塚田こども医院

日 誌 2003年4月  月別の索引

2003.4.25(金)

◇クローン人間の寿命

先日、ソメイヨシノの話の中で「クローン」について触れました。最近は人間のクローンも生まれたとか(いかさま情報のようですが)。

生きとし生けるもの、いつかは必ず死が訪れます。人間にもある年程度の寿命があります。日本人の平均寿命は80歳くらい。戦後、栄養状態やいろんな環境が良くなって延びてきました。今は世界のトップクラス。その日本人で100歳を超える長寿の方が増えてはきています。でも、110歳を超える人は極端に少なくなりますし、120歳以上は確かいないですよね。どこかに必ず寿命の壁があり、それを超えることはできません。

生物の寿命はまだ解明されていません。しかし、その時間の情報は遺伝子の中に必ず書き込まれているはずです。そうでなければ、細胞分裂を単純に繰り返しているだけでは「永遠の生」はあっても「限りある生」は起こりえないのですから。もし50歳の人間のクローン赤ちゃんが誕生したら、その子は生まれたその瞬間「50歳の遺伝子」を持っています。人間の寿命が遺伝子の中に80年とセットされているのであれば、その子には残りわずか「30年の寿命」と運命付けられていることになります。

クローン技術はまだまだ試行段階の未完成。というより、決定的な致命的ミスを持った理論を元に作られている技術。どこまで科学が進んでも、絶対に越えることのできない命題です。もし遺伝子を操作して生命の寿命を帰ることができるようになったとしたら・・ 考えただけでも恐ろしいことがおきそうです。まずもってそんなことはできないでしょうが。

クローンについては、すでに畜産の分野で実用化されているようです。しかし、死産率が高い奇形をもって生まれてくる確率が高い、病気になる確率が高い、そして早く死んでしまうといった、「予想外の問題」にぶち当たっています。それは生物として「超えることのできない壁」である寿命の問題を無視しているからです。

こんな単純で明快なことを、どうして科学者は忘れているのか、不思議です。専門分野ばかりに集中して、周りが見えなくなっているのでしょうか。医者も一部では「医学者」としての側面も持っています。私も気をつけなければ・・

2003.4.23(水)

◇ストレンジは素敵

このところ桜の話が続いています。私は心底から桜が好きというわけではありません。咲いているときの華やかさ、美しさには魅了されますが、でもそのあとの寂しさには耐えきれないような思いをすることがあります。「喪失感」。いっそそれなら、最初から咲かなければいいのに、と思ってしまうほどです。

もう一つ気になるのは、桜の「同一性」です。一斉に咲き出し、10日ほどたつとこれまら一斉に散っていきます。どうしてそんなに一緒に行動をするのか、いつも不思議でした。日本人の「左右を見渡してから自分の進む道を決める」「出る杭は打たれる」「赤信号、みんなで渡れば怖くない」などという標語(?)でイメージされるような「単一性」と、桜の行動パターンが見事一致し、不可思議というよりも、怖いほどでした。

昨日の日誌に「ソメイヨシノは同じ遺伝子を持った単一な植物」という話を書きましたが、日本人の思考パターンとうり二つ! どうりで日本人が桜(というよりソメイヨシノ)を好きなわけです。いづれ遠くない将来、ソメイヨシノと一緒に日本民族の寿命も終わってしまわないといいのですが。

私は桜で有名な高田公園の近くに住んでいるので、毎日桜とお花見の様子を見ていました。単一性の強い日本人らしく、花が咲き始めると、どこからか人々は集まり始め、宴をもよおし、花が散ってしまうと誰もいなくなります。桜も、少し早めに咲き出すものがあってもいいでしょうし、みんなが散ってからやっと咲き出すものがいてもいいのに。そんな乱雑さ(?)のある方が「自然」。お花見をもっと長い間、ゆっくりと楽しむことができようというもの。

宇多田ヒカルが訳したということで有名になった絵本「エミリー・ザ・ストレンジ」。最初のページに「エミリーは、誰かと同じものなんて欲しがらない・・」とあります。「ストレンジ」とは変わり者の意味。みんなと同一であることを、自らの意志で拒否し、自分らしさを求めている女の子の姿に共感が集まっているようです。

金子みすずの詩も、ある意味でストレンジ。「みんな違っていい」とうたい、サンマの大漁を見ては「サンマにとってはお葬式」と見えてしまう感性。他の人とは違うものを心の中にしっかりもっているからこそ、多くの人の心をつかむ詩が書けるのでしょう。

以上、自称「ストレンジ小児科医」=Dr.ジローがお伝えいたしました(*_*)

2003.4.22(火)

