塚田こども医院

日 誌 2003年10月  月別の索引

2003.10.31(金)

◇今日で10月も終わり

10月の晦日(みそか)になりました。明日からは11月、カレンダーはあと2枚です。もうすぐ冬になるんですね。一年が短く感じられます。

昨日もお話をした医院の増築工事、順調に始まりました。まず行うのは、既存の車庫の移設。解体するのはもったいないので、できるだけそのまま持って行こうという計画です。今日は土台からの切り離しをしていました。明日は大型クレーン車が来て、そっくり持ち上げ、移動させることになっています。どんなふうになるか、今から楽しみです。

工事が始まると、いろんなころでトラブッたり、打ち合わせが必要になったりします。予想していなかったことも少なくなく、その度に外に飛び出したり、電話をかけたり・・ 工事の専門家がいるのですから任せてしまえばいいのでしょうが、なかなかそれができません。小さなことでも、それが後で使い勝手にかかわるとなると、自分で考え、自分で決めておかないと納得ができない性分です。困ったものです。

今日の夜は、院内印刷用の「こども通信」を作りました。明日はそれをデジタル化し、メルマガとして配信したり、このHPにアップしたりします。少しお待ち下さい。

2003.10.30(木)

◇機械好きのルーツ

医院増築のための工事が始まっています。クレーン、ユンボ、トラック・・見ているだけでワクワクしてきます。「働く自動車」を見るのが大好きなのは、子ども心がまだ残っているのでしょうか(@_@)

今日は自動販売機の移設に伴う電気の工事も来ていました。子どもの時、家の電気工事をしている様子を、ずーっと見続けていたことを思い出します。配線作業をしているのが、とても興味深かったです。自分でもやりたくなって、ドライバーを持ち出し、家にあるコンセントを分解したりもしました。

当時は真空管からトランジスターの移行期。粗大ゴミに真空管ラジオがよく出ていました。それを拾ってきて分解するのが趣味という変わった小学生(*_*) スピーカーなど再利用する部品も多少はありますが、大半はただバラバラにするだけ。はんだゴテと使ったり、ニッパーやラジオペンチを使うこと自体が楽しくてしかたありませんでした。それだけでは何も実利がないので、電源のコードを再利用することを思いつきました。ペンチでちょんぎって、凹のプラグをつなげれば、立派な延長コードの出来上がりです。貧しい家計の役に多少はなったでしょうか(電化製品があまりない時代ですので、そんなに延長コードばかり何本もあっても仕方なかったでしょうね。ありがた迷惑だったんでしょう・・)

そんな中、一度だけ感電したこともありました。やはり延長コードのプラグをかまっていたとき、その先がコンセントにつないであることを忘れていたときです。プラグの中でショートし、それを持っていた手が一瞬しびれました。すぐにブレーカーが落ち、事なきを得ましたが、危うかったです。その時の感触を、今でも覚えています。ヘタをすると、今の私はなかったことに・・

楽しいことを一つ思い出しました。エレキギターが流行していた頃。私の兄がどこかからエレキギターを買ってきた(もらってきた?)のですが、残念ながらアンプがありません。そこで、父の知り合いのラジオ屋さんに、真空管ラジオを改造してアンプにしてもらいました。それほど大きな音が出るわけではありませんが、家の中で楽しむには十分。それが嬉しくて、一日中かまっていたようなこともありました。(ギターの腕はそれほどうまくはなりませんでしたし、今でも当時のままです)

どうやら「新しい物好き」「機械好き」は、私の天性のようです。もっとも、分解したあと、元通りにならないことが良くあり、今でもそれは変わっていないようですが。

2003.10.29(水)

◇見直せばゴミの山

いよいよ医院増築工事が始まりました。わたぼうし病児保育室と患者さん用トイレを新たに作るのが今回の主な目的。医院の東側に作りますが、そこには今は車庫が建っています。といってもこの車庫、開業当初(1990年が開業ですので、13年前)は私の自家用車を入れていたのですが、途中からは倉庫として使っています。

