塚田こども医院

日 誌 2003年1月  月別の索引

2003.1.31(金)

◇1月がもう過ぎていきます

1月も今日で終わり。何だか早いものですね。中旬から始まったインフルエンザの大流行で右往左往しているうちに、明日から2月というところに来ていました。

高校や大学受験などももうそろそろ本番ですね。体調を整えていて下さい。当日、風邪やインフルエンザでダウンして、本来の成績がだせないなんて、悲しいです。

「デジタルこども通信」2月号を作りました。HPにもアップしましたので、ご覧下さい。メルマガでとしても、お申し込みいただいた方あてに先ほどお届けいたしました。

2003.1.30(木)

◇日本一になりました

昨日の吹雪は去っていき、今日は少しはお天気が回復。といっても、まだ寒い日が続いています。インフルエンザはしばらくは流行が続きそうです。どうぞお気をつけて。

先日、当地(新潟県上越市)があることで「日本一」になりました。それは・・軽自動車の率だそうです。全部の自家用車に占める割合が34.2%でトップ。少ないところは東京23区の2%ほどというところもあるそうです。ここでは車3台に1台は軽自動車だということになります。

軽自動車は値段が安いので、それだけここは世帯の収入が少ないのでしょうか(そうかもしれません、私も一生懸命働いても貧乏していますから・・まあ冗談ですが)。そうではなく、一家あたりの車の所有台数が多いからなのだそうです。つまり、1台目は普通のセダンか、今はやりのRV車で、2台目に軽自動車を買い、奥さん(お母さん)方が乗っているようです。つまり、「セカンドカーとして軽自動車を持つ率が高い」ということなんだそうです。

地方では都会と違ってどこにいくにも車です。私もすぐ近くで買い物をする時も、荷物を持つことを考えるとつい車になってしまいます。近くで食事するのも、やはり車で行ってしまいます。毎日の通勤はもちろんそう。お母さん方も買い物、保育園への送り迎え、お使い・・だいたい車で行くことが多いんでしょうね。まして子どもが具合を悪くして受診するときはなおさら。車に乗せて休ませながら移動します。

スーパーなどの買い物をするところも、だんだんと「郊外型」になっています。土地代金が安いということもあるでしょうが、一番は車のことです。幹線道路からのアクセスが良く、広くてゆったりと停められ駐車場が確保できるところが立地条件。市役所、いろんな会館、スポーツセンターなどの公共施設も、今や駐車場がきちんととれていないと不便ですし、非難の的です。

病医院も同じ。小児科は特にお母さん方が運転して来られることが多いので、「たっぷり、ゆったり」と駐車できることが大切のよう。当院でもそうとう広く駐車場を確保してあります。それに今の季節は雪の対策も必要。消雪ポンプを敷き、業者にブルトーザーに機械除雪もしてもらっていますので、その費用たるや大変なものですよ。当院も「軽自動車率・日本一」を陰で支えています(?)。

2003.1.29(水)

◇吹雪がスゴイです

今日は一日中、外は猛吹雪。雪が降るだけではなく、路面は凍結し、ときどき「地吹雪」になります。私が以前に勤務していた県北では、この地吹雪が名物(?)。年に数回はすさまじいものが襲ってきていました。国道などの幹線道路がとくにひどいのですが、これは田んぼの真ん中を走っているから。周囲に風を遮る物がないので、一度降った雪が地表をなめ回すように移動しています。

車を運転していると、本当に前が見えなくなってしまいます。視界は数メートルもないことがあり、道路の端のポールを目安に恐る恐る走ります。何回怖い思いをしたことか・・ でもトラックくらいの高さになると、その地吹雪の上に顔を出す形になるので、平気で走っています。それがまた恐怖なのですが。地吹雪の中、50台ほどの自動車が雪に突っ込んだりして動けなくなり、数日交通が麻痺したということもありました(全国ニュースでも流れていました)。

悲惨な交通事故もありました。病院の職員が地吹雪の中を歩いて帰宅途中、国道の真ん中でトラックに轢かれて亡くなりました。その奥さんもまた病院の看護婦さん。救急車で病院に運び込まれたご主人は、もう帰らぬ人でした。それを嘆き悲しむ奥さんの様子が今でも思い出されます。お二人ともよく知っている方たちだったので、とてもつらい経験でした。

今日は、そんな吹雪の中、隣町の保育園で講義をしてきました。そこは昨年4月から0、1歳児も預かるようになり、改めて乳児の保育、健康、病気になどについて勉強したいという保育士さん方からの依頼です。2時間ほど、いろんなことをお話をしてきました。

ときどきこの日誌の中でもお話をしていますが、私は上の子どもが生まれたとき、まだ乳児保育の体制がなく、自分で「わたぼう共同保育園」を立ち上げ、ときにはそこで「保父さん」役もしていたことがあります(雇っている保母さんがお休みしたり、手が足りなかったときなど)。そんな意味で、保育園は私にとっては子育ての原点でもあります。

また、保育士の方の様子を見ていると、子どもたちの視線に合わせて仕事をしているので、優しい雰囲気を感じます。そんな意味でも、保育園に行くと何だかほっとして、心地よい感触が伝わってきます。子どもに優しくできる人は、他の人たちにも優しくできるんだと思います。

同じ子どもたちを相手に仕事をしているのに、小児科はともすれば子どもを上から見下ろしているようなところもあります。子どもたちの目線にたって、子どもたちのために仕事ができる小児科になれればいいなと思っています。

2003.1.28(火)

◇今日もインフルエンザ・・/アクセスが70,000件

まだまだインフルエンザ患者の発生が続いています。先週までは9割ほどはA型でしたが、昨日からはどうもB型が増えてきているよう。もうA型のインフルエンザが流行し終わった園や学校で新たにB型インフルエンザの患者さんが出ているというところもあります。もしかしたら、そういったとこで「第2波のインフルエンザ流行」が迫ってきているのかもしれません。もうすでにかかってしまったからといって安心することはできません。くれぐれもご用心。