◇反ソメイヨシノ論

花と言えば桜。その花は春の訪れを象徴していますし、日本人の心の故郷(ふるさと)です。そしてその桜の代表は、何といってもソメイヨシノ・・と思っていたら、大間違いでした。

今週の週刊「アエラ」(朝日新聞社)の人物紹介の中にそんな記事を見つけ、ビックリしたところです。日本にはもともと数十の桜の品種がありますが、ソメイヨシノは江戸時代に植木職人が作った「新種」。突然変異を利用したり、交配をしたりして新種を作ることは、作物などでも普通に行われているわけですから(クローン技術が関係してくると話が面倒になりますが)、それだけでは問題にはならないでしょう。ソメイヨシノは接ぎ木をする中で生まれたものだそうです。そして、自分の実を作ることをしないので、子孫は作れないというのです。絶えず接ぎ木で若木を作っていくことで、日本中にソメイヨシノが広がっていきました。それらは全て、同じ遺伝子を持ちという意味では、まさに「クローン」。そして、同じ一つの命を共有しているとも言えます。

普通、桜の寿命は数百年。ソメイヨシノは江戸時代に誕生し、新しい木と言えどもその「余命」しか生きることができません。どんな生き物にも寿命があるからです。確かに桜の木は数十年で死んでいってしまいますね。その意味合いが良く分かりました。

今、日本中にソメイヨシノを植えています。それらが死んでしまって、また新しい木を植えても、それを何回か繰り返しているうちに「余命=ゼロ」という時が必ず訪れます。日本中をソメイヨシノだらけにしてしまったら、私たちの目の前から桜がなくなってしまう時がやってきます、桜の花のように。考えると、ぞっとするような話です。

「アエラ」で紹介されたいた桜守(さくらもり)と呼ばれる方は、もっと日本にはいろいろな桜があるのだから、それらをよく楽しみなさい、育てなさいと提唱しています。いや警鐘を鳴らしているといった方がいいでしょう。何も知らないで、ただ桜の花を楽しんでいた私は、目が覚めた思いです。何事にも、奥深くの真実があるものです。

2003.4.21(月)

◇開業医の勉強の仕方

近くの公園の桜も、すっかり花を落として葉桜になり、延長していた観桜会もその会期を終えました。朝早くから夜遅くまで多くの人が訪れ、にぎやかにしていましたが、もうひっそりとして、いつもの公園風景に戻っています。カラスだけはまだエサがあると思っているのか、うるさいぐらいに集まっていますが。

昨日は日帰りで東京出張。「小児救急」についてのセミナーを受講してきました。3〜6月の間、月1回のペースで行われている有料の講座です。講義そのものは1時間半程度を3こま、トータル4、5時間ですが、往復の電車・新幹線にそれと同じくらい乗っています。(料金もけっして安くはありませんが、交通費もそうとうです・・)

先月の第1回は娘の受験直前だったので欠席。その分の講義はビデオをいただいているのですが、実はまだ見ていません。往復の時間や費用がいらないわけでし、休憩時間や夜などに見ようと思えば簡単に見られるはずなのですが、結局その時間が作れないでいます。「いつでも見られる」みないな気持ちだと、やっぱり「いつまでたっても見ない」ことになってしまいます。やっぱりそれなりの「気合い」が入らないといけないんでしょうね。

開業していると、なかなか学会や研究会に出かける時間がとれません。小児科学会、小児アレルギー学会、外来小児科学会、小児呼吸器学会・・所属こそしていますが、全国集会に出たことは最近はほとんどありません。平日に行われるものが多いですし、週末に行われるといっても遠くに出かけるためには金曜くらいには出発しないといけません。一人で診療所をしていると、そのために休診にするのが難しいです。これが慢性の病気が中心で予約診療が多い内科などほかの科では、あらかじめ休診のお知らせをしておけば可能かと思いますが、急性の病気が多い小児科では、患者さんに迷惑をかけることにならないか、心配になってしまい、出席できないでいることが多くなってきています。

学会や研究会にあまり出席していない理由がもう一つ。それは、「最先端のこと」や「研究成果」ははあまり興味がないからです。大学や専門病院でしかできないことや、まだ実験的なこと、基礎的なことなどは、小児科開業医には必ずしも必要な知識とは言えません。それよりも、外来ですぐに役立ち、使える知識や技術を学びたいです。そうすると、学会や研究会よりも、セミナーで集中して勉強する方が効率が良く、身になるという訳です。

昨日の講義もそうですが、20年以上前の医学生時代に受けた講義を思い出します。その頃は「机上の話」で、ただ聞き流していたのでしょうが、今はその内容の一つひとつが良く理解できますし、ためになります。講義の大半は、すでに私の頭に入っていることですが、でもそれを整理だててくれます。ちょうど子どもが遊んだあとの散らばったおもちゃを、もとの箱に丁寧にしまい込むかのように。

