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2009年05月19日
訃報
頼近美津子さんが亡くなられたというニュースを知り、とても驚きました。ネットでの記事を最初に見たときには信じられず、固まっていました。そして、寒気をおぼえるほどの衝撃でした。
元NHKアナウンサーで、ご自身もピアノをひかれますし、音楽にとても興味をお持ちでした。クラシック演奏会のプロデュースをされ、活躍されていました。
数年前に食道ガンが見つかり、闘病中だとも知りませんでした。まだ53歳。とても若くていらっしゃいます。今これを書いていても、まだ現実のことではないような感覚です。
頼近さんとは2度ほど、当地で開かれたコンサートのあとの懇親会でご一緒させていただきました。お酒が入っていたこともあり、人見知りの私ですが、とても楽しくお話させていただいたことを、今でもよく覚えています。
面識もなく、クラシック音楽にはまったく知識のない私の相手をして下さいました。頼近さんのお人柄の良さがよく分かります。
最初の時に「正露丸」ことが話題になりました。どうしてそんな話が出たのかは分かりません(音楽については何も話題がないので、むりやり自分の“本業”にもっていたのかもしれません)。でもその「正露丸」が、私たちの距離を縮めてくれたようです。
今では「正露丸」と書きますが、昔は「征露丸」と書いていました。「露」というのは国の名前でロシア(露西亜)のことです。昔、日本がロシアと戦った日露戦争のこと、この薬は誕生しました。
戦場となったは湿地の多いところで、アメーバ赤痢などがおきやすく、兵士が胃腸を悪くすることが多かったのだそうです。兵士の健康状態は戦況に影響します。そこで活躍したのが、強力な下痢止めである「正露丸」・・いや「征露丸」だったのです。
「ロシアを征伐する」というのが名前の由来です。今でも売られているパッケージを見ると、会社のマークがラッパになっているのにお気づきでしょうか。あれは「進軍ラッパ」なのです。
そんな「征露丸」が威力を発揮し、兵士たちが健康を取り戻して、日露先生に勝つことができた、と言われています。しかし、第二次世界大戦後に事情が変わりました。ロシアを征伐するというのはまずい、ということで、漢字を変えて「正しいロシア」という正反対の意味の名前に変更した、というのがオチです。
そんな話を、頼近さんはとてもおもしろがって聞いて下さいました。地方の仕事のあとの打ち上げですから、楽団の人たち以外にあまり知っている人はおらず、出かけたりすることもできないので、ほどほどに付き合ってくれたのかもしれませんが。
そして2回目にお会いしたとき(また懇親会の席ですが)、私のことを覚えていて下さいました。「正露丸の先生でしたね」と(^^;)
その後は直接お会いすることもありませんでした。でも音楽の番組や雑誌の対談などでご活躍されているのを、時々拝見し、そのたびに「正露丸」のエピソードを思い出して、一人でニヤニヤしていたものでした。
その頼近さんの突然の訃報に接して、今日は呆然としていました。まだまだお若く、これからもっと多くのお仕事をされ、音楽を通して私たちに夢や希望を与えて下さることができたはずなのに。
すてきな笑顔にもうお会いすることができなくなったんですね。ただただ残念です。でも、一番無念な思いをされていたのは、ご本人でしょう。
頼近さんはもう旅立たれてしまいました。先に亡くなられたご主人とずっと一緒に過ごせることになるのかもしれませんね。
これからは彼の地で、お好きな音楽をいっぱいお聞きになって、ゆっくりとお過ごし下さい。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
投稿者 tsukada : 2009年05月19日 23:59