今回の増築のプランニングをする中で、壊してしまおうかとも思ったのですが、医院と同じ外壁で作るなど、それなりにお金がかかっていますし、まだそれほど傷んでもいません。もったいないということで、駐車場の一角に移設することになりました。基礎のコンクリートの上で切り離し、大きなクレーンで吊り上げて移動させるとのことです。方法は違いますが、まるで首相官邸の移動のようです。

でも、工事にかかる前にまずしておかなければいけないのは、車庫(倉庫)の中の整理。中を空っぽにしないといけません。必要なものは他に移し、不要になったものは捨てるという作業をここ数日行いました。その結果・・半分以上は廃棄処分! 子どもが小さかった頃の遊び道具、私の工具類、使うかもしれないと思ってとっておいたブラインドなどなど、どんどん捨てることになりました。結局ゴミを長くとっておいただけなんですね。後で考えれば、その時々で捨ててしまえば良かったのでしょうが、それができないのが世の常。こういったことでもないと、整理はできないものなんですね。

いずれ移設される車庫は、今度は私の自家用車を入れることになります。通勤で毎日使っていますが、仕事中はその中に入ります。車庫にとっても、また本来の姿に戻るわけですし、車にとっても良い環境を作ってもらえるわけで、両者うまく話がまとまったという次第です。

2003.10.28(火)

◇選挙が始まりました

今日は衆議院選挙が公示され、さっそく宣伝活動が始まりました。テレビでは、各党党首の威勢の良い演説が繰り返し流されています。今回の選挙は、民主党が打ち出したマニフェストが、いわば流行りです。内容はまだまだのようですが、でも、「選挙公約を具体的に示し、それを大切にする」という姿勢が政治家の中にやっとできてきたことは、良いことです。「オレに任せろ」「悪いようにはしないから」などという、乱暴な訴えかけでは国民は信用しなくなってきています。

もっとも、今頃になってやっと「選挙公約が大切」などというレベルだということは、日本の政治がまだまだ遅れている証拠です。選挙で当選すれば、「全権委任」されたということではありません。また、「福祉を大切にする」などというような、抽象的な公約では、ではそれを実現するためにどうすればいいか、道筋が見えてきません(きっとないのでしょう)。結局、官僚の書いたシナリオの通りに進んでいってしまうことが、今までは普通のことでした。

これからの日本をどんな国にしていくか、その中身をもっと議論し、煮詰め、そして選択することが当たり前になってほしいです。声の大きさやキャッチフレーズだけで政治が決まっていっては、もう行けないと思います。

あるニュース番組で話されていたことを思い起こしました。「選挙にうまい政治家より、政治が上手な政治家を」・・そんな中身のある政治家が選ばれれば、日本は確実に変わっていくと思います。

2003.10.27(月)

◇ダイエーの日本一おめでとう! でも・・

プロ野球の日本一にダイエーが決まりました。身売りの話も出ている中で、本当によく頑張ったと思います。選手だけではなく、福岡の皆さんもさぞお喜びのことでしょう。祝勝会では楽しそうにビール掛けをしていました。恒例になっているとはいえ、気にかかるところです。

飲む物をもったいないという気持ちもあります。作り手はきっと「美味しく飲んで欲しい」と思っていることでしょう。消火剤のように降り撒かれるなどと、誰が思って作っていることでしょう。お金を出せば何をしてもいいというものではないはずです。

でもそれ以上に、毎年同じ光景が繰り広げられることに、異様なものを感じてしまいます。プロ野球選手の全てが、こんなことを良しと思っているわけではないでしょう。それなのになぜ見直しがされないのでしょうか。皆と同じ考えを持ち、同じ行動をしていることに、自己矛盾を感じ、いたたまれなくなる・・なんて人はいないのでしょうか。一人だけでも、オレはそんなことしないよ、と行って退席するような選手がいてもいいように思うのですが・・

今日はちょっとイヤなものを見てしまいました。一年間、頑張って日本一になったのですから、お祝いしてあげたいけれど・・冷めている自分がテレビの前にいました。

2003.10.25(土)