そして、自分の行っている小児科外来医療の技術が、きちんとした裏付けをもったものであることを再確認することができます。いつもは一人で仕事をしていますので、ともすれば「独りよがり」なものになりがちですが、その軌道修正をしたり、方向を確認したりすることもまた、大切かと思っています。全く新しい知識を得ることはそれほど多くはなく(あっても診療にすぐ使えることは少なく)、むしろ、知識の整理やその深さを増すこと、そして自分の知識や技術に自信を持ちたい・・そのために遠くから、休日を使って、さらに高いお金を払って参加しているということになるのでしょう。

2003.4.19(土)

◇もう葉桜です

ここ数日「夏日」が続き、体がヘンになりそうです。昨夜は暑くて寝苦しく、何度も起きてしまいました。もっても冬の厚いパジャマをまだ着ていたのが原因なのですが。今日は雨になり、気温が少し下がってくれたので楽です。

でも、公園の桜はほとんど散ってしまいました。と同時に、見事なまでに並んでいた夜店のテントもずいぶんと少なくなりました。きっと北の方に旅立って行ったのでしょう。桜前線と一緒に、南から北に進んでいく業者の方もいるんでしょうね。

養蜂業者がそうなんだそうです。ミツバチのための花を求めて、半年ほどかかって日本列島を縦断していきます。家に帰れない日が続くのだそうです。遠洋漁業の人たちもそうですね。数か月は海の上での暮らし。港に戻って、家のお布団で眠れるときには、幸せな気持ちになることでしょうね、きっと。

それに比べれば、いくら忙しくても毎日自分のベッドで眠れることは幸せな人生を歩んでいる証拠なのかも。明日は東京で小児救急のセミナーに参加します。朝が早いので、今夜は早めに「幸せな気分」に浸るとしましょう。

2003.4.17(木)

◇桜の花が残していってくれたもの

仕事中、今日はやけに暖かいなと思っていたら、最高気温が27.6度! もう初夏のようなお天気。これでは「暖かい」というより「暑い」というべきかもしれません。朝一番には暖房をつけていたのに、午前の途中からはそれも止め、窓を少し開けたりしていました。暑がりの私は、もう少しで「冷房」を入れるとことでしたよ。

自宅近くの公園の桜は、朝は「散り始め」でしたが、夜仕事から帰ってみたら、ずいぶんと花びらを落としていました。やはり暑かったからでしょう。風もあったかもしれません。この様子では、明日にはもう葉桜になってしまうかもしれませんね。

桜の花は開花してから10日の命なのだそうです。今年は7日が開花ですから、今日で丸10日。やっぱりそうなんですね。春を運んできてくれましたが、駆け足でもうよそに行ってしまったようです。もっとゆっくりとしていけばいいのに・・ まるでどこかの院長みたいにせわしないですね。でも自然の摂理はそうなっているようです。誰もそれに抵抗することはできません。

朝、子どもたちがはらはらと花びらが落ちてくる桜並木の中を登校していました。道の端にたまっていた花びらを手に取ってみたり、それを蒔いたりして遊んでいる子もいました。とっても楽しそう。遊びの素材は最高ですよね。本物の「桜吹雪」ですもの(^^)

公園の中にお堀があるのですが、その水面もピンクで染まっています。歩道も、芝生の上もきれいに彩られています。桜の花は10日ほどの命でしたが、そのあともこうして、その美しい姿を残しています。いずれそれもなくなってしまうでしょうが、私たちの心の中に、鮮やかな春の風景をいつまでも残してくれています。自然は、やっぱり素敵ですね。

2003.4.16(水)

◇小児科医の副業(?)

(昨日の夜桜です。ライトアップされた桜とお月さま)

水曜の午後は「外回り」の日。といっても営業活動をしているわけではありません。乳幼児健診、保育園や学校の健診など、毎週何か仕事が入っています。医院にいて、病気になった子どもたちを診ているだけが小児科医の仕事ではなく、こういった「健康増進活動」も子どもたちの健やかな発達・発育のためには大切な仕事。たまには自分の時間もほしいなと思う気持ちも多少はありますが、そこはぐっとこらえて、毎週の「ドサ周り」にいそしんでいるという次第です。(といっても、医院から外に出るのはほとんどないので、良い気分転換にもなっているのですが)

今日はまず市の乳児健診。今月から3か月児の健診が医療機関での「個別」方式から保健センターでの「集団」方式に変わっています(代わりに6か月児の健診が集団から個別になりました)。上越市では月に平均100人強の赤ちゃんが生まれています(以前は200人近かったそうですから、やはり「少子化」の影響は大きいです)。毎月2回に分けて健診を行い、それを2人の小児科医が担当します。つまり私が健診に出かけていくと、1回に約25人ほどの診察をすることになります。それを1時間半ほどで行うのですから、けっこう大変です。

