塚田こども医院

日 誌 2002年11月  月別の索引

2002.11.30(土)

◇コンピューターの入れ替え作業中

今日でもう11月が終わります。カレンダーの残りはあと1枚。年末がすぐそこなんだと、急に意識し始めました。大人がバタバタとしていると子どもたちも落ち着かないでしょうね。風邪なども多くなってくる季節ですので、お気をつけ下さい。

院内だけの極めて内輪の話になりますが、今日医事会計用のコンピューターを入れ替えています。開院から3台目。5、6年おきに新しい物にしています。入れた当初はきれいですし、処理能力も十分だと思っていますが、数年するとやはり見劣りがしてきます。外見的に汚れてくるのは仕方ありませんし、裏方の器械で患者さんに見てもらうものではありませんので、それは気になりません。問題は患者さんが増えてきたり、診療内容が増えてきているので、処理スピードが今一になってきていることです。会計の仕方が極めて煩雑になっていて、コンピューターのソフトがそれによって膨大なものになっているのが、処理を「重く」している主な原因です。

こういった器械はリース契約にして、その更新時期に会わせて機種の更新を検討します。前の機種のリース契約はこの春で切れていて、その時にはそのまま使用することにして、再リース契約をしていたのですが、この秋口にまた急に「心変わり」しました。それは、今請求書は紙のレセプトで出しているのですが、それをフロッピー・ディスクなどの磁気媒体で提出することにしたからです。これは政府も推進している新しい方法で、数年前から始まっています。最初はモデル地区だけのパイロット事業でしたが、昨年からは全国で希望する病医院はどこでもこの方法を採用することができるようになりました。

保険の請求は月単位で行いますので、月の最終日の夜(または翌月の頭)、患者さんごとに一枚のレセプトという紙にコンピューターから打ち出します。10日の締め切りに間に合うよう、点検などの作業をし、保険者別に請求書を書いたりしてまとめていきます。この作業はけっこう大変で、月の初めは事務員が残業したり、家に持ち帰って仕事をしたりもしています。私も必ず目を通しますが、患者さんの数だけ書類があるので、数時間はかかる作業です。

この紙による請求を磁気的に行おうというが、今回の目的です。コンピューターの中の情報を決まったフォーマットに打ち出すのは機械的な作業で、ソフトさえ出来ていれば何の問題もありません(それをスムーズに処理するために、より大きな能力のコンピューターが必要ですが)。問題になるのは、「点検作業をどうするか」です。コンピューターの画面上ではとても大変です。紙をめくっていった方がずっと簡単で、時間も早いですよね。私が作業するのは夜遅く自宅でしていますが、コンピューターを家に持って帰るわけにもいきません。ここがネックになって、この春の時点では断念しました。しかし、その後いろいろと考えていると、「毎日の入力に間違えがなければ点検はいらない」ことに気づきました。そのために職員を増やし、日々の会計作業にその都度の点検をすることで解決する見通しになりました。メーカーがコンピューターにつけているソフトにも、間違えがないかどうか、自動的に点検するものが入っていますので、それも一緒に使えば、最終的に出来上がったレセプトをもう一度点検する必要はありません。

ということで、月末の今日、新しいコンピューターに入れ替える作業をしているというわけです。今日までの診療のデーターをそっくり使用できるようにするので、けっこう時間がかかりそう・・ 一説では夜中になるということです(T_T)

それにしても、このコンピューターのシステムは何百万円もします。小さな診療所にとってはとても大きな出費です。「小さな政府」を目指すはずなのに、保険請求のルールはどんどん細かく、煩雑に、分かりづらくなっています。2年に1度ルールを改定することになっていますが、最近は毎年、あるいは半年毎に大きな変更があります。これ以上医療機関をいじめないでほしいものです。

「デジタルこども通信」12月号ができました。どうぞお読み下さい。

2002.11.28(木)

◇雪道

昨日の午後は、ここから1時間弱の距離にある妙高中学というところへ講義に行ってきました。この学校はスキー場の真ん中と言ってもいいようなロケーションにあり、地域もスキーなどの観光が産業のメインだと校長先生は紹介していただきました。スキー競技でも伝統もあり、全国大会で上位に入る生徒たちもたくさんいるとのこと。教務室の前には、そんな子どもたちの滑降中の写真がずらりと並んでいました。所変われば学校の様子もずいぶんと変わるものなんですね。

行きは小降りの雨でしたが、学校に着き、校長室でお茶をいただいている時には雪に変わり、帰るときにはもう5センチほどは雪が積もっていました。自家用車で行ったのですが、タイヤを雪道用のスタッドレス・タイヤに替えてあったのでセーフ。帰り道の高速道路は、反対車線の上り坂はもう車が動いていませんでした。この時は「普通タイヤはチェーン装着」という規制が出されていましたが、どうも普通タイヤのトラックが立ち往生したのが原因のようです。まだ片道1車線の高速道路なので(都会では信じられないでしょうが、予算がないととりあえず「対面通行の高速道路」を開通させます。けっこう怖い道ですよ。実際に事故も多いし、高速道路なのに「正面衝突」の重大事故が起こりやすいんです)、1台が動けなくなると、それを追い越すこともできなくなり、すぐに交通渋滞。除雪車もすでに出動していましたが、そのブルも渋滞に巻き込まれて身動きできなくなっていました。私が「目撃」したのは、この渋滞の始まったばかりの時でしたが、案の定、その直後「交通止め」になっていました。