今日は「ジャパンタイムズ」という英字新聞の記者の方から電話で取材を受けました。インフルエンザが流行し、とくにタミフルなどの抗インフルエンザ薬が足りなくなっていることを、小児科医としてどう思うかという内容です。電話口で思うところを1時間ほど話してしまいました。これでまとまる記事もまとまらなくなったことでしょうね。近々新聞に掲載されるということなので、楽しみにしていますし、またご紹介したいと思います。ただ、記事が英語でかかれているのが難点ですが・・(*_*)

このHPへのアクセスが70,000件を越えました。ありがとうございました。6万件に達したのが昨年11月8日、以来1日あたり120件ほどのアクセスがあるという計算になります。今後ともよろしくお願いします。

2003.1.27(月)

◇インフルエンザ診療の矛盾

今週もまたインフルエンザとの戦いで幕をあけました。先週の月曜と同じく、1日に50人が新しくインフルエンザと診断されました。さらに、先週インフルエンザとして治療が始まったものの、この週末で良くならずにまた受診をした子、いったん良くなったはずなのに、気管支炎などになってまた発熱している子・・ 抗インフルエンザ薬があるといっても、なかなか一筋縄でいかないのが、このインフルエンザ診療です。

日本では毎年100〜200人前後がインフルエンザ関連脳症で亡くなっているという厳しい現実を考えると、私が今日診たお子さんの中には、急に容態が悪くなる子もいないとも限りません。あるいは、来院した時点ですでに重症になっている子がいるかもしれません。そういった意味でも、しばらくはまだ緊張しながら診療を続けていくことになります。

しかし、実際はなかなか難しい点もあります。というのは、インフルエンザは短期間に流行する感染症。そしてその規模はときには「爆発的」とも言える状態になります。つまり、外来に受診される方が、通常よりもそうとう多くなるわけです。先週からほぼ2倍の患者さんがこられていますが、過去には3倍を超えたときもありました。

スタッフの数、施設・設備もある程度余裕をもっていますが、それでもこの状態に対応するのはなかなか難しくなります。それでもそれらは多め・大きめに手当しておけば、まだ大丈夫。しかし、私の診療スピードが限られてしまうので、実際のところはやはり限度があります。患者さんお一人の診療時間はどうしても短くなりますし、説明なども手短に終わらせてしまうことになってしまいます。

重い病状の子が多いインフルエンザ流行期にもかかわらず、いやそのために一人あたりに集中できる診療が限られて来るという矛盾・・しばらくはそんな状況下での診療が続きます。早く流行が終息することを、そしてインフルエンザにかかった子どもたちが合併症などで重症化することのないよう祈っています。

(追記)今週発行の「週刊アエラ」(朝日新聞社)にインフルエンザに関係した記事が掲載されています。とても重要な指摘があります。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。内容については、後日この「日誌」でも取り上げてみたいと思います。

2003.1.25(土)

◇「恥ずかしいとは思わないんですか?」

今日の朝日新聞を読んでいてちょっとビックリし、そのあと嬉しくなりました。ある女子高校生が書いた投書です。高校の先生方や教育内容に不満があり、もっとしっかりしてほしいという内容です。それ自体も「もっとも!」とうなずきながら読んでいたのですが、最後の一文が強烈でした。--「教師の質の悪化はすさまじい。学生本位の教育について、大人はもっとちゃんと考えてほしい。高校生の私にこんなふうに言われる先生たち大人は、恥ずかしいとは思わないんですか?」

全くその通り。私が高校生の時から、つまり30年前から感じていたことをズバリと言ってくれました。溜飲の下がる思いというのはこのことを言うのでしょう。

当地(新潟県上越市)では昨日から大きな事件が報道されています。仕事仲間(?)の男性を生き埋めにして殺してしまったというものです。日常的に暴行を受けていたようで、市役所職員に生前相談していたということです。しかし警察に相談や通報することをせず、暴行は次第にエスカレートし、殺人事件に至ったようです。

ここで問題にしたいのは市職員の仕事ぶりです。「通報の義務はなく、問題はない」のだそうです。ほんとうにそうなんでしょうか。市職員は市民の命と健康を守ることが、もっとも基本的な責務です。結果としてこの方の命を守ってあげられなかったわけですから、大変な問題です。刑事責任があるという意味では「問題なし」なのでしょうが、公務員としての責務、あるいは一人の人間としての在りようとして、至らないところがあったという認識が、どうしてできないのでしょう。あくまでも「問題なし」という立場に固執することで、行政サービスも、個人の生き方も同じレベルにとどまってしまいます。

そんな公務員の方には先の高校生の言葉をそっくりと投げかけてあげましょう--「恥ずかしいとは思わないんですか?」

2003.1.24(金)

◇インフルエンザ騒動

今週はインフルエンザの流行がいっそう拡大し、「大流行」と言ってもいいほどになりました。保健所単位で出されるインフルエンザ患者発生状況も、当地域では「注意報」から「警報」に変わっています。今週から来週が峠かと思います。もう少し頑張っていて下さい。

インフルエンザの診療はずいぶんと進歩しました。その場で判定することのできる検査キットがあり、抗インフルエンザ薬は「特効薬」として治療に役立っています。実際にこの薬を使うと、全身倦怠感などを伴うつらくて激しい高熱が翌日には治まり、2日もするとケロッとしています。恐るべき威力です!