そのあと夕方からはエムエムJ(FM-J)の収録。毎週15分ほどの「Dr.ジローの子ども健康相談室」を担当して3年ほどがたちます。子育てのこと、子どもの病気のことなどを中心に1回に1テーマずつお話をし、さらにリスナーの方からのご質問に答えるコーナーもあります。何年もしているとネタ切れになってきますが、そこは「マンネリと呼ばれても、大切のお話は何度も繰り返すべし」と勝手に解釈して続けています。(今月からは「木曜午後2:15〜」にお引っ越し。お近くの方はぜお聞きになって下さい。)

ということで、春になって患者さんが少なくなってきた外来ですが、今日は「副業」の方が忙しい一日でした。

2003.4.15(火)

◇銀婚式の記念に・・

 

(今朝の桜です。通学の子どもたちも、我が家のコーギーも喜んでいます!)

極めて私的なことで申し訳ないのですが、今月は私たち夫婦が結婚して満25周年を迎えました。「銀婚式」というやつです。どうもこういった話は照れるのですが(そう言いながらも、不特定多数の方に向かってこれを書いているのは大いなる矛盾ですが)、大きな節目ではあるので、一応触れておきます。

結婚したのが1978年(昭和53年)。当時私は医学部の4年生になったばかり(6年制)。弱冠21歳! 以来一人の女性を連れ合いとして過ごしてきました。子どもは3人で、上の二人はもう成人しています(その割にはまだスネをかじられていますが)。医学部を卒業して、臨床研修、地方病院での小児科医としての勤務、そして郷里の上越市に戻っての開業・・ その時々でのいろんなドラマがあり、楽しみもあり、苦難もありました。それらを妻といつも分かち合ってきたというのは、もしかしてミラクルかも!?

腐れ縁になっているという説もありますが、一応は夫婦円満、家庭安泰で過ごしてこられたのは、いつも陰で支えてくれた妻の「内助の功」が大きいものと感謝しています。といって、普段は何をしてあげるでもないのですが、先日、銀婚式の記念にと、気に入った絵を買い求めました。

スペインの風景を描き続けている島津豪亮(しまづ・ごうりょう)氏の油絵です。拙宅の居間のイメージ・カラーが「濃い青」なのですが、氏の描くスペインの空の色がピッタリとマッチしています。以前から、スペインの中央山脈付近を描いた作品を飾っているのですが、今度のものは田舎町の土産物屋の風景の作品です。この日曜に持ってきてもらいましたが、居間が一挙に明るくなったのには、びっくりしました。まるで我が家のために書いてもらったかのよう・・(これは言い過ぎ)

お値段もそこそこですが、「○○万円÷25年=××円/年」と計算すれば、これまでの「年輪の長さ」にふさわしいものかと、納得しています。銀婚式の良い記念になりました。

2003.4.14(月)

◇大型新人県議の誕生

 
(今朝の桜です。まだしばらくは満開でしょう)

昨日は県議会選挙の投票日。全国各地でいろんなドラマがあったことでしょう。ここ新潟県上越市でも、定数3をめぐって6人の候補が入り乱れての大騒動(?)のすえ、自民公認の2人が落選する一方で、「大型新人」が誕生するという、壮大な物語がありました。

この新人とは宮越 馨(かおる)氏。61歳で新人というのも、他が40歳前後の候補が多かった中では異色かも。それ以上に、上越市長を2期8年勤め、一昨年に行われた3期目の選挙に落選。以来1年半、「ただの人以下」(本人の言葉)の生活をしていたというのです。現職のまま戦われた選挙で当選しないということは、そうとうダメージが大きいもの。それを、市長から県議への転身を通して見事に跳ね返しました。

宮越氏の市長時代には、子どもたちの医療政策を巡って意見交換をしたり、政策的な提言をしてきたりしたこともあります。3期目の公約には「乳幼児医療費助成の就学前までの一挙拡大」がありました。代わって誕生した新市長の元で、今年度からやっと1歳引き上げて3歳までにはなりましたが、その歩みの遅さにいらだってきています。

何よりも、新潟県の医療費助成が「2歳まで/1回530円の窓口負担/1、2歳は所得制限」という、全国的にはお粗末としかいいようのない内容になっているのが、そもそもの問題です。今の平山知事が、元日銀新潟支店長だということがどこまで関係あるかは分かりませんが、財政が厳しくても政策的に必要なものをきっちりと作っていくという、政治家としての資質に欠けるのではないかという疑念も持っています(個人的には「確信」に近いものがありますが)。

宮越氏が県知事とは「犬猿の仲」というのは、有名な話です。上越市長時代には、それが災いしていた面もあるかに聞いています。しかし、今の県議会は「オール与党」のよう。議論は低調ですし、県民の付託に応えているようには見えてきません。ここは宮越氏に、政策論争をしかけていただき、大いに波乱を起こしてくれることを期待しています。

2003.4.12(土)

◇第2土曜、本日休診せず

今朝の桜です。一挙に満開!