◇恒例の土曜午後外来

当院では今週からインフルエンザ予防接種を行っています。今日の午後はインフルエンザ予防接種専用外来。土曜というといつもは午前中だけの診療で、午後から日曜いっぱいは診療所が空になりますが、インフルエンザ予防接種の期間だけは、土曜午後も子どもたちでいっぱいです。

昨年度までは第2土曜を休診にしていたので、この予防接種外来もお休みでしたが、今年度からは第2土曜休診がなくなりました。インフルエンザ予防接種の土曜午後外来も、12月13日まで8週連続、休むことなく続きます。一週間の最後の日に、ちょっとハードですが、しばらく頑張りましょう。できるだけ多くの方にインフルエンザ・ワクチンを受けてもらいたいと思っていますから。

先日、日本小児科医会から連絡がありました。今年度から3月の第1週を「予防接種ウイーク」にするのだそうです。とくに日本でははしか(麻疹)のワクチンを受けないままでいる人が多いので、そういった啓発運動をするということです。

その中で土曜の午後または日曜に「ワクチン外来」をするようにとの要請もありました。日曜はなかなか体制がとれないので、土曜午後に、インフルエンザと同じような特設外来をします。今年度は2004年3月6日です。普段の日ではなかなか予防接種に来れない方、中でもはしか(麻疹)ワクチンがすんでいない方はぜひご利用下さい。近くになったらまたご案内します。

2003.10.23(木)

◇突然の停電

昨日の講演が終わって、やっと一息つきました。時間的にもそれなりに大変でした。一番時間を使ったのは本を読んでいたことでしょうか。気になって(気に入って)買っておいた何冊かの本や雑誌を書棚から引っぱり出してきました。中には話したいことにピッタリするものもあり、自分の本を見る目もなかなかなんだな、と感心することもありました。

以前は“本好き”で時間さえあれば読んでいましたが、最近はだんだんと気力が衰えてきて、じっくりと読書ができていません。その割には本屋に行って買ってくるのは好きなので、結局読まれずにそのままになっている本がいっぱいあります。そんな意味では、こういった「せっぱ詰まった」状態になるのは、本にとっては喜ばしいことかもしれませんね。

今週はまた雨の日が多くなっています。今日の午後は雨・風が強く窓を打ち付けていました。霰(あられ)かと間違うような大きな雨音も聞こえました。雷が西の空から鳴り始め、いよいよ冬はそこまで来ているようです。

外来がもうすぐ終わろうという6時少し前に突然の停電! すぐに非常電源を作動させ、最低限の明かりと電力を確保しましたが、周りの家を見ると電気がついています。当院だけの停電。どうやら医院の建物のどこかに雷が落ちたようです。電源系統のどこかに異常な電流が流れたためにブレーカーが下りたということなのでしょう。ブレーカーを入れ直して、無事復旧。その間数分。真っ暗になったのは10〜20秒ほどだったこともあり、みなさん冷静に対応してくださいました(私の方があわててた?)。その後、院内のいろんな器機を見てみましたが、とくに故障などもなし。

院内の各所に懐中電灯を置いてあるのですが、中には電池が古くてつかなかったり、すぐに使えない場所に置いてあったりと、反省点もありました。非常時の対応は、頭で分かっているだけでは不十分で、実際に経験することが大切。そんな意味で、今日はいい勉強になりました。これから冬に向かって気候が厳しくなると、いろんなことが起きるかもしれません。気を引き締めておきたいと思いました。

2003.10.21(火)

◇願い

昨日も書きましたが、今週からインフルエンザ予防接種が始まっています。今日も多くの方に受けていただきました。乳幼児がインフルエンザにかかると脳症を合併しないか心配です。子どもたちにワクチンを注射するとき、一人ひとりに「インフルエンザにかからないように」「かかっても脳症にはならないように」と祈るような気持ちでいます。親御さんもきっと同じ思いを持っておられることでしょう。そんな願いが通じるといいですね。

明日の午後は、糸魚川市というところで講演があり、言ってきます。子どもの食育フォーラムの中で、「子どもたちの『こころ』と『からだ』を健やかに育む」という題を与えら得れています。子育て支援の話や、子どもたちのこころをどう育てていけばいいか、などをお話ししたいと思っています。当院で行っているわたぼうし病児保育室やこのHPなどの活動も紹介するつもりです。

