付

今日から、当院ではインフルエンザ予防接種の受付を始めました。例年、多くの方に、スムーズに接種を受けていただくために予約をとっていただいています。昨年までは、混乱をおこさないよう書類で申込を行っていましたが、数年続けて、お互いに間違えたりすることが少なくなってきているために、今年は電話を利用してみようということになりました。初日はまず混乱なく進めることができ、とりあえずホッとしているところです。

暑い夏がまだ終わりきらないうちに、もう冬場の準備です。忙しいですね。

今日はこれから保健所の未熟児健診、地元放送局(FM-J)の収録に出かけてきます。

2002.9.10(火)

◇「10日」は・・

毎月「10日」は私(私たち?)にとって、大切な区切り(締め)の日です。まずは【保険請求の締め切り】。今日までに前月分の請求をしないと、支払が丸まる1か月遅れてしまいます。ほとんど自転車操業に近い開業医にとっては、一月分の収入が予定通り入ってこないと、特別に資金対策を迫られます。

現在の保険は、翌月請求(10日まで)、翌々月支払(20日ごろ)になっています。例えば、8月に診療した分は9月10日までに請求し、10月20日ごろやっと資金として使えるというわけです。その間の支払は、人件費であれば当月分を支払っていますし、薬品などは当月または翌月に支払っています。それらの資金は、とりあえず手持ちから、あるいは融資から行われているわけです。けっこう、これってバカにならないんですよ。

アメリカでは支払まで約1か月。そして近年はIT化が進み、大半はオンラインで請求するようになっているそうですが、その方法では2週間で支払が実行されるのだそうです! 資金化されるのがとても速く、うらやましい限りです。日本でもIT化を推進しようとしていますが、支払までの期間が短縮されるなら、大いに賛成です。そして、どんどん進んでいくでしょう。

話はもとに戻って・・今でも支払まで2か月ほど必要なのに、「10日」を過ぎてしまうとさらにもう1か月遅くなってしまいます。うちでそんなことがおきたら、さっそく銀行に泣きつきにいかなくてはいけないでしょうね。請求を10日までに確実に済ませるということは、とても大切なことなんです。

もう一つは【源泉徴収税の支払期限】。職員に給与を払うとき、雇い主はその中からあらかじめ所得税を天引きして、国税庁(つまりお国)に納めなくてはいけないことになっています。国に代わって「徴税官」という、昔の社会では一番嫌がられる役をしているわけです。あるいは、所得に応じて所得税を申告し、納税するのは憲法の定める国民の義務ですが、その「代行」をしているとも言えます(いずれも役割もタダで!)。その期限が、翌月の10日になっています。

実は過去に一度、納めるのが1日だけ遅れたことがありました。たいしたことはないだろうというような気持ちでいたところ、税務署から電話が入り、「延滞税」を納めよ、とのこと。その額が6%。たった1日の遅れでもそれだけ払わなければいけないのだそうです。泣く泣く数万円を支払った苦い記憶があります。その時の電話口での「にこやかな応対」にも、また腹立たしいものがありました。こういった時は「申し訳ないんだけれど、こういった制度になっているので・・」などと言ってくれれば少しは気持ちがおさまり、仕方ないんだと諦めて払えそうです。でも、何だかうれしいそうに(ということでもないのでしょうが)話されると、「罠にはまってしまった」ような気持ちになってしまいますね。もっとも、高圧的に「払う義務がある」などと小役人的な言い方をされたら、ケンカになってしまうでしょうが・・

そんなこともあり、毎月【10日】を特別な思いで迎えています。「零細開業医」の悲哀を味わう一日なのです。

2002.9.9(月)

◇今日は救急の日

子どもたちが亡くなる原因で何が多いかご存じですか? 「不慮の事故」による死亡は、0歳は4位ですが、1歳〜14歳では第1位。では、0歳ではあまり気をつけなくても良いかというと、そうではありません。0歳で多いのは出産時のトラブルや先天的な異常で、これらはなかなか「避けられない」もの。それらを除けば、実質的には0歳でも1位です。さらに、実数では他の年齢を上回っています。

【不慮の事故による死亡数】(平成10年度)
0歳 269人
1歳 172人
2歳 92人
3歳 104人
4歳 73人

0歳では4位だから心配しなくても良い・・などと見てしまいやすいのは「統計の魔術」。実数で比較すると、はっきり見えてきます。0歳こそ、事故を予防しなくてはいけません。

0歳で多いのは「不慮の窒息」で197人(73.2%)でダントツ! 内訳は、誤嚥(102人、52.0%)、ベッドでの窒息(75人、38.1%)で9割を占めています。赤ちゃんではこういったことを確実に防ぐことがとても重要です。

少子化の社会がますます進んでいます。少なく産んで、大切に育てていく世の中。それなのに、つまんない事故で赤ちゃんの命が失われるなんて、あってはいけないこと。赤ちゃんや子どもたちの身の回りに、窒息などの事故をおこしそうな要因はありませんか? 「もしかしたら」という気持ちで見直してみて下さい!