今日は第2土曜日。先月まででしたら、月に1回の土曜休診にさせていただいていたのですが、今月からはそれをやめ、他の土曜と同じように診療することにしました(午前のみ)。今日はその「記念すべき第一日目」でした。

先月から院内に掲示を出したり、「こども通信」に書いたりしてきましたが、「第2土曜は休診」が定着していて、もしかしたら誰も患者さんが来られず、ひっそりした外来になるかも・・などと思っていましたが、その期待(?)は見事に裏切られ、いつもの土曜と同じくらいの混み方になりました。情報の伝達方法としては、堅実で効果があったということでしょう。

仕事をする側にとっては、月に1回の休診日が少なくなるわけですから、ある意味で決断するまで逡巡(しゅんじゅん)していました。職員の勤務条件も変更になるわけですが、これは他の土曜や水曜に分散して休みをとってもらうことで解決しました。

医者は私だけで、代わる人がいません。私の勤務条件(?)は「悪化」することになります。仕事をする日数や時間は確かにそうなのですが、実は精神的には「改善」なのです。というのは、小児科の外来診療では休みが続くときは余計に神経を使います。第2土曜の前の日には、翌日には病状が良くなっているように早めに点滴や処置をしたり、紹介状を書いたり。そして実際に翌日も具合が悪いと、休診日でも診療したりしていました。そんな気苦労をしなくても良くなったので、ストレスが少なくなったともいえます。

一方で、これまでは第2土曜を利用して学会や研究会に出かけていましたし、私自身が健診や診療を受けることもありました。そんなことができなくなったわけで、その分をどうするか思案しているところです。

何はともあれ、患者さんにとっては毎週土曜には必ず診療を受けられる体制がまたできたわけで、多少はまた地域の小児医療にお役に立てることができそうです。

2003.4.11(金)

◇さようなら、小学校の校舎さん。そしてありがとう!

今朝の桜です。三分咲きくらい
私が通っていた小学校の校舎が、もうすぐ解体されることになりました。旧高田市(現在は上越市)の中心にある【大町小学校】がそれで、74歳になるのだそうです。私が通っていたのは35年ほど前。そのころでさえ、歩くとギーギーと音がしたり、天井から雨漏りがしたりと、古い校舎だと思っていました。それから30年ほどもたっているわけですから、「耐用年数」はとっくにすぎ、今や「倒壊の危険のある建造物」とされています。

先日の日曜に「一般公開」があり、最後の校舎を見てきました。階段の板はさらにすり減って斜めになっていたり、床板は穴が空きそうなところもありました。階段の手すりには細工があるのですが、子どものころ、そこを触りながら上り下りをしていたのを思い出しました。よく走っては怒られていましたが。

教室の中はもちろん、図書館や音楽室にも少しずつ思い出が残っていて、数十年前にタイムスリップしたかのようです。一番は「保健室」。ひ弱な「次郎少年」はよく熱を出したり、具合を悪くしたりして、保健室にお世話になったものです。いじめられて、保健室で泣いていたこともありました。養護の先生の温かさにつつまれて、やっと小学校生活を送っていたような気がします。(私のころの保健室は、途中からは校長室になっていましたので、あまり面影が残っていないのが残念でしたが)

私の子どもたちもみなこの大町小学校を卒業しています(私の育ったところと違う住所に住んでいるのですが、たまたま同じ校区で、偶然に驚いたものです)。末の娘と一緒に訪問し、最後の記念にいっぱい写真を撮ってきました。お互いの心の中の奥深くに、小さい頃の良い思い出と一緒に深く眠っていくことでしょう。

2003.4.10(木)

◇桜が見頃になってきました

昨日の雨から変わって、今日は良く晴れた暖かい一日。桜もずいぶんと咲きました。通勤の時に気づいたのですが、必ずしも一斉に咲き出すわけではないんですね。

東西にのびる道路の両側に続く桜並木の様子です。陽のよくあたる北側の桜はもう満開、木によってはすでに花びらを落とし始めているものもあります。でも、南側の桜はまだ蕾。「南側」といっても、そのさらに南側に松の木などがあって、よく陽があたっていないようです。

同じ地域では、ほとんど同時に咲き出すと思っていたので、意外でした。それでもさの差は1週間くらいなのでしょうか。気候の条件に多少左右されることも含めて、桜は従順で素直なんですね。

