塚田こども医院

日 誌 2003年3月  月別の索引

2003.3.31(月)

◇「休み明け+月末+年末=超多忙」

今日で3月も終わりです。「月末+年度末」ということで、このところいろんな仕事が入り乱れています。一番は「わたぼうし病児保育室」の会員登録の更新。年度単位でお願いしていますが、昨年はまだ数十人だった会員が、今では200名近くになっていますので、ずいぶんと「成長」したものだと関心もしています。実際のところ、昨年秋からはほぼ「満員御礼」の状態が続いていますので、うれしい悲鳴を上げています。

また新年度になって、新しい子どもたちと出会えることになるでしょう。けっして子どもたちが病気になることを望んでいるわけではありませんが、でも、子どもにとっては病気をすることは当たり前。少し長い目で見れば、なにがしかの病気でお休みをしています。病気をしながら、元気に成長していくのが、むしろ自然の姿。そんな「もしもの時」にいつでもお役に立てるようにと、私たちも準備をしていますし、親御さんも心構えをしていていただければと思います。

このところ、春を感じることが多くなりました。というより、もうすっかり春なんですね。家の近くの公園でも、お花見の準備が進んでいます。あと1週間ほどで当地の桜も咲き出しそうです。テレビでは、東京ではもうお花見が始まっている様子が映し出されていました。明日からは4月。新しい年度のスタートです。当院にも新入職員がやってきます。また新しい出会いを楽しみにしています!

昨日、このHPへのアクセスが80,000件を超えました。70,000件になったのが今年1月28日。約2か月で1万件のアップで、このところ1日平均164件のアクセスをしていただいていることになります。ありがとうございます。

2003.3.28(金)

◇私にとっての「卒園」

今週は保育園の卒園式が続いています。当地ではまだインフルエンザが流行していて、卒園児の中でもかかっている子が少なくありません。「6歳」の子が具合を悪くして来院されると、心配になってしまいます。必ず「卒園式はいつ?」と聞き、できるだけ参加できるように治療のスケジュールを組んでいます。いわば「オーダー・メード医療」。子どもたちにとっても、親御さんにとっても、卒園式という晴れの舞台、そして大切な区切りの行事を欠席するなんて、可哀想ですものね。

ある園では年長さんの半分近くが卒園式の数日前からインフルエンザにかかって欠席。でも、当院に来られている子どもたちはみな卒園式には出られたようです。まずは良かったです。

私自身が保育園の卒園式に出たのは、下の娘が卒園の時ですので、もう10年ほども前のこと。正確には卒園式そのものは土曜の午前中だったので出られず、お昼からの「謝恩会」に出させてもらいました。これが最後の保育園だと思って、ギターを持ち込み、弾き語りを1曲。そして、卒園児たちと一緒にもう1曲歌わせてもらいました。保育園の先生方に協力していただき、CDであらかじめ勉強をしていてもらい、私も1回練習に行きました。けっこう力が入っていたようです。

子どもたちと一緒に歌ったのはトラや帽子店の「♪世界中の子どもたち」(作詞=新沢としひこ、作曲=中川ひろたか)。

世界中の こどもたちが いちどに 笑ったら / 空も 笑うだろう ラララ 海も 笑うだろう
世界中の こどもたちが いちどに 泣いたら / 空も 泣くだろう ラララ 海も 泣くだろう
ひろげよう ぼくらの夢を とどけよう ぼくらの声を / さかせよう ぼくらの花を 世界に 虹をかけよう
世界中の こどもたちが いちどに 歌ったら / 空も 笑うだろう ラララ 海も 歌うだろう

なかなかイイ曲でしょ。ネクラの私には似合わないという話もありますが、でも、なぜか私の持ち歌になっていてときどき歌っています。

それにしても数十人の子どもたちと一緒に歌えたのは、保育園の最高の思い出でした。あの時、私も保育園を「卒園」できた気持ちがしました。

2003.3.26(水)

