塚田次郎著

「日報を読んで(2)」(1999.5.25)


県内情報をより詳しく/子どもの日と少子化

5月5日こどもの日を前に、恒例の子ども人口が総務庁から発表された(4日付)。それによれば、15歳未満は1,888万人と昨年より31万人減少、比率では初めて15%を割った。同時に紙面では、県内でも少子化傾向がさらに進行していることを紹介している。日本の少子化は、先進諸国の中でもっとも進んでいるといわれている。当然、なぜそうなってきたのかを知りたいが、それに答えてくれる記事は見当たらない。

8日付に「4万人保育園入れず」との厚生省調査が掲載された。「2歳以下の待機児童がいるのは全自治体の2割」にのぼり、本県では6〜10の市町村が該当するとのことである。県内の様子を知りたくなるのだが、新潟市は担当課によれば待機児童はいないという。ではどの市町村に、どれくらいの子どもたちが入園できずにいるのだろうか。また、保護者が利用しやすいよう、保育時間の延長、一時的な預かり、病児の保育などにきちんと対応しているのだろうか。ローカル紙に求めたいのは、こういった身近な県内の情報の収集(取材)と提供がある。「中央」からの情報の「垂れ流し」にはならないよう、お願いしたい。

5日の社説「子どもの内面を丁寧に耕そう」では、現在の子育てに忘れてしまいがちな精神面での豊かさの大切さを説いている。「沈黙の春」で知られるレイチェル・カーソンの著作を引用しながら、「大人が子どもに取り戻してやらなければならないものは、自然の中に身を浸し、自然の神秘さや美しさを感じ取ることのできる感性」であるとしている。とげとげしい話題や記事の多い中で、この社説自体が私を含めて読者の心に響くものである。内容は平易で、良みやすい文章になっていることも、こどもの日を意識して書かれたものであろう。

子育てについて考えさせられる記事が多かった。中でも「全身血まみれ、あざだらけ/五歳女児が虐待死」(12日付)はその最たるもの。かつてない凄惨な出来事であり、日本でも「虐待」がこれほどエスカレートしているのかと思い知らされた。さっそく読者から、「周囲にいる大人が気づいてやらなければ、そして行動しなければ子どもは救えません」(18日付「窓」、江口氏)との声が寄せられ、社会の中での子育ての重要性を指摘している。

同じ投書欄で、少子化の報道を受けて、「経済的や時間的な要因を払しょくし、結婚そして安心して子供を生み、育てられる環境の整備」を求める声も掲載された(10日付、長谷川氏)。このような読者との紙面を通した交流は、地域性豊かな地方紙の持ち味であろう。

なお、紙面で「子ども」の語句に混乱がある。「共(ども)」の語感が良くないため、「子ども」をもっぱら使用しているのであろうが、一部に「子供」の文字も散見される。ぜひ「子ども」に統一していただきたい。