明日以降も良いお天気が続くようです。週末は最高のお花見になることでしょう。夜桜もきれいですが、夜は気温が下がっていますので、暖かい恰好をしてお出かけになって下さい。

2003.4.8(火)

◇桜が開花しました

ここ新潟県上越市の桜は、昨日開花宣言が出されていました。今朝通勤の時に見たときには、全体には蕾ですが、少しだけ開いていている花も見かけました。今日は午後から雨でしたので、その後は「足踏み状態」でしょう。明日以降、暖かい日になると一挙に満開になりそう。この週末が一番の見頃になることでしょうね。楽しみです。

今週は小児科外来はわりとヒマです。春休みの後半からインフルエンザなどの流行が下火になりましたし、新学年が始まった当初はまだ緊張していて、風邪などもあまりひかないのでしょう。でも、例年のことですが、集団生活が始まって2週間ほどすると少しずつ体調を崩し始めます。きっと来週くらいから少しずつ風邪などが多くなってくることでしょうね。

わたぼうし病児保育室も同じです。先週は利用者が少なく、とうとう「ゼロ」の日もあったくらいですが、今日は定員の4人を上回る「6人」の子どもたちがにぎやかでした。こちらの方は、もうすでに流行の先取りをしているようです。

ところで、私の毎日の仕事の一つに【熱帯魚のエサやり】があります。一日一回、お昼にあげるのですが、不思議なもので、私の顔をちゃんと覚えてくれています。私がエサをもって近づいていくと、急にソワソワと動き始めます。一つの水槽は待合室に置いてありますので、日中は多くの人間がのぞき込んでいますが、私以外には特に反応していません。顔がしっかりと分かるんですね。

「顔が分かる」というと、人間の赤ちゃんで言うと6〜7か月くらいでしょう。これくらいから人見知りをするようになります。それまでは、誰があやしても笑ってくれますが、一番身近でいつも見慣れているお母さんの顔が分かるようになり、その他の人では笑ってくれなくなります。「人見知り」とは言いますが、顔の区別ができるようになることを言うので、必ずしも泣かなくてもいいです。お母さんのことが分かって、一番いい顔をしれれば十分。

この顔の認識というのは、けっこう難しいこと。どことなくこうなんだ、というやや曖昧なパターン認識ができているわけです。顔の大きさがこれくらい、目の作りがこうで、鼻と口がこうなっている・・などという数字で表されるようなはっきりとしたものではありません。そうだから、コンピューターでは顔の区別などのパターン認識はとても難しいのです。そんな高度のことを、生まれて半年くらいの赤ちゃんがするのですからスゴイ!と思いますね。

そして、お魚たちも生後半年くらいの赤ちゃんと同じくらいの能力があるというわけですから、それもまたスゴイ!! 感心します。

エサを楽しみに待っていてくれるのが実によく分かるので、毎日の仕事をサボらずに続けています。それに、水槽のお掃除もちゃんとしてあげています(冬場に忙しくて手を抜いていたら、今日はポンプが動かなくなっていて大慌て。外来が終わって、久しぶりにきれいにしてあげましたよ)。無趣味と言われている院長ですが、熱帯魚の飼育は何とか続いています。

2003.4.7(月)

◇アトムの誕生日

当地の桜は蕾がずいぶんと膨らんできました。遠目に見ると木全体が赤みを帯びてきているのが分かります。開花までもう少しです。

お花見はもう始まっています。昨日の日曜は、高田公園の真ん中を通る道路が歩行者天国になり、いっぱいのお客さんが出かけていました(この道を通らないと我が家に帰れないので、いつもこの時期は困っていますが)。「お花見」ではなく「お店見」、「花より団子」なんでしょうね。

当地では学校の入学式が行われています。「ピカピカの一年生」でいっぱい。おめでとうございます。明日からはさっそく新しい学校生活が始まります。早く慣れて、楽しく過ごせるといいですね。

今日は【鉄腕アトムの誕生日】でもあります。子どもの頃、テレビにかじりついて見ていたアトムが懐かしいですね。新しいアニメも始まったとか(昔のイメージが壊れそうな気もして、見たいような見たくないような・・)。期間限定版で「マーブルチョコ」を売り出しているとTVで伝えていましたが、アトムの人形よりもずっと近親感がありました。どうもただの懐古趣味になっていますね。

ある新聞に書いてあったことです。手塚治虫さんは、第二次世界大戦の戦禍を目の当たりにして、争いがなく、平和な社会をめざし、正義感の強いアトムを“作った”のだそうです。今の社会が、手塚さんが描いた夢に近づいているのか、疑問に思うことが続いています。残念なことです。

2003.4.4(金)