2002.9.6(金)

◇我が楽器遍歴

昨日のギター・コンサートは、大変に感動的でした。私はもともとギターの音色は好きですし、多少は自分で練習したり、ほんの少しですが習ったりもしました。今では「婚礼用ギター」になっていますが(職員の結婚式で弾き語りに使うだけ)、また出してきて弾きたくなりましたよ。(といっても、最近は新しいことをする根気も時間もなくなっていますが)

楽器は好きです。中学の時(大昔!)はブラスバンドでトロンボーンを吹いていました(今はホラを吹いているだけ?)。リコーダーも大好きで(小学校で縦笛として教えるので安っぽくなってしまいます)、けっこう練習したものです。ギターは中学の頃からフォークとエレキを見よう見まねで弾いていました。クラシックは開業当初、ヒマを持て余して手を染めました。子どもがピアノを習っていたとき、送り迎えだけをさせられるのは面白くないので、私も一緒に習いました。30歳ころに2年ほどやっていましたが、モノにはなっていません(発表会前の子どもの気持ちがよく分かりましたよ)。中南米音楽にあこがれてケーナ(葦の笛)を吹いていたのは大学に入った頃のことです。勤務医の頃はフルートを買ってきて、昼休み、病院で外に音の漏れないヒミツの場所で「ピーヒャラ」していました(耳鼻科の聴力検査室です。防音効果はばっちり!)。

でも、どれもこれも今でも続いているものはないですね。飽きやすい性格なんだと、つくづく思います。でも、面白そうだとつい手を出してしまうんですよね。「人見知り」が激しい割には、「一目惚れ」しやすく、「浮気性」・・ 困ったものです。この性格は死ぬまで(死んでも?)治らないでしょう。さて、次は何を試してみようかな!?

2002.9.5(木)

◇井上幸治ギター・コンサート

すっごく良かったですよ。世界の超一流ギタリストの演奏を、目の前(ほんと!)で聴くことができたなんて、とっても幸せでした。みなさんには音楽をお聴かせできないので、写真だけで失礼します。

写真ではスキン・ヘッドのコワイおじさんのようですが、実はとっても優しいおじさまです(と言っても私より4つほど上だというだけですが)。

医院の待合室が、豪華なコンサート・ホールに変わった一夜でした。ありがとうございました。(この狭いところに50人ほどのお客さんで埋め尽くされましたよ。)

2002.9.4(水)

◇明日ギターコンサートがあります!

急に決まったことですが、明日の夜、当院の待合室を使ってギター・コンサートが開かれることになりました。ギターリストは【井上幸治(ゆきはる)】さん。スペイン人の奥さんを迎え、スペインに在住しています。数年に一度日本に帰って演奏旅行をしていますが、なかなかないチャンスです。数年前にも当地で彼のコンサートが開かれ、その音色にうっとりした覚えがあります。ドイツで作られたCDを買い求め、時々聴いていました。今回も新しいCDが出来たので、それをもって来られるそうです。

手元のパンフレットには「世界の巨匠 故ホセ・ルイス・ゴンサレースの愛弟子(まなでし)」「彼の演奏は、人々に生きる喜びを与える」(ゴンサレース師の言葉)とあります。また「完璧なテクニックと音楽性を兼ね備えた、数少ない国際的な演奏家の一人である」(音楽プロデューサー前田氏)だとも。期待は高まります。明日、夜7時、当院の待合室で、こぢんまりとやりますので、もりお近くの方でぜひという方はどうぞお越し下さい(2,000円です)。

ちなみに、前田氏は私のギターの恩師でして、当院を開業した当初、とても時間を持て余していたので、少しばかり習っていました。あんまりモノにならず、中断したままで、その時に作ってもらった「マイ・ギター」はホコリをかぶったままです。そして、この前田氏もゴンサレース師の弟子で、一緒にスペイン留学をされていたのだそうです。そうすると、私はゴンサレース師の「孫弟子」・・なんて言ったら叱られますね。不肖の弟子ですから。

訂正があります。9月2日の「日誌」に、授乳中は妊娠をしないので、避妊の必要はないと書いてしまいましたが、ご指摘があり、正しい記述ではありませんでした。授乳中は非授乳の方よりも排卵がおきにくいのですが、でも全くおきないということはありません。また、生理が来る前に排卵があるので、気づかずに妊娠してしまうこともあります。ですので、「授乳中も確実な避妊を」お願いします。以上、訂正いたします。