最初の1台が普通タイヤで雪道をそのまま走っていたのが、今回のトラブルの原因。チェーン規制をもっと早く出すべきでしょう。ただ「おふれ」を出しただけでは、そのまま知らん顔で走ってくる自動車もあるでしょうから、どこかでそれをチェックする必要があります。それを、いかにタイムリーに手際よく行うかが、これからの雪道で交通渋滞を起こさないコツなんでしょう。

そのためにはもっと予算がたっぷりつかないと、とてもできないことかも。田舎の高速道路では、なかなかそこまでお金がまわってこないでしょうね。でも、雪道では大きな事故が起きかねません。必要なところには十分な予算を使って、有効な対策をとってほしいものです。

それにしても、運転手のマナーが悪いことも問題ですね。それとも雪道に対して「無知」であり、「自覚が足りない」ということなのか・・ これからしばらくは、運転にも気をつけなくてはいけない季節です。

2002.11.27(水)

◇有田さんとコメント力

ジャーナリストの有田芳生(ありた・よしふ)さんのことを少し書こうと思います。今では毎日お昼のTVワイドショーでおなじみの顔になりましたよね。いつも的確なコメントをされる方です。

有田さんのことを最初に「意識」したのは、統一協会による詐欺事件での追及です。その仕事ぶりに、確かなものを感じていました。その後、オーム真理教のテロ事件でもきちんとした追求をしている姿に頼もしさを覚えました。でも大上段にかまえてガーっとまくし立てるタイプではなく、相手のことも良く聞き、論点をしっかりと見据えています。そして何よりも、いつでも穏やかに話をする姿が印象にあります。

彼は最近は「コメンテーター」という肩書きで仕事をしているようです。TVでの短い時間に(30秒〜1分半程度)、的確なコメントをきちんと伝えるということは、やはり才能です。それだけではなく、日々いろんなところに取材し、自分なりにテーマを勉強しているということが、最近の彼の著書を通してよく分かりました(「『コメント力』を鍛える」NHK出版、生活人新書)。朝起きてすぐに、当日のテーマについてインターネットで検索したり、「信頼できるHP」を読んだりするようです(このHPが有田さんの「信頼できるHP」に登録してあるかどうかは不明・・そんなはずはないです)。その後は電話などでも取材をし、お昼過ぎにスタジオ入りをするそうです。

彼の出演しているワイドショー(草野さん司会の「ザ・ワイド」)では、コメントの打ち合わせをしないんだそうです。当日のテーマが決められ、そのVTRが作られますが、あとはその場で司会がコメンテーターに意見を求める形で進みます。いわばぶっつけ本番。その中から、視聴者に説得力のあるコメントがTVを通して送り出されるのだそうです。いわば「ぶっつけ本番」。有田さんは原稿を用意しないで、必要なキー・ワードだけを進行表に書き込んでおくだけだということです。あらかじめ書かれた原稿を読み上げるようなことでは、聞く人に「なるほど!」という印象を与えないからだそうです。

このスタイルは、私の講演や講義と同じです。どんなことをお話してあげようかな、何を伝えようかな、などと前日まで思い悩んでいると、整った原稿はとてもできません。アウトラインは決めておきますが、実際に話すことはその場で、話ながら考えています。その結果、お話しできなかったり、言い足りなかったすることもしょっちゅうでした。そのたびに「サボってしまったから」と落ち込んでいましたが・・ でも、有田さんも同じことをしていると知って、少し安心しました(レベルは違いすぎますが)。これからも「原稿無し」でやっちゃいます! 

【今日は午後からある中学で「思春期のこころとからだ」という講義をしてきます】

2002.11.26(火)

◇殿下を死に至らしめたもの

高円宮さまの突然のご逝去から数日経ちますが、まだ信じられないという気持ちです。そして、どうして死ななければいけなかったのか、情緒的ではなく、医学的にどうも納得できません。

死因は「心室細動」とのこと。心臓の筋肉は全体として一緒に収縮することでポンプの役割を果たしますが、「心室細動」ではそれぞれの筋肉の繊維が勝手に収縮していて、動いてはいるけれど血液を送り出すことのできない状態です。これは直接の死因にはなりますが、どうして心室細動を起こしたのかが本当の原因(死因)として問題になります。

皇室の方はおそらくきちんと健康診断を受けておられ、健康に注意されているはずですので、心筋梗塞が起きたとは考えにくいです。おそらくはある種の不整脈が起き、タイミングが悪くて心室細動を起こしてしまったのでしょう。こんなときは「除細動」つまり電気ショックを与えると、また心臓はもとのリズムに戻すことができます。ただし、電気ショックを与えるのが遅いと有効ではなくなります。