でもその薬が足りないと、全国で騒ぎになっています。とくに新薬であるタミフル(内服でA型、B型の両方に効きます)がそうです。今までは内服ではA型にのみ効果のある薬(シンメトレル)しかなく、昨シーズンから新たに使えるようになったタミフルに対する期待が非常に大きいものがありました。メーカーも昨年より多く供給していると言っていますが、今期の流行の規模が大きく、昨年末までの西日本での流行で、そうとう使われてしまったようです。今月に入って東日本〜北日本での流行し始めたときには、もうすでに品薄状態になっていました。

当院でも在庫を持ってはいましたが、これほどの規模になるとは予想できず、やや少な目でした。それに、一部の医療機関で薬を抱え込んではいけないという厚生労働省からの指導もあり、必要になり次第、追加注文する方針でいたのですが、もうすでに問屋にも在庫ゼロ! 毎日在庫を見ながら診療をしているところです。

お隣の病院ではもうすでにタミフルがなくなってしまったとか。B型インフルエンザの患者さんが出ると私のところへ紹介をしてきます。今のところは大丈夫なのですが、このまま流行が長引くと、それも受けられなくなってしまいます。毎日ハラハラドキドキの外来です。

今日は寒波が来ています。明日の朝までに平野部でも30センチほどの雪になるとか。インフルエンザの流行がさらに広がらないか、心配です。明日もまた忙しい外来になることでしょう。

2003.1.23(木)

◇眼鏡族の眼鏡選び

今週に入ってインフルエンザの流行が拡大しています。学級閉鎖なども出いていますし、爆発寸前の勢いです。外来はパンク寸前(@_@) 私も含めて、職員はずいぶん疲れてきています。当地ではこの1週間くらいが峠でしょうか。早く静まってほしいものです。

そんなインフルエンザの流行を尻目に、今日も眼鏡の話。私が眼鏡をかけて30年ほどが経つと、昨日お話をしました。この間、一日も休んだことはありません。子どもが小さいときはお風呂でもかけていたので、外すのは寝るときだけくらい。お陰で眼鏡をなくしたことは一度もありません(当たり前?)。でも困ることがときどき。

以前は顔を洗うとき、眼鏡をかけたまま水をつけてしまったことが時々ありました。あわてんぼで、眼鏡をかけているのを忘れているんですね。朝起きたとき、眼鏡をうまく見つけられない時があります。これはまだ寝ぼけまなこだということと、置いておく場所を決めてないからです。夜はギリギリまで起きていて、意識がなくなる直前にお布団に入り込むことが多いので、眼鏡を外すのがやっとという状況。いつも朝になるとベッドの周りを手探りすることが常です。こんな時は、「眼鏡を探すための眼鏡」がほしくなってしまいます。

眼鏡屋さんに行って、眼鏡を買うときも一苦労。眼鏡を外すとほとんど見えません。新しいフレームを書けてみても、鏡に顔を20センチくらい近づけないと自分の顔が見えてきません。そんなに近寄ると、顔全体が見えないので、似合っているのかどうかもよく分からず、ほとんど「闇鍋」状態で買っているような気がします。

でも、今回の眼鏡選びは違いました。陳列してある眼鏡(素通しのレンズがついている)に、10円玉くらいのレンズをつけてくれました。お陰で初めてフレームと顔がフィットしているかを見ることができました。お店の人は、お客さんからの要望があったので始めたと言っていましたが、むしろ今までなかった方が不思議です。やっと眼鏡族の気持ちを分かってくれたようです。

2年前の眼鏡選びのときは、お店の方からご親切に「遠視は大丈夫ですか?」と声をかけられました。あんまり意識していなかったので、自分ももう「遠近両用」の眼鏡が必要になる歳なのかと、けっこうショックでした。強がるわけではありませんが、でもまだ縁がないようです。眼鏡の替えるときもレンズの度数は20歳くらいから変えたことがありません。今回も同じように作ったのですが、まだしばらくはこのままでいけそうです(^0^)

2003.1.22(水)

◇眼鏡歴30年

私は眼鏡族。眼鏡なしでは仕事も生活もできません。必需品になっていますが、何年かたつと傷んでくるので新しい物を作ります。2、3年おきに替えているようですが、今回は1年半でわりと短かったようです。フレームも替えたので、多少顔のイメージも変わったかもしれませんね(良い方ならいいのですが・・)。

眼鏡をかけるようになったのは高校1年の終わりから。それまでは「視力2.0」を誇っていたのですが、急に視力が低下。黒板の文字が見えにくくなり、席を一番後ろから少しずつ前に移動させ、最後は最前列の「かぶりつき」まで行っても良く見えなかったので、仕方なく眼鏡のお世話になりました。以来30年、一日たりともはずしたことがありません。

寝るときはもちろんはずしますが、子どもが小さかった時にはお風呂でもかけていました。というのは、一度眼鏡をかけずに子どもと一緒に入浴したとき、浴槽の中でひっくり返っていたのがよく見えなかったという恥ずかしい話があるからです。温泉などに行ったときにも、眼鏡なしで転ばせてしまったこともあります。いずれも大事には至りませんでしたが、冷や汗もの。そんなことがあってからは、お風呂でも眼鏡を離せられません。

泳ぎに行くときもそうです。子どもを見失ってはいけないので、必ず眼鏡をしていました。顔を濡らさないように平泳ぎするのも得意でしたよ。プールでは眼鏡をつけたまま泳ぐわけにはいかないので、立って子どもについているようにしていました。でも、ある時、眼鏡着用を注意されてしまいました。とっても「管理」の厳しいところだったようです。私にしてみると、眼鏡をかけないでいる方がよっぽど危険なんですが・・

眼鏡族にとっては、眼鏡をしているのが普通の状態であり、眼鏡をしていることを忘れていることがときどきあります。顔を洗うとき、眼鏡をはずさず、そのまま水をかけてしまったことが何度もあります。眠くなってお布団に入ったとき、眼鏡をかけたまま眠ってしまうこともあります。

眼鏡をかけたいんだけれどかけられないで、あることが上手くできないなんてこともあります。そんな眼鏡の話、明日に続きます。今夜は・・ちゃんと眼鏡をはずして寝るようにしますよ。買ったばかりの眼鏡を壊すと大変ですから。

2003.1.21(火)

◇すわハッカーか!?