◇いいとこ取り

今日は当地(新潟県)の県議会議員選挙の告示日。朝の通勤時、選挙事務所の脇には「出陣式」のために動員された(?)人たちがもうたくさん集まっていました。ご苦労さまです。昼間は医院の中にいると「外」の様子が分かりませんが、すでに熱戦が繰り広げられていることでしょう。

先日、ある候補本人が私のところに来られて小児医療について政策を教えてほしいと言われました。ちょうど患者さんの処置中で時間的に無理だったのですが、嬉しい気持ちも半分でした。というのは、先日のこの日誌にも書きましたが、私の意見を聞いてもその通りに頑張ってくれるとも限りません。「いいとこ取り」しているだけ、なんてこともあります。もちろん、誰の政策かが問題ではなく、良い政策であればそれでいいのですが、こちらが一生懸命お話をしても、その後の政策に熱意が感じられないとガッカリしてしまいます。そんなこともあり、今回のお話はあまり乗る気にはなれませんでした。

「いいとこ取り」と言えば、上越市の病(後)児保育がそうです。そもそも私がその必要性を感じ、当院で実施したいと上越市の担当者に持っていった話です。医師会の理解が得られないために当院でその事業を行うことができなくなり、市が自分で実施することになりました(2か所の施設があります)。

私の描いた理念が、市の政策として実施されていったわけですから、それだけをとれば嬉しいこと、誇らしいことのはずです。しかし、残念ながらその実態は、市民にフルに利用されているとはとても言えない状況です。それを見ると、とても私の思いと乖離(かいり)していることを、むしろ悲しく思えてきます。内容がしっかりとしていないのに、「やっています!」と胸を張っておっしゃられるのは、なんとも虚しいことです。

「民」と「官」の関係や役割分担に疑問を持つことがあります。「民」は基本的には収益性がなければやれません。でもそれなりのノーハウがあったり、パワーがあります。「官」は採算性の悪いところを、税金でカバーする形で始めることになります。でも、しょせんはお役人(イヤミな言い方ですね)、熱意をもってとことんやり抜くことはできません。一人ひとりの公務員の資質の問題もあるでしょうが、お役所というところはそういう構造になっているんだと思います。

では、「民」が頑張り始めたら「官」はどうするか? もう自分たちが税金でしなければいけないわけではなくなっても、それを「軌道修正」することができません。一度始まった事業は、それを維持することが自己目的になります。効率が悪くても、当初の趣旨が活かされていなくても、周囲の状況が変わって必要性に変化がおきても、それを察知し、分析し、自己修正をしていく能力はありません。ただただ、そのままの「形」を維持し、生き延びていくことしか念頭にはなくなります。(そのためには、時には「民」を圧迫することも平気でやってきます・・)

今の日本の、あらゆる場面で「身動きできない組織」が横たわっています。政府、自治体といったお役所以外にも、巨大な会社組織・・ もしかしたら医師会などのような職業団体もそうかもしれません。問題の根は、ずいぶんと深いものがあるように感じています。

なんだかまた暗い話になってしまいました。お花見気分は、もう少し先です。

2003.4.3(木)

◇お花見シーズン到来

今日から当地=新潟県上越市では【観桜会】が始まりました。といっても桜はまだ。予想では6日の開花だそうです。今日からは、桜の変わりにボンボリがにぎやかに花見会場で咲いています。

高田城跡公園がその会場ですが、場内では屋台のテントがもう並び始めています。でも、お世辞にもきれいとは言えません。事情の知らない人が見ると、ホームレスの集まる広場と間違えられないかと、心配しています(そんなはずはないか)。本当のお花見をしたい人々にとっては、ジャマなのですが、日本の花見風景には「必要悪」なんでしょうか・・

桜の蕾はずいぶんとふくらんできました。もう数日で一挙に咲き出すと思うと、木々の中に秘められた大きな、でも物静かなエネルギーを感じます。少し前までは、葉を落とし、枯れ枝のような寂しい姿で凍てつく寒さの中、雪が降ってもそれを払いのけることもせず、じっと立ちつくしていたものです。そんな「静」の中にあっても、実は次の大きな「動」への助走を始めていたんですね、誰に知られることもなく。

もうすぐ本当の春の訪れです。新しい園、学校、学年・・ 緊張とともに迎える人生のスタートを華やかに応援してくれることでしょう。自然の偉大さに、感謝です。

2003.4.2(水)

◇新しい辞書

高校に入学することになった娘のために、英和辞典と国語辞典を新しく買うことにしました。これまで中学で使っていた物は、やはり簡単すぎますし、古くなってもいるよう。「internet」が出てこないと言っていますから。