電気ショックを与える器械(除細動器)は特殊なもので、通常は病院などの医療機関で専門の医師が行います。院内でおきた心室細動にはこれで対処できますが、病院の外でおきた場合には無力です。しかし、最近は新しい機器が開発され、一般の方が倒れた人の胸に当てるだけで自動的に電気ショックを与えてくれる除細動器もできていました。正常な心臓に電気ショックを与えてはいけないので、この器械は心電図を自分で判別し、電気ショックが必要な時だけ(つまり心室細動になっている時)電気が流れるようになっています。

アメリカなどの先進国では、駅や空港などの人の集まるところにはこの器械がおいてあり、一般の人が誰でも、いつでも、すぐに使用できるようにしてあるそうです。急に人が倒れたら、まず心臓のトラブルを考え、そこにいる人が直ちに対処することで、救命率も著しく向上しています。

しかし、日本は医療では後進国(他の面でも・・)。この器械を一般の人が使えるようにはなっていません。「救命救急士」という資格が今から10年ほど前にできましたが、その人たちも「医師の指示をもらってから」でなければ電気ショックを与えることができません。一刻を争う時に、いちいち医師のいる病院に心電図を送り、医師に診てもらい、個別的な指示をもらわなければ、救命救急士といえども処置をすることができないというのですから、呆れた話です。

今回の高円宮さまについては、救急車が到着し、現場で電気ショックを与えたとのことですが、残念ながらもう一度心臓が正常な動きをすることはありませんでした。医師が救急車に同乗していたという話は聞いていませんので、救急隊の方も決まりに則って医師からの指示を待っていたことでしょう(東京都では救急司令室に医師が常駐しているようですが)。

もう一点、救急隊が到着するまでの処置が適切だったかどうか・・ 今回は主要臓器に異常はないようですから、心マッサージと人工呼吸を的確に行っていれば救命できた可能性はありました。救命処置のプロである救急隊が到着するまでの間は一般の人しかいなかったわけですが、もしそこに救命処置をきちんとできる人が一人でもいれば、場合によっては結果は違っていたのではないかとも思われます。一般の方も、救急処置がしっかりとできるようになるよう、強力に教育を押し進めてほしいものです。

もっとも、高円宮さまが倒れたところに電気ショックの器械があり、すぐに除細動の処置をしていれば、心マッサージなどの処置も必要はないわけです。これからは日本でも、この器械が普及し、人の多く集まるところ、そしてスポーツをするところには必ず置くようになるといいですね。

でも、救命救急士にすら電気ショックを自分の判断では行わせないのですから、厚生労働省の役人や医師会の上層部の人の考えを先に変えさせる必要はあるでしょうね。彼らにこそ電気ショックが必要かも!?(これはちょっとカゲキ・・) 

高円宮さまのご逝去が、日本の救急医療体制の整備につながることになれば、それも殿下のご意志になるのではないかとも思っています。

2002.11.25(月)

◇中学生に性教育・・

今週の水曜は中学生を対象に講義をすることになっています。「思春期のこころとからだ」という題なのですが、いわゆる性教育の話です。全学年の男女とも一緒に集まって(きっと体育館でしょう)話をします。昨年も違う中学で一度お話をしていますが、周りには先生方もずらりと囲んでいて、緊張しました。年齢による違い(精神年齢もずいぶん違います)、男女の違いもありますので、話の内容もどう組み立てたらいいか・・昨年の「体験」をもとに考え直さなくてはいけないのですが、まだ筋書きも十分にはできていません。

性教育というと、男と女の違い、生殖器のこと、そしてセックスや受精など、モノを教えることが多いようです。でも、それってどうなんでしょうか。日本では「隠しておくことはいけない」ということで、小学生から「性教育」をしているようですが、かえって子どもたちに「興味」を持たせているのではないか、とも心配しています。セックスの初体験が、アメリカでは年齢が上がってきているが、日本では下がっているという報道もありました。

「からだ」のことはある程度は触れるにしても、大切なこと、そしてぜひ伝えたいことは「こころ」。確かな信頼関係、本当の愛情、思いやり、心配り・・そんな人としての人間関係をしっかり作っていくことが、生きていく上で一番大切なこと。そして、そのためには自分をしっかりと見つめ、人として成長していくことが求められること。そんなことを分かりやすく伝えてきたいと思っています。

こんなことを書いているのは、まだ構想がまとまっていないから。自分の言葉を確かめながら、こうして書くことではっきりさせようと思っていたのですが・・書くほどに混乱してきています。さあ、明後日までに何とかしなければ!

2002.11.22(金)

◇高円宮さまご逝去

昨夜、高円宮さまがご逝去されるという訃報に接し、とてもいたたまれない気持ちになりました。

高円宮さまには直接お話をさせていただく機会がありました。昨年の夏前、NHK主催「外国人による弁論大会」が当地(新潟県上越市)で開かれたおり、来賓でお見えになっておられました。公式のレスプションのあと、宿泊のホテルのバーでくつろいでおられるところをご一緒させていただきました。当日アトラクションで来ておられたソプラノ歌手=崔 岩光(サイ・イエングアン)さんの後援会長というのが一応の肩書きで、殿下の隣で2時間ほど、いろいろとお話をお聞きしたりしていました。

スポーツや国際交流にとても理解がありますが、音楽についてもご関心が深く、多くのことをお話になっておられました。その時の内容はもう大半を忘れてしまいましたが、殿下の包み込むような話しぶり、そして優しい人柄を肌で感じることができました。