今日仕事中にこのHPにアクセスしたら、「ただいまコンテンツ準備中です」という表示が出てしまい、読むことができなくなっていました。昨夜HPを更新したときは問題がなかったので、サーバの異常か、それともハッカーの仕業か!?と緊張・・

でも他のページは直接アドレスを打ち込むと見られるので、サーバ自体とかHP全体が壊れているわけではない。「もしやして・・」とサーバの中のHP用ファイルを見たら、一番トップのファイル(「index.html」)がないことに気づき、慌てて再度アップし、胸をなで下ろしました。

それにしてもどうしてそうなってしまったのか、腑に落ちないので、サーバを管理している会社に問い合わせました。サーバへのアクセスが全て記録したあり、昨夜11時45分に「tsukada」からのアクセスがあり、削除されているとのこと。それって私! 他人は私になりすましてアクセスすることもあるかもしれませんが、でもその時間は、確かに私はHPを更新していました(ちょうど終わる頃)。ほとんど眠りながら「日誌」を書いてアップしていたので、その途中で変なことをしでかしてしまったんですね、きっと(*_*) 犯人を捕まえてみたら、自分だったというお粗末な事件(?)でした。

昨夜から今日の昼頃までこのHPにアクセスしていただいた方もおられるでしょうが、何事がおきたのかとビックリされたことでしょう。ご迷惑をおかけしました。(塚田もとうとう書くことがなくなって、HPを閉じたのかと思われた方がいたら、残念でした! まだけっこう元気ですし、書くネタはまだありそうです)

2003.1.20(月)

◇インフルエンザに明け暮れた一日

いよいよインフルエンザの流行の大波が襲ってきています。当院のインフルエンザの患者さんは先週1週間で61名でしたが、今日は1日で50名! 朝から夕方までインフルエンザの患者さんがいっぱいでした。一昨年も大きな流行がありましたが、1週間に300人台を記録しています。今週から来週にかけて、それに匹敵する大流行のなるかもしれないとイヤな予感もしています。

「インフルエンザに明け暮れた・・」と書いたのは、ただ患者さんが多かっただけではありません。抗インフルエンザ薬が全国的に品薄になっているので、当院での診療に支障が来さないか、心配をしていることもあります。当院は、今や珍しい(?)「院内処方」です。院内でそのままお薬も渡しています。今回のような問題が生じると、在庫量の管理、発注後の納品の有無や見通しなど、私自らタッチする必要があります。院外処方では「処方箋」を書くだけでいいのですが、訳あって院内処方で頑張っているので、仕方ないですね。

お昼には職員とミーティング。これもインフルエンザがテーマ。何に気をつけて診療すべきか、30分ほど講義をしました。

最後はテレビの仕事。地元のテレビ局=新潟テレビ21(NT21)の情報番組の中で、私が電話出演しました。県内で今年初めてインフルエンザによる死亡が出たと朝日新聞が伝えた日でしたので、とてもタイムリー。インフルエンザではどんな症状が出て、どう対処すればいいか、簡単にお話しました。5、6分だったんだと思いますが、時間が足りない! もっといっぱい私に話をさせてよ!(その間にチャンネルを回しちゃう人が続出するでしょうが・・)

ということで、「インフルエンザに明け暮れた一日」になりました。この調子だと、この週末には「インフルエンザに明け暮れた一週間」と書くことでしょうね。

昨日は東京で「小児精神科」のセミナーを受講してきました。これからは「心の時代」。子どもたちの心も一緒に見てあげられる小児科医になりたいと願ってはいるのですが、聞けば聞くほど、勉強すればするほど難しいですね。

2003.1.17(金)

◇インフルエンザによる死亡(2)

長野県松本市で老人ホームで7人もの方がインフルエンザで亡くなったと、昨日からの報道が伝えています。次々に高熱を出し、肺炎症状などを起こし、呼吸困難などで死亡したようです。最初の患者さんが高熱を出したとき、嘱託医は電話で通常の風邪の対処を指示したのみで、実際に診察をしたのはその2日後。そのあと同様の発熱患者がでても、インフルエンザと診断することなく、有効な対策をとることはなかったということです。

インフルエンザは高齢者の、次第に小さくなっている命の最後の灯火(ともしび)を吹き消す病気。すでに全国的に流行し、過去にも老人ホームなどで大きな被害を出して苦い経験を私たちは持っています。そんな中にあって、インフルエンザという疑いももたず、漫然と診療していたとすると、それは臨床医失格というべきなのではないでしょうか。少なくとも「危機管理能力」は著しく欠如しているは確かです。

インフルエンザへの対策は「危機管理」そのものです。一人ひとりの個人については、時に急激に重症化し、死に至ることもあります(特に乳幼児や高齢者)。さらに一定の集団の中で蔓延(まんえん)し、大流行することも十分に頭にいれておかなければいけません。それは家族、学級、園や学校、地域社会、日本、そして世界と、大きさは変わり、その対処法は複雑になりますが、流行への対策は個人への対策とはまた次元の違う対応が必要になります。

時間との勝負というのも、インフルエンザ対策の難しい点です。発症は急激で、わずか数時間で40度ほどの高熱になります。潜伏期は長くても2、3日で、他の感染症とは比べ物にならないくらい短いです。家族の中で一人インフルエンザ患者がでると、その人が治らないうちに次々と患者が発生していきます。インフルエンザの検査、抗インフルエンザ薬もできるだけ早く使うべきとされています。

集団の中での流行と言う点では、その対応は時間との戦いです。学校で「学級閉鎖」や「学校閉鎖」を出すタイミングはとても重要。流行し始めたときに早めに出す。そして少なくとも3日くらいは思い切って休ませる・・ どうも実際には「遅めに」「小出しに」出す傾向があります。その結果「中途半端」で、有効な対策にはならないことも。学校閉鎖などの処置は学校長の権限ですが、ともすれば「マイナス評価」につながると思っているのかもしれません。あるいは、医学的な知識や、危機管理の考え方に欠けるのかもしれません。

さらに、これが国レベルではもっと大きな問題をもってきます。ワクチンのこと、抗インフルエンザ薬のこと、新型インフルエンザへの対策など・・ このあたりの「国家的危機管理」については、日本では望むべくもありません。もうすでにタミフルなどの抗インフルエンザ薬は日本中で品薄状態になっているありさま。このあたりの話はまた後日、お伝えしたいと思います。