◇保育室は特等席

今日もこちらはとても良いお天気。朝は暖房を入れていましたが、午前中の途中からは暑いくらいに。いかにも春らしい陽気でした。午後は市の健診に出かけてきましたが、行き帰りの車は久しぶりに窓を開け、外の空気を入れながら走っていました。もし花粉症があれば、そんなこともできないので、花粉症の方にとってはうらめしいお天気なんでしょうね。

医院の向かいの家を建て替えるようで、今日は重機が入っての解体作業をしていました。大きなユンボが屋根や壁などを鷲掴みにし、細かくちぎりながら、大型ダンプの荷台に移していきます。その様子が、当院の2階で行っている「わたぼうし病児保育室」から良く見えます。今日利用していた男の子は、興奮しながらじっと眺めていました。

やっぱり男の子ですね。「らしさ」を強要してはいけないといいますが、でも、やっぱり男の子は動く物、特に自動車や電車が大好きです。私も小さい頃そうでした。中でも、こんな「お仕事をする車」はなかなかじっくり見られないもの。保育室に一日いると、力の有り余っている男の子にとってはしんどいのですが、今日は本当に良かったです。保育室は、今日は特等席でした。

2003.3.24(月)

◇「子育て支援は母親支援」

先日、地元で活動している子育てグループがNPO(非営利法人)の認証を受け、それを記念しての講演会がありました。神奈川県で子育て支援について精力的にお仕事をされている菅井正彦さんをお迎えしてお話をお聞きすることができました。私もその「前座」で、わたぼうし病児保育室を始めるに至った経過やこれまでの成果、そして今後の課題などをお話しました。

菅井さんは(財)神奈川県児童医療福祉財団 小児医療相談センターの子育て事業部部長をされています。自分自身がこの事業を始めた当初は「子育てに支援が必要だなんて想像もしていなかった」そうです。しかし、実際にお母さん方のお話をお聞きに、事業を進めていく中で、「子育て支援は母親支援」と考えるにいたっているそうです。お話の中ででてくるいろんなエピソードに、心打たれながらお聞きしました。

その内容は、いずれご紹介できるかと思いますが、私が魅せられたのはその穏和なお人柄と、それに反しての強い意志と行動力です。お役人を相手に内容のある、そして心のこもった事業を展開してきています。これはとても大変なことです。私も「元公務員」ですし、お役人を相手にするとき、どれほどつまらないところでエネルギーが消耗されるか、よく分かっています。私はつい投げ出してしまうことが多いのですが、菅井さんのお話をお聞きし、見習わなければいけないなと思った次第です。

私の話は、いつもあちこちでしています。最近では、新潟県医師会の会報にも同様の内容で執筆しました。このHPにアップしましたので、どうぞお読みになって下さい。

「私の子育て支援--私設病児保育室の実践--」

2003.3.20(木)

◇二つの疑問

とうとう戦争が始まってしまいました。アメリカがイラクへの攻撃に踏み切りました。まだ限定的のようですが、これからいったいどうなるんだろうと思うと、不安でいっぱいです。

不可思議に思うことがあります。イラクが大量破壊兵器の廃棄に応じないからというのが「大義名分」。しかし、最も強大な大量破壊兵器は核爆弾です。それも世界で最も多くもっているのは、アメリカ自身です。アメリカはその核兵器を廃棄する方向で動いているのでしょうか。他国に要求するためには、自分自身がそれを真っ先に実践すべきでしょう。

もう一点。小泉総理大臣は、今回のアメリカの行動を擁護し、それを合理化しています。しかし、日本の憲法には武力で国際紛争を解決してはいけないと書かれています。国の最高責任者が憲法の精神に完全に反することをしていいのでしょうか。

戦争という圧倒的な暴力で他国を支配したり、政府を転覆しようとすることが、21世紀の国際秩序として認められるのかという大きな疑問があります。何よりも、戦争によって犠牲になるのは職業的な兵士だけではありません。一般の市民、なかんずく子どもたちが標的になっていることを思うと、胸が痛みます。

本当に戦争を避けることはできなかったのでしょうか? そして、一日も早く戦争が終わり、平和が訪れることを祈っています。

2003.3.18(火)

◇車>犬>人?