レジュメは昨日作ったのですが、内容はまだこれから詰めなくてはいけないところもあります。今日は少し本を読んでみます。試験前の一夜漬けのようですが(>0<)

ここ数日、診療や講演の準備などが重なり、いただいているご質問へお答えすることができていません。今週の後半になれば時間がとれると思いますので、しばらくお待ち下さい。

2003.10.20(月)

◇今日から・・

今日からインフルエンザ予防接種を開始しました。初日から大勢の方に接種をしていただきました。

ほぼ一年ぶりの“行事”なので、職員の動き方など、ちょっと慣れないところもありましたが、来ていただいた方々のご協力もあり、まずは無事初日を終えることができました。これから12月中旬まで、足かけ3か月、正味2か月間、バタバタと忙しいですが、気を緩めず、間違いのないよう確実に仕事をしていきたいと思っています。

それにしても、数年前はこんなにスムーズではありませんでした。ワクチンの確保も難しく、接種を希望されても応じるのに大変な苦労が必要でした。接種の予約も、表現は悪いですが、人気のあるコンサートのチケット予約のようで、「我先に」という雰囲気がありました。昨年あたりからそんな「殺気だった」様子もなく、淡々と予約をし、接種を受けていただいているような感じです。接種数は増えているのにもかかわらずそうですので、いろんな意味で慣れてきたんだと思います。

でも私たちの仕事に「慣れ」があってはいけません。医療事故の元になってしまいます。ヘンに緊張してはいけませんが、ダラダラとしたり、「まあ、こんなものか・・」などという気持ちになったら問題です。良い意味の緊張感を持って、年末まで頑張っていこうと、職員間で意思統一をしているところです。

2003.10.17(金)

◇立派なお母さんです

気になる方がいます。今週の始めに報道されていたのでご承知の方が多いと思いますが、長野県でのダムで「自殺」とされていた息子が実は殺人の被害者だったことが分かったお母さんです。自殺ではないと信じ続け、23年後に真実を知りました。

この“犯人”はほかの罪で刑務所に入っていて、直接面会をしました。その後の記者会見の様子がテレビで伝えられていましたが、実に立派な姿でした(お顔は拝見できませんでしたが)。「会わない方がいい」という忠告もあったそうです。でも、やっぱり真実を知りたいという気持ちが強かったのでしょう。

面会の最初に、「打ち明けてくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えると、それまでむっとしていた様子が次第に軟らかくなり、殺人の経過を話したのだそうです。息子さんが一緒にいた女性をかばったために殺されたことも知りました。最後に、この男は「すみませんでした」と頭を下げ、謝罪したと言うことです。

自分の息子を殺したという男に、なかなか「ありがとう」と言えるものではありません。子どもの命を自分の人生を奪った怨みの感情をぶつけ、その人間の全てを否定してしまうのが、普通でしょう。23年間という時間がたっても、つらい感情がなくなるわけではありません。

でも、冷静に話をし、その男の一部でも良いものがあれば認めていくという姿に、心打たれるものを感じました。そして、そういう行動をとったからこそ、男は素直に真実を話し、謝罪するに至ったわけです。このお母さんの心の広さが、男を救ったとも言えるかもしれません。

と言っても、こんな話を「お涙ちょうだい」の「浪花節」にするつもりはありません。私の生き方の、大切な「モデル」になりそうな気がしています。このお母さんの姿を、長く心に留めておきたいと思っています。

それにしても、どう見ても明らかな殺人事件を自殺として片づけてしまった警察の責任は大きいものがあります。この男が3年前に「告白」していたにも関わらず、そのまま放置していたのも、あまりに不正直です。謝罪し、悔い改めるのは、犯人だけではなく、警察も同じです。

2003.10.16(木)

◇高速道路問題とマニフェスト

今回の選挙では、日本道路公団のことが問題になっています。膨大な負債を抱え(負債だと認めない人たちもいますが)、“親方日の丸”的な非効率な運営をし、身内の企業に“美味しい”下請けをさせているなど、多くの問題が出されています。テレビなどで取り上げられるたびに腹立たしい気持ちにもなります。