2003.1.15(水)

◇インフルエンザによる死亡(1)

昨日もインフルエンザの話題でしたが、今日届いたメールによると、県内で小学生がインフルエンザで亡くなったそうです(県内の小児科医によるMLから)。インフルエンザの発症から30数時間での出来事だったんだそうです。脳症だったのかどうか、はっきりしたことは分かりませんが、なんとも痛ましいことです(ちなみにワクチン接種は受けていませんでした)。

今日も寒さが厳しく、こんなお天気が続くとインフルエンザ流行がぐっと勢いづいてくるのではないかと心配です。どうぞお気をつけ下さい。

インフルエンザの患者さんを診ていると、中にはワクチン接種を受けているのにかかっている子もいます。「予防のためにワクチンを!」とお話をしている手前、申し訳ないような気持ちにもなります。今の注射によるワクチンでは、予防効果が完全ではないことも、また事実です。

インフルエンザはウイルスが鼻や喉の粘膜についた(感染)あと、その場で増殖し、発熱・悪寒・倦怠感などの全身症状をおこします。そのため、感染から症状が出るまでの時間が数時間〜2日程度と非常に短いのが特徴です(他の感染症では、多くは血液中でウイルスが増殖してから発症するので、潜伏期はもっと長いです。例えばはしかは約10日、水ぼうそうは約14日、おたふくかぜは2〜3週間など)。

現在行っている注射のワクチンでは「血液中に」免疫ができるので、インフルエンザの症状を悪化させることを防いでくれることは期待ができるのですが、粘膜の免疫は作らないので感染を完全に防ぐことは必ずしもできないようです。もし粘膜に免疫を作ってくれるワクチンがあったら・・もっと確実にインフルエンザを予防してくれることでしょう。

今研究中のものでは鼻にさすワクチンがあります。良いワクチンなら早く実用化されるといいですね。もしそうなると、年末恒例のワクチン注射風景がガラッと変わって、鼻にシュッと吹きかけるだけですみます。子どもたちの泣き声も聞かれなくなりそうですし、そのために小児科嫌いにならなくてすみそうですよ(^^)

2003.1.14(火)

◇インフルエンザについて朝日新聞に掲載

今日の「朝日新聞」新潟県版に「インフルエンザ、早期発見と情報収集が大切」とする私へのインタビューが掲載されています。どうぞお読みになって下さい。以下はその抜粋です。

インフルエンザ、早期発見と情報収集が大切

 ◇インフルエンザに対する心構えは?

 「まずは『単なる子どもの風邪』と軽く考えないこと。高齢者や妊娠中の女性、体の弱い子どもなどの危険度が非常に高い。1シーズン中にもA香港、Aソ連、B型と、3種類のウイルスが毎年のように流行する。高齢者には11月からの予防接種を呼びかけているが、今からでも混合ワクチンの予防接種により発生を防ぐことが大切です」

 ◇インフルエンザの恐ろしさは?

 「普通の風邪と違い、数時間で激しい寒気や突然の高熱などに襲われるのが特徴だ。朝は元気に家を出たのに昼には40度の熱が出て動けなくなることがよくある。特に乳幼児の場合、ウイルスから脳炎や脳症が発生することがある。いたって元気だった子がわずか数日以内に死亡することもあり、全国では毎年100〜200人の子どもが命を失っている」

 「高齢者は肺炎などを併発して死亡するケースが多い。『超過死亡』といってインフルエンザが大流行した年には、病気の人や体力の弱い高齢者の死亡者数が一気に増加するというデータがある。インフルエンザは『お年寄りの最後の灯火(ともしび)を一気に吹き消す』とも言われている」

 ◇日ごろから心がけることは?

 「規則正しい生活や手洗いやうがいの励行といった一般的な風邪予防策はもちろんだが、早期発見と情報収集が重要だ」

 「早期発見については、インフルエンザの特徴である急な高熱などに『ただごとではない』と気づき、かかりつけの病院ですぐ受診すること。特に子どもの場合、保護者が日ごろから様子をよく見ているかが大切になる。情報収集では、保育園や学校、職場といった団体ごとや住んでいる地域ごとの発生状況をキャッチすること。今では地域情報はインターネットでも収集できる。それだけでも予防や早期発見の効果は大きい」

 「インフルエンザの本格的な流行シーズンは例年では1月下旬ころからだが、この冬は発生が早い傾向にある。休みが終わって集団生活が始まり、しばらくして一気に流行する可能性がある。決して甘く見ないでください」

昨年末にインタビューを受けていたものがこのような形で活字になりました。いっぱいしゃべりまくっていたのに、分かりやすく上手にまとめていただき、感謝しています。さすがプロの記者です。

朝日新聞というと、かつては「ワクチン不要論」を唱える有名小児科医の論文を掲載し、心ある小児科医の怒りを買ったこともありました。数年前のそんな出来事がもうずいぶんと前のことのようにも思われます。時代は確実に変わったということでしょう。

今日は連休明けで患者さんで混み合っていましたが、やはりインフルエンザもそうとう増えてきているという印象です。そろそろ本格的な流行が襲ってきそう・・ しっかりと準備をしておきたいと思います。

2003.1.13(月)

◇小児救急をどうすればいいでしょう

今日は成人の日。以前は小正月にあたる15日だったわけで、まだ馴染めない祝日です(もっとも祝日の意味合いも分からず、ときには何の日だったかも知らずに休んでいることもありますが)。「ハッピー・マンデー」とは誰がつけた名前なんでしょう。外来をしていると、連休になるのは患者さんにとっても迷惑ですし、休み明けの診療が大変なんですよ。明日もきっと混雑するだろうな(*_*)

先日「小児科医が足りない」話を書きました。その続きです。マスコミもこの問題に積極的です。先週のNHK「クローズ・アップ現代」でも取り上げられましたので、見られた方も多いことでしょう。昨年9月岩手県でおきた事件--当時たしか生後8か月の赤ちゃん(らいちゃん)が、夜間具合が悪くなったけれど、小児科医による診療を受けられず、朝方亡くなってしまったというものです。小児の救急医療の体制作りが、今国をあげての急務になっています。