このところ、また小児科外来は混雑しています。というより混乱(カオス)といった状態かも。B型インフルエンザがそうとう多く、今までは少な目だった嘔吐下痢症や水ぼうそう(水痘)、あるいは普通の風邪なども増えてきています。まだまだ小児科には「春」は遠いようです。

閑話休題。ここ数日、我が家の愛犬をペットホテルに預かってもらっています。私以外の家族が「卒業旅行」で不在になっているからです。医院の近くに懇意にしている獣医さんがおられます(私の同級生なので、気軽にいろんなことを頼んでいます)。朝、犬を連れて出勤、夕方は迎えに行ってから帰ります。何だか「子連れ出勤」をしているよう。

子どもが小さいときは、いろんな用があると一緒に外出や通勤をしていました。もう何年も前からそんなことをしなくてもいいように、子どもたちが大きくなってくれました。その頃を思い出したりもしています。

数日預けっぱなしにするという選択肢もあったのですが、でも夜一人でいるのは寂しいので、ワンちゃんと一緒にいます。近くにいるだけで、心が落ち着くものですね。元来寂しがり屋なので、ペットに癒され、慰められているような感じです。

ちなみに1日の料金は・・当院の「わたぼうし病児保育室」の利用料よりも高いんです!(ちなみにわたぼうし病児保育室は1日2,000円) 駐車場でも1時間数百円も珍しくありませんから、うちが安すぎるのかもしれませんが(T_T)

先日、上越市議会で「わたぼうし病児保育室」が取り上げられたとか。市で行っている2か所の「病後児保育室」の利用状況が低迷しているのに、わたぼうし病児保育室は盛況。でもわたぼうしには市が1円の補助もしていないのはどんなものか、という内容だそうです。議事録等で直接確認したわけではありませんが、伝聞では、市側は今後どうしていくかというハッキリした話をしなかったそうです。

でも、そんなことも議題に上るようになったんですね。わたぼうし病児保育室が「市民権」を得るのは、そう遠くではなさそうです!

2003.3.15(土)

◇崔さんと細川さん

今日はソプラノ歌手=崔 岩光(サイ・イエングアン)さんのリサイタルがありました。期待に違(たが)わず、やっぱり感動を与えていただきました。ありがとうございました。東京を始め、全国、そして海外での公演が目白押しでスケジュールがとてもきついところを、いつも無理をして来ていただいています。嬉しいことです。

今日はもう一つ嬉しいことがありました。今年の5月5日、東京で「世界の子どもにワクチンを」へのチャリティー・コンサートを崔さんがされるというのです。この運動には当院もずっと協力しています。1回の予防接種を受けると100円寄付しているのですが、それがもう7、8年続き、これまでの総額は300万円を超えています。

会の代表をされている細川佳世子さんは元首相の奥様でいらっしゃいますが、新潟に講演に来られたときなどにお会いしたこともあり、懇意にしていただいています。障害者へのボランティア活動にも熱心でおられ、昨年は映画「エイブル」を完成。各地での自主上映での舞台挨拶に新潟市や長野市に来られていましたが、いずれも仕事があって行くことができませんでした(直接お電話をいただいているのに、失礼しました)。

今回は崔さんの歌と細川さんの活動が見事に一体になっています! これは行かないわけにはいきませんね。GWの最終日、私にとってもとても意味の深いイベント----今からとても楽しみです。

崔 岩光さんの公式HP
「世界の子どもにワクチンを」日本委員会の公式HP

【参考】5月5日14:00 東京 アジアの子どもたちを感染症から守るチャリティコンサート
出演:サイ・イエングアン、市川市児童合唱団、すみだ少年少女合唱団、東調布第三小学校合唱団、コールプリマ合唱団、すみだ合唱団有志他
演奏:神田将、小森瑞香 
東京文化会館大ホール
090-8811-1061

2003.3.14(金)

◇あすはソプラノ・リサイタル

崔 岩光(サイ・イエングアン)さんというソプラノ歌手をご存じですか? 「アジアの歌姫」と呼ばれ、中国のご出身。今は日本を中心にし、世界で活躍中の方です。縁があって、当地(新潟県上越市)で毎年のようにリサイタルをしていだたいています。