池田さんというオカリナ奏者の方も一緒でした。この方は佐渡在住で、ご自身でオカリナを土から作っていますし、とくに佐渡の鳥、朱鷺(とき)の形をしたものは彼のオリジナルでとても人気があります。この方に殿下の前でオカリナの演奏もしてもらったのですが(実はこの前に私と別なところで先に飲んでいたので、あまり演奏は気乗りしなかったようですが、無理に吹いてもらいました)、とても興味を持たれた様子。さっそくその朱鷺のオカリナを手に取り、少し音を出され、それらしい(?)音楽を奏でておられました。茶目っ気もたっぷりの殿下でした。

皇族の中ではとても気さくで、各分野に渡ってご活躍されておられましたので、突然のお別れを惜しむ声もとても大きいものと思います。奥様、お子さん方のお気持ちも察するに余りあります。

皇族の方というイメージがわかないような、とても気さくな方でした。享年47歳。心より哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りいたします。合掌。

2002.11.21(木)

◇病児保育の課題

一昨日の「日誌」にわたぼうし病児保育室のことを書いたところ、あるお母さん(利用者)からさっそくメールをいただきました。最初のころからよく利用していただいている方ですが、当初あまり利用数が多くなく、このまま続けられるのか心配だったそうです。それがこのところの「盛況」(?)で、別な心配をするようになったということで、何かあれば「応援団」になっていただけるとのことです。嬉しいお話です。

わたぼうし病児保育室の一番の特徴は「急性期でも預かる」ということでしょう(はしかは除きますが)。子どもは急に熱を出したり、吐いたりして具合が悪くなるものです。小さい頃から保育園での集団生活をしていると、しょっちゅう風邪などをもらってきます。今は嘔吐下痢症(ウイルス性胃腸炎)も多くなっています。そんな「急な出来事」にもできるだけ対応しようというのが、私たちの方針です。

「子どもがとても具合が悪いときには親がついてあげるべきだ」という意見もあるでしょう。それは正論です。私もそう思います。でも・・それができない人もいますし、できない時もあります(もし私が子育て中として、子どもが熱を出したから休むよ、なんて言ったら大変なことになりますよね)。特に、社会的に責任をもっているお仕事をして方はそうせざるをえないことが多いでしょう。

急に具合が悪くなった時にでもすぐに対応できるような施設・・それは「急性期でも預けられる病児保育室」です。そして、それが可能になる条件としては、病児保育について十分な経験と知識をもった保育士の他に、小児科医と看護婦が必ず一緒にいる必要があります。

昨年の6月にわたぼうし病児保育室を始めるまでは、私の中でも、私たちの職員の中でも議論がありました。急性期の病児をみるのは、やはり大変なことで、スタッフや施設側の負担は相当大きいです。でも、やっぱりそこにこそ必要性があるのではないかと、漠然と理解をしていたわけですが、この間の経験から、それは「確信」に変わってきたといっても大げさではありません。子育て支援策にはいろんなものがありますが、「小児科医ならではもの」「小児科医にしかできないもの」は、この「急性期の病児も預かる保育室」なんだと思います。

上越市内には私のところを含めて3箇所の「病児保育室」があります。他のところは市で運営していますが、回復期の子どもを預かる「病後児保育室」です。それらが現在、親御さんが本当に必要としている施設になっているかどうか、よく点検してみる必要があります。少なくとも利用者数からは、市の施設が十分に利用されてはいるとはとても言えません。

上越市として、子育て支援策の一環としての「病児保育」がどうあるべきか、早晩再検討する時期に来ることでしょう(もしかしてもう来ている?)。その時に、急性期の子どもたちを対象外とする今の方針はそのままで良しとはできないでしょう。市民のニーズがあり、実際に行っている施設があるわけですから。

2002.11.19(火)

◇病児保育室の利用予測

このところ「わたぼうし病児保育室」の利用が増えています。先日の日誌にも書きましたが、最高の利用日になった今月6日は定員(4名)をはるかに越える9名。その後も定員以上の日もありますし、このところ「満員御礼」の日が続いています。(ちなみに、定員を超える日は医院の職員も保育室の勤務に入っています。)どうも風邪などがはやってきているのでしょう。

当院は会員制。現在は約130名のお子さんが登録しています。その子どもたちの中で、どれくらいが保育室を利用するか、ある程度の「科学的根拠を持つ数字」が欲しいのですが・・

ある統計で、毎日「4%の子どもが医療機関に通院」しているというものがありました。小児科以外にも、歯医者、耳鼻科、眼科、皮膚科などもよく子どもたちが通うところですが、これらはだいたいは「慢性」の病気で、園を休みほどでは子が多いでしょう。一方、小児科では大半が風邪などの急性疾患で、受診の日は園を休んでいることが多いでしょう。さらに受診をしていない日でも自宅などで静かにしていることもあると思います。「4%」の内のどれくらいが園をお休みしなければいけないかが問題ですが、その半数ないし3/4程度、つまり「2〜3%」という数字がとりあえず妥当な数字として浮かび上がってきます。