この番組の中では、いくつかの試みが紹介されていました。ある程度、小児科のある病院が整っている地域では、それらの間で「輪番制」が組めることになります。しかし実際にはそれぞれの病院での小児科医の数や診療内容・体制は違いますし、単純に割り振るだけでスムーズに機能するわけではありません。厚生労働省が「小児救急の体制が整っている」と見なしているのは、この輪番制が組めていることを言っていますが、内容の検討はされていません。形だけのシステム、いわば「机上の仕組み」になってしまっていないか、心配です(もっともそんな体制すらつくれない地域が日本の2/3を占めていますが)。

内科医の協力も求めて、夜間は開業医がとりあえず急患を診て、そこから重症な子どもを病院の小児科に紹介するというシステムを作ったところもありました。これまで病院の小児科に、程度の軽い子どもの急患が集中していたため、より重症な患者さんに対応できなくなったために考えられたものです。しかし、一次救急を担う開業医は1週間に1〜2回夜間の診療を行うわけで、その負担の大きさは想像にあまりあります。あまり無理をすると長続きしませんし、大変すぎる様子を見ていると新しい小児科開業医が現れないかもしれないと心配です。緊急避難的な処置ということでしょう。

この他にもいろんな形が考えられます。その地域の特殊性、とくに小児科医や小児科の充足度によってずいぶんと変わってきます。日本中が同じということはないでしょう。それぞれの地域で模索していく必要があります。小児科医が中心になって、智恵を出し合い、子どもたちの救急医療体制が整うよう、議論を始める時が来ています。

ところで、先のTVで気になることが2点ほど。らいちゃんは昼間、小児科開業医を受診しています。すでに昼間から具合が悪かったようです。詳しいことが分からないままコメントするのは問題があるかもしれませんが、昼間にある程度状態が改善されていたら夜間に急変することはなかったかも。あるいは、容態が悪かったのなら、昼間のうちに病院に入院させてもらうことも必要だったのかもしれません。そして、時間外の連絡がとれなかったことも引っかかります。

もう1点は、夜間に受けた治療の内容です。小児科医に連絡がとれないために当直の眼科医が注射をしてくれたということです。脱水の改善のためにブドウ糖液を注射したということですが、通常は血液と同じ濃さの「5%」を使います。ですが、TVには「20%」と写っていたように見えるのですが・・ もしそうだとしたら、脱水の治療にはそぐわないことになります。こういったことが起きてしまう(事実を確認しているわけではないので断定するわけにはいきませんが)のは、とくに幼弱な乳幼児は小児科医が直接診る必要があるということなんだと思います。

こんなことを書いて、「ではお前はちゃんとできているのか!?」と言われてしまいそうです。自分が完璧にはできていないのは承知しています。でも、やはり今のままの体制では、子どもたちに申し訳ないとも思っています。自戒の念をこめて、あえて書いた次第です。

さあ、明日は連休明けの外来。具合の悪いまま、そして不安な気持ちを抱いたまま連休を過ごされた方も多かったと思います。しっかりとした診療ができるよう、心して仕事をしたいと思います。

【お知らせ】明日(14日)の朝日新聞・新潟県版に、インフルエンザの予防・対処などについての記事が掲載されるとのことです。先に私が取材を受け、それを記者の方がまとめたものです。県内の方、どうぞご覧になって下さい。

2003.1.10(金)

◇小児科医はどうして足りないんでしょう?

このところ、小児医療の体勢、中でも小児救急のことが問題にされています。子どもたちを診る小児科医が少なくなっていて、夜間などの救急に十分対応できていないというものです。私も小児科医の一人として、心を痛めている問題です。

「小児科医が少なくなった」というのは必ずしも正しくありません。ある統計では小児科医の数は横這いなんだそうです。「少子化」で子どもの数が少なくなっているわけですから、それだけで単純に計算すれば「相対的に小児科医は増えている」ことにもなりますが、もちろんそんな実感は誰にもないでしょう。数は減っていないのに、小児科医の不足がとくに最近指摘されているのはどうしてなんでしょうか?

それは、医療の専門化に大いに関係があります。医療が高度に発展する中で、医療と医師の専門分化はどんどん進んでいます。内科であれば循環器、呼吸器、神経、血液、消化器、内分泌代謝、アレルギー・・などとどんどん細分化され、それぞれの専門医になるのが当たり前になっています。患者さんを丸ごと全てを診るという意味での「内科医」は、もう死語になりつつあるようです。小児診療についても同様で、以前であれば内科医がある程度子どもの診療もしていたわけですが、最近はそうではなくなってきています。

私が開業して12年半が経ちますが、その当時、当地(上越市、人口約13万人)で小児科医として開業していたのはお二人だけでした。お一人の方はややご高齢でしたし、もうお一人の方は私よりも1年ほど前に開業したばかり。それまでは、小児科を診ていたのは内科や産婦人科の先生方でした。今は6名の開業小児科医がいるのですが、それぞれ忙しく小児診療に携わっています。この間、全国的な傾向と同じく当地でも少子化は進行していますので、他の科の先生方は次第に小児診療から遠ざかっているということになります。いや、本来にご自分の専門の診療に専念できるようになったというべきかもしれません。

親御さんにも、小児科医に子どもの診療をしてもらいたいという期待も強くなっているのだと思います。「少子化」のために一家庭で育てるお子さんの数は少なくなり、その分、思いも実際の労力やお金も、少ないお子さんに集中して「投下」されるようになっています。病気で具合の悪いときに、できれば小児科医の診察を希望するというのは、自然のことです。

小児科医の立場からすると、小児科は労力ばかりかかって「収入」にならないとされています。採算がとれないことから、小児科をやめてしまう病院も増えています。そうなると、残った小児科、そして小児科医の負担がますます強くなり、その裏返してとして小児科を志望する若い医師が少なくなるという悪循環もおきています。