彼女が日本でデビューしたのが10数年前。まだあまり名前が知られていない時に上越でコンサートを開くことができました。彼女の歌声をお聴きしたとき、鳥肌だってことを今でも鮮明に憶えています。そのあまりの感動に、そのあと何度も上越に来ていただいていますし、私が地元の後援会組織(サイ・イエングアン新潟ソサエティー)の代表もしています。

彼女は普通のソプラノよりも更に上の音を、転がるようにして歌う「コロラトゥーラ」という歌い方をします。これが完璧にできるのは、世界で数人と言われ、おそらく崔さんが最高なんだと思っています。持ち歌の代表はモーツアルトの歌劇「魔笛」です。これは彼女の右に出る人はいないでしょう。

私が最も好きなのは「愛する小鳥よ」です。これは国連の「地球環境を守る日」を記念し、彼女のために作られた曲。歌えるのは崔さんだけというわけです。これを聴きたいために、いつもリサイタルに出かけていくといっても過言ではありません。

ちなみにこの曲を気にいったセイコー社の服部社長は、自社のオルゴール付き時計にこの曲を採用し、特別に「崔 岩光記念モデル」を作製しました。当地では数台が売れたそうですが、そのうちの2台が私の医院と自宅にあり、毎正時「愛する小鳥よ」を奏でています。

そんな崔さんのリサイタルが明日(15日)当地でまた行われます。午後2時よりリージョンプラザ上越コンサートホールにて(大人3,000円、学生2,000円、当日は各500円増)。直前になってしまいましたが、よろしかったらお出で下さい。本当の【感動】が待っています!

2003.3.12(水)

◇謝恩会でも涙

このところ、娘の中学卒業を巡ってもろもろのことが続いています。今日は「謝恩会」。お世話になった先生方を子どもたちと親たりからの謝意を伝える会です。もう先生方にお会いする機会もないだろうということで、私も出席してきました。

市内の婚礼などを行う大きな割烹で、お金をかけて行われました。合唱の得意な学校だけあって、最後には全員合唱も聴かせてくれました(我が娘がピアノの伴奏をしたのがまた嬉しかったです←超個人的な感想でスミマセン)。担任の先生方にも直接お礼を述べることができましたので、最後のけじめにもなりました。

でも残念だったのは、3年の1学期の担任をされた先生にお会いできなかったこと。この日誌でもお伝えしたことがありますが、夏休みの間に受けた心臓手術で、信じられないような合併症を起こし、亡くなってしまったことです。今日の午前は、担任だったクラスの子どもたち全員がおうちに出向いて、無事卒業できたことを霊前にご報告したとのことです。

その際、ご家族の方から手術前後の様子や、医療事故であるので今後の医療の向上を願って提訴することなどのお話がありました。とくに、手術後に容態が悪くなってから亡くなるまでの間、苦しくても最後まで頑張った先生のことを知っていてほしい、そして、人生の中でいろんなことがあっても最後まであきらめないで進んでいってほしいという話もされたのだそうです。

同行された先生から、謝恩会の冒頭にそんな話がありました。最近、とみに涙腺の弱くなっている私は、これを聞いただけでもうたまらくなりました。亡くなった先生の無念な思いが、また脳裏をよぎっていきました。

「謝恩会」というと、私は息子の小学校卒業の時のそれをすぐ思い出します。子どもたちがグループに分かれて何か出し物を披露します。息子たちの選んだのは「大喜利」。1か月ほど前から休日毎に私の家に集まったりして練習をしていました。私も気になっていたので様子を見たのですが、どうもピシっとしません。内容も今一だし、やり方もどうも。

そこで私も「台本書き」に加わりました。駄洒落は得意です! それに「演技指導」も。照れちゃったり、自分たちだけで笑い転げているので、セリフを最後まで大きな声で話すことなど、手取り足取り教えたのです。

そして本番。どうも息子のグループが一番の人気だったようです。TVで使われている音楽を流すと、ガヤガヤしていたみんなの視線が集中。そこで飛び出す小話は、けっこう受けていました。その中で、今でも憶えている「名作」を一つ。

司 会 :今日卒業した僕らとかけて・・
子どもA:「桜」ととく。
司 会 :その心は?
子どもA:これから咲きます!

