塚田こども医院

日 誌 2003年7月  月別の索引

2003.7.31(木)

◇あの「梅雨明け宣言」はフライング?

もう今日で7月も終わり。当地、新潟県では今週の始めに梅雨明け宣言が出されましたが、その後は曇りや雨の日が多く、また梅雨に逆戻りしたかのようです。関東地方などと一緒に、今週末に実質的な(あるいは、本当の)梅雨明けになるのかもしれませんね。

今週は、外来に来られる患者さんの中で他県からの方が目立ちました。早々と夏休みで帰省されている方もいましたし、海水浴に来ていたり、旅行中という方もおられました。特にお隣の長野県からは、海に遊びに来ていて熱をだしたりしてしまったという子が少なくありませんでした。

ここ上越市は長野県から最も近い海のある市ですので、たくさんの方が来られます。休日には長野ナンバーの自動車で、海岸近くの道路はあふれんばかり。「新潟県上越市」ではなく、「長野県上越市」だと言われる所以(ゆえん)です。

こんがり焼けた長野の子どもたちを見て、ふと自分は何年海に行っていないのだろうか?と思いました。自分の子どもたちがまだ小学生くらいで小さかった頃は行っていましたが、もう大きくなると行かなくなりました。「いつでも行ける」と思うと「いつになっても行く機会がない」ことにもつながっているのかもしれません。いずれにせよ、「近くて遠い存在」=それが私にとっての海です。(冬になるとスキー場も同じですが)

月末にあたって「こども通信」を作る作業などをしています。明日には最新号(8月号)をお届けすることができると思いますので、お楽しみに。またいただいているご質問へのお返事も滞っていますが、明日以降順次お答えしていきますので、今しばらくお待ち下さい。

2003.7.29(火)

◇ジロー、カンゲキ!

小澤征爾指揮の歌劇を観てきました! J.シュトラウスII生の喜歌劇「こうもり」・・と言っても、クラシックには(にも)疎い私には知らなかったのですが、曲は良く耳にしていたものでした。オペラの筋は分からなくていいから、世界の小澤征爾を生きている間に(もちろん「私が生きている間」という意味)一度はお目にかかりたいという、ほとんどミーハー的思いで出かけました。

でもその期待は見事に(?)裏切られました。ステージの両脇には大きなディスプレーがあり、セリフの日本語訳が逐一出てきます。まるでテレビで洋画を見ているような感覚。これならストーリーを知らなくても、ドイツ語が分からなくても、十分に楽しむことができます。

本来はステージ前のピットに収まるオーケストラも、田舎の会場ではそんな作りもないのでステージの前半分を占拠。オペラ歌手やコーラスは、その後ろに人の背丈以上の高さに作られた特設ステージに乗っています。暗くされた場内で、照明は歌手と、そして指揮者である小澤征爾を照らし出していました。

彼の指揮はとても分かりやすいですね。オーケストラは若い人たちがほとんどですが、彼ら・彼女らを上手に盛り上げ、全体をきれいに仕上げていきます。指揮者を見ているだけでもけっこう面白くて、視線はディスプレーと歌手と、そして指揮者の3か所の間でグルグルと回っていました。

ふと思ったのですが、小澤さんは「ムルゴロー」こと畑 正憲さんに似ていませんか? 話し出すと、子どもが好き(動物が好き)な人の良いおじさんに思えてくるのですが(^^)

小澤さんの肉声を聞きたかったのですが、ちゃんと指揮者に徹していました。当たり前ですが、別にトーク・ショーに来ているわけではありませんから、マイクを持って話し出してくれるなんて場面を期待した私が間違っていました。でも1回だけ、小澤さんの声が聞こえました。楽章の間、少し時間がかかったとき、ちょっと客席を振り返って「おせんにキャラメル・・」と言って、私たちを笑わせました。とっても面白い方なんですね。

まだまだ活躍の期待される小澤さん、おじいちゃんなんて呼んだら失礼でしょうね。でもそこそこの年齢です。自分もあれくらいの歳になっても、素敵なものを創造し、自身も楽しんでいられたらいいな。私にとって、この先の人生の一人のモデルに、勝手にさせていただこうかな、なんて思った次第です。

それにしても楽しいオペラ・コンサート。収穫もいっぱいありました。新潟県上越市という、小さな地方都市によく来て下さいました。ありがとうございました。

2003.7.28(月)

◇梅雨明けです!