どこをどうすれば解決に結びつくのか分かりません。まずは、今子育てをしている親御さん方の不満を解消することが、緊急に求められている目前の課題です。臨時的には今の小児科医がもっと時間外などの小児科が手不足になっている部分もカバーすべきでしょう。でも・・あまりそのことが過重な負担になるようですと、中長期的には、疲れ切って「燃え尽き症候群」になり、リタイアしていく小児科医が増え、さらに小児科医の不足を決定的にしてしまうかもしれません。

さあ、どこをどうしていけばいいんでしょうか。難しいです。この問題、しばらく考えてみたいと思います。

2003.1.9(木)

◇寒い朝でした

日中はとても良いお天気になりました。時折差し込む日差しがまぶしいほど。雪国にとっては貴重な太陽の恵みですが、残念なことにそのまま室内に入り込むと仕事のジャマになるので、ブラインドやカーテンを閉めてしまいます。まぶしいだけではなく、直射日光は薬品を変質させることもあるので、私たちにとっては大敵。穴蔵までは行きませんが、あまり明るすぎないほうが良いようです。どうも性格がネクラになってきてのは、そんな生活が続いているかもしれませんね。

今朝は冷え込みが厳しく、あちこちで道路が凍っていました。医院に3つある室外給湯器の1台も凍り付いてしまいました。年に何回もあることではなく、このシーズン初めてです。もっとも気温の上昇にともなって午前中には復旧していましたが。

ちなみに給湯器を数えてみると、室外には4台、室内には2台。この他に、全館換気装置に連結していて、外気を室内に入れる前に熱を付加する専用のボイラーが3台あります。しめて全部で9台・・たかが1軒の小児科医院でどうしてこんなにいるんでしょうね(?_?)

昨年末から行っていた駐車場の融雪用井戸の設置が今日全部終了しました。今回は医院の向かい側で、医院から離れているので、「降雪センサー」をつけてみました。雪が降ったりしている時だけ、スイッチが入るという物です。これで夜中から雪が降り始めても、器械がそれを関知して、自動で消雪ポンプを稼働させてくれます。ずいぶんと便利なものが出来ているんですね。もっとも・・しばらくは雪が降りそうにないので、その「真価」が分かるのはまだ先になります。早く雪が降ってほしいような気分でもいます。

医院の駐車場の半分以上は消雪装置がついたことになります。これで井戸は4本目。どうしてこんなに必要なのか、不思議です。雪のない地方ならいっさいかからない経費。損ばっかりしているような気持ちになってしまいます。雪国での生活や仕事に、特別な税金の優遇策などはないものでしょうか。

2003.1.8(水)

◇わたぼうし病児保育室が医療雑誌に紹介されました

「日経ヘルスケア21」という、医者向けの月刊誌がありますが、その新年号に当院の「わたぼうし病児保育室」が紹介されました。先月、記者の方が東京からわざわざ取材にこれらました。実際の保育の様子を見てもらい(紙面ではカラー写真で紹介されています)、1時間ほど病児保育を始めるまでの経過、現状、そして今後の課題などについて、お話をしました。それらがよくまとめられていて、とても嬉しいです。以下にその記事を紹介しますので、お読みいただければ幸いです。

塚田こども医院(新潟県上越市) 単独事業として医院2階で病児を預かる

 働く母親に代わって病気の幼児を預かる病児保育は、「乳幼児健康支援一時預り事業」として国や県、市町村の補助事業として行われるのが一般的だ。ところが、2001年6月にオープンした塚田こども医院の「わたぼうし病児保育室」は、補助を受けずに運営している。単独事業での実施に踏み切ったのは、「病児保育は小児科医の使命だと思い以前からやりたかったのだが、市が公的な医療機関に委託する方針だっため独自でやるしかなかった」(院長の塚田次郎氏)からだ。
 保育室があるのは医院の2階で、元自宅だったスペースを250万円ほどで改装した。原則、同医院に通院したことのある病児が対象で、急性疾患を持つ場合でもはしかを除いて可能な限り対応する。利用する上では、まず会員登録を行い(会費は月額200円)、実際に利用する際には1日2000円を支払う。保育時間は、月〜金曜日の午前8時半から午後5時半まで。保育室には保育士2人が常勤している。
 利用定員は4人だが、ロコミなどで利用者数は伸び、2002年11月の実績だと1日平均3.8人。当日受付のため4人を超えるときは医院の看護師らが手伝う形になっているが、これ以上増えると対応が難しい。また、現在の利用料では、毎日4人の利用者があったとしても保育士の人件費などで年間数百万円の持ち出しになる。
 塚田氏は、「行政からの補助は受けたいが、半面、このままでもいいかなとの思いもある」と話す。補助事業だと、運営上の自由度が制限される恐れがあるからだ。「コストには目をつぶって、自分が思うやり方で続けていく方が利用者のためにもなるのでは」(同氏)とも考えている。
    (日経BP社「日経ヘルスケア21」2003年1月号より)

この記事は、特集「こうすれば患者は集まる! 明日から実践できる17の集患アイデア」の中の一つとして書かれたものです。しかし、私が病児保育を始めたのは「患者さんを集める」ためではありません。結果として今後そうなってくるかもしれませんし、そうなればなったで喜ばしいことです。でも、単純に「患者さんを増やそう」という目先のことだけでは、とてもできることでありません。記事の中にもあるように、「補助を受けずに行うこと」の意味合いも、けっして否定的なものではなく、むしろ「わたぼうし病児保育室」の運営理念の大きなバックボーンになっています。

そんな意味で、この特集の中で取り上げられる性格のものではないようにも思います。なによりも、「明日から始められる」などということは絶対に!ありません。それなりの心意気がなければできないこと。もちろん、もっともっと広がって、日本中のどこにいっても「わたぼうし」のような病児保育が行われるようになることを祈っていますが、そこまでに至るには、まだまだ越えなければいけないハードルは、そうとう高くて大きいものがありそうです。

2003.1.7(火)

◇明日から主婦のお正月?