なかなかきれいでしょ(^^) 卒業、春、桜などの主題が入っていて、旬です。聞いていた子どもも親も、おー!!とい反応でした。でも、その先にオチがまだあります。別な子が合いの手を入れるのです。

子どもB:すぐに散るなよ〜〜!!

これで場内はどーっと沸き上がり、拍手の嵐になった・・というのは、実は私が見てきたことではなく、家内からの報告でした。私は仕事を入れていたので、残念ながら直接には見ることができなかったのですが、でも、間接的に話を聞き、むしろ豊かに記憶することができています。え? そう、勝手にそう想像しているだけなのかも(*_*)

2003.3.11(火)

◇お疲れさまでした!

今日は当地での公立高校入学試験の日。我が家でも朝早くから起きて準備をしていました。季節はずれ(?)の雪にもなり、厳しいお天気に現実を感じていました(>__<) 帰ってからの様子を見ていると、それなりに最善を尽くして頑張ってきたのでしょう。あとは良い結果を待つだけです。受験生のみなさん、お疲れさまでした!

夕方はいつもより早く帰宅し、ある物を買いに出かけてきました。それは娘が以前から欲しかった物で、やっとあるお店で見つけました。さっそくそれを手にし、満足そう。親としては「よく頑張ったね!」と言葉だけですめば良かったのですが、子どもに押し切られたような恰好。なんともだらしない親ばかぶりです(^^)

まあ、今日はそれもいいでしょう。そうでなければ、親の気持ちがパンクしそうでしたから。発表は明後日。また胃が痛くなりそうな時間がきますよ(*_*)

2003.3.10(月)

◇ため息を拾い集める仕事

ここ数日の我が家はある種の緊張感が漂っています(*_*) といっても、あまり悲壮なものではないのですが。娘の高校入試まで秒読み段階。親にとっては3回目なので、慣れっこになっているのが、かえっていけないのかもしれません。本人にとっては初めての経験、緊張するなと言うほうがムリでしょう。

昨日はストレスも最高だったよう。大きな声を出したいのならいいよ、と言ったら、本当に叫んでいました。参考書を読みながら、時々ついているため息をひろうのが私の仕事! そんなことしかできないけれど、つらい気持ちを引き受けられるのは親しかいないでしょう。

小さい頃、転んで足を痛がっているとき「痛い痛いの、飛んでけ〜!」ってすると、泣きやんでくれますよね。麻酔をするわけではないのだから、痛みをいう感覚神経が受けている肉体的なストレスがなくなるわけでもありませんし、ましてケガが治るわけでもありません。でも、「痛み」と「痛みを感じている自分」を分けて考えたり、そんな自分を客観的にみることができるようになるのかもしれません(自分で書いていて、本当なのかと思っていますので、かなり理論的にはムリがあるかも)。あるいは、内在している「痛み」というストレスを自分の「外」に追い出すという「外在化」が自然にできるのかもしれません(これはちゃんとした精神発達の理論です)。

まあ、難しいことを並べなくても、つらいときはそれを他の人に伝え、受け止めてもらうだけで気持ちが楽になるもの。そんな時に「だから冬休みにもっと勉強しておけば良かったじゃない」「それなのにさっきはテレビを見てたでしょう・・」などと言ってしまうのは逆効果。そこはぐっとこらえるのが、親のつらいとこ。

でも、そう言わざるをえないのは、きっと親の気持ちがぱんぱんになって張り裂けそうだからでしょう。親になると、いろんなことを経験しますし、その一つひとつを通して「人間としての成長」を成し遂げていくものなんですね。

さあ、明日は本番。受験生の皆さん、これまでの努力が実るように祈っています!(もちろん我が子もそうであって欲しいと願っていますが)

2003.3.8(土)