なかなか明けなかった梅雨ですが、昨日はすっかり天候が変わり、梅雨明け宣言が出されました。前日までのグズグズしたお天気から、カラッとした青空になりました。いよいよ夏です!

当地の夏祭りも、今が真っ盛り。例年とは違って“寒い”中で始まりましたが、名実ともに「夏祭り」になりました。私も以前この祭りに付き合って、熱中症のような状態になったことがあります(いつも室内にいるので、外にでるだけで具合が悪くなるという説もあります。土の中から日なたに出てきたミミズのように・・)。どうぞお気をつけ下さい。

昨日の日曜、用があって新潟市内にいたのですが、いつもの休日とは違って道路もデパートもガラッと空いていました。夏休みに入って初めての日曜日、どうもみんな海に行ったようですよ。日本海側の海水浴シーズンは、お盆のころにはもうクラゲが出現するので、とても短いです。良いお天気の夏、わざわざデパートに買い物に行くのは、私たちぐらいのものでしょうか(T_T)

今日は当地で小澤征爾のコンサートがあります(といっても彼は指揮者であって、歌ったり演奏するわけではありませんが)。こんなビッグな方がやってくるなんと、もう私の生きている間にはないかもしれません。ということで、出かけてきます!

2003.7.25(金)

◇今年の米はどうでしょう?

梅雨がなかなか開けず、このところ日照不足。稲の生育も「やや不良」なのだそうです。収穫が心配になりますね。何年か前に「米不足」騒動がありましたが、今年は大丈夫でしょうか?

気象条件が年によって変わるのはある程度しかたありません。時には天変地異もあるかも。そんなときにでも食料に困らないようなシステムってできないものでしょうか。21世紀の進んだ社会では、当たり前のような気もするのですが。

といっても、日本のような先進国でそんなことを言っているのは、贅沢なのかもしれません。地球規模で考えれば、普段の時でも食料に困っている国や地域はたくさんあります。すぐ隣の北朝鮮を例にあげるまでもないでしょう。多くの子どもたちが、飢えと貧困の中で死んでいっています。そんな「今起きているトラブル」すら解決できないのですから、人間の社会はお粗末なものかもしれません。

当地では今日から夏休みに入った学校が多いようです。朝、ラジオ体操の音も聞こえてきました。早く梅雨が開けて、青空の下でいっぱい遊べるといいですね!

2003.7.24(木)

◇お祭りが始まりました

ここ上越市では昨日の花火から始まってお祭りが始まりました。もともと「高田市」と「直江津市」が20年ほど前に合併してできた市で、今もってお祭りも別々に行っています。今は旧高田市の祭りで、26日からは旧直江津市に移っていきます。

直江津は港町なので「港っ子」、お祭りが大好き。それぞれの町内が大きな祭りの屋台を持っていて、それを3日間にわたって市内を引き回します。最後は神社にお米を奉納してクライマックス。やっている方も見ている方もヒートアップの仕方は相当です。

対する高田は「文化の町」と言うだけあって、お祭りも極めて静か。おっとりとした性格で、どこでお祭りが行われているか、よく見ないと分かりません(というより、本当はあんまりやっていないのですが)。物足りないと感じる人もきっと多いことでしょうね。私は高田の生まれ・育ちなので、そんな雰囲気に慣れています。それでもやはり若い頃は、もっと活気が欲しいと思っていましたが、最近は人間が枯れてきていますので、まあこれくらいがちょうど良いようです。(まだしぼんではいませんが・・)

でも、今日はちょっとショッキングな出来事が・・。同級生の奥さんが赤ちゃん健診を受けにきました。パパは当然私と同じ歳ですので、46か47歳。奥さんは・・口にできないほど若い! そして赤ちゃんはまだ0歳(当たり前ですが)。子育てもだいたい終わりに近づいたかな、などと思っている私にとっては、ニュー・ファミリーの存在がまぶしく写りました。

私が家で赤ちゃんを抱っこしたり、一緒にお風呂に入ったりするとなると、その子は孫でしょうね。親ではないんで、あんまり責任をもたずに可愛がることでしょう。いけない「ダメおじいちゃん」になるかも。孫のためには、もう少し枯れずに頑張っている必要がありそうです。

それにしてもアイツ、若い奥さんを見つけたものです。まだ全然枯れていないんですね(^^)

2003.7.22(火)

◇火事にご用心!