当地では今日で冬休みが終わり、明日から3学期の始まる学校が多いようです。約2週間の休みでしたが、クリスマス、大晦日、お正月・・いろんな行事も多かったですし、ついテレビを夜遅くまで見てしまうこともあったでしょうね。うちの子どもたちを見ていても、夜・昼逆転の生活をしていましたし、食事のリズムや内容も、かなりいい加減・・ 明日から普通の生活に戻るんでしょうか。

それでもしっかりと戻って欲しいと思っているのは、世のお母さん方でしょうね。このお正月、普段は家にいない子どもたちと夫がいたから(*_*) 「おせち料理」は、お正月の三が日に主婦が家事をしなくていいように年末に作っておくもの。でも、我が家では元旦から子どもたちに見向きもされず、大人が食べているだけ。子どもたちはいつもと同じような物がいいんですね。どこの家庭でも、似たような事情があることでしょう。結局主婦はお正月も普通に家のことをする羽目に。

明日から学校。やっと主婦にとってのお正月がちょっとだけやってきそうです。お疲れさま! ・・でもこの週末は3連休・・悪夢の再来にはならないことをお祈りいたしております。

2003.1.6(月)

◇雪かきサンデー

一昨日夜に始まった大雪、昨日の朝は町をすっぽりと白くおおっていました。起きて窓のカーテンを開けたら50センチほど積もっていてビックリ。一晩でこんなに降るのも久しぶりです。

昨日は日曜だったのが幸いだったようです。これが平日で、さらに3学期も始まっていれば、通勤・通学もさぞ大変だったでしょう。家の雪かきも、朝早く起きてする必要がありませんでした。ちなみに、昨日は雪かきに追われていました。午前中は自宅の周り、午後は実家にも行って多少除雪。夕方は医院に出かけ、除雪の確認(業者にブルでしてもらっています)、そして消雪ポンプの稼働・・ 雪のない地方の方には考えられないような生活でしたよ。

ここ上越市は、元の高田市と直江津市が20数年前に合併してできたところ。私の住んでいる高田は、日本で有数の豪雪地帯として有名でした。江戸時代の書物には「この雪の下に高田あり」と表札が立っていたという話が残っているそうです(北越雪譜=ほくえつせっぷ=)。

私が小さいとき(昭和30年代)もよく雪が降りました。一冬で5メートル、6メートルなんてのも記憶にあります。町中に住んでいましたが、道路を隔てた隣の家に行くのに、高さ2〜3メートルの雪の壁をよじ登ったり、トンネルを作って行き来していたり。家の1階は雪で閉ざされて窓は真っ暗、出入りも出来ず、2階の窓を玄関代わりに使ったことも。雪がなければ頭の上を通っている電線をまたいで歩いたこともありました。

どうしたことか、ここ10年ほどはそこまでは雪は降らなくなりました。というより、ほとんど降らなくなったと言ってもいいでしょう。「少子化」ならぬ「少雪化」が進行しています。地球温暖化の影響なのでしょうか。

雪国の人間にとって、雪はできれば降らないに越したことはありません。でも、雪のお陰で春から夏の水が豊富になるわけですし、全然降らないとまた困りものです。ここ数年は雪が少なかったためスキー場は大変だったそうです。やはりホドホドには降って下さいね。

2003.1.4(土)

◇今日は仕事始め

年が明け、2003年(平成15年)になりました。今年もまたよろしくお願いします。今日はその仕事始め。年末年始は曜日の関係からわりと長いお休みになり、その間に熱をだしたり、インフルエンザにかかったりしている子どもたちも少なくなく、さぞ大変だったことでしょう。今日は午前診療だけですし、明日はまた日曜でお休み。市内の多くの病院の外来は月曜からの診療になることもあって、やはり混み合っていました。具合が悪いのに待ち時間がなり、申し訳なかったです。お疲れ様でした。

インフルエンザが次第に広がってきているようです。一家全員で発熱しているご家庭もおられました。実家に帰省しているが、おばあちゃんからもらったというお子さんもおられました。みな早めに手当ができたので、この週末でしっかりと良くなってくれるのではないかと思います。

昨年末・・といっても12月30日のことですから、数日前のことなのですが、朝日新聞の方が取材にみえられました。インフルエンザについて記事にしたいということで、たっぷりお話をいたしました。今月のはやいうちに「新潟県版」に掲載されるということなので、どんな風にまとまるか楽しみです(あんまり話をしたので、まとまらないかも・・)。寒波がきたり、3学期が始まったりと、きっとインフルエンザが流行り始めているよころだと思いますので、タイムリーな記事になりそうです。

3時間半ほどお話ししていたのですが、半分近くは「生き方」みたいな話になっていました。インフルエンザの問題を通して、小児科医としてどう考え、行動してきたか、などということにも力が入っていました。何しろ「朝日新聞」というと、インフルエンザ予防接種を巡って、「超有名な小児科医」=毛利子来(たねき)氏と紙面で「論争」したことがかつてありました(と言っても、向こうは自説を並べて、私がそれに応じて投書したというだけのことですが)。それが1999年のこと。彼の「ワクチン不要論」は、今では少しずつ影響力を失ってきています。私の投書が果たした役割はほとんど無に等しいとは思いますが、でも、大きな方向が決して間違っていなかったことを確認でき、嬉しい気持ちです。

さあ、今年はどんな年になるでしょう。あるいは、したいでしょうか? 「鉄腕アトム」が生まれたという年、きっと子どもたちに勇気と希望があふれんばかりに与えられることでしょう!(というより、そうなって欲しいです!) 子どもたちがより愛され、大切にされる社会に一歩でも近づくように祈っています。

最後に一句・・

お正月
日増しにズボンが
きつくなり

お粗末さまでした。

【参考】「流感の予防に国は積極策を」 「朝日新聞」声欄に投稿し、掲載されたものです。(1999年12月4日掲載)

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