娘に辞書の使い方や勉強の仕方を話していて、私自身の昔の記憶が蘇ってきました。中学1年の英語の授業で、それぞれ使っている英和辞書を持ってくるように指示がありました。雑誌の付録についている簡単な物や、カタカナで読み方が書いているような物を使ってはいないか、チェックするつもりだったのでしょう。私が買ってもらったのは、研究社の「英和中辞典」(良く覚えているでしょ!)。実はこれは高校生が使う辞書です。他のものに比べて「例文」が多く、内容の濃い物になっています。

私には4歳上の兄がいます。私が中学1年ですから兄は高校2年。こういったものは親に相談するのが普通かもしれませんが、我が家では兄が私の面倒を見てくれていました(私の中学卒業式も親は来ず、兄が来ていましたよ。本当の「父兄参列」だと笑っていました)。彼が「どうせなら高校卒業まで使える物をしっかりと使え!」と言って買わせたのがこの辞書。分厚くて、小さな文字がビッチリと詰まっている辞書を手に取り、凄いんだなと感心したり、でもなんだかちょっと背伸びをして嬉しくなったいたりました。

しかし、私の辞書を見た英語教師は「何でこんなの使っているんだ!」と不愉快そうに言い放ちました。まるで「お前にはまだ早いんだ。分相応のものを使え」とでも言うように。私はムッとしましたが、反論することもできず、ただじっとガマンしていたのを、今でも記憶に残っています。そして、「よし、そうまで言うのなら、この辞書を徹底的に使ってやる!」と密かに決意したものです。単純な少年だったんですね。

実際にこの辞書は大学入試までずっと使い続けました。読み込んだ単語にはボールペンでアンダーラインを引いていくのですが、ほとんど全てのページにマークが入っていきました。最後に「空白」のままになっていたページがあったので、そこは重要な単語がないからそうなるのですが、でも「空白」のままでいることがしゃくなので、必要のない単語を覚えて、前ページを「クリアー」しました。その時はとても嬉しかったですよ。

あの英語の授業から33年たちますが、まだこんなことにこだわっています。どうしていつまでもこだわってしまうのだろうかと、そのことで自分を責めることもよくあります。でも、私の人生はこんなことの繰り返しなのかもしれないと、最近は諦めていますが。

ところで、今話をいた英和辞典ですが、最後には煙になって消えていきました。大学合格したら、辞書の紙でタバコを巻いて、それを吸うのが受験の中での夢でした。そして合格が決まったとき、ページを破ってタバコを作り、ふかしてみたものです。バカなことをしていたものですね。

娘に買ってやった辞書が煙になることは、親としては望んでいませんので、念のため申し添えます。

2003.4.1(火)

◇今日から4月!

新しい年度のスタートです。春の日差しもまぶしく、目にする物がみな輝いています。・・というのは、どうも建前のよう。今地球上ではイラン戦争が激しさを増していますし、日本の国内でも不況、自殺、殺人など、暗い出来事が支配的です。どう控えめに見ても、明るい社会とは言えませんね。

医療を巡っても、今日から社会保険の本人の窓口負担が2割から3割に引き上げられました。これは一挙に50%もの負担増です。数年前までは1割だったわけですから、それに比べれば200%増! そして保険料負担もボーナスを含めての年収制になり、実質的に負担が増えます。サラリーマンの人たちが良く「暴動」を起こさずに耐えているものだと、感心するくらいです。

でも、乳幼児の医療費負担は軽減の方向で進んでいます。東京をはじめ多くの自治体が「6歳の就学前まで」をその対象にしています。しかし、ここ新潟では県としては2歳までという「子どもに優しくない県政」をまだ行っています。仕方なく市町村がその分、年齢や所得制限の上乗せをしているのですが、首長の考え方にはとても「温度差」があるもんだと痛感しています。

当院のある上越市では、2年ほど前の新しい市長さんに交代しましたが、その選挙戦が始まる前、わざわざ私のところに来られてこの医療費助成の拡充について意見を求められました。でも、その後の政策には、申し訳ないけれど少子化対策、あるいは子育て支援への意気込みが感じられません。ご自身が市政に責任をもってから2回目の予算でやっと年齢の引き上げができましたが、しかし2歳以下が3歳以下になっただけ。わずか1歳の引き上げにこれだけの時間がかかるのかと、やきもきしています。

財政が緊迫しているのは分かりますが、でもその事情は全国の市町村の全てが抱える問題。その中でも、子どもたちに明るい未来を約束する政策をきちんと実行していくのが、首長の役割です。基本的な考え方、取り組み方がどこか違っているのではないでしょうか。(こんなことを書いていると、また憎まれそうですが・・)

今日は「エープリル・フール」なのに、冗談も言えないような世相です。いろんな意味で、明るく楽しい社会になってほしいですね。

「こども通信」4月号ができました。どうぞ、お読みになって下さい。

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