◇「土曜休診」最後の思い出になりました

今日の第2土曜は月1回の土曜休診の日。そして、当院にとって最後の土曜休診の日になりました。来月からは他の土曜と同じく、第2土曜も診療することになったからです。

「週休2日制」が普及し、病院では土曜の外来をお休みすることが多くなりました。当院でもそれを受けて、これまで月に1回だけ土曜休診を設けていました。また、私も各種の学会や研修会に参加ために、この第2土曜休診を使ってきました。しかし、急性疾患の多い小児科医療の中では、できるだけ「連休」になるのは避けた方が良いわけで、もう一度見直すことになりました。それに伴う職員の配置やお休みの取り方などはもう少し調整が必要ですが、まずは来月から土曜も毎週診療をすることになった次第です。

そんな意味で、今日が最後の土曜休診になったというわけです。午前中は、娘の中学卒業式に出かけてきました。私が小児科医になってから生まれた子が、もうこんなになったのか、という感慨がありました。未熟児で生まれ、黄疸になったときも、私がブルーライトで治療したことが、今では懐かしいです。産科を退院していて自宅にいたのですが、私が出勤の時に病棟に連れていって、夕方まで看護婦さんに面倒をみてもらい、夕方連れて帰るという生活を数日しました。形式上は「入院と外泊」でしたが。

最近は手にしなくなったビデオ・カメラも1、2年ぶりにひっぱり出してきました。合唱の盛んな学校なので、卒業式で最後の歌声を披露してくれました。3曲続けて歌ってくれたのですが、子どもたちも親たちも涙がとまりませんでした。ビデオを回している私の手もふるえ、鼻水やら涙やらも拭くことができず、そのまま流れっぱなし。でも、娘がピアノ伴奏をしているので、最後までなんとか撮ることができました。本人にとって、親にとっても中学最後の素晴らしい思い出になりました。

午後は30分ほど離れた村の保育園で、保護者と保育士さんへの講演会もあり、休診のわりには疲れた一日でした。でも、「最後の土曜休診日」を目一杯有効に使わせていただきました。その点でも、良い思い出になりそうです。

2003.3.7(金)

◇デジタル保険請求記念日

開業医の仕事の一つに、毎月の保険請求があります。窓口で患者さんから受け取るのはその一部で、残りは月ごとにまとめて請求します。これはけっこう労力がかかる作業で、数人の事務員がかかりっきりになってやっとまとめています。

翌月の10日が締め切りで、支払はさらに翌月の20日頃になります(例えば2月の診療分は3月10日が請求締め切り、4月20日ころに支払)。もし1日でも請求が遅れると、審査は1か月遅れ、その結果支払は2月遅れになってしまいます(2月分が5月20日!)。請求から支払まで2か月近くもかかるのも、大いに問題だと思っています。「仕事」はすんでいますし、人件費や医療材料などはすでに支払が実行されているので、この間の「運転資金」は持ち出しです。いずれ入って来るお金ですが、支出が先で収入が2か月先では、ときに「資金ショート」になりかねません。現在の金融事情では、足りないときにすぐ貸してくれる保証はありませんし、融資によってつないでも、その間の利息もばかになりません。

アメリカでのことを調べたことがありますが、請求から支払まで3〜4週間程度だそうです。通常は「紙での請求」ですが、インターネット上でのオン・ライン請求では最短2週間で支払われるそうです。やっぱりこうこなくっちゃ! 今はスピードの時代。時代遅れのシステムを壊すのが「構造改革」のはずなのに、ちっとも変わりませんね。

日本での請求業務は、これまでは「紙のレセプト(明細書)」で行われていました。患者さんごとに一枚の紙に、昔は手書きで、今はコンピューターで打ち出しています。これでは事務効率が悪いです。病院でパソコンを使って請求をしているということは、「デジタル情報」として処理しているということです。それを紙を使うことで、わざわざ「アナログ情報」にしているので、その先に審査や支払も情報処理に時間と手間がかかっています。医療機関のデジタル情報をそのまま請求に使えば、紙に打ち出す必要もありませんし、支払側もデータ処理が格段に高率良くなります。