この連休、各地で大雨による災害があり、多数の犠牲者も出ているようです。梅雨の最後にはこういった大雨がよくあるようです。夏を目前に大変なことになっていますが、みなさんのところでは大丈夫だったでしょうか?

こちらでは雨はあまり降らず、その点では穏やかな週末だったはずなのですが、個人的には親戚の大お婆さんが亡くなり、そのお通夜やお葬式があったり、日曜には医院の近くで火事があり、バタバタとしていました。お通夜の席では、お寺のご住職からありがたいお話をお聞きしました。「死」や「生」について考えさせられる話だったので、機会があればまたご紹介をしたいと思います。

火事の方は天ぷら鍋から出火で、住宅の一部が焼けてしまいました。良く知っていていろいろとお世話になっているお家なのでビックリ。怪我もなく、無事に避難できたと聞いて、まずは良かったと思います。火事なんて、自分には関係のないことと思っていても、身近にこういったことがあると、急に心配になりますね。

今医院の防災計画を作ったり、火災警報装置の設置の準備をしたりしています。医院を増築したり、元は住居になっているところを医院の一部に使うようになったりして、規定の床面積を超えたということで、消防署から改善の指示を受けています。特に設備面の工事は規模も大きく、数百万円かかりますし、工事にも数日必要です。来月夏休みとして1週間ほど休診を予定していますが、その大半が工事の監督で終わってしまいそうです。恨めしい気もしますが、でも患者さんや職員の安全のためですから、涙を飲んでおつき合いすることにいたしましょう。

それにしても火事は怖いです。「防火責任者」である事務長からは、さっそく私のパソコン周りの配線を直すよう「改善命令」が出されました。PSの周辺機器が10数台、それぞれに電源などの配線があるので、完全にスパゲッティー状態。整理をしても、新しい機械が増えるたびにまだグチャグチャになってしまいます。電源用のアダプターは、それぞれが1台ずつ必要になっていますが、規格を統一するなどして1台のアダプターから複数の機器に電源を供給することができれば、それだけでずいぶんすっきりとすると思うのですが、どこかの会社でそういった機械をつくらないものでしょうか?

パソコン周りの整備・・「夏休みの宿題」がまた一つ増えました。

2003.7.18(金)

◇信じられません

昨日のニュースには驚きました。行方不明になっていた小学生の女の子4名が、手錠をかけられ監禁されていたという事件です。いったい何があったのか、詳細は分かりませんが、親として、小児科医として大きな怒りを覚えます。

子どもたちは大人から温かいまなざしをうけながら、絶えず守られるべき存在です。子どもたちを裏切ってはいけません。大人というもの、人間というものが信頼されるに値する存在であることを実感し、自らもそうなろうとするなかで、人間としての成長も遂げていくことができます。

今回のような事件が、被害にあった子どもたちはもちろんのこと、周囲の子どもたちに大きな悪影響を及ぼさないか、心配です。子どもたちが平和に、心穏やかに、安心して暮らせる社会になってほしいものです。

大人たちには、そんな社会にする責務があります。でも、今の日本でそれを意識して行動している大人たちがどれほどいるでしょうか。今回の事件の根は、とても深いものがあるように思います。

2003.7.17(木)

◇逆取材

先週、わたぼうし病児保育室の取材に来られた新潟日報の記者の方が今週もまた来られています。昨日は利用者の感想を聞きたいとのことで、夕方来院。何名かのお母さん方から生の声を聞いて行かれました。

いつもこういった取材では、私たちの「主催者」側の意見を主に聞かれますが、どうしも「思い込み」や「思い違い」があるものです。一方的な取材にならないようにという配慮も必要でしょう。あるいは、私の話の「ウラ」をとることも大切ですね。実際にお母さん方の話を聞いて、わたぼうし病児保育室の果たしている役割の大きさを改めて感じておられるようでした。