きちんとした体制を一日も早く作らなくてはいけないと思いますが、改革の動きは牛歩のように遅いです。公団総裁は辞める・辞めないで一悶着を起こしています。総理が改革に意欲あるというわりには、相変わらずの「丸投げ」で、自分では責任をもって実行していこうとはしていないようにも見えます。言葉は元気で勇ましいのですが・・

でも一つ不思議に思うのは、「民営化」というのが本当に正しいのかどうか。公団といった役人の組織では効率的な運営はできないでしょう。でも、では民間の組織になればそれだけで大丈夫なのでしょうか。美味しいとこ取りするだけではないのか・・ 形が全てではないのであって、その中身が問題。どんな高速道路にしていくのかをきちんと詰めていき、それに見合った形を作っていかないと、またいずれ「構造改革」をしなくてはいけなくなってしまうかもしれません。「仏を作って魂入れず」にならないようにしてほしいです。

民主党が面白いことを言っていますね。「高速道路を無料にする」という公約です。今回の選挙では民主党はマニフェストを出しています。公約をより実行可能にするための「数値目標」です。今でも多額の税金が使われている(とくに借金の金利払いは馬鹿にならないようです)ので、その使い方をきちんとしたものに変え、さらに道路財源の一部を回せば通行料はいらないというのです。タダが本当に良いことなのかどうかは分かりませんが、政策の建て方を変えれば、とても高額な通行料金を大幅に下げることができるのは確かなようです。

そういえば、アメリカのハイウエーや、ドイツのアウトバーン(制限時速がない!)は基本的には無料ですよね、確か。タダにすれば通行料金を取る必要がないのだから、インターチェンジ(IC)をとてもシンプルなものにできます。いくつもの道が空中を舞っているかのような芸術的なICは要らないわけです。逆にICの数をもっと増やすこともできます。

地方ではせっかく作った高速道路が、料金高のせいであまり使われずにいます。そうとうのトラック運送が一般道を使っているために、渋滞や交通事故を起こしているという問題もあります。それらが高速道路を使うことで、交通だけではなく、経済にも良い結果を生み出すことでしょう。

そんなふうに考えると、高速道路の問題も、単に公団を民営化するかどうかといったレベルではなく、もっと大所高所にたって、日本をどうするかという立場からきちんと、そして早急に決めていく必要があります。その意味でも、マニフェストによって政策を具体的に公約することが日本でも定着すれば、ずいぶんと日本も変わっていくものだと思えてきました。さあ、今回の選挙はどうなるでしょうか。気になります。

2003.10.14(火)

◇ETCでスマートに、そしてお得に

このところ私の「新しい物好き」がまた悪化しています。マイカーにつけたのはナビだけではなく、ETCも付けました(エトセトラ=その他の意味ではありません・・)。ご存じの通り、高速道路の料金所をノンストップで通過できる器械です。こんな田舎に住んでいて、普段あまり遠出をしない私にどうしてETCが必要なのかと言われると、正直に言って必要性はほとんどありません。

平均すれば1か月に1〜2回くらい高速道路を使うくらいでしょうか。地方では道も空いていますし、料金所に長蛇の列ができる光景は見かけません。数台まてば会計ができます。でも・・その料金所を止まらずにす〜いとそのまま走っていく自動車を見ると、つい「負けん気」がおきてしまいました。

先月このETCを付けてから、やっぱりほとんど高速道路を使うことがありません。先週の講演会も、普通の道で行ってもさほど変わりないのですが、でもETCと使いたいばっかりに高速でいきました。入るときは、やっぱりほとんど並んでいる車がなかったけれど、でもスイスイ・・と行ったのですが、私の前の車もETC専用レーンに入っていき、その車があけたゲートを一緒に通過しただけ。金魚の××みたいで、手応えもなく、何だか物足りない気持ち。

さあ出るときこそ格好良く・・と思いきや、この料金所には専用レーンはなし。窓口におじさんに、器械から取り出したカードを手渡しして精算。これでは何のためのETCやら(?_?)