日本でも遅蒔きながらここ数年、デジタル情報のままの請求ができるようになりました。病医院でFD(フロッピー・ディスク)やMOに情報を書き込み、それを送ります。これまでの紙に打つ出したり、それを綴ったりする作業が不要になるため、医療機関の側ではそうとうメリットがあります。

実は当院は昨年秋から準備を始め(そのために最新のコンピューターに入れ替えましたし、職員の研修も続けてきました)、今日初めてFDでの請求を行いました。当院にとってはいわば「デジタル請求記念日」となったわけです。まだこの方法を採用している医療機関は少なく、新潟県内では約20ほどだそうですし、当院のある上越地域では第一号になったとのことです。

実際にやってみると、これまで何時間もかかってプリント・アウトしていたものが(しかも通常の業務が終わったあとにするので夜遅くになっていました)、ものの2〜30分というところでしょうか。あっけないくらいに終わってしまいました。その後、請求書を作成する作業はあるのですが、でも大半の仕事はそれで終わり。これは私たちにとって大いなる「構造改革」です!

でも、不思議なことがあるんです。FDを受けとった機関はそれをまた紙に打ち出して、審査と保険者への請求はまた紙で、つまり「アナログ情報」で行います。プリント・アウトする場所が、医療機関から支払基金というところに移っただけのよう・・ せっかくのデジタル情報が、結局活かされていないんですね。これでは支払までの期間を短縮してもらえるなんてメリットは、望むべくもありません。まあ、運送屋さんに払う送料がそうとう安くなったし、レセプトの用紙代がいらなくなったのは事実ですが(?_?)

2003.3.5(水)

◇いっぱい頑張っている受験生へ

受験生を抱える親というのは、つらいものがあります。試験本番まで1週間を切っていますので、本人のストレスもピークに達しそう。とにかく当日にしっかりとした点数をとるしかありません。残された時間を少しも無駄にせず、最後まで全力で頑張って欲しいものです。

そんなことは本人が一番分かっていること。分かっているからこそ、精神的に大変なんだと思います。そんな部分も含めて、代われるものなら代わってあげたいやりたい。でも、それは不可能ですから、せめて近くにいて、つらい気持ちを多少でも引き受けてあげられたらと思っています。(私の駄洒落も、時には効果的・・時にはひんしゅくを買いますが)

以前、ある大手予備校のカウンセラーの方のお話を聞いたことがあります。受験生にとって、「頑張らなきゃいけない」ことはもう分かっている、分かってからつらいんだと。だから、「頑張れ!」などという言葉かけや態度をしめすことは、そのストレスを助長するだけ。実際に頑張っている子どもを、「よく頑張ってるね」といってねぎらいの言葉をかけてあげること、そしてその子を認めてあげることが大切だと。

確かにそうですよね。もう目一杯頑張っているのに、「もっと頑張れ!」と言われても、これ以上どうすればいいんだ!? 今の自分は頑張っていないのか!?と思われてしまうでしょう。それがひいては、自分に対する自信やプライドを失わせることにつながります。受験のときだけではなく、もっと小さいときからの子育ての中で、いっぱい間違った言葉かけをしてしまってきたような気がしています。

親が「頑張れ!」と声かけをするのは、もしかしたら親自身のためなのかも。親が勝手に作った目標にゴールすることが、ただ一つの価値観になっていませんか? あるいは、悩んだり不安に思っている子どもの気持ちを、もっと大きな心で包み込み、支えることができず、自分のマイナスの感情を子どもにぶつけているだけなのではないですか?

私は子どもに伝えたことがあります。「これだけ頑張っている自分を、もし高校が合格させないようなら、それは高校側が見る目がないんだよ。入試の仕方も問題。自分をとらない高校が悪いんだと考えていいんだよ」と。見方によっては、ずいぶん身勝手なことを言う親ですね。

上の子たちで大学受験を何度も(本当に一人で何度も)経験している、受験慣れした親です。それでも、やっぱりイヤなものですね、受験まで秒読み段階に入ると。

2003.3.3(月)