今日は写真撮影。ちょうどお昼時の保育室らしい風景が撮れたようです。来週くらいには記事になるそうですので、今から楽しみです。

昨日はお迎えのお母さん方を待っている時間があったので、少し世間話もしました。私は「業界話」が好きなので、記者の方が新聞社でどんな仕事をしているのか、いろいろと聞き出していました。今春までは本社勤務。夕刊の新しい企画を担当していたのだそうですが、私も見覚えがある記事で、その裏話(苦労話)も聞かせてもらいました。

世の中新聞離れが進んでいるようですが、私は紙に書かれた活字を見ないと落ち着かないタイプ。ネット上の新聞社の記事もときどき読みますが、でもやっぱり「新聞紙」を読みたくなります。とくに仕事のあと家に帰って夕刊を広げるのは、毎日欠かさない日課です。そんな紙面を作っておられる方なんだと思うと、急に親近感がわき、私にとってはアイドルのように見えてきましたよ(^^)←ちなみに、この記者さんはまだお若い女性の方でした。

2003.7.15(火)

◇「病気の時こそ」

このHPの「読者のページ」(掲示板)に看護婦さんの方から投書をいただきました。お子さんがヘルパンギーナで急に休まなくてはいけなくなったとことで、そんな時に病児保育がしっかり機能することが必要だというご意見です。

ある程度仕事をしていれば、次第に責任を持ち、急なお休みは取りずらいもの。「病気の時こそ親が見てあげるべきだ」という意見に対して、「病気の時こそ社会が親をサポートすべき」ということです。つまり、子どもの急な病気などにも対応できる「病児保育」が、これからの社会ではますます必要性が高まっていきます。

私たちが「わたぼうし病児保育室」を運営しながら、病後児保育ではその役割は不十分であり、急性期も対象とする病児保育が大切だと感じています。こんかいのように、サービスを受ける側から同様のご意見をいただいたことで、私たちが進んでいる方向に、ますます確信を持つことができました。

でも、「病児保育」はまだまだ始まったばかり。とくに急性期の病児もとなると、設置までのハードルは高く、運営もいろんな意味で大変です。日本中に広がっていってほしいのですが、そのためにはまだまだ課題が山積しています。何よりも、それをしようという小児科医がどれくらい現れてくれるか・・

「わたぼうし病児保育室」は小児科医主導で始まり、運営しています。しかし、今後は「親御さん主導」「地域主導」の形態が新しくできているといいですね。でも・・「行政主導」はいけません。形を作るだけで、内容が伴いませんから。

2003.7.14(月)

◇「勧善懲悪」

先週おきた長崎での事件はとてもショックでした。12歳の中学生が4歳の男の子を殺してしまった事件です。いったいどうして彼がそんなことをする「社会性」を身につけてしまったのか、あるいは身につけなかったのか、不可解です。事件の全容が解明され、そして思春期の入り口に到達するまでの彼の奇跡をぜひ知りたいものです。決して興味本位ではなく、真実を知ることが物事の改善につながるからです。プライバシーに配慮しながら、でも真相に迫ることが、今の病める社会に生きる私たちには必要です。

今の社会には「勧善懲悪」の考えが欠けていて、親を「引きずり出して市中引き回し」「打ち首」にせよと話した大臣がいました。多くの唖然とされたことでしょう。被害者のことを思っての発言と言えなくもありませんが、しかし、あまりに配慮に欠けての発言。問題にすること自体が恥ずかしいです。こういった人が国政を担っていると思うと、やはり日本はこんなものかと妙に納得してしまいます。

日本のみならず「法治国家」では、リンチ(私刑)は固く禁じられています。犯罪を犯したときには、法によって裁かれ、法に照らして罰せられるのであって、被害者や第三者が私的に罰することはできません。みんなが勝手に「敵討ち」をしていては、社会秩序が簡単に崩壊してしまうからです。大臣が、まるで親をリンチにせよと言っている訳ですから、ことは重大です。

その法を作っているは国会(立法)、法にのっとって仕事をしているのが内閣(行政)。この問題発言をしたのは、そのへんにいるただのオジさんではありません。国会議員であり、大臣です。立法と行政の両方に重責をもっています。法が不備であるというなら、その法を変える(または新しく作る)努力をしなければいけません。法はきちんとしているのに十分なことができていないというなら、大臣としてしっかりと行動をおこす必要があります。そういう立場にいる人が、他人事のように平気で放言をしていることに、大きな怒りを感じます。(でも、それが今の日本にとって「当たり前の風景」なのですが)

