塚田次郎著

「医薬分業は日本の医療に何をもたらすのか
−院外処方から院内処方に切り替えた経験から−

(1998年6月)


「月刊保団連 1998年6月号」へ寄稿

医薬分業については後進国といわれてきた日本においても、近年、院外処方を発行する医療機関が急速に増えている。分業率は1980年代までは10%前後であったが、95年度に20.3%になったあとは急速に進み、わずか3年で10ポイント増加し、今や30%を超えようとしている。特に97年秋の上昇率は目を見張るものがあるが、薬剤に関する新たな患者負担が導入された時期に一致している。

今年度前半は更に分業率は高まるであろう。なぜならば、薬価が平均約10%引き下げられ、院内処方の医療機関にとって「薬価差」が大幅に減少したからである。投薬についての正当な技術料が認められていない中で、一挙に院外処方に変更して経営上の問題を解決しようとする動きが盛んになってきている。

しかし、このまま医薬分業が進むことが、患者本位の医療を実現することになるだろうか。

当院の経験から医薬分業の問題点を指摘し、良質な医療の提供のために何が必要か、考えてみたい。

1.医薬分業から院内処方へ

当院は90年、処方箋を発行し、それを「門前薬局」が一手に引き受けるという医薬分業で開業した。院内処方では技術料としての診療報酬点数は極めて低い一方で、小児科で使用する薬は散剤や水薬が大半であるため、手間と費用がかかる。経営的なことも考えて、「薬のことは調剤薬局にまかせる」ことで診療所をスタートさせたのである。

両者が共に小児医療を担うために、十分な連携を持ったほうが良いと考え、当初は各種の勉強会をするなどの努力をしてきた。しかし数年が過ぎ、薬局がチェーン展開してから、薬剤師や事務員の勤務交代が頻繁になり、互いのスタッフが相手の様子を知らずに仕事するようになってきた。患者から薬についてのクレームがでても、医院側からは責任をもって対処することができなかった。また、外用薬のラベルを剥がさずにおくことや、小児が誤飲しないような投薬瓶への変更といった要望も、聞き入れてもらえなかった。

このまま院外処方を続けていていいのか、ずいぶんと迷ったが、患者本意の医療という基本に立ち返った時、残された選択枝は「院内処方への逆転換」であった。

2.院内処方のメリット

96年9月に院内処方に変更して最も強く感じたことは、患者さんの利便性が格段に高まったことである。当たり前のことではあるが、窓口での会計も1回ですみ、その場で薬ももらえる。小児科では、具合の悪い子を抱えての移動は、実に大変である。また院内では看護婦の目が届くので、容態の悪い患者がいれば的確に対処できる。医療機関でそのまま待っていられるということは、患者に優しい医療の実践そのものである。

投薬や調剤について多くの工夫や努力をし、院内処方が実あるものになった。

まず、薬の名前などを積極的に知らせるようにした。錠剤やカプセルはシートに、例えば「ケフラール/抗生剤」と記載したシールを貼り、服用のたびに薬の名前や主な効果などが目に触れ、納得しながら服用できるようになった。水剤や外用剤も同様のシールをはり、散剤では分包紙の一つひとつに同じ内容の印字をしている。院内で採用している全ての薬剤について、情報を分かりやすくまとめた小冊子を作成し、無料で配布している。また同様の情報をコンパクトな紙片にし、投薬ごとに手渡しているが、いずれも患者(保護者)からは大変好評を得ている。薬剤情報の提供について、こういったきめ細かいサービスができるのも、院内処方に変更したために可能になったことである。

また、当院での投薬業務は全て、カルテを見ながら進めている。これにより、薬剤師が患者の病名や治療の目的、病気の経過などを知った上で患者に服薬指導できる。医薬分業では、処方箋には病名や処方目的などは書かれていないため、どのような指導がなされているか不安である。まして、厚生省の推進する「面分業」では、処方箋がその調剤薬局のどの薬剤師に渡されるか、医師の側からは全く知る由もない。

当院では薬剤師は患者から得た情報をその場で医師に直接伝えたり、カルテに記載している。小児科では、薬について気を配っておかなければならないことが多いので、薬剤師からの情報は診療の質の向上に役立っている。双方向の情報交換が、スムーズにリアルタイムで行われているわけであるが、医薬分業では決してできないことである。