2002.9.3(火)

◇ER7最終回

昨夜、NHK BS2で今春から続いていた「ER(救命救急室)」シリーズ7が最終回を迎えました。新しい筋の展開もありましたし、シリーズ8の伏線も入っていました(あんまり見え見えだと「伏線」にはなりませんが・・)。早くももう次のシリーズが見たくてたまりません(アメリカではシリーズ8が終わったところでしょうか)。よくぞ次々にシナリオを考えるものと感心します。

ドラマの作り方が、アメリカと日本では違うようですね。ERのように半年ぐらいで一つのシリーズを作り、それが好評だと半年休んだ後にまた次のシリーズを作るようです。もし不評だと・・次のシリーズは中止。ストーリーは次のシリーズにつなげるために、視聴者に「あ!?」っと驚いて、期待を持たせるようなエンディングにしています。人気のドラマでは、次のシリーズが始まるまで多くの人たちがソワソワしながら待っているというわけです。でも、もしそのまま打ち切りになると、続きはないわけですから、ドラマとしては「完結」しません。見ている方はモヤモヤと未消化でいるわけで、精神衛生上良くありません。(日本のドラマも最近はそんな作り方になってきたとか。でも、ほとんどテレビを見ない私にはよく分かりませんが)

以前、やはりNHKで放映された「ホテル」というドラマがそうでした。アメリカのお金持ちの暮らしってこんなふうなのかな?なんて気持ちで、けっこう土曜夜のお楽しみでした(そうとう古いので知らない人が多いでしょうが)。シリーズの最後で、主人公の女性がペンションに閉じこめられたまま火事になってしまいました(確か放火)。状況からは絶対に逃げられず、助けも来るはずもないので、もう死んでしまいそうな様子。でも実際に死ぬような場面にはならず、その前に「ジ・エンド」。ドラマ自体が終わりではないので、少しすればまた次のシリーズが始まり、その最初に、どうやって主人公が灼熱地獄か脱出したかの謎解きがあるはずでした。でも・・いつまでたっても再開せず。日本では視聴率は高かったようですが、アメリカではあまり人気がなく、ドラマがもう中止になってしまったのかと思って、とても残念な思いでいました。

ところがある時、週刊誌に、あれは次のシリーズの放映権をNHKが買っていたかったからだとありました。怒り心頭です。いい加減なことをしてくれるものです。それ以来、NHKの受信料を払うのに抵抗を感じるようになりました(といってもちゃんと払っていますが)。・・私の根も単純なようです。

2002.9.2(月)

◇母乳の話はつきません

どうしてこんなに暑いんでしょう!? 昨日は当地では36.7度だとか。新潟県内では38度近くでこの夏一番のところもあったようです。もう9月、秋風が吹いてもいいのに、おかしな天候です。普段クーラーの効いたところにいるので、休日はかえって体にこたえます。昨日は日中3時間ほど、外で打ち合わせなどをしていたら、そのあとはもう「使い物」になりませんでしたよ。ヤワな体です。

「こども通信」9月号ができました。どうぞお読みになって下さい。今回は「母乳」のことがメイン。先週、この日誌に書き込んだものを元にしてまとめてみました。偏狭な「母乳絶対主義」をとるつもりはありませんが、でも、母乳で育つのが一番自然なこと。それができるよう、環境を整えてあげるべきだと思っています。

さっそく読者の方から反響もいただきました。もうすぐ1歳になる赤ちゃんを育ててこられた方のメールには「なんだか先生に誉められたみたいで元気が湧いてきました。」とありました。ちょっと照れちゃいますが、でも私も嬉しいです。

母乳の話で、これまで書かなかったことをもう少し。
・授乳中は排卵が止まりますので、避妊する必要がありません。←訂正:「排卵がおきにくい」ということであって、妊娠しないというのは誤った表現でした。授乳中でも確実な避妊をお願いします(9/4)
・授乳させた女性の方が乳ガンの発生率は低いそうです。
・オッパイはときに体温計がわりになります。赤ちゃんの発熱をオッパイでキャッチ!
・動物では母親は赤ちゃんの肛門をなめます。赤ちゃんのお腹の中にいる病原体に対する免疫を母親が作り、母乳中に分泌します。まだ免疫系が未熟な赤ちゃんに変わって、ママが赤ちゃんを感染症から守ってくれます。(人間は、お母さんが生まれてからの長い期間ですでにいろんな病原体に対する免疫を持っているので、そこまでする必要はないと思いますが・・)

それにしても、今の日本でこんな母乳の話をしなくてはいけないなんて、まだまだ遅れているような気がします。子育てはやっぱり母乳でしょう!

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