「勧善懲悪」という言葉はどうでしょう。「良いことを勧めて悪を懲らしめる」という単純な内容は、それ自体には間違えないようにも思えます。でも、何かひっかかります。善と悪は、ときには混然としていて判別がつきません。一つの物事に善と悪が同時に見えてくることもあります。あるいは、悪と思えても、実はそれよりももっと大きな悪が別にあり、それに影響されただけなのかもしれません。

親鸞は「善人は往生する、いわんや悪人をや」と言って、悪人であることを、それだけで切り捨てるべきではないと唱えています。人間や、人間が起こした行動を、単純に「悪か善か」だけの物差しで見ることに危なさがあります。レッテル張りをするとそこで思考を停止するのは、日本人の性(さが)です。いろんな角度から見つめ、考え、柔軟に理解することは、とても大変ですが、でも絶対に必要なことです。

かの大臣は水戸黄門が好きなんだそうです。最後に「善」である黄門様が登場し、「悪」を一刀両断に懲らしめるストーリーは、確かにすっきりとするでしょう。でも、「悪」にもそうせざるをえなかった生い立ちや社会のひずみがあるのかもしれません。そこをしっかりと見なければ「世直し」などできるはずはないのです。「水戸黄門」がいつまでも続いているのは、「黄門流・勧善懲悪」では世の中の悪がなくならないことの、見事な証明ではありませんか。(ちょっと強引な結論付け)

もっとも、K大臣は、黄門の役回りをして、啖呵(たんか)を切りたかっただけの、時代劇ファンのおじさんと見れば、あまり彼のことを「悪」だと騒ぎ立てることもないのかもしれませんね。

2003.7.11(金)

◇続・病児保育は必要悪?

今日は新潟日報からわたぼうし病児保育室の取材を受けました。実際の保育の様子を見ていただき、保育士や私からいろんな話をいたしました。目的、経過、現状など、いわば「定番」の話も一通りしましたが、一番興味を持っておられたのは「どうして病後児ではなく病児(急性期の子ども)なのか」でした。

子どもの病気(大半は風邪などの感染症)はだいたい急に始まるもの。数日先に具合が悪くなり、保育園を休むなどということはありません。予定がたたないのが子どもの病気。「子育て支援」として「病児保育」をするのであれば、急性期こそ一番ニードが大きいのであり、そこを見ないというのでは、存在意義は十分とは言えません。もちろん「病後児保育」が不要であるといっているのではありませんが、医療機関が関わってまで行う必要はないでしょう。保育園に看護婦を配置し、保育士の人員に余裕があれば、保育園の方で対応が可能ではないかと思うのです。

わたぼうし病児保育室のたった2年間の経験しかありませんが、そう実感していることを、記者の方にお伝えしました。

1時間半ほど話し込んでいたのですが、その最後に「必要悪かどうか」が話題になりました。昨日の日誌に書いたとおり、私は病児保育は決して「なくてすめばそれにこしたことはない」「必要悪だ」などとは思っていません。

もしそう考えてしまうと、預ける親御さんは「本来は自分が仕事を休まなくてはいけない・・」「それができなくて、子どもに負担をかける」などと気持ちの負担を感じたりはしないでしょうか? 逆に保育士の側も、「できれば家で見てあげるのが一番いいのに・・」「仕方なく自分たちが見ている」などと思い上がった気持ちにはならないでしょうか?

これから社会が更に発達し、成熟していくと、その構成員である一人ひとりはより大切な役割を果たすようになります。豊かになるというのは、なにもしないでいいヒマな時間や人が増えるという意味ではありません。それぞれが自分の能力を十分に発揮できるようになることです。自分の仕事にもより大きな責任をもつわけですから、育児や家事と両立させるためには、トラぶったときの安全システムとして、例えば病児保育はよりいっそう必要性が増すことになります。

今までの日本は、「三歳神話」に代表されるように、女性に育児・家事といった仕事を押しつける傾向が強かったです。できれば3歳くらいまでは母親が仕事を持たず、子どもの育児の全てを担うべきだという考えです。日本の後進的で、封建的な側面が如実に現れています。

「病児保育は必要悪だ」と言うとき、どこかにそんな考えが潜んではいないでしょうか? 子どもは本来親が面倒を見るべきだ・・仕事をするために仕方なく保育園で預かったもらっている・・だから病気のときくらい親が仕事を休んで面倒を見るのは当たり前だ・・