そもそもETCは、渋滞解消や人件費削減といった公団側の利益の方が大きいはず。せっかく作ったETCの設備(そうとうお金を使っているんでしょうね)を使わないのはもったいないことです。多くのユーザーが使うことで初めて目的を達成できるのですから。それにしてはETCにかかる負担は大きいです。安くなったとは言え、器械に何万円か。申し込みをしても案週間も待たされます(いかにも役人仕事)。

ETCを使用したときの割引がなれければ、割があいません。確か昨年くらいは割引サービスがあったようですが、今はなし。使っても使わなくても普通の料金・・それでは普及が進むはずがないじゃないですか。民主党の菅さんが東京湾のアクアラインを見て「宝の持ち腐れ」と言ったそうですが、全国のETCの設備が、あまり使われないまま腐っていくなんてことのないようにして下さいね。

ここで【超お得情報】を一つ。ハイウエー・カードの中で高額なものは偽造の問題があり発行が中止になりました。5万円で58,000円使えるのが最高でした。私もときどき買っていましたが、今は1万円のものまでで、割引率は微々たるもの。ところが以前と同じ高い割引のものがETCカードにはあることを知りました。前払いで5万円を支払っておくと58,000円分が使えます。16%ものプレミア付きですから、これはお得です! 4、5回使えば、ETC設置の元は十分にとれます。私がさっそく申し込みをしたのは言うまでもありません。[←これは廃止対象にはなっていないでしょうね]

2003.10.10(金)

◇ナビに感動!

講演会の話の続きです(しつこいかな?)。内容は置いといて、今回の“出張”にはちょっとした楽しみがありました。それは初めてナビを使うことです。

先月、車にナビを付けたのですが、あまり遠くに行くこともなく、まして知らない所に行くことはありませんでした。決して安くはない物なのに「宝の持ち腐れ」状態。先日の講演会は、隣町の中学校で行われたのですが、私にとって初めて場所。いつもならあらかじめ地図をFAXで送ってもらったり、ロード・マップを開いたりしながら出かけるのですが、今回はナビのために(!?)準備は全くしませんでした。

医院から車に乗った時、ナビの行き先にこの中学校を登録し、その道順や近くに道を知りました。途中は高速道路を使いましたが(近くなのに高速道路で行ったのは、また別の理由がありました・・)が、合流を知らせてくれたり、「出口まであと何キロ」といった案内もしてくれました。一般道に降りた後は、目的地に近づくにつれ案内は「親切さ」を増し、数百メートルおきに道順などを知らせてくれます。

けっこう精度も高く、機能もすごいんだと実感! カンゲキしましたよ。ナビがこんな優れ物とは知りませんでした。

ところで、ナビはアメリカの軍事技術のお陰。地球上に置かれたいくつかの軍事衛星からの電波を拾って位置を知るころができます。それをタダで使っているわけですが、けっして「平和のための技術」ではないのですから、少し複雑な気分です。

2003.10.9(木)

◇講演会終了

昨日はある中学校PTAでの講演会を、一応「無事」終えました。本業(?)の子どもの病気についてだったら、いくらでも離せるのですが、「こころ」についてはやっぱり難しいですね。1時間半の持ち時間、汗だくだく、青色吐息でやっと最後までたどり着いたといった感じです。最後までお付き合いいただいた親御さんや学校の先生方、ありがとうございました。

そろなりに資料を作り、話すことを考えては行ったのですが、終わってみると、あそこではこんなことを話せば良かった、これが抜けていた、あれでは良く理解できなかったかもしれない・・そんな反省ばかりです。次の時には(そんな機会が与えられればですが)もっとちゃんと準備して、もっときちんと話をしようと、いつも思ってしまうのです。

大勢の方を相手に話をするなんて、私の日常の仕事ではないので、やっぱり疲れますね。もちろん多少の達成感もあるのですが・・

さあ、皆さんに少しは私の思いが伝わってくれたかな? 思春期の子どもたちがもっと自身をもって、生きていきますいような家庭、学校、そして社会になってくれるといいなと願っています。

講演の内容は、また機会があれば紹介しますね。

2003.10.7(火)