◇わたぼうし病児保育室への声にこたえて

今日はお雛さま・・といっても男の私にはあまり縁のない日です。子どものころから、男らしさもあまりないし、女の子のような遊びをいつもしていたわけではないし、どちらかというと「中性」で育っていたのかも。(「らしさ」を強調して書くと、ジェンダー云々の人からクレームが出るでしょうね・・。)本当は貧乏で育ったので、鯉のぼりもお雛様も家にはなかったというだけの話なんですが・・

さっき読んだこのHPの「読者のページ」という掲示板に、嬉しいことが書いてありました。当院に併設している【わたぼうし病児保育室】があるから、子育てもできているし、自分たちも仕事ができているんだと。自分で言うのもなんですが、そんなふうに頼りに思っていただけるようになったのも、この2年ほどの努力の成果です。頑張ってきた甲斐がありました。

もともと採算のとれる仕事ではありません。国や自治体からの補助がなく独力でやっていますので。年間を通じては、1人分の保育士の人件費にも足りません。あとは全部医院からの持ち出し。大いなるボランティア活動だと思っています。

利用者が増えてきていますが、保育士1人で2人の子どもをみるのが精一杯。その日の年齢構成によってはそれでも足りないことがしばしば。保育士に満足なお昼休みもとらせてあげられないこともあります。先月の利用者は1日あたり4.4人! 4人の定員を平均でも上回ってしまったというのは、これは実は大変なことなんです! 子どもが保育園を休むのはほとんが「急病」です。その日にならないと誰が利用するのか、定かではありません。一応定員を決めていますが、それを越えたからといって利用をお断りすることは、とてもできません。それができるくらいなら、最初からわたぼうし病児保育室の利用は必要ないのですから。

先月の下旬からは保育士3人体制にしていますが、それでやっと今のニーズに応じられる程度。この仕事、やればやるほどニードは広がりそうです。保育士をそれだけ多く雇えばいいという話になりますが、医院からの支援も無限にはできないわけで、やはり自治体などからの補助がなければ、一定以上の規模拡大は無理です。

でも・・「補助」はどうも潔しとしません。公的なものが入り込むことで、私や私たちなりのもっている考え方、理想、あるべき姿、そして自由なプランニング・・ それらがつぶされてしまわないかと心配もしています。自治体の施策を住民の一人として間近に見、そして肌で感じていると、どこか違うぞ!という違和感を絶えず感じます。本当に住民の方を向いて仕事をしているの? そんな疑問がしょっちゅうです。

資金的な援助は、ないよりはあった方がいい。いや、喉から手がでるほどほしいです。でも、そのために私がやりたいこと、やらなくてはいけないと思っていることができなくなるとしたら、資金を得るよりももっと大きな“もの”を失ってしまいそうな気がしています。

やっぱり私は貧乏性ですね。しばらくはお金はいいです。みなさんの応援の声を頼りに仕事をしていきましょう(^O^) !

2003.3.1(土)

◇サクラ前線接近中!?

今日から3月。雪もすっかりととけ、もう春のようなお天気でした。日の出も早くなり、朝起きるのもつらくはなくなってきましたね(もっとも昨日は月末の仕事が重なって夜が遅かったので、今朝はしんどかったですが・・)。

今週の感染症情報をまとめていて気づいたのですが、インフルエンザの発生数は今週はまた増加に転じました。1月下旬を峠に、2月に入ってからは順調に減ってきているものと思っていましたが、今週は2週間前とほぼ同じレベルに戻っています。B型が新たにはやってきているためのよう。「春先の風邪」であるB型インフルエンザは、A型ほどの短期間の急激な流行はないものの、ダラダラと続くようですので、今月もまだ気を許せませんね。

もうすぐ当地の公立高校の入試。実は我が娘も受験するので、気になっています。もっとも3番目ともなると、親もすでにいっぱい鍛えられていて、ドンと構えています。上の子たちの時ほど情報収集もせず、大まかな傾向を把握しているだけ。“滑り止め”も用意しておらず、娘からは非難されています。もっとも、もし落ちたら海外に留学するんだと本人も澄まし顔ですが。

この読者のお子さんにも受験の方がおられることでしょう。みなさんの頭上に「サクラサク」ことを願っています!

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