病児保育が今日本に少しずつ根を下ろそうとしています。でも、とても一般に認知されている状態とはいえません。量的に全く不足しています。そして、質的な側面、つまり病児保育をめぐっての考え方が、まだまだ未熟な段階です。これから日本中に病児保育が広がっていくためには、「必要悪だ」などという後ろ向きの考えが淘汰され、子育てを中心とした社会のありようがもっと豊かになるために欠くことのできないものとして、その存在意義を見いだされることが必要です。

小難しいことを並べ立ててしまいましたが、要は、親御さんが預けて良かったと思ってもらえる病児保育室であり、子どもが具合の悪いときに行きたいと思ってくれる病児保育室であることが大切なんだと思います。私たちが今力を入れているわたぼうし病児保育室が、一日も早くそんなふうに頼りにされる存在になりたいものです。

2003.7.10(木)

◇病児保育は必要悪?

昨日から梅雨前線が発達し、梅雨らしいお天気になっています。今年は日照不足にもなっているとか。早くカラッとした良いお天気になるといいですね。もうすぐそこまで夏休みがやってきています。

今日はわたぼうし病児保育室にお客さんがいらっしゃいました。十日町市でこの9月から病児保育を始まる準備をしている医院の方々です。実際の保育の場面を見ていただき、いろんな資料も持ち帰ってもらいました。

ここではぜひ急性期の病児の保育をしたいと話しておられました。病気の回復期のお子さん(病後児)をお預かりするだけでは不十分で、本当の困っている「病児」の保育こそ必要だという点で、私たちと全く同じ考えにたっておられることを、嬉しく思いました。県内の他の施設では「病後児」を対象としているため、どちらかというと「孤立無援」の状態ですので(文字通りどこからの援助もありません)、むしろ勇気づけられた思いです。

ここでは今新しい施設を建設中だとか。その費用や運営費は市から相当額が出るようです。理解のある市と医師会の姿勢は、うらやましい限りです。もちろん、それによって運営が「官僚的」になってはいけません。お役人さんたちは、中身を良くすることより、形を作ることに力を入れます。その結果、「絵に描いた餅」「仏を作って魂入れず」になりがちなのは、よくみる光景です。でも、今日来ておられたスタッフの皆さんは実にしっかりとしておられましたから、そんな心配は杞憂で終わることでしょう。

私が一つだけ強調したことがあります。それは、病児保育は決して「必要悪」ではないということです。「病気のときこそ両親が見てあげるべきだ」「病児保育はなくてすめばそれに越したことはない」・・ 確かにそういった側面を持っているのは確かです。でも、現実に今困っている親御さんがいる以上、社会がしっかりと支えてあげる必要があります。社会の側が、働く人たちの労働条件が改善されるなどして、子どもが病気の時に自由に休めるという状況ができあがるのは、いったいいつまで待てば良いのでしょう。

でも、そういった「消極的理由」だけが病児保育の存在意義ではありません。私たち人間は社会的な存在。孤立しては生きていけません。親が子どもを産み、育てるのも、ただただ個人的な営みだということではありません。家族にとっての子どもたちであり、地域にとっての子どもたちであり、社会にとっての子どもたちです。子育ては社会全体が取り組むもの。もちろん両親から子どもたちを取り上げようという意味ではありません。子育てをしている親御さんを地域や社会がしっかりと支えるシステムを作ることが大切。何かトラブルがあったときにでも、安心してゆだねることのセーフティー・ネットががっちりと広げられていることが、子育て支援でもっとも求められることなのではないかと思っています。

こんな例で考えてみましょう。職を失ったとき、当面の生活に困らないように、次の職に就けるようにいろんなセーフティー・ネットが張ってあります。失業保険もその一つ。何かあったら、とりあえず困らないようにと、社会(国)が作っているシステムです。本来ならば失業しない方が良い。倒産やリストラなんてない方が良い(本当にそう思います。ときどき医療機関の倒産なんて話を聞くと背筋がゾッとします)。そして、失業保険なんてない方がいいに決まっています。でも、だからと言って失業保険をなくするわけにはいきません。社会の仕組みを変えて、失業保険の世話にならないようにして行くことは必要ですし、そう努力している面もあります(そうではない面もあるのが、日本の問題なのですが)。でも、やっぱり失業保険は必要なんです。社会の改革が進んだ所で、失業保険をなくすことはできません。そして失業保険を必要悪だという人はいないはずです。