これを信じて(?)当てはめると、130名の登録者では2.6〜3.9人程度が毎日利用するという計算になります。実は先月は1日平均3.1人(22日間で延べ69名)、今月は今日までで1日平均4.3人(11日間で延べ47人)。感染症の流行の具合もあるでしょうが、このところの利用状況からみると、「2〜3%」というのはけっこう当たっている予測のようです。

そうすると、今の定員と人員ではそろそろ上限に近いということかも。もっと潜在的な需要(親御さんの希望)もありそうですので、さあこれからどうしようか、また頭を悩ませなくてはいけません。何しろ、どこからも補助をもらわず、大部分を医院からの持ち出して運営している保育室なんですから。

2002.11.18(月)

◇役職

歳をとると少しずつ「役職」が増えてきます。本業も忙しいですし、ネット上での「お仕事」も増えてきていますので、できるだけ断るようにしているのですが・・断るのがヘタなのが私。相手に粘られると受けてしまいます。でも、中途半端で投げ出したりすることもあって、結果としては周りに迷惑をかけることもあるのですが(T_T)

昨日は出身中学の同窓会幹事会。年に1回だけこの会に出てくれればいいのだからと「説得」されて副会長を引き受けています。他にも医師会の部会の委員長、医師団体の常任幹事・・それぞれの会合の回数は少ないのですが、体は一つですので次第に身動きがとれなくなりそうです。いい加減な仕事をしている私を早くクビにしてくれないかなと常々思っているリストラ候補生(志願生?)です。

少し昔になりますが、小学校のPTA幹事もしたことがあります。1年間勤めましたが、あまりに成績が悪く、翌年はお役目御免になりました(本人の希望通り・・)。でも、けっこう面白かったのも確か。学校行事にあまり関わっていなかったので、子どもたちの様子だけではなく、先生方の様子もよく見えてきました。行動や思考のパターンも、「なるほど、こういうしきたり(おきて?)があるんだな」と分かってきました。

私自身の中学生は「暗黒の時代」だと思っています。100%ではないですが、面白いこと、楽しいこと、心躍らせることばかりではありませんでした。その逆に、つまらないこと、落ち込むこと、納得できないことがいっぱい。自分に自信がもてず、たえず自己否定を繰り返していましたし、先生方とぶつかりあうことも少なくありませんでした。中には記憶から消し去りたいこと(というよりタイムマシンに乗ってその事実を無くしてきたいこと)もあります。

中学のころと「出来事」から立ち直るのに10年以上もかかりましたが、でも心のどこかで絶えず引っかかるものを持っています。そんな中学の同窓会の役員を引き受けるのですから、私も変わったのでしょうか。年数が経って記憶が薄れてきたからなのかもしれませんが、やっと「大人に」なってきたのかもしれません。

まあ、あんまり難しいことを言わないで、目の前の仕事を淡々とこなしていけばいいのでしょうね。うるさいことを言うから嫌われるのは、中学の頃にたっぷりと勉強したはずなのに、ちっとも学習効果が現れていない私です。

2002.11.15(金)

◇レジのミス、そして教育論

私は「算数」が苦手なので、お買い物の支払の時もお釣りを自分で計算したり、確認したりすることはまずありません。でも、ときどき間違いに気づくときもあります。

先日、スーパーでゴミ袋を5パック買ったとき、会計でどうも1パック分しかカウントしていなかったようなのでレシートを見たらやはりそう。(このままにしておこうかな)などと「悪のささやき」も無いではなかったですが、でも勇気をもって(?)レジの方にお話をしました。アルバイトの女子高生でしたが、上の人に相談して残りの4パック分のレシートを別に打って私のところに持ってきましたが、「スミマセンでした」でも「ありがとうございました」でもなく、ただ支払を請求されただけ。正直に話をしたのだから、多少のお礼の言葉もあって良かったのに。あるいは、上の人と一緒に来られても良かったのに・・などと思いながら帰宅しました。(そのままにしておけば得したのに・・なんて気持ちもあったのかもしれませんね)

こんなことは「例外的」。普通の生活の中では「信頼できる商売」をしているところが大半ですので、お釣りのことはほとんど気にしないでいいはずです。障害児教育をしている方から、こんなことをお聞きしたことがあります。知恵遅れの子に教育をするとき、買い物の計算をできるようにする必要はなく、お店にいって必要なものをレジまで持っていくことができるようになれば十分だと。お財布の中に多めにお金が入っていれば、レジの人がその中にお釣りを戻してくれるから、計算はしなくてもいいというのです。計算を教えるよりも、社会の中に出ていく積極性、買い物をすることで「誰かに役に立っている」という自己肯定の気持ちを持たせることの方が、生きていく上でずっと大切だというわけです。

ある新聞の投書欄に学校を退職された高齢の先生が、元の教え子(知恵遅れ)のことを心配する手紙を掲載されていました。そこには不況の中、なかなか良い仕事がなく、朝早くから夜遅くまでいくつかのバイトをしている一人暮らしの教え子(もう成人ですが)の様子が書かれていました。都会で一人で暮らしているが、食事は近くのコンビニ弁当で済ませているとか。バランスの取れたちゃんとした食事ではないので、健康が心配だと。そして、生きていくためにどんな食事をどのように作るか、という実際のことをしっかり教えておくべきだったとありました。お金をもっていけばとりあえずの物は買えるが、でももっと大切なのは、生きていく術(すべ)を身につけておくことだというわけです。

