塚田次郎著

「日報を読んで(1)」(1999.4.27)


世論を動かす写真/医療過誤/地域FM局

写真が世論を動かし、歴史を変えることがある。

ベトナム戦争のさなか、多くのフォト・ジャーナリストが生々しい戦争の惨状や、戦禍にあえぐ住民の苦悩を世界に伝えた。19日付夕刊「裸の少女」の写真もその一枚。1972年「空爆でやけどを負い、泣きながら裸で逃げているところを写され、世界に衝撃を与えた」当時9歳の少女は、現在ユネスコの親善大使になり、世界で平和を訴えているという。

映像を伝えるマスメディアが飛躍的に発達した現在、しかし、隠されがちな真実を伝え、私達の心をゆさぶる報道がどれほどあるのだろうか。NATO軍によるユーゴスラビア空爆について、連日報じられ、多くの写真が掲載されているが、「戦果」を伝えるものはあっても、戦争の愚かさを訴えるものはあまり多くはないように思う。

かつて旧日本軍も卑劣な人体実験を行ったが、戦後半世紀以上たつ現在も、アメリカではその責任を追及している(18日付)。ナチスのユダヤ人虐殺と同列に扱い、元731部隊員らを入国禁止リストに登録したという。日本国内では責任追及の声すらない中で、非人道的戦争犯罪に毅然たる態度をとろうとするアメリカ政府は立派である。と同時に、本記事を1面トップに掲載した編集部の見識も評価される。

1月の横浜市立大学病院での患者取り違え事件(事故ではない)以来、相次いで医療過誤が報道されている。9日付社説は、「医師や看護者が患者を(中略)モノとしか思っていなかった」、「患者を人としてみる温かい人間性を欠いてはならない」と指摘している。一方、10日付「窓」欄で後藤氏は「過酷な労働条件とそれに伴う疲労の蓄積の結果もたらされる注意力、判断力の低下による」としている。

日本では、他国に類をみない国民皆保険が実現され、一定の医療サービスがどこでも受けられるが、そのレベルは必ずしも高いとは言えない。未だ患者への情報公開も十分されず、医療関係者の教育は、医師も含めて不十分である。先端医療を行っている大学病院ですら、多くの過ちが発生する素地を持っている。基本的な医療技術・行為を見直し、医療レベルを向上させることこそ、重要である。

3日、上越市に県内八番目の地域FM局が誕生した。特に「災害時における事細かな情報提供」は「命綱」である(11日付社説)。私もボランティアで関わっているが、そこで感じるのは、FM局は周波数が分からないと聴くことができないということ。普段からダイヤルを合わせることに慣れていないと、いざという時に情報が伝わらない。

ラジオ欄にも地域FM局は掲載されていない。毎日の紙面の中に、周波数だけでも目につくようになっていると、「住民が地域FMを『おらが放送局』として生かす」(社説)ことができると思うが、いかがであろうか。