今日来られた医院の事務長さんは、こんなことを言っておられました。昔、社会保障を充実させようと運動したとき、むしろ社会改革を逆行されるかといって反対する意見があったそうです。でも、時代の流れはそうではなかったと。豊かな社会保障ができる社会になることが、社会を豊かにすることそのものでした。社会全体が真に豊かにならない限り、社会保障だけが豊かになるはずはありません。

病児保育は必要悪ではありません。子育てを中心として社会がもっともっと豊かになるために絶対に必要なシステムです。新しく病児保育を始めようと意気盛んな人たちとお話をして、改めて教えられました。

明日は地元紙「新潟日報」の記者の方がわたぼうし病児保育室の取材にこられます。新しい出会いから、また新しいことを発見したり、教えてもらえそうです。楽しみにしています。

2003.7.8(火)

◇カブト虫を育てたことがあります

昨日、私の同級生のお宅に仕事で少しおじゃましました。その時、玄関口に大きな衣装箱があり、何かな?と思っていたら、中からドンという音がしました。すぐさま彼は家の中にいる息子さんに向かって「カブト虫が生まれたぞ!」。中にカブト虫を飼っていたんです。これもまた、我が家では久しく体験していなかったことです。

上の子が小さかった頃、今から20年近く前には一緒によくカブト虫を取りにいったものです。近くのチップ工場にこっそり入ったり、山の方のダムに行ってみたり。友だちからどこそこで取れたという話を聞くと、いてもたってもいられないようでした。時間も夜遅くに行ってみたり、朝日の昇る前に行ってみたり。夏の4時半くらいになると、そろそろ明るくなり、カラスに食べられたりするので、その前の出かけて行ったりもしたものです。今ではとってもできません。まだ若かったんですね。

懇意にしている方からカブト虫の幼虫をもらい、おがくずの中で飼っていたのも懐かしい記憶です。それが小さければウジ虫のようで気持ちわるいのですが、あの堂々とした大きさになると、そんな感じは与えません。立派なものです。成虫になるのを楽しみに待っていた気持ちが、懐かしいです。

私自身が小さいときは、昔の田舎暮らしではありましたが、でも町の真ん中で庭もない家で育ちましたし、植物や生き物にあまり関心をもたずに育っていました。自分の子育ての中では、子どもたちにいっぱい自然の良さを体験してもらいと思っていましたが、所詮自分ではしたことがないことをしていたので「付け刃(つけやいば)」でしたね。子どもたちが育っていったら、またもとの「無機質な生活」に戻ってしまったようです。

庭をいじるのも、植物を育てるというよりも、いろんな機械を使えるのが楽しみでやっています。先日もサツキのカットをするのに、以前から持っている電動バリカンの他、庭仕事用の掃除機を買ってきました。竹箒で掃けばすむものを、わざわざ電気を使い、騒音をまき散らしています。風情もあったものではありません。でも、私にはそっちの方が似合っているようです。そんな性格は、もう一生治らないでしょうね。

2003.7.7(月)

◇今日は七夕

新潟では日中雨が降り、あいにくのお天気です。まだ梅雨があけず、星空を仰ぐことのできない地域が多いのではないでしょうか。でも、子どもたちのいっぱいのお願いが天に届くといいですね。

昨日商店街を歩いていたら、大きな笹に保育園の子どもたちの書いた短冊がたわわに下がっていました。見物に来ている家族の姿も多かったです。自分の子どもの短冊を見つけて、カメラのシャッターを切っているお父さんの様子がほほえましかったですよ。

我が家で七夕の飾りをしていたのはいつの頃までだったでしょうか。子どもたちが保育園くらいの小さい時にはいつもしていました。今ではもうすっかりすたれてしまいましたね。大人だけの家庭ではしないようなこと。季節の行事を子どもたちと一緒に楽しむのも、子育て中の親の“特権”ですね。

これから夏。楽しいことがいっぱい! 海水浴、キャンプ、ドライブ、家族旅行・・ でも、みんなもう昔の話のよう。子育てもそろそろ卒業となると、こういった楽しみのまた卒業に近づいています。ちょっと寂しくなりますね。