障害児教育についてよく知っている訳ではありませんが、でも基本のところは普通の学校教育の中でも言えるんだと思います。いったい何を教えて、どんな人間に育てていこうとしているのでしょうか。「算数」につまずいて九九を覚えることなく大人になった私は、料理・掃除・洗濯といった家庭科でも落第者。困ったものです。

2002.11.14(木)

◇2000円札

先日、久しぶりに2000円札に出会いました。発行されたころに見かけて、2、3枚使ったきり・・ 2年ぶりですね、私の財布に入ったのは。そのまま持っておこうなどという気持ちはないので、さっそくある所で使いました。ちょうど2,000円の支払いだったので、2000円札を1枚だしたところ、1000円札を勘定しはじめ、私にお釣りを渡そうとしています。あわてて「それ、2,000円札だからおつりはないよ」と話して、「誤解」を解きました。きっと5000円札と間違えたんでしょうね。大きさと色の感じが、遠目には5000円札によく似ています。困った物を作ってしまいましたね。

2000円札が流通しないのは当然でしょう、必要性がないのだから。「西暦2000年のミレニアム記念に!」などという軽い総理大臣の思いつきでやるような国家の事業ではありませんね。

先日は印刷済みの2000円札が大量に在庫されているという報道がありました。お札は財務省印刷局で印刷され、日本銀行を通して初めてお札として流通します(お札のことは「日本銀行券」って言うんですよね)。印刷はされているけれど、日本銀行に納められていないのが数百億円分あるというのですから、信じられません。印刷を始めたあと、あまりの不人気に印刷枚数を減らすよう財務省の担当から印刷局に電話で(!?)指示したけれど、よく伝わっておらず、受け取るあてのない2000円札を大量に印刷していたというのですから、開いた口が塞がりません。お役所の人たちは、私たちには強い調子で物を言いますが、自分たちはそんな程度の仕事をしても平気でいられるんですね。

2年前に初めて使った時も、どうも釣り銭を間違えて(少なく)もらったような気がしています。それ以来、2000円札を敬遠していたのですが、意識しなくても市場にゼンゼン出回っていないのですから、気にする必要はあんまりありませんでした。でも・・私の財布にはもう一枚2000円札が入っています。さあ、どうしよう・・ どこでどんな使い方をしようかと思案しているところです。

2002.11.12(火)

◇ジカダンパン

先週の話で恐縮です。4日のテレビ東京の番組「ジカダンパン」で、名古屋市の病児(病後児)保育のことが取り上げられていました。国の制度で作られていますが、実施の主体は市町村。病児保育室への補助をするかしないかは、市町村の取り組み方(考え方)次第です。政令指定都市の中でただ一つ、名古屋市だけがこの制度を作っていないということが取り上げられ、市長に直談判しようという話になりました。

その中では市内で病児保育に取り組んでいる小児科医がレポートされていました。そこを頼りにしている親御さんもスタジオで必要性を訴えていました。市からの補助はないので、1年あたり200万円ほどの赤字になっていて、税理士さんからはこれ以上続けられないという意見も出ていました。国の制度の準じた補助があれば、医院からの持ち出しはなくなり、親御さんの負担も軽減されます(確か1日3,000円だったようです)。

それに対する市の答えは「もっと大きな政策を抱えているので、このような小さなことには金を出せない」ということでした。ずいぶん正直にものをいうお役人ですね。名古屋には「愛知万博」開催によって数百億円の財政負担が必要なのだそうです。そのために新規の事業は全てストップ。実際のところは分かりませんが、名古屋市での生活はずいぶんしづらくなっているのではないかと想像してしまいます。前世紀の遺物である万博を21世紀に、そして景気の極めて悪い時に行うのは愚としか言いようがないと思うのですが・・

そんなこんなで、お母さん方と小児科医の必死の声にも耳を貸さない名古屋市の姿勢がハッキリとした番組です。これで取り上げられたからどうなるかは予断を許しませんが、でも、少しは「子どもに優しい市政」に近づいていくきっかけになってくれれば、と思います。

スタジオにいたコメンテーターの一人が興味深いことを言っていました。「アメリカではこのようなことに積極的に取り組む方が、政治家として評価される」と。日本では道路を敷き、橋をかけ、鉄道をひっぱてくる政治家が大物気取りです。子どものこと、子育てのことに一生懸命関わる政治家は希有ですし、それで票は取れないと思っています。有権者ももっと目を見開く必要があります。本当に私たちの生活について考え、豊かにしてくれる人はだけなのかということを、しっかりと見据えてほしいです。

「子どものことを取り上げると票になる」ような社会なら、子育てでこんなに苦労することも少なくなってくるでしょう。子どもを産み、育てることに明るい光が射し込め、温かく見守ってくれる社会を実感したら、もっと子育てを楽しみ、豊かな感性をもった子どもたちが育っていくことでしょう。そして、そんな子どもたちを関わり、子育てをする中で、私たち大人も豊かな心をもった人間として成長していくことになるはずです。・・今の日本では、まだまだ「夢物語」ですが。

