« 何が彼を怒らせたのか? | メイン | 看護大学生実習中 »
2006年07月12日
危険な頭突き
サッカーWカップ決勝戦でのジダン選手の頭突き事件・・確か明日未明(日本時間)にジダン本人がテレビに出演し、話をするということです。ことに真相が見えてくるかもしれません。
今日問題にしたいのは、頭突きによる障害です。ジダンは相手選手の胸板に強烈な一発をかませました。受けた方が後ろにはね飛ばされ、背中から地面に落ちていった様子からは、そうとうな威力だったと思います。
これほどの外力が胸に加わると「心臓震とう」を起こしてしまう可能性がありました。「脳震とう」の心臓版です。脳震とうは強いエネルギーが一挙に脳に加わることによるダメージですが、脳挫傷や脳内出血を起こすほどではなく、通常は安静にしていることで元の意識に戻ることが期待できます。一過性のものですし、脳組織の損傷は伴いません。
しかし「心臓震とう」は違います。心臓の拍動が止まることがあるのです。心臓は電気的な刺激によって一定の規則正しいリズムで拍動を続けています。そこに高エネルギーの外力が加わると、電気の回路が機能しなくなり、心臓内の筋肉が勝手バラバラに動き出すこともあります。心臓の筋肉は動いていても、心臓全体が一体となった動きはしていないので、全身に血液を送り出すポンプの機能は果たさなくなります。つまり「心停止」の状態です。
数年前、公園でキャッチボールしていた野球の球が、そこで遊んでいた子どもの胸に当たり、心臓震とうを起こして死亡するという事故がありました。死亡との因果関係も認められ、この場所では禁止されていたキャッチボールをしていた過失もあるということから、法的な責任もあるとされ、損害賠償が命じられています。こういった打撲などによる心臓震とうの事例は、けっして少なくないということも分かっています。
心臓震とうを起こした時の最も適切な対処は「電気刺激」です。心停止している患者の胸に、心臓を挟むように2つの電極をあて(右上と左下)、医療用の直流電流を流します。それによってバラバラに動いている心筋細胞を、同じリズムで動くようにしようというものです。よく医療現場を題材にしたテレビドラマなどで目にする場面ですね。「電気ショック」「DC(直流電流)ショック」などとも呼ばれています。
以前はER(緊急救命室)などでなければできなかった処置ですが、最近は“手軽に”にできるようになってきました。何しろこういった心臓のトラブルは生活や活動の現場でおきるわけですし、この状態で数分間たつと脳死や死亡も起きてきます。できれば「現場で」「直ちに」治療する必要があります。救急車を待っていても遅いです。まして医師のところに連れて行く時間はありませんし、医師を連れてきても手遅れということになるでしょう。
そこで必要になったのは、医療従事者でもなく、全くの普通の方ができる電気ショックの器械です。患者さんの胸に電極をつけるだけで、あとは器械が全て行ってくれます。まず心電図をとり、電気ショックが必要かどうかを判断します。その結果をほぼ瞬時にアナウンスし、それに従ってボタンを一つ押すと電気ショックが実行されます。その後の心臓の動きを再度解析し、治っているのか、そうではないかを判断し、必要であれば再度電気ショックを行う手順を進めます。
こういった器械を「自動体外式除細動器」(AED)と呼びます(「細動」とは心筋がバラバラに動いている状態をいい、「除細動」とはそれを取り除くための電気ショックのことを言います)。ここ数年、比較的価格も安くなってきて、各地に配置されるようになりました。一般の方にも扱ってもらえるように、講習会なども良く開かれているようです。
4年前に皇族の高円宮憲仁さまが、スポーツの試合中に突然死されるという事故がありました。このとき、もしこの器械がすぐそばにあり、倒れてから数分以内に使用されていたら、おそらく命を落とすことはなかったと言われています。その時以来、AEDの普及が必要だとされてきました。(高円宮憲仁さまとは、亡くなる数か月前に上越市に来られたとき、あるホテルのバーでご一緒させていただいたご縁があり、この事件のことをとても印象深く覚えています。)
欧米では人の多く集まるところにはAEDを設置する義務があるところが多いようです。飛行機、駅、ビル、催し物会場など。日本でも少しずつ配置されてきていますが、もっともっと多くの台数が必要です。昨年の愛知万博では数多くのAEDを配置してあったそうで、医師が常駐していたことも関係があるのでしょうが、何名もの命を救うことができ、この器械の有効性と必要性を証明したということでした。
当院もこのAEDを設置してあります。おそらく使うことはないだろうとは思うのですが、しかし医療機関が率先して配置することも大切だと思います。緊急時には職員の誰でも使用できるよう、1か月に1回は担当スタッフから全職員に繰り返し講習をすることになっています。(現在は大人用の電極しか発売されていませんが、今週には子ども用のものも使用できるようになるそうです。)
院内にあるだけでは「宝の持ち腐れ」ですね。診療時間外であれば貸し出しもできますので、休日のスポーツ大会などの際に必要であれば無料でお貸しいたします。どうぞご連絡下さい。
ジダンの頭突き事件から、緊急時の対応の話になってきました。あの場面で、この器械の登場にならなかったのは、もしかしたらラッキーだったのかもしれません。
頭突きは頭にやると脳震とうの危険がありますし、胸にやっても心臓震とうの危険があります(自分も脳震とうを起こすかも)。とても危険ですので、よい子の皆さんはジダン選手のマネをしないようにして下さいね!!
投稿者 tsukada : 2006年07月12日 22:29