◇やっぱり・・

明日はいよいよ講演会。いつもより早くレジュメが出来上がったので、昨日は少しハイになっていたようです。前日になってみると、やっぱりちょっと緊張してきます。話す内容はだいたい決まったとは言え、まだ深みが今一のところもあります。もう一度読み直しておきたい本もあります。だんだん時間がなくなってきました・・

今回、思春期の子どもたちのこころの問題を捉えて話をしたいと思っています。いろいろな本が参考になっているのですが、今回はとても良い本に巡り会えました。河地和子著「自信力はどう育つか」(朝日新聞社、朝日選書)がそうです。日本とアメリカ、中国、スウエーデンの4カ国で子どもたちへアンケート調査をし、その結果の報告です。題名にもあるように、日本の子どもたちには「自信力」がとても不足しているという指摘です。そして自信力をどう育てるか、実際の生活の中で次のような提言もしています。

・人前で発言せよ
・群れるな
・権威に挑戦せよ
・従順である必要はない
・謙遜しなくてもいい
・不満や怒りがあれば恐れず、それを口に出してよい
・誰かに好かれるために自分の考えを引っ込めたり変えたりするな

明日はこの本の内容も紹介しながら、思春期のお子さんをお持ちの親御さん、そして先生方に、子どもたちとどう接していけばいいのか、お話をしたいと思っています。

2003.10.6(月)

◇遠足前の子どもの気分

少しご無沙汰していました。先週末から読書にいそしんでいたもので・・ と言うと、読書三昧で余暇を楽しんでいたような感じになりますが、そうではありません。今週水曜に依頼されている講演会の準備であたふたしていました。

今回はある中学のPTAから頼まれたもの。テーマは「思春期のこころ」。最近の少年犯罪のことを初めとして、子どもたちの「こころ」の中が大人には見えづらくなっています。そしてそんな子どもたちの「こころ」にどう声をかけ、働きかけていけばいいのか、大人たちは今悩んでいます。

そんな得体のしれないテーマですので、頭の整理に時間がかかっています。これが「子どもの病気について」などという単純なものなら、資料さえまとめればあとはそれを使って話すだけ。ある意味で単純です。ですが、やはり「こころ」の問題に立ち向かうためには、往々にして自分自身の「こころ」と対峙しなくてはいけない場面が出てきます。けっこうしんどい作業です。

以前も同じような内容で、親御さんへの講演会をしたことがあります。中学生に直接、「性教育」という形で、中身は「生き方」の問題を話したこともあります。その時の資料も残っていますが、でも、そのまま使えるわけでもありません。同じ資料でも、その意味付けをする必要があります。時間が経てば、以前の考えとは違った(正確には「発展した」)視点に立っているわけですので、当然意味あいも違ってきます。

もう一度読み直した本もあります。新たに読んだものもあります。とくに今回は「交流分析」という心理学の考え方に興味を持ち、その関係の本を何冊か読み、自分なりにまとめてみました。この考え方は、私が今まで漠然と思い、伝えてきたことを集大成してくれました。これまでは感覚的に思っていたことを、それなりに理論付けてくれたこともあります。

講演を頼まれると、その準備でそうとうの時間を使ってしまいます。労力的に大変ではありますが、でも、その過程で、あるいは講演の中で、新しい発見があったり、それまでの考えをさらに深めてくれるものが、必ずあります。怠惰な私のこと、普段はなかなか勉強しませんので、良い機会になると思って快く引き受けている次第です。

講演会まであと2日。今夜はそのレジュメができました。当日にならないと完成しないことが普通ですので、今回は「異例のスピード」です。いつもは講演のその日まで気が重いのですが、ちょっと楽になりました。そして、むしろ早くその時が来ないか、楽しみにもなってきました。少し「遠足前の子どもの気分」のようです(^O^) !

2003.10.2(木)

◇雨の降る前には洗車を

今日もまたお天気がすっきりしません。夜中に降っていた雨が、朝は一時あがっていましたが、午前中はまた降ったり止んだり。お昼には晴れていたので、外に出たついでに洗車したのですが・・ 午後の診療(たしか健診)をしていると突然の大雨! さっききれいにしてきたのは何だったんだ(?_?)