司会のみのもんたは、個人的にはあまり好きではありません(どうもあの脂ぎった顔が・・)。でも、この番組で少し好印象を持ちました。もっといろんなことを取り上げていってほしいですね。

2002.11.11(月)

◇子育てについてのシンポジウム

昨日、子育てについてのパネル・ディスカッションにパネリストとして参加してきました。<子育て支援のための施設=キッズスタジオン>のNPO(特定非営利法人)設立を記念して開かれたものです。地域でこういった子育てを応援している組織などの代表や、県会議員、市会議員などの方々と一緒に呼ばれ、少しお話をしてきました。

いろんなことをお話したかったのですが、私に与えられたのだ数分だったので(実際には10分以上しゃべってた?)、今私が小児科医として取り組んでいる「子育て支援」について話をしてきました。一つは「わたぼうし病児保育室」であり、もう一つがこのHPを通してのものです。

わたぼうし病児保育室は昨年6月の開設。この上越市内に市が作った「病後児(病気の回復期)」のための保育室が2つあるけれど、親御さんのためには必ずしも十分とはいえず(はっきりいって開店休業状態)、また、私自身がそこに関わることを結果としては拒絶されたという経過もありました。そこで、医院の2階を改装し、専任保育士を2名雇って「自前の」病児保育室(急性期もみる!)を「自腹をきって」始めたことをお話しました。開設から1年数ヶ月たちますのが、親御さんが喜んでくれる姿を毎日のように見かけています。先週は定員4名をはるかにオーバーする9名を受け入れたことも紹介しました(専任保育士以外に保育士資格をもつ2名の事務員と看護婦も応援につけて切り抜けました)。ただし、現在は市からもまったく補助を受けておらず、年間数百万円を医院からの持ち出してまかなっていることも今後の課題として報告しました。

病児保育室が地域限定版の子育て支援とすると、もう一つのインターネットを通してのものは地域を問わず、日本中、ときには海外にいる日本人の方への子育て支援です。HP上のいろんな情報提供がそうですし、電子メールを使って質問にもお答えしています。きちんと数えたことはありませんが、毎日数件は来ています。1日平均3件とすると、1年に約1,000件の質問をいただき、そしてお返事を差し上げていることになります。3年前から行っていますので、のべで3,000件近くにはなるのでしょうか。その一部は「Q&A」としてHP上に公開していて、きっと他の方にも参考にしてもらっているのではないかと思います。

私が今積極的に取り組んでいる「子育て支援」はこのようなものですが、しかし小児科医としての基本、あるいはいちばん重要なものは「小児医療」をきちんとこなすことです。特に最近は「小児救急」の問題がクローズアップされています。小児科医一人でできることではありませんので、システムとしてどのようなものを作り上げていくか、大きな課題になっています(何と行っても小児科医というマン・パワーがもっと必要です)。

というようなことをお話ししてきました。その後の質問や討論でもとくに出番はなく、私の発言も尻切れトンボになってしまった感がありますが、また機会があれば子育てについて、話をさせてもらえたらと思っています。

2002.11.8(金)

◇星空を見たのは・・

昨日は珍しく良いお天気。夜には素敵な星空を仰ぎ見ることができました。星をゆっくり眺めたのは、ずいぶん久しぶりです・・

でも実はロマンチックになって見とれていたわけではなく、娘の宿題に付き合わされたのです。理科の天体観測の実習。代表的な星座が時間とともにどのように動くか、記録するというものです。家に帰ったのが9時過ぎでしたが、娘一人で外で立たせるわけにもいかず、付き添いをすることになった次第です。9時半から1時間おきに4回、最後は0時半まで。星空はきれいですが、寒い中を立っているのは、やっぱりしんどいですね。

私の星座の知識はほとんどゼロに近いものがあります。大熊座、あるいは北斗七星と北極星を探すのができるくらい。昨日は地平線近くが雲でよく見えず、唯一知っている北斗七星はよく見えませんでした(私が分からなかっただけ?)。北極星はだいたい分かりましたし、W字型をしたカシオペア座も見つけることができました。

星座は北極星を中心に、反時計回転してるんですね。きっと中学で習った理科の「常識」なんでしょうが、すっかり忘れていました。まじまじと夜空を眺めるのも、時間をおって動きを知るのも、本当に久しぶり。子どもの宿題なのに、親まで一緒に関心しましたし、楽しんでいました。学校の「知識」が机上の、あるいは本の上だけのものではなく、実際の自然や社会の中にあるものだということも、あらためて分かって、その点でも収穫だったように思います。

理科の「宿題」にちょっと感謝した夜でした。(でも寒かったし、今日は一日眠いですよ・・)

このHPへのアクセスが6万件を越えました。多くの方に来ていただき、ありがとうございましす。今後ともどうぞよろしくお願いします。

2002.11.7(木)