でも、七夕のお祈りだけはしておきましょう。みんなが幸せに暮らせるように、って。

2003.7.4(金)

◇月初めの仕事が一つ・・

今週は月末・月初で何かと忙しくしていました。いろんな雑事を片づけていたら、この「日誌」を丸2日も書いていませんでした。あまり期待をしてもらってはいないと思いますが、読もうと思ってアクセスしているのに更新されていないと分かるとガッカリしますよね。そんな方もおられたと思います。失礼いたしました。

このところ、月の初めの仕事が変わってきています。レセプトの点検作業がなくなったからです。保険請求を月ごとに行うために、患者さんの診療明細を書いた紙がレセプトですが、以前は月に最後に日に打ち出し、それを翌月の頭に事務員さんが総掛かりで一枚一枚点検をしていました。人に任せるのができない性分の私は、家に持ち帰って夜なべ仕事に見直すのが恒例でした。

でも今はフロッピー・ディスク1枚に全ての情報が記録されているだけです。紙の情報と違って、簡単に中を見るわけにもいかず、それを口実に、私の点検作業は幕を閉じた次第です。日々の診療情報の記載や給料が正しければ、基本的には点検をする必要はないという、一種の「居直り」でもあります。(こうでもしないと、人に仕事を任せられないという悪癖がありますので・・)

私がこの仕事に直接費やしていたのは3、4時間程度ですので、それだけでは大した時間ではないようにも思います。でも、その時間を捻出するために、他に無理をしてのも事実。気持ちの上でもずっと楽になりましたよ。この時期は「こども通信」を作ったり、HPのいくつかのページを更新する作業など、いろんなことが集中するので、少しでも時間が浮くのは嬉しいです。もっとも、そのために新しい仕事を始めてしまい、結局楽にならないのはいつものことですが(*_*)

先月から小児科外来は落ち着いています。あまり大きな感染症流行もなく、梅雨時ですがそれほど喘息発作のひどい子も見かけません。このまま夏休みになってくれるといいですね。

2003.7.1(火)

◇7月になりました

今日から7月。今年の梅雨はあまり崩れることもなく、過ごしやすいような感じがします。雨量はかなり少ないのでは? 外来でも、喘息の発作をおこしている子もそれほど多くありませんし、風邪などのさほどではありません。春には水ぼうそう(水痘)が目立ったので、「きっと大きな流行になるだろう・・」とお話をしていましたが、その水ぼうそう(水痘)もほとんど見かけていません。

先々週におたふくかぜ(流行性耳下腺炎)の子が何人かいたので、きっと流行が始まるはずと思っていたのですが、先週はゼロ、今週も今のところ患者発生はありません。おたふくもこのまま流行らずに終わってしまうかも。「感染症の流行予測」はなかなか難しいですね。

次のシーズンのインフルエンザ・ワクチンについて、少しずつ情報が伝えられています。ワクチンの種類は昨年と同じ(A香港、Aソ連、Bの3つの混合ワクチンなのですが、それぞれが少しずつタイプの変わったウイルスになってくるので、毎年見直しをしています。今年の流行は昨年までと同じウイルスという予想です)。ワクチンの量は日本全体で1445万本を製造させることを決定。昨シーズンの使用量1040万本なので4割増しになります。これは新型肺炎(SARS)の流行も視野に入れ、より多くの高齢者にワクチン接種を受けてもらうようにするためだそうです。(もしSARSとインフルエンザが同時に流行したら、メチャクチャになります!)

当院でも、毎年恒例のワクチン外来を10月末から12月にかけて開いていますが、今年もそろそろその体制づくりの検討に入りました。例年と同じか、やや多くの方に接種していただけるよう準備を進めたいと思っています。プランができましたらご案内しますので、お近くの方はよろしくお願いします。

デジタル「こども通信」7月号ができました。どうぞお読み下さい。

今日の朝日新聞・新潟県版に当院のわたぼうし病児保育室が紹介されました。県内に少しずつ広がってきていることを歓迎する記事です。県内の方はどうぞお読み下さい。ネット上の「アサヒ・コム」の中の新潟版に掲載されるかと思っているのですが、今のところまだ出ていません。アップされたらまたご紹介します。

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