たしか五木寛之の小説に「雨の日には洗車して」ってのがありました。彼は以前は車好きで有名(今ではどうか分かりませんが)。小説の中にも自動車の話題がいろいろでてきましたし、自分でも高級外車を持っていました(そんな記憶があるのですが)。雨が降ると車が汚れるので乗らずに、家できれいに洗うのだそうです。本当の車好きってそうなのかもしれませんね。

私が働いて初めて買ったのがコロナ。新車を洗ったり、ワックスをかけたりと、やっぱり大切にしていました。でも、ある時、もういいやって思う出来事がありました。それは冬の朝、車の上に積もった雪がボンネットを滑り落ちる瞬間を見てしまった時です。半ば凍り付いた雪の固まりが、車体をこすりながら落ちていく様も目の当たりにして、それまで新車だと思って一生懸命ワックスをかけていたのは何だったのか、と思ってしまいました。

その日から、ガソリン・スタンドの洗車機の固いブラシでも平気になりました。家で洗うのは、ドロだらけの時の水洗いくらい。ワックスは、生来の面倒がり屋もあって、年に何回しかかけなくなってしまいました。

今日はワックス洗車のあとの大雨・・事情は似ていますね。でも考え直しました。もともとワックスは雨や水・ドロから車体を守るためにつけるもの。そうすると、お昼のワックスは午後の雨から車を守ってくれていたんだと。つまり、ワックス本来の役割を全うしていたわけですから、きっと「ワックス冥利につきる」ということなんですね。

それでも、ピカピカの車でいる寿命が短くなったことを思うと、やっぱり安くはない洗車代が気になります。基本的に貧乏性なんでしょうね。

2003.10.1(水)

◇「挨拶」をめぐって

今日から10月。カレンダーの写真や絵も秋らしいものになりました。外の風も朝夕は冷たく感じますし、医院駐車場に植えてある街路樹ももう葉を落とし始めたようです。ぼんやりとしていると、秋がいつのまにか通り過ぎて行ってしまうかもしれません。

「こども通信」10月号ができました。さきほどメルマガとしてお送りしましたし、このHPの中にもアップしましたのでご覧になって下さい。インフルエンザの話は、先日の「日誌」に書いたものをベースにしています。いつもながら似たような内容で恐縮です。

「挨拶をしましょう」という内容のことも書きました。先ほどさっそく読者の方から「地域性ではないのか」といったご指摘がありました。自分のところはみな挨拶をしていると。道で出会ったときにどれくらい挨拶をしているか・・ 日本中を調べた訳でもありませんし、同じ地域でも街中と周辺ではまた違っていることでしょう。私の書いたのは公園でのことですから、基本的に知らない人たちの間でのことです。もっとちゃんとできているよといったお話もあって当然ですね。

でも、一番書きたかったのは、日本人はコミュニケーションをきちんととることが上手ではないような気がすることです。カナダ旅行で道行く人たちがきちんと挨拶をしている様子を見て、とてもうらやましく感じました。それは自分がちゃんとできていないからでもあります。そして、日本に帰って成田空港に降り立ったとき、その瞬間に日本人の様子に失望しました。空港職員が、きちんと挨拶をしてくれないのです。私たち日本人は、いわば「身内」ですからまだいいとして、外国から来られた方々に「ようこそいらっしゃいました」というような言葉も身振りもなく、アイコンタクトすらありません。日本人がまるで能面のように見えたというのは妻の言葉ですが、私も同感でした。

外国人のような大きなアクションはなかなか日本人にはできません。でも、ニッコリするだけで、伝わる気持ちがあります。目だけでも基本的なコミュニケーションはとれるものです(アイ・コンタクト)。恥ずかしがり屋で、引っ込み思案ですが、でも、このままではいけないと思っています。

そんな、自分への反省の気持ちを込めて書いた一文です。趣旨をご理解いただけたでしょうか。

このページの
トップへ

日誌索引の
ページへ

先月の
ページへ

このホームページ
のトップへ

(画面の左にフレームがない方)
ホームページのトップへ