◇中学生との1時間

一昨日、当地(新潟県上越市)では「初雪」が降りましたが、観測史上最も早いのだそうです。それも19日も! 私の暦感覚はいい加減ですが、確かいつもの年は11月下旬、ちょうど勤労感謝の日(23日)ころにみぞれになり、慌てて庭木の雪囲いをしていました。そのあとに「初雪」も降り、12月下旬頃から本格的に雪になっていきます。やっぱり今年は早すぎますね。今日は穏やかで暖かい一日でした。お日様もしばらくぶりに顔を出していました。このお天気もそう長くは続かないということですが。

昨日の午後は、私が嘱託医をしている近くの小学校の「就学前健診」をしてきました。市の中心部からは少し離れたところにあり、子どもの数が少なくなっているところ。来年度の入学生は卒業生とほぼ同じ数だということなので、ちょっとうれしいです。ちょっと緊張気味の子どもたちの診察をしてきましたが、可愛いですね! 一人ひとりに「来年は小学生だね。頑張ってね!」と声をかけましたが、小さな声で返事をしてくれたり、うなずいてくれたりしました。小さな時から診ている子が多く、もうすぐしっかりとした小学生になるんだと思うとうれしくなりました。

昨日はちょっと変わったお客さんが医院に来られました。少し離れた中学校の3年生が、自分の進路などの興味のあることについて、質問をしたいというのです。学校の授業の一環だそうですが、面白そうなのでOKをしました。小一時間ほど、問われるままに答えていました。「どうして医者になろうとおもったんですか?」などという<定番>の質問は予想していましたが、「医者の単純なミスによって医療事故がおきていることをどう思いますか?」「医師の資格更新のための試験を必要だと思いますか?」などというマニアック(?)な質問には、何と答えてあげればいいか、少し困りました。それなりの考えをお話ししましたが、中学生の理解を超えたことを好き勝手にしゃべっていたような感もあります。

もっとも、そう思うのは私の「思い上がり」かも。ずいぶんしっかりとした中学生でしたから、ちゃんと分かってもらえたことでしょう。このHPもすでにチェック済み。「情報提供」のあり方についても、質問が飛んできました。我が家にも同じ歳の子どもがいますが、ずいぶん違うもんだと関心しきりでした。彼がこれからどんなふうに成長していくか、とても楽しみです。

日本の将来も、けっして暗いものではないと思うことができた一日でした。(いけないのは大人の社会の方ですものね)

2002.11.5(火)

◇もう雪になりました

連休明けの火曜日、やっぱり混み合っていました。風邪など増えてきていますので、お気をつけ下さい。今日は昼間、なんと【雪】になってしまいました。数センチは積もったでしょうか。慌てて駐車場の消雪ポンプを稼働。本来ならシーズン前に水の出方の調節やポンプの調子を見なければいけないのに、試運転なしのいきなりトップギア。ポンプの方も面食らったでしょうね。(ちょうどボイラーの工事で水道業者の方が来ておられたので、調整してもらいました。雨と雪の中で自分でしなくてはいけないと思っていたので、助かりましたよ)

うちの自慢の一つは駐車場の広さ。医院の周りに100台ほど停められるスペースを確保しています。でも、冬場の雪の対策も必要なので、コストと手間がかかります。半分ほどには消雪パイプを敷設してありますが、地下水を汲み上げるポンプは全部で4基あります。つまり井戸が4本掘ってあるというわけです。これだけでも大変な費用がかかっていることがお分かりいただけるでしょう。消雪パイプのないところはブルトーザーでの機械除雪。そのために業者にけっこう高い金を出して委託しています(ときには私もブルを動かしてみます・・それがしたくてブルを置いてもらったという話もありますが)。

そんな冬の厳しさを思い出させてくれる一日でした。本当に冬の準備をいそがなくっちゃ!

2002.11.1(金)

◇小児救急の課題

今日から11月。カレンダーもあと2枚で一年が終わりです(2か月いっしょになっているカレンダーでは最後のページ)。ニュースでは年賀葉書の発売が始まったと伝えています。気の早いお店ではもうすぐジングルベルも鳴り出すことでしょうね。年の瀬に向かってカウントダウンが始まったような気分です。

このとこと寒い日が続き、風邪などが少しずつ多くなってきています。それに加えてインフルエンザ予防接種が「旬」の時期なので、小児科医はどこも忙しくしていることでしょうね。当院でも毎日バタバタ。秋は患者さんが少なくてイイ季節・・なんてのんびりしたことは、もう言ってられません。年内いっぱい「体力勝負」です(?)。

「こども通信」11月号ができました。どうぞお読み下さい。今回は「小救急」の話題を取り上げました。9月におきた岩手での悲しい出来事(事件?)。そのあと、日本の小児救急がとてもお粗末だというキャンペーンが繰り広げられています。小児科医の個人的な努力も大切ですし、私たちももっと頑張らなければいけないのだと思いますが、でも個人的な頑張りだけでは限界があります。やはり全体の体制としてどうしていくべきなのか、きちんと議論し、そして実行に移していかなくてはいけません。

子どもの医療については、「子育て支援」の中の一つですし、とても重要な要素です。それをないがしろにして「少子化対策」はないでしょう。「子どもを大切にしない国は滅びる」と言われています。ある方は「小児科医を大切にしない国も同じ」と言い切っていました。この問題(課題)を親御さんたちで大いに論じ合い、そして国を動かしていってほしいと願っています。

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