医薬分業にすると病医院経営が楽になる、待合室の混雑がなくなる、設備・施設・スタッフに余裕ができるなどとされているが、いずれも医療機関の側からの利点でしかない。患者にとっては、「かかりつけ薬局」による調剤であれば、薬の重複チェックなどが行えるというメリットがあるとされている。しかし、処方箋の80%以上は門前薬局に流れているのが現状であり、患者は受診する医療機関の数と同じだけ、調剤薬局を訪れている。(そもそも患者が他に何の薬を服用しているかは、医師が把握すべきことであり、重複や相互作用の問題がおきないように処方されていなければならない。基本的には医師の診療の質の問題であり、形だけ医薬分業になれば解決するなどというものではない。)

当院が院内処方に切り替えたことによるデメリットは、医院の経営上の困難さが増したことであり、患者側のデメリットは全くない。

3.医薬分業の問題

日本の医薬分業推進の政策を、経営的な誘導によって実現してきたため、院内・外処方の技術料の体系が大きく歪んでいる。院内処方では、どの医療機関で、どの薬剤師が服薬指導をしても、この例のように技術料はゼロに等しい。

医療費は当然、医薬分業のほうが多くかかる。筆者の試算では、1回の受診について小児では約2000円、老人では約3000円高い。仮に1回の院外処方で2500円の医療費増があるとすると、現在の年間処方箋枚数は約3億枚であるから、1年あたり7500億円の医療費が医薬分業によって増大していることになる。分業率がアップすれば、青天井で増大する仕組みでもある。

この医療費の増大は、院内処方に十分な点数評価がなされていないための現象であり、それだけをもって医薬分業を批判するつもりは毛頭無い。しかし、院内処方では経営が成り立たない→医薬分業率のアップ→医療費の増大→ほかの医療費への圧迫→医療経営の一層の困難、といった「悪循環」に陥ってはいかないだろうか。また、経営上の問題から進展している医薬分業が、患者本位の良質な医療を提供しているのだろうか、大いに疑問である。

医薬分業が推進されてきた中で、多くの問題も生じている。医療機関と薬局との経済的な結びつきが発覚し、行政処分を受けたチェーン薬局の例は、まだ記憶に新しい。医療法による厳しい規制を受ける医療機関とは異なり、調剤薬局は、医療に関する資格や経験もない者でも経営でき、不動産業など他の営利活動を行うことも制限されていない。利益がでれば、自由に分配することもできる。薬局が中心となって、医療機関の開業が進められている傾向もある。さらには、薬局の処方箋受け入れの集中度が一つの医療機関から70%以下であれば「面分業を実施しているかかりつけ薬局」と見なされ、点数上の優遇を受けられることに目を付け、薬局の周りに複数の医療機関を誘致してくる例も見られる。これなどは、厚生省の稚拙な政策を逆手に取った、露骨な営利的経営である。

「儲かるからする」というのは、かつてバブル経済に浮かれていた当時のものの考え方であろう。利益を求め、企業が本来の社会的役割から逸脱して、投機に走った結果、現在の日本の惨憺たる政治と経済の状況がある。医薬分業の推進が、医療に携わる者の考え方を、お金でものごとを決めるように変質させてきたのではないだろうか。

4.良質な院内投薬に十分な点数を!

日本の医療は、「誰でも、どこでも、いつでも」受診できる皆保険制度が実現されている点など、優れた側面ももっている。形だけの医薬分業が推進されて「欧米並」になっても、日本の医療が良くなるとはいえない。問題は医療の質と内容である。

医薬分業の本来の目的は、医師と薬剤師が「協力しながら」互いの業務を行うことにある。両者が背を向けるものでもないし、建物や経営が独立しているか否かは、形だけの副次的な問題であろう。

分業率が30%を超えようとしていると書いたが、逆に言えば、70%の処方は引き続き院内で行われている。地域的に医薬分業を実施できないところも多くある。老人などには利便性の点で、小児には急性疾患が多いという点で、それぞれ医薬分業がなじまないとする意見も少なくない。

むしろ、日本の伝統的なスタイルである院内処方を大切にし、さらに発展させるべきではないだろうか。そのためには薬剤師の協力が不可欠であり、また良質な院内処方を実施する医療機関に対して、適切な保険点数上の評価をすることも必要である。当然、形ではなく、内容による医療評価が求められる。

経済的、経営的な動機で進められてきた医薬分業は、医療本来の目的から大きく逸れ、その矛盾は拡大し、いずれ破綻せざるをえない。そして、その時は急速に近づいているように思われる。今こそ、患者本位の医療を実現するために、医療の原点に立ち返り、あるべき医療とは何か、真剣に議論すべきである。
 

[参考文献]
拙著:これでいいのか?医薬分業(1)〜(4)、朝日新聞社「メディカル朝日」97年10